第3章 夜島編
第76話 教会は大体敵
ヴァーミリオン帝国ミュルヘン市
帝国南部に位置するのどかな片田舎の街に、帝国騎士団陸軍第9師団は調査にやってきていた。
「ロッテンダムに続いてミュルヘンまで……これで2つ目か……」
師団長に昇格したサムは、誰もいなくなった街を見やりながら眉を寄せる。
調査に来た帝国騎士団員は、一つ一つ家を回っていくが全てもぬけの殻。
食べかけの食事、干しっぱなしの洗濯物、ほんの少し前まで誰か住んでいたであろう生活感のある部屋に、ピースが一枚抜け落ちたかのように人間だけが存在しない。
このように、帝国では街人全員が急にいなくなるという怪奇事件が起きていた。
「死体もないところが逆に不気味だな」
調査を終えた部下が小走りでサムに近づくと、街の状態を報告する。
「隊長、ロッテンダムと同じく市民は見当たらず、市長のみが無事という状況です」
「市長は?」
「保護した市長は皆悪魔に連れて行かれたと説明しています。こちらもロッテンダム市長と同じです」
「そうだな。……なぜ両市長は助かったのだ?」
「わかりません」
「悪魔からのメッセージか? 人間を一人残すことで自分たちの仕業だと報せる……。家畜などはどうだ?」
「これも同じで手を付けられていません」
「食料目的なら家畜も連れて行くはずだが、目標はあくまで人間だけか……」
嫌な予感を感じていると、盾のマークを荷台につけた馬車が街へと入ってくる。
サムはそのマークを見ただけで顔を引きつらせた。
「面倒な奴らが来た」
「なんだあいつら、ここは関係者以外立ち入り禁止なのに」
部下が止めようとするが、サムは首を振る。
「良い通せ。”教会”だ」
馬車から二人の女性が降りると、サムの前に立つ。
一人は 長い黒髪を後ろでまとめあげた、眼光が鋭く目の下にクマが出来た少女。
深いスリットが入ったシスター服に、手甲と脚甲を身につけた神官騎士。格好はシスターだが、纏っている雰囲気は聖女とはほど遠く、殺人鬼と言われた方がしっくりくる。
もう一人は巨大なショルダーアーマーに教会マーク付きのマント、胸元の大きく空いた鎧を纏った女性騎士。ショートカットに凛々しい顔をしているのだが、いかんせん格好が痴女に近い鎧を着ているので、誰もがその姿に視線を吸い寄せられてしまう。そのことに気づいてか、彼女はさっとマントで自分の体を覆い隠す。
サムは殺人鬼シスターと蓑虫騎士を見て、すぐさま敬礼を行う。
「ご苦労さまであります。ヴェロニカ
名前を聞いてもいまいちピンときていないサムの部下が、ボソリと耳打ちをして聞く。
「隊長、彼女たちは一体……」
「ヴァーミリオン帝国国立アテナ教神官騎士団の
「では法務部の……」
「そうだ、一応
「……まだ10代に見えますがね」
「見た目に騙されるな。理解できんが彼女らには神の声が聞こえる」
「自分宗教はちょっとあんまりなんで……」
「オレもだ」
サムは部下に首を振る。
すると目付きの悪いシスターことヴェロニカが、突然テクテクと歩き出し民家の中へと入っていく。
「どうされました?」
部下とともに慌てて追いかけると、彼女は導かれるようにして民家の地下室へと入っていく。
一体何があるんだと思うと、地下室でゴブリンが
「ゲゲッ」
「こいつが街人の誘拐犯でしょうか?」
サムは部下に首を振る。
「そんなわけない。無人の街で餌を見つけた、はぐれゴブリンってところだろう。田舎だと珍しくもない」
サムはゴブリンを処理しようと剣を抜こうとするが、シスター服の少女が地下にあったトンカチを握り、容赦なくゴブリンの頭を叩き潰した。
「汚れた魂にアテナの救済を……」
ヴェロニカは胸の前で十字を切る。
地下室にはビシャッとペンキをぶち撒けたように血と肉片が飛び散る。あまりの容赦のなさと、返り血に染まったシスターを見てサムと部下は閉口する。
「鶏をしめるような手際の良さだな……」
「まるで害虫駆除業者ですね」
シスターはゴブリンの血まみれになった自分を見て、不快気な表情になる。
「水は?」
「裏に井戸がございます」
「井戸の水は……汚い」
部下はヴェロニカを騎士団の野営地に案内すると、飲水で手を洗わせることにした。
「…………(ジャブジャブジャブ)」
「…………」
「…………(ジャブジャブジャブ)」
「…………」
「…………(ジャブジャブジャブ)」
「…………」
サムはしばらくその様子を眺めていたが、あまりにも手を洗う時間が長く、とっくに血は流れ落ちている。しかしヴェロニカが洗いをやめないことから、それが通常の手洗い目的ではないと気づく。
「潔癖症……いや、洗浄脅迫か」
「洗っても洗っても汚いと思う奴ですか……。アライグマみたいですね」
「今のを聞かれたら、お前の頭もトンカチで叩き割られるぞ」
「恐ろしいです」
部下はブルッと震え上がる。
永遠に手を洗い続けるヴェロニカを無視して、ティターニアが問う。
「状況は?」
「ロッテンダムと全く同じです。市長のみ健在で、市民は姿を消しました。証言も一緒で、悪魔の仕業と」
「少し前近隣の住民が、ガーゴイルの群が空を飛んでいるのを見たと言っていた。数は100を超えると」
「100ですか!? では悪魔の巣が」
「それはない、帝国にあった悪魔の巣は我々が全て駆除した。まして100なんて大規模なもの
「では……」
「
「だとすると、どこから飛んできたのか見当がつきません」
「いや……ガーゴイルなんてわりとどこにでもいる悪魔ではない。恐らく……」
ティターニアは海岸方面に視線をやる。
その先にあるのは魔族の島。
「まさか魔大陸から?」
「魔族の報復が始まっているのかもしれない。調査を続ける」
ティターニアはアライグマシスターを連れて、一度教会に戻ると残し街を去っていった。
二人を見送ったサムは難しい顔で唸る。
もし悪魔たちが魔大陸から転移して人間を襲っているのであれば、それは魔族による侵略行為だ。そうなると再び戦争がチラつく。
いや教会が動いている時点で、既に帝国は魔大陸からの攻撃と思っているのだろう。
「魔大陸のことなら……あの男に頼むしかあるまい」
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