第78話 嘘発見器

 帝国の軍船から降りてきたサムと、数人の帝国兵。

 人数から考えて、俺たちと喧嘩しに来たというわけではなさそうだ。

 上陸してきたサムは、イケメン騎士颯爽登場と言わんばかりにマントをなびかせてやって来る。


「久しぶりだな」

「なんかお前出世したか?」

「先月付で第9騎士団師団長に昇進した。貴様のサイクロプス討伐の功績が、なぜかオレに入ってきたのだ」

「へー、良かったじゃん。なんか奢れよ」

「微塵も良くない。やってもない功績で称賛されるオレの気持ちがわかるか?」

「ラッキー?」

「違う、ふざけるなという気持ちだ。貴様の手柄で昇進したなんて末代までの恥。忌々しい」

「そんなに嫌なら辞退すりゃいいじゃん」

「師団命令ではなく、マッシブ皇子からの直々の叙勲。断れるわけがない」

「あー、お前神輿英雄にされそうなんだ。頑張れよ」


 尖り声だったサムは眉間にシワを寄せると、どこか申し訳無さそうな表情を浮かべる。


「本当ならお前が受けるはずだった栄誉だ……。今からでも遅くない、帝国に帰ってこないか?」

「断る、俺はこっちでそこそこ充実した毎日を送ってるんだ。勲章なんかに興味ねぇよ」

「……偉くなったら爆乳禁止法もなくせるかもしれんぞ」

「それはお前と皇子に頼むわ。俺は魔大陸でゆるふわスローライフするって決めてるんだ」

「ゆるふわスローライフであんな巨人出てきてたまるか」

「そんな世間話しに、こんなところまで来たのかよ?」


 サムは目を閉じて首を振ると、後ろを促す。

 すると船から身なりの良いオッサンと、黒髪ポニテで目つきの悪いシスター、蓑虫みたいにマントを体にまいた女性騎士が降りてくる。


「なぜワシがこんな危険なところにこなければならんのだ。上院議会に言いつけて騎士団の予算を減らすぞ」


 ブツクサ文句を言うオッサンの外見は、糸目で横柄そうなデブ。典型的な帝国の嫌な貴族という感じ。


「なんじゃこのオッサンと、後ろのキャラ濃いシスターたちは?」

「後ろの女性は気にするな。こちらはミュルヘン市長のマルマンさんだ」

「ミュルヘンって帝国の田舎街だろ。なんでまた?」

「彼が悪魔の被害にあったのだ。そのことで相談がしたい」

「悪魔~? それなら後ろのシスターが本職だろ」

「彼女たちでも解決できん。お前を魔物のエキスパートと見込んでここまで来たのだ」


 そこまで言うならと、場所を砂浜からファームの事務所に移し、話を聞くことにした。


「なんだこの汚らしい小屋は。犬小屋か?」

「オジサンが入ると豚小屋だね」


 マルマン市長の嫌味を皮肉で返すプラム。

 市長が椅子にドカッと座ると、サムはその脇に控えるようにして立ちながら経緯を話す。

 彼が言うには今帝国で怪事件が起こっているとのこと。


「――ということがつい先日起こったのだ」

「帝国に悪魔が侵入し、街人を連れ去れっていると。既に街が2つも空にされて教会もカンカン。後ろの怖そうなシスター達が、教会から派遣されて来たエクソシストと」

「その通りだ。恐らくこれ以上街人が消えることがあれば、本当に戦争に突入するぞ」

「お前たちは魔大陸の悪魔が喧嘩ふっかけてると思ってるんだろうが、それはない」

「なぜ言い切れる。こっちはガーゴイル100匹が人間を攫っているという目撃情報がある」

「その通りだ、ワシはこの目で悪魔が人間を攫っていくさまを見たぞ!」


 市長は悪魔の仕業だと言うが、話の内容で違和感がある。


「……一つ聞きたいんだが、マルマン市長はなんで生き残ったんだ? 街人は全員連れて行かれたんだろ?」

「そ、そんなことワシが知るか! たまたまだろう」

「ガーゴイル達は人目を気にして、こっそり市民を攫っていったんだろ? なら目撃者を残す理由はないだろ」

「知らんと言っているだろ! いいから悪魔の居場所を探り出して、市民を取り戻すのだ! 貴様は魔物のエキスパートなのだろう!? こっちのエクソシストどもも役に立たんし、ワシがいくら帝国に税金をおさめてると思っているのだ!」


 怒鳴り散らすマルマン市長。


「税金のことなんかボクらに言ったって知らないよね」

「全くだ」


 サムも対処に苦慮しているのか、俺に申し訳無さそうな表情を向ける。


「すまん、オレも魔物使いとしてお前の意見が聞きたいのだ」

「ん~……そもそもデーモン種は、人目を気にした人さらいなんかしない。奴らは魔族界の荒くれ者に見られがちだが、実際はその逆で一番のビジネスマンと言って良い」

「ビジネスマン?」

「そうだ、夢魔がいい例だろう。彼女らは人間と交渉して、精を貰う代わりにエロい夢を見させてやるというギブアンドテイクが成り立った契約を持ちかける。その時彼女たちは、絶対に人間に対して契約書を書かせるんだ」

「契約書?」

「サムは夢ヘルとか行かないから知らないと思うが、ちゃんと精をとりますよ、死ぬ可能性もありますよ、それでもいいならサインして下さいってな。多分人間の作るものよりしっかりした契約書を書かされる」

「ふむ……それはなんというか、悪魔のイメージに合わないことをしているな」

「だけどその書面に同意したら、お互いで齟齬は起きないからな。極端な話、夢ヘルで死んじまっても、契約書かわしてますしってなるだろ」

「まぁ確かに自己責任だな」

「悪魔ってのは人と契約して、何かを貰う代わりに欲望を叶えてやるというタイプが非常に多い。だから理由もなく帝国に侵入して、人間を攫っていくってのは考えにくいんだ」


 俺が悪魔の特性を伝えると、マルマン市長はバンとテーブルを叩き大きく首を振る。


「いーや、奴らは人間を恨んでおる。きっと戦争の報復をしているのだ!」

「だから報復するんだったら、コソコソ人さらいなんかせずに、それこそ街のど真ん中に死体の山を築くくらいはやる」

「ってか、報復なら田舎なんか狙わないよね」


 俺はプラムに頷く。


「ではお前はこの事件、どういう背景があると思うんだ?」

「可能性があるとしたら」


 俺はちらっと市長を見やる。


「あんた契約してないか? 悪魔と」


 適当だが、ある程度確信のある推測をすると、市長は露骨なまでに顔をしかめた。


「ふ、ふざけるな! ワシは知らん知らんぞ!」

「あんたが悪魔となんらかの契約をした結果、市民が連れて行かれたって考えると、いろいろ辻褄が合うんだよな」

「くだらないでっちあげを言うな、ワシを怒らせたいのか!!」


 市長は明らかに何か隠しているのだが、教会連中がいる前で「はい、私は悪魔と契約しました」なんて言うわけないか。


「そうか……じゃあ、嘘発見器を使っても知らないと言えるよな?」

「嘘発見器?」


 俺がパンパンと手を叩き「あれ持ってきてー」と言うと、サメちゃんの手を引いたホムラが事務所に入ってくる。


「な、なんだこの珍妙な魔物は?」


 サメちゃんはテーブルの上で腹ばいになると、クパッと牙だらけの口を開いた。


「これはドキドキサメパックンと言い、我がファームの最新式嘘発見器だ」

「いや、どう見てもサメを寝かせてるだけだろ!」

「口の中に手を置いてもらいながら質問をして、その質問に嘘をつくと手を食いちぎる」

「しゃーく」

「ふ、ふざけるな! ワシは絶対やらんぞ!」


 全力で拒否する市長だったが、後ろに控えていたシスターとマント女が前に出ると市長の背中を押す。


「悪魔と契約していないならできるでしょう?」

「もしかして……契約されているんですか?」


 黒髪のシスターは、腰に携えていた両手持ちの金属ハンマーを手にする。

 リボルバーヘッドハンマーは、強く打ち付けると装填されたバレットから火薬が炸裂し、頑強な装甲を持つ大型モンスターでも粉砕できる。

 嘘つきの頭を吹き飛ばすくらいわけないだろう。


「さぁ早く、己が悪魔と契約する毒虫ではないと証明するのです。アテナはきっとあなたの潔白を証明してくれるでしょう」


 シスターは市長の腕をつかむと、無理やりサメちゃんの口に手を入れる。


「ま、待て手を離せ!」

「ウフフフ、ご遠慮なさらず。さぁ己がウジ虫でないと証明するのです」


 シスターの口は笑っているのだが、殺し屋みたいな目はちっとも笑っていない。


「ユーリ、ボクあのシスター怖い」

「俺も怖い。ありゃ冗談が通じないサイコ系シスターだ」


 爆乳悪魔っ子大好き♪とか言ったら、容赦なく異端認定されて頭カチ割られそう。


「それじゃあ市長質問だ。あなたは悪魔契約をしたことがあるか?」

「…………」


 沈黙したまま1分ほどの時間が流れる。

 サメちゃんの牙がキラリと光り、後ろではハンマーを持ったシスターが今か今かと答えを待ちわびている。

 プレッシャーにさらされた市長の目は泳ぎ、汗だくになっていく。


「さぁ、答えを」

「…………しま、した」


 市長は観念して、本当のことを話し始めた。

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