第68話 ZOMAHONがやって来た 前編

 寒波が過ぎ去って数日。

 森島は、少し前までマイナス30度だったとは思えないほどポカポカとして日差しが心地よい。

 だがその急激な気温の変化で、獣系魔族の毛が抜けるわ抜けるわ。

 歩く綿毛のモコモンキーと宝石ドワーフが、毛を撒き散らしながらファーム内を移動するので、あっちこっち大変なことになっている。

 掃除したそばから散らかして回るので、青空の下春の大散髪祭りを決行することになった。


「ちょっと待ち、アンタまだ毛刈ってへんやろ!」

「ウキ?」


 ホムラが走り回るモコモンキーを捕まえ、切り株の上に座らせる。

 カリスマ毛刈師こと俺が、ハサミ片手にモンキーの後ろに立ち、フワッフワの毛に触れる。

 

「お客さん、今日はどんな髪型にします? 天パ凄いですよ? いっちょストパかけます?」

「ウキウキ」


 モコモンキーはくしくしと頭の毛を集めて立てて見せる。


「リーゼントご希望ですか。渋いですね」

「ウキウキ」

「やっぱり若い時にしかできない髪型ってのがありますからね。あとになると黒歴史とかって言われるんですが、振り返ってみるとそれがいい思い出になるんですよね」

「ウキ?」


 要望を聞いてチョキチョキと毛を刈っていると、アシスタントで呼んだはずのプラムとバニラが、自分の口の上にモコモンキーの毛をくっつけて遊んでいる。


「ユーリ見て、ひげー」

「ひげー」

「あっ、お前ら不用意に触ると……」

「いだだだだだだだ!!」

「いだひ!」

「言わんこっちゃない」


 モコモンキーの毛は静電気が帯電しやすい為、何も考えずに触るとあのようにビリビリするのだ。


「なにセルフ罰ゲームしてるんだ。遊んでないで手伝え」

「なにすんの?」

「そこに魔筆マジックがあるだろ。それで番号を体のどっかに書いてくれ」

「ユーリ・ルークス。囚人番号11と」

「俺じゃねぇよモンキーのだよ!」


 俺の額に数字を書くプラム。


「そんで身長測って、30センティ以下をA、40をB、50をC、60をDと大きさ別に割り振ってくれ」

「ふむふむ、この子はB組だね」

「ちょっとモンキー滞ってるわよー。早くカットしてこっちに流してよ」


 リーフィアがファームに設置した露天風呂から、洗いたてのモンキーを持って現れる。

 一糸まとわぬ姿をしているのだが、水魔法を使って見えてはいけない部分に微量の霧を作り出して見えなくしている。

 

「おのれ規制魔法め……」

「なんか言った?」

「いや、なんでも」


 彼女たち妖精族には、毛を刈ったモコモンキーたちを順次洗ってもらっている。


「ってかそんな格好で出てくるなよ」

「ちゃんと靄かけてるでしょ」


 リーフィアは見えないからいいでしょと後ろ髪を弾くと、ネタ振り待っていたと言わんばかりにビュゥっと強い風が吹く。

 その瞬間彼女の身を隠していた靄が吹き飛び、真っ白な脚、くびれた腰、起伏の激しい目玉焼き、真っ赤になったリーフィアの顔が目に入ってしまった。


「…………101のJ組か」

「何見てんのよスケベ!! しねぇ!!」

「あぁああーー↑!!」


 リーフィアは飛び蹴りで俺を宙空に蹴り飛ばすと、リーゼントにしたモコモンキーを抱えて露天風呂へと帰っていった。


「う~ん、パイカウンターが正確すぎるのも問題だな」


 ってかちゃんとタオルと下着があればいいんだが、あいつら基本自然体だからな。

 他にもたくさん欲しいものがあって、イモ以外の作物の種、魚をとるための船、料理用のでかい鍋、金属を加工する鍛冶道具、欲しい物リストをあげだしたらキリがない。

 帝国なら簡単かつ安価で手に入っていた品物が、魔大陸では手に入らず、結果無駄な労力を割くことが多い。

 帝国が飛空艇バンバン飛ばしている横で、今日はでっかいイモがとれた♪ とか言って喜んでるんだ。そりゃ戦争も負ける。


「帝国に比べて、魔大陸は100年くらい文明レベルで遅れをとってるな」


 強大な魔力だけで人間と渡り合ってると言っていいだろう。

 頼むからファームの隣に道具屋出店してくれないかなと考えていると、エウレカがトラブル持ってきましたという顔で走ってくる。


「兄上~来客です!」

「来客? 今日誰か来るって言ってたかな」

「帝国から商人が来ました!」

「は? 帝国から?」


 タイムリーな話だが、魔大陸にやってくる酔狂な商人が本当に存在するのか?

 俺はエウレカに連れられ海岸へと向かう。すると驚いたことに、本当に大型の商船が接岸していたのだった。



 俺たちは事務所にて、テーブルを挟んで初めてベヘモス以外の人間と対峙していた。

 目の前の男二人は帝国からやってきた商人と、その護衛らしい。

 チョビヒゲふとっちょの商人は、ハキハキとした口調で話す。


「ホッホッホ。どうも、私はヴァーミリオン帝国から来ました商人のホブロンでございます。こっちは護衛のモーガン殿ですぞ」

「オレは護衛についているギルドスケアクロウのリーダー、モーガン・ダインだ。ギルドランクはBだ」


 戦士風の中年男性は、特に聞いてもいないランクを強調して言う。


「ユーリ・ルークスだ。商人ってどこかの商会に属してるのか?」

「わたくし帝国ZOMAHONという、通販会社からやって来ております」


 ホブロンは羊皮紙を俺に手渡す。中をあらためると、ZOMAHONが帝国で認可を受けた通販会社であることがわかる。

 同席したエウレカが、こそっと俺に耳打ちする。


(帝国印は本物です。多分本物の通販会社ですね)


 だろうな。帝国ZOMAHONって言えば、魔導ネットで注文すれば二日以内に商品が届く通販界の超大手だ。


「その通販会社がなぜ魔大陸なんかに?」

「魔王大戦後、魔大陸が帝国の管理下にあることはご存知だと思います」

「管理してないけどな」

「弊社としましては、魔大陸の資源を腐らせておくにはあまりにも惜しい。できれば貴重な資源を、帝国に輸出したいと考えておりまして。しかし魔大陸で、人間が歓迎されていないのは周知の事実だと思います」

「扱いに困って、罪人流す流刑所にしてるくらいだからな」

「はい。ですがつい先日この島に、帝国王子であらせられるマッシブ王子が上陸したと聞きまして。実は治安はよくなっているのではないかと」


 王子が上陸できるくらいだから、商売しに行けんじゃねぇかって踏んだわけか。

 確かに今現在ベヘモスも弱体化しているし、チャンスと言えばチャンスだろう。


「弊社上層部からもGOサインが出たため、我々が先遣隊としてやってきた次第です」

「度胸あるんだね。敗戦国に戦勝国の人間が商売しにきたわけでしょ。食べられても不思議じゃないよ」


 プラムは食べちゃうぞと、クパッと口を開いて見せる。

 するとテーブルにナイフが突き刺さった。


「おい、なにすんだ。本当に食おうとしたわけじゃないってわかるだろ」


 俺が怒ると、ナイフを投げたモーガンが蔑んだ目でこちらを見やる。


「次攻撃する素振りを見せたら殺すぞ、スライム風情が」

「あ? こっちのセリフだぞ?」(・3・)


 プラムがキレかかると、ZOMAHONの担当は慌てて仲裁に入る。


「モ、モーガンさんやめてください。我々は交渉で来ているのですぞ! 現地人を怒らせたら、私が上層部に怒られます!」

「オレはあくまで、あんたがこの化け物達に食われないよう護衛しているだけだ。このBランクのモーガンがな!」


 くわっと目を見開くモーガン。

 どうやらこの男は、任務の為には雇い主の事業が失敗しようが関係ないらしい。


「Bランク程度でイキり腐りやがってよ……」


 毒饅頭になりかけているプラムの口を塞ぐ。

 俺も同じことを言ってやりたいが、もしかしたらこれは文明レベルを上げるチャンスかもしれない。

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