第77話 STR訓練

 魔大陸森島――炎天下の砂浜にて


「くっ、なんで、あたしが、こんなこと、しなきゃ、なんないのよ」

「砂が、あっつい、汗が、止まらんわ」


 水着姿のリーフィアとホムラが、そろって後頭部に手を当て、腰をかがめては立ち上がる運動を繰り返している。

 体の上下に合わせて揺れる胸、ブルンと振動する度にきらめく汗が、大きな曲線を描きながら滑り落ちていく。

 足腰に負荷をかけて行う帝国式スクワットは、効率よく下半身のトレーニングを行うことが出来る。


「ウッキー、ウキウキ」

「カッピー、カピカピ」

「シャ、シャ、しゃーく」


 その横で魔獣組がダンベルを持って、正拳突きの練習を行っている。

 俺は鬼コーチと書かれたハチマキをつけて、皆の訓練指導を行っていた。


「ブチブチ文句言うな~。筋力があればなんでもできる。パワー!」

「パワーじゃないわよ! あたしカテゴリー的には魔法使いなんですけど!」

「魔法使いなら筋トレしなくていいってわけじゃないぞ。パーティーの中で一人体力がない奴がいると、全員がそいつに合わせなくちゃならなくなる。他にも急に強敵と遭遇して逃げなきゃいけないとき、体力ないと置いてかれて死ぬぞ」

「その時はあんたを囮にして逃げるから」

「はいリーフィア、ノルマ50回追加」

「さいってぇ!!」


 パワハラよパワハラと、キレながらスクワットするリーフィア。

 愛のムチと言って欲しい。


「てか、なんでウチら水着やねんな!」

「砂浜だと体幹鍛えやすいからな、あと単純に汗かくからに決まってるだろ」


 決してスクワットで揺れるおぱいを見ているわけじゃない。


「目線が完全に胸に合わせて上下してるやん」

「ほんとあいつクソね。こっちが苦しんでるのを見て快楽を得るタイプよ」

「ウチが今度、こっくりさん呼んで性器もげる呪いかけたる」


 恐ろしいこと言ってんなあいつら。一応筋トレの正当性も説明しておこう。


「筋肉をつけることによって攻撃力も防御力も上がるし、ケガをしたとき致命傷になりにくい。それに代謝を上げることによって健康美容にも繋がる。筋トレって良いことずくめだろ?」

「良いことかもしれんけど、あんたウチらにガチムチになってほしいんかいな」

「そこまでやれって言ってるわけじゃない。自分の体格を無視したパンプアップは敏捷性の低下に繋がるから、何事もバランスが重要だ。ただある程度の筋力もないやつは、強い攻撃一発で落ちる。そんな打たれ弱い奴は実戦で使えない」

「強い攻撃に当たらなきゃいいのよ」

「そうやそうや、避けたらええねん」


 リーフィアたちがぼやいていると、その脇を巨大な岩石をロープで引きながらバニラが走ってくる。


「モ~♪」


 100クロくらいある岩を用意したのだが、バニラは何も引いていないような軽やかさでマラソンを行う。

 さすがホルスタウロス。乳牛種とはいえミノタウロスと同等の筋力を持っている。


「モ~♪」

「勉強赤点だったバニラが、筋トレでは一番の優等生だな。やっぱ次の島にはバニラ連れて行くか。バニラは誰か達と違ってブチブチ言わないからな」

「クソムカつくあいつ!」

「ほんま性格悪い!」

「お~ん? いいのか~そんな口きいて、ノルマ倍にするぞ~?」

「そうですよみなさ~ん、そんなことではエリートになれませんよ~」


 筋トレする皆をあざ笑いに来たのか、キノコ山をコリコリかじりながら駄妖精が飛んできた。


「なんでセシリアは免除されてるのよ! あんたも筋トレしなさいよ!」

「ウフフ、わたしは優良精鋭組エリートなので筋トレなんて必要ないんですよ。あなた達劣等生はしっかり鍛錬に励んでくださ~い♪」


 こいつマンガの1話目ラストで、主人公にボコられそうな性格してんな。「バカな、このエリートの私が劣等生如きに敗れるなんて!?」とか言って負けそう。


「ちょっとセシリアが免除されてる理由を求めるわ」

「あなた達と違って、才能があるからですよ」

「違う、単純に筋力の基礎値が低すぎるから伸びしろがない」


 筋力0.1が、努力して0.2になったところでなぁという話。


「セシリア、お前には瞑想訓練してこいって言っただろ。魔力上げて長所のばす訓練だ」

「瞑想してきましたよ。だから気づいてしまったんです。わたし以外の劣等種に、自分が劣っている生き物であることを教えてあげなくちゃって」

「いいかーお前ら、本当に嫌なヤツってのはこいつのことを言うんだぞ」


 ホムラ達はコクコクと頷く。


 それから定められたノルマを終わらせたバニラが、俺のもとにやってきてやる気を見せている。


「モウモウ(終わった、次なにやる?)」

「もう終わったのか、早いな」


 正直バニラは筋力面の心配がないから、違うことやらせた方がいいんだよな。

 しかしせっかくやる気を見せているのだ、何か遊びながらできるトレーニングはないかと考え、ピンと閃く。


「ちょっと待ってろよ」


 一旦ファームに戻って釣具を持ってくると、バニラの前で実践して見せる。


「命中力の訓練をするぞ」

「モォ?」

「この竿を上手くキャストするんだ。20メイルくらい先に岩場が見えるだろ? あそこに魚がいるから、そこに向かって投げ込んでみろ」

「モォ!」


 釣り竿を受け取ったバニラは、砂浜から海に向かって力強く竿をしならせる。

 すると釣り針が勢いよく飛び、岩場を遥かに通り越してしまった。


「おぉ50メイルくらい飛んだな」

「モォ(飛び過ぎた)」

「そうだな、力いっぱいやるんじゃなくて力をうまく抜いて飛距離をコントロールするんだ」


 貸してみと竿を受け取り、お手本で釣り竿をキャストしてみせる。

 すると上手いこと釣り針は岩場に入り込み、糸を引き寄せると魚が一匹釣れていた。


「モォ(すごいすごい)」

「岩と岩の隙間に投げこむと、ほぼ入れ食いだぞ」

「モォ(やってみる)」


 再びバニラが「ていや」と竿をキャストすると、今度は釣り針が後ろにビヨーンと飛んでいく。


「力み過ぎだな。筋トレしてる奴らに刺さってないといいけど」

「モォ(失敗失敗)」


 カリカリとリールを巻くと、俺の顔面に何かがへばりついた。


「なんだこれ?」


 ワカメでも引っ掛けたか? いや陸にワカメなんてないだろうし。

 顔にへばりついたものをとると、それは赤と緑のビキニブラだった。

 後ろをゆっくり振り返ると、腕で爆乳をおさえ握りこぶしを作るホムラとリーフィアの姿があった。

 どうやら大物を引っ掛けたらしい。


「……ダブルフィッシュ」

「ウチら筋力どれくらい上がったか確かめたいんよ」

「ちょっとあんたで試させてくんない?」

「いや、そんなすぐに筋力って上がらないと思……あーー!!」


 サンドバッグにされる俺の隣で、バニラが魚釣れたよと嬉しそうに飛び跳ねていた。


 俺が磔にされ我が身を差し出して筋トレマシンと化していると、エウレカが「大変です~」と走ってきた。


「兄上大変です、マゾプレイしている場合じゃありません!」

「これをプレイと思うなら、お前も相当俺たちに汚染されてきたな。それでどうした?」

「帝国の軍船が来ました!」

「軍船?」

「なによ、帝国の連中また喧嘩売りにきたわけ?」

「そんなまさか」


 俺たちは入江の方へと向かうと、そこには確かに帝国の真っ黒い軍船があった。

 軍船は上陸用のボートを下ろすと、騎士数名を乗せてこちらに向かってくる。

 その中に、サイクロプス戦以来となるサムの姿を発見した。


「あいつ何しに来たんだ?」

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