第79話 大体幽霊のせい

「ボクは……海の女、そう海女アマだ」

「それ違うだろ」


 青鬼号の船首で潮風を受けるプラムは、頭に海賊帽、眼帯、フックがなかったのでコルク抜きを持ってキャプテンスライムと化している。

 風貌と気持ちだけは大海賊らしいが、見た目は海賊饅頭である。


 時は市長が悪魔契約をしたと自白してから3日後のこと、俺たちは悪魔の住む島【夜島】に向けて船出していた。

 市長はデビルズカジノという悪魔が経営するカジノで負けに負け、1億ベスタもの借金を作ったらしい。

 そこでやめておけばまだ致命傷で済んだのに、更に金を借りて賭博。そんな頭の悪い人間が勝てるわけもなく、借金総額は10億ベスタに膨れ上がった。

 地方都市の国家予算レベルで負けてしまい、支払いすることも出来ず踏み倒そうとした結果、担保にしていた自分の街の市民を差し押さえられたとのこと。

 帝国からすると大事件だが、悪魔からするとごくごく普通に仕事をしただけであって、市長の自業自得と言えるだろう。

 しかしながら何も知らずに担保にされた市民を見捨てるわけにもいかず、サムに帝国に頼んで、金貸してもらえないか? と聞いてみたが、額が大きすぎるし、なにより悪魔に支払うなんて絶対教会が許さんと否定。

 あーだこーだと言っていても事態は好転しないので、直接このデビルズカジノに出向いて、なんとか引き伸ばしや分割を頼めないかを聞きに行くことにしたのだ。


「なぁユーリ、ボクら今から悪魔さんに土下座しに行くんだよね」

「まぁ正確には市長に焼き土下座してもらうんだが」


 市長に関しては煮るなり焼くなりしてもらっても結構なのだが、10億もの借金をそれで許してくれるかはかなり怪しいところだ。


「あれ謝る気あるの?」


 プラムは青鬼号の後ろをついてくる船を見やる。

 後ろの船は艦砲を備えた50メイル級の帆船で、帝国が昔使っていたものを市長が買い取ったらしい。

 乗船する船員もゴロツキが多く、あっちのほうが海賊船っぽい。ちなみに怖いシスターたちもあっちの船に乗っている。


「市長のコネで来てもらった護衛らしいが、大半が荒くれギルドの人間のようだ」


 そう言ったのはいつもの騎士服ではなく、民兵の鎧を着たサムだった。

 悪魔の島に帝国騎士団が堂々と入るのは問題があるだろうと、格好だけは偽装することにしたのだ。


「なんで普通の市長が荒くれギルドにコネがあるんだよ」

「帝国腐敗の一つだな。反社会勢力と繋がりのある権力者」

「なんとかせーよサミュエル」


 プラムに言われて耳が痛そうな顔をするサム。


 俺は船内に戻ると、一匹の狐がテーブルの上に座っているのが見えた。この狐はナツメの毛から出来た分身体で、本体のナツメが憑依することで森島にいながらも俺たちと一緒に旅についてくることができるのだ。

 勿論能力は本来の10分の1も出せないのだが、狐形態だけでなく人間形態にもなれる凄い術である。

 彼女はテーブルの上で、市長が隠し持っていた羊皮紙を開いていた。


「どうかしたのか?」

「主か、少し気になることがあったのじゃ」


 ナツメが見ているものは悪魔の差し押さえ通知で、今回の詳細が書かれている。


 内容は――

【拝啓マルマン市長様、再三の返済通知を無視し、最終勧告期日を超過したため、契約事項9項にのっとり、ミュルヘン市民2429名を差し押さえました。今月末日までに返済が認められない場合、差し押さえ品は売却されます。返済の際は、魔大陸デビルズカジノまで直接お越しください】と書かれている。


 本来もっとちゃんと装備や人員を整えて行きたかったのだが、月末まであと一週間程しかないので急いで準備して船を出すしかなかったのだ。

 ナツメは内容を見て嘆息する。


「呆れたものじゃな、市長が守るべき市民を担保に賭博など」

「話聞く限り、あのマルマンって市長、完全にギャンブル依存症だ。ああいう連中は負けがこむと、もうお金がないからやめようという思考にならず、負けた分を取り返すために厚く張っていく。もとから金銭感覚が狂った帝国の貴族だ、1億くらいすぐ負けるぞ」

「そんな阿呆ばかりでは国が立ち行かんじゃろう」

「カジノってのは帝国ではある程度規制されているが、それをかいくぐる裏カジノも存在するんだ。恐らくデビルズカジノは、頼めば人間ですら換金してくれる裏カジノの極地みたいな場所なんだろう」

「だとすると今回の件、人間側だけが完全に悪とは言いきれぬ。その身を破滅させるほど、金を貸し与える魔族にも落ち度はある」


 俺もそのことについては少し違和感を感じていた。俺が知る限り悪魔はかなり利口なので、そう簡単に人を破滅に追い込んだりしない。

 低級悪魔ならばそんな契約をするかもしれないが、恐らくこのデビルズカジノは魔大陸の悪魔を取り仕切っている元締めだろう。

 それがこんな絵に書いたような悪徳カジノやるか? 下手すりゃ帝国軍が動いて、本当に第二次魔王大戦が起きてしまう。

 俺たちが話をしていると、外で海を眺めていたセシリアが船内に入ってくる。


「ダンチョーなんか霧が出てきましたよ」

「夜島が近いんだろ」


 魔大陸夜島。森島、砂島、火山島、雪島に続く第5の島。

 悪魔や不死系の魔物が集うその島は、常に魔力霧ミストをまとっており陽の光が遮られている。

 悪魔の住まうこの島が、なぜ4島の中に入っていなかったのか? その理由は至極単純で、この島には魔将が存在しない。

 ナツメの話では魔王戦争のとき、夜島の魔将バエルは討伐されてしまい、島の指揮官が不在となっている。

 その為規模的には先の4島とかわらないのに、小さな魔大陸群島と同じ扱いにされてしまっているのだ。

 しかもこの島、どういう原理なのかはわからないが魔大陸周辺をグルグル移動してる上に、濃霧で発見することが困難なので帝国の観測所からも漏れており、地図上では本当に存在しない島なのだ。


 ナツメと共に船内から甲板に出ると、先ほどと空気感が一変しており、霧で視界は悪く気温は肌寒く感じるほど下がっている。

 不意に透けた骸骨型の幽霊が俺の顔を撫でるようにして通り過ぎていく。青い炎を纏った人魂のようにも見えるが、実際熱はなく逆に近づかれると冷たい。


「ゴーストモンスターが出始めたか。いよいよって感じだな」

「い、いよいよちゃうわ!」

「なんなのよこれぇ!?」


 マストに抱きついて悲鳴を上げているのは、いつもの赤の狐と緑の妖精。

 ホムラとリーフィアは、周辺をうようよしている幽霊を見てガタガタと震えている。


「ゴーストモンスターだ。不死系の魔物で、体の99%が魔素で構成されている。生前の未練が多いとゴーストへと変化すると言われているが、因果関係は不明だ。恐らく嵐や津波なんかで死んだ人間が彷徨い、群となって船を襲ってるんだろう」

「なに平然と解説してんのよ魔物バカ! 幽霊よ幽霊!」

「お前幽霊って木霊も幽霊みたいなもんだろ」

「ぜんっぜん違う! あっちは可愛いけど、こっちはめっちゃグロい!!」

「透けた骸骨ぐらいでグロいって言ってたら、ゾンビ見たら卒倒するぞ。あれ? そういや幽霊に激弱なセシリアさんどこいった?」

「お、おい! この妖精をなんとかしろ! オレの髪を引きちぎってくる!」


 見るとセシリアが「幽霊こわひ」と言いながら、サムの髪の毛をブチブチとむしっている。ゴーストなんかより、あっちのハゲの妖精の方がよっぽど怖い。


「サム、お前は船の中に引っ込んでろ。多分幽霊が見えなくなったらセシリアは離れる」

「わかった!」

「幽霊こわひ(ブチブチ)」


 これでなんとかサムの毛髪は守れただろう、残るは浮遊する幽霊たち。

 ゴーストタイプは物理無効だから、魔法で攻撃するしかないんだが、この狭い船の上じゃ取り扱いが難しい。


「ちょちょちょ、なんなのこいつら! 体に絡みついてくるんだけど!」

「離れ、妖狐妖術狐火!」

「船が燃えるから火はやめろぉ!」

「じゃあどうすんのさ!?」

「ムフフ、ボクの水マグナムでこんな奴ら」

「流れ弾がマストをへし折るまで見えたから、お前もじっとしとれ」

「ぶー(・3・)」


 怨霊たちは次々に現れ、船を埋め尽くしていく。その数は100を上回るだろう。


『ク、クルシイ……モット……イキタカッタ』

『デ……シニタク……ナイ』


 幽霊たちから聞こえてくる怨嗟の声。


「ひぃっ!? そんなのあたしに言ったってしょうがないじゃん! あんたらもう死んでるんだし!」


 身もふたもないことを言うリーフィア。

 死んでると本当のことを言われて怒ったのか、幽霊たちは『オォォォ!』と不気味な唸りを上げる。するとマストからメシメシと嫌な音が聞こえてきた。

 やばい、低級霊のくせにポルターガイスト能力で船を壊そうとしてやがる。


「ちょっとなんとかしてよ!」

「そうだ、ゴーストは生前の無念や、願いを叶えてやれば成仏するぞ!」

「そんなんどうやって叶えるんよ!?」

「それにこんなにいっぱいいたら、一人二人の願いを叶えたって意味ないじゃない!」


 もっともなことを言うリーフィア達、その時一人の幽霊の声が聞こえてきた。


『アァ…………嫁ノ……チ二触リ……タイ、モウ触レ……ナイ』

「!」


 そうか、船幽霊ってのはほぼ99%が元男の漁船員だと聞く。

 愛する妻を陸に置き、漁に出て嵐に飲まれて死んでしまうことも少なくない。

 最後に妻に会いたかった妻に触れたかった、そう未練を残す霊は多いだろう。


「ナツメ頼みがある、人間形態になれるか?」

「できるが、どうするつもりじゃ?」

「胸を触らせてくれ」

「?」


 ナツメはこの非常時に何を言っとるんじゃこの阿呆は? と目が点になっている。


「早く、奴らを成仏させるにはそれしかない!」

「あぁもう相変わらずわけのわからん男じゃ!」


 小狐の体がピカッと光り銀髪爆乳妖狐へと変身するナツメ。その姿は森島にいる本体と同じで、胸の北半球むき出しの青の巫女服姿だ。

 俺は彼女に後ろから抱きつき、脇から手を伸ばしそのでかくて重い胸を揉みしだく。

 すると荒ぶっていた幽霊たちがぴたりと止まり、俺たちの周囲に集まってくる。


「な、なんじゃこれは、めっちゃ見られとるが!?」

「幽霊たちは最後死ぬ前に嫁の乳を揉んで死にたかったと思っていたんだ。彼らは今、俺とナツメに自分と嫁を重ねているんだ」

「適当なことを言うな! そんなわけ……」


 ナツメが怒鳴ろうとすると、幽霊が一人昇天していく。


『未練は……消えた』


 骸骨だった幽霊は、生前の屈強な漁師の姿を取り戻し天へと登っていく。


『あぁ……良いもの見れた……早く、生まれ変わろう』

『幽霊になって彷徨ってる場合じゃねぇや……』

『『『ありがとう……おっぱい』』』


 他の幽霊達も、この世に縛られる怨霊の姿から人の姿を取り戻し昇天していく。

 その様は海から天に上る流星のようだ。

 死して妻を求める霊たち……悲しい……話だね。


「何を良い話みたいに言っとるんじゃ。主は乳揉んどるだけじゃろ」

「怨霊が成仏できたんだから良い話だろ」

「なんであそこで縮こまっとる若いやつ(ホムラとリーフィア)じゃなくてわっちなんじゃ」

「船幽霊の嫁があんな若いわけないしな。ちょっとでも寄せる為だ」


 幽霊達の嫁は多分腕っぷしの良いコテコテのおばちゃんで、ホムラたちでは貫禄が足りない。

 ナツメが似ているかと言われると美人すぎて絶対似てないと思うが、そこは年上の雰囲気である。

 まぁ単にエロいもの見れて昇天したやつもいると思うけど。


「それはそうと貴様はいつまで揉んどるんじゃい!!」


 俺は見事な背負投げで甲板に頭が突き刺さった。

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