第80話 眠れない

 幽霊達に襲われた後、俺たちは夜島へと向かって船を進めていた。


「暗くて全然おもんない……おもんないぞぉ!!」


 ゴロゴロと甲板の上を転がりまわる水まんじゅうプラム

 こいつの言う事もわからんではない。夜島に近づいてからというもの黒い霧が周囲を包んでおり、暗闇の海を航海している気分だ。

 空にぽつんと浮かぶ月以外景色は見えないし、何よりずっとどんより暗いのは精神的に参ってくる。


「ってかいつつくんだよ夜島!? 霧が出始めて丸一日進んでるけど全然つかないじゃん!」

「それがなぁ……」


 俺はZOMAHON製のコンパスを取り出すと、針がグルグルと高速回転しており全く役に立っていない。

 実は言うと、ここ数時間前から自分たちがどこを進んでいるのかわかっていないのだ。


「まさか壊れたのか? ボクら遭難したのか?」

「そうではない、夜島は位置を特定できないように島全体が磁気を発しているのじゃ」


 船のへりに乗っかった小狐フォルムのナツメが解説してくれる。


「それじゃいつまで経ってもボクら夜島につかないじゃん」

「いや、この磁気が狂っている場所に向かえばつくはずじゃ」

「ジャミング出しすぎて、逆に一番磁気が狂ってるところが島ってことか」

「左様」

「じゃあ進路はこのままでいいとして、問題がもう一つあってな」


 俺は後ろで目の下に濃いクマを作った赤の狐と緑の妖精を見やる。

 彼女たちはなぜか首ににんにくを巻き、頭に悪霊退散の札、右手に十字架、左手に数珠を握っている。

 古今東西の悪魔祓いを取り入れて、逆に霊を怒らせそうなスタイルだ。


「クル……シイ……」

「ツライ……」


 二人は幽霊が出た後、一睡もできなくなってしまったらしく睡眠不足に陥っていた。

 青い顔をしてフラフラと上半身を揺らしており、今にも倒れそうという感じだ。


「大丈夫かお前ら?」

「あぁ? ヘーキヘーキ」

「ちょっと死にそうなだけやし」


 二人の背中から今にも魂が抜け出そうになっている。

 その様子にナツメは嘆息する。


「リーフィアはともかく、ホムラ主まで情けない」

「情けない言わんといてーや! 幽霊ども平気で寝てるところに入ってきて耳元で”タスケテ……タスケテ”とか囁いてくんねんで。寝返りうったら血まみれの子供が、”なんでタスケてくれないのお姉さーん!”って言ってくんねんで、あんなん誰でもノイローゼなるっちゅーねん!」

「あたしなんか寝てるところを舌でなめられたのよ、べろ~って!? そのあと金縛りにあうし最悪よ!!」

「幽霊は一回相手するとつきまとってくるから、無視するのがいいぞ」


 と、言いつつも二人の後ろによくない影が見えるな。


「まぁ気分転換して、釣りでもしたらどうだ? 食料つきそうだし皆でやろうぜ」


 二人は苦い顔をしながら釣り竿を握る。

 船の後部で俺、プラム、リーフィア、ホムラが釣り竿を持って暗闇の海に釣り針を垂らす。

 するとしばらくして……。


「フィーッシュ!!」


 グランダースライムと化したプラムは、次々に魚を釣り上げていく。

 このスライム頭と性格が残念なのだが、運動神経は良いのでわりかしなんでも器用にこなす。

 入れ食い状態のプラムに対して、俺の竿はぴくりともしない。


「くそ、全然釣れん。プラムなんかアドバイスくれ」

「うまく竿を動かしてシェイキングするんだよ。ユーリの釣り餌は死んでる」

「餌は死んでるだろ」

「これだから素人は困るよね。もっと海と一体化して、海中にいる魚のバイブスを感じないと。ユーリはもっと竿をスパイラルキャストして、ジギングしながらポンピングしないとダメだよ」


 くそ、お前も釣り素人のくせに聞きかじった釣り用語並べやがって。

 ってかポンピングってなんだよ、本当にあるのか? 言葉の響き面白すぎるだろ。


「あっ、あたしもかかった! 重っ!」

「大物か?」


 リーフィアが苦戦しているので、俺は後ろから竿を掴み一緒に引き上げる。


「どおおおりゃ!!」


 胸を揺らしながら竿を振り上げると、ザバッと水しぶきを上げて何かが釣り上がる。

 ガシャッと音をたてて甲板に転がり落ちたそれは、コケの生えた白骨死体だった。

 ボロボロの服に針が引っかかって釣り上げてしまったらしい。

 リーフィアは「お前がやれって言うからやったら、こんなもん釣りあがったんだが?」とハイライトの消えた目で俺を見やる。


「うん、釣りやめよっか。なんか怖いもん釣りそうだし」


 サメちゃんとプラムがつり上がった白骨死体をツンツンと突っついていると、頭蓋骨が外れて転がってきた。サメちゃんはびっくりして俺の足に抱きつき、プルプルと怖がっている。

 大丈夫だよサメちゃん、幽霊より君のほうが強くて怖い。

 釣りをやめると、急に青鬼号がプスンプスンと音をたてて動きが止まる。明らかにエンジンが停止した。


「ん? なんで止まったんだ」

「おい、来てくれなんだか調子がおかしいぞ」


 サムに呼ばれて青鬼号のエンジンルームに向かう。

 グリーンの魔導石が装着された魔素マナタービンエンジンは、内部の圧縮機の調子が悪いのか動いたり止まったりを繰り返している。


「なんだこりゃ? 壊れたのか?」

「変な音がなって来てみたら魔導石が明滅している。普通ダメになると完全に消灯するんだが、こんなついたり消えたりするのは初めて見るな」


 帝国で魔導機をたくさん見ているサムでも珍しい現象らしい。

 俺はエンジンカバーを開いて中を確認してみるが、どこも悪いところは見当たらない。


「なんで止まってるんだ~?」


 しばらく原因を調査していると、ホムラがビクビクしながらエンジンルームを見渡す。


「れ、霊の仕業や。霊がウチらをこの海で遭難させようとしてるんや!」

「ただのエンジン不良だって。心配しすぎだ」

「はわ、はわわわわ」

「どうした?」

「う、上上!」


 天井を見上げると、そこには無数の小さな手形がつけられていた。


「誰だ天井汚したやつ」

「ちゃうやろ! 心霊現象に決まってるやん! ウチが昨日見た子供の幽霊がこの船を狙ってるんや!」


 パニックになったホムラは「うわーんたたりやー!」と泣きながら出ていく。

 俺も一瞬幽霊を疑ったが、犯人はすぐに見つかる。


「ウキ?」


 モコモンキーのサスケが、エンジンの脇から出てくると機嫌が悪かったタービンが動き出す。


「サスケ、こんなとこで遊んじゃダメだろ」

「ウキキ」


 モコモコの毛に触れるとバリッと静電気が走った。

 どうやらサスケの静電気のせいで、魔導エンジンの回路がうまく動作しなかったらしい。

 しかも、エンジンに触って遊んでいたせいでサスケの手は真っ黒だ。

 天井についている手形と検証してみると、サイズも色も一致した。

 幽霊なんてものは蓋を開けてみればこんなもんである。


 なんとか怯えるリーフィアとホムラにサスケのせいだよと説明したものの、完全に霊障を疑っており膝を抱えたままガタガタと震えている。


「もぉ無理や、こんなん寝られへんわ……」

「もう脳が限界に達する以外寝られる方法ないわね……」


 完全にグロッキー状態の二人。もはや気絶するのを待っているようだ。


「しょうがねぇな。じゃあ今日の夜俺ずっと起きてるから、なんかあったら言ってこいよ」

「あんたとり殺されるわよ」

「されねぇよ」


 その日の夜――

 プラムの釣った魚を火で炙って食った後、全員が船内の寝所に集まり天井から吊られているハンモックに寝転がる。

 俺たち以外にサムを含めた数人の帝国騎士がいるのだが、彼らは全員貨物室の方で眠っている。


「明かり消すぞ」


 俺はランプを消すと床に腰を下ろし、壁に背中をつけながらじっと夜がすぎるのを待つ。

 時折ゴォォッっと風が吹くと、リーフィアとホムラのハンモックがビクッと揺れる。


「ちょっと……起きてる?」

「起きてる、寝ろ」

「ちょぉ……起きてる?」

「起きてる、寝ろ」


 15分おきくらいに俺が寝てないか確認してくる二人。

 それが2時間くらい続く。

 深夜1時を回ったくらいだろうか、リーフィアのハンモックが揺れ、降りてくるのが見えた。


「便所か?」

「違うわよ、ほんとデリカシーないわね」


 彼女は俺の隣にお尻を下ろすと、肩に頭を乗せてきた。


「む、昔聞いたことがあるの、誰かの心臓の音を聞いたら寝やすいって。一応あんたの心臓がちゃんと動いてるかあたしが確認しといてあげる」

「そりゃどうも」

「1,2,3,4」


 どうやら心臓の音をカウントしているらしい。

 リーフィアはしばらく数字を数えていたが、すぐに寝息をたてはじめた。

 心音作戦は成功した模様。

 すると、今度はホムラが起きてきて同じように俺の隣に座る。


「なんやこの女、散々寝れへん言うて寝てるやん。繊細なんはウチだけかいな」

「人の心音を聞いてると寝れるらしいぞ」

「へ、へー……ウチもちょっと試してみよっかな」


 ホムラも同じように肩に頭を乗せる。狐耳が頬にあたってくすぐったい。

 どうしても彼女の耳に触りたい欲求に駆られ、俺はホムラの耳をモフる。

 モフモフしながら頭をなでていると、ホムラも同じように眠り始めた。



 時刻は午前7時。夜が明け、暗い朝がやって来る。

 リーフィアとホムラが目をさまし、俺と目が合った。


「ヨダレ出てるぞ」


 二人は慌てて口元を拭う。


「あんたもしかして本当にずっと起きてたの?」

「起きてた」


 俺はあくびを噛み殺しながら伸びをする。


「霊は出なかった。以上解散。首が痛ぇ」


 俺が首を揺らすと、寝こけているプラムがボタリと落ちてくる。

 なんでこいつこんなに俺の頭の上好きなん? なんとかと煙は高いところが好き理論なのか。

 俺が起きると膝の上に乗っかっていたサスケとサメちゃんが起きる。


「お前らがこっち来た後、全員来た。俺は昼まで寝るからな」


 立ち上がってハンモックに乗ろうとすると、服の中に潜り込んでいた小狐ナツメがボタリと落ちた。

 彼女は状況を理解すると、恥ずかしそうに咳払いする。


「ん、ん、おはよう」

「……ばっちゃまで」

「別に眠れないというわけではないのだが、まぁ体温保持の観点から見てどこが一番快適かと考えたわけじゃ」


 ナツメは必死に苦しい言い訳を繋いでいた。



 ユーリが眠りについた後、二人はなぜあんなにも精神的に追い詰められていたのに簡単に寝られたのか不思議でしょうがなかった。


「心音作戦がきいた? でもそんなにきくかしら」

「まぁ普通はきかんよな」


 首を傾げる二人に、二度寝しようとユーリのハンモックに忍び込もうとするプラムが教える。


「一番安心できる場所だからすぐ寝られたんでしょ、動物の本能だよ。ボクユーリの頭の上なら3秒で寝られる」


 そう言われしっくりくる二人だったが、あの男の隣がもっとも安心できる場所だとは認めたくなかった。

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