第67話 ファームは問題がいっぱい Ⅳ

 俺はもう知らねとログハウスの端っこで、ベロベロのホムラ達を眺めつつ果実酒をチビチビとやっていた。

 いつもはうるさいプラムも、ストーブの暖かな空気と満腹感に負け、膝の上でうたた寝をしている。


「zzZZ……」

「こいつ目開けたまま寝てんな……」


 抵抗しないプラムの饅頭ボディをムニムニしていると、酒を持った銀髪妖狐が俺の隣に腰を下ろす。

 ナツメの白い頬は若干朱に染まっており、既に酒が入っているようだ。


「あんまり酔うと、また百合丸できるぞ」

「その話はいいじゃろ!!」


 ナツメは自分の腹の中に俺との子供がいると信じきっていたのだが、調べた結果妊娠していなかったのだ。

 ちゃんと振動魔法を使って、ナツメの体の中に彼女以外の心音があるか検査してみたが、何度調べても反応はなく勘違いだったということが判明した。

 妊娠してないよと告げると、彼女は点3つで表せるような顔をして「えっ? ほんとに百合丸いないの? 嘘やん(∵)」とフリーズしていた。


「主は獣王師団長のくせに、なぜこんな端におる?」

「やめろやめろ、その重々しいわりにすぐやられそうな肩書。俺はなんもしてねぇから隅っこで小さくなってるだけだ」

「バカ者、主がああやって燃料を持ってきたから、あのでかいストーブが機能しているのじゃろう? あれがなければ今頃皆凍死じゃ」

「燃料は俺一人でとってきたわけじゃない。皆の力だ」


 ナツメは不快げに眉を寄せると、俺の手をとって掌を確認する。


「血マメに凍傷、あかぎれだらけの酷い手じゃ」


 昨日の晩、少し無理して燃料の調達を行ったせいだろう。

 寒波前日ということもあり、雪が舞っていたのを覚えている。


「集まった魔族の数が予想より多かったからな、それだけ燃料は多く必要になる。寒波中に燃料切れが一番やばい」

「バカ者、そんなもの集まった魔族にやらせればいいじゃろう」

「俺が嫌いなんだよ。口だけで何もしない奴」


 ナツメは深くため息をつく。


「主はよくやっとる。見よ、少し前まで殺し合いをしておった人狼族とリザード族が折り重なって寝ておる」

「単に女子に飲みつぶされているだけでは?」

「向こうで蜂たちも感謝しておる」


 ナツメが指差す先に、宝石ドワーフに埋もれたハニービーがこちらに向かって「ぶいっ」とピースしていた。その無邪気な姿が可愛い。


「主が人間だから、皆主を信じたのじゃろうな」

「普通魔族は人間の言うことは聞かんだろ?」

「これが例えば人狼サイガが主導だと、ゲイツのような別の力のある魔物が反発しだす。しかし主が損得勘定抜きで魔族を受け入れ、不義理は平等に罰することで皆大人しくなっておる」

「あぁ……喧嘩したらつまみ出すってやつか? わりかし当たり前のことしか言ってないがな。ってか魔将であるお前が言えば皆従うだろうに」

「魔将は先生ではない。そのへんは主に任せる」

「丸投げかよ。獣王師団長もグレて勇者チームに寝返るぞ」

「そうじゃな……何か褒美をやろうか?」


 褒美と言われてナツメの北半球むき出しのでかい乳に目が吸い寄せられる。その乳揉ませろやと言おうかと思ったが、多分殴り殺されるので、彼女の持つ鬼殺と書かれた瓢箪を指差す。


「……じゃあその酒くれよ」


 多分中には上等な酒が入っている。


「よかろう」


 ナツメは頷くと、酒を自分でグイッと煽った。


「あっ、おい。くれるんじゃな――」


 唇に柔らかな何かが触れると同時に、辛口……いや甘口の酒が流れ込んでくる。

 思考停止した俺は、そこそこのバカ面を晒していたことだろう。

 ナツメは朱に染まった顔を離すと、口端から唾液混じりの酒が垂れる。

 艶かしい線を描く酒は、ストーブの光に照らされオレンジに輝いて見えた。


「褒美じゃ」

「よく言うよ。処女妖狐のくせに」

「貴様も童貞じゃろうて、人のことは言えん」


 お互い顔を赤くしたまま男女経験の少なさを罵り合う。

 周囲の音はガヤガヤと騒がしいはずなのに、なぜかお互いの声しか耳に聞こえてこない。

 ナツメの白い尾がゆっくりと揺れ、挑発するように俺の膝をパタパタと叩く。


「「…………」」


 あかん、このままだと本当に百合丸ができる雰囲気だ。

 膝の上で寝てる饅頭を起こすか? でも一生ヘタレって言われそうだな。

 そもそもナツメの奴、御歳300歳の大妖怪のくせに、なぜこんなにも可愛らしい反応を返すのか。

 しかしそんな雰囲気をぶち壊す大声が響く。


「女狐ぇ! 次負けたら全裸で外に出てファーム一周よ!」

「望むところや! 覚悟せぇよ!!」


 完全にデキ上がった半裸の狐と妖精が、一生黒歴史になるようなことをしようとしている。


「あぁあ、あいつらほっとくと全裸でブレイクダンスでも踊りだすぞ」


 ナツメは頭が痛いと額をおさえ、「主、なんとかしなんし」と丸投げする。

 俺は仕方なく、これ以上あの二人が恥をかいて嫁にいけなくなる前に止めることにした。



 こうしてあっという間に4日が過ぎ去った。

 今回の寒波は過去最長で、未だに寒さが残るものの天候はゆっくりと回復に向かっている。

 宿舎から雪の残るファームに、魔族たちが続々と出ていく。


「わほーい雪だ雪だー!」

「あんまはしゃぐとお前シャーベットになるぞ」


 真っ白な放牧地を飛び回るプラム。宝石ドワーフ、モコモンキーたちが雪に埋もれながらその後をついていく。


 俺は「うーさみ」と自分の体を抱きながら、帰る魔族たちを見送る。

 その中でサイガ達、人狼族の集団を見つけた。


「また世話になったワフ」

「おぉ、死者が出なくて良かったよ」

「全くだ。今度何か礼を持ってこさせるワフ」

「お礼より、元気な子供連れてまた来いよ」

「……感謝するワフ。何かあったら呼ぶと良い、人狼族が力になろう」


 サイガは深く頭を下げると、仲間を引き連れて住処へと帰っていく。

 同じくゲイツたちリザード族も、俺の前にやってくると長首を下げた。


「ありがとよォダチ公、寒波で誰も死ななかったのは今回が初めてだズェ」

「おう、今度は避難じゃなくて遊びに来いよ」

「くぅ、人間がオメェみたいな奴らばっかりだったら、戦争なんて起きなかったのになァ! そうだ、オメェ今女いんのかァ?」

「女?」

「俺様の妹が、そろそろ産卵適齢期でよォ。あれなんだけど」


 ゲイツが長首で指したのは、立派な鱗を持つリザード族の女性(多分)

 魔族に関しては知識がある方だが、正直ゲイツと並んで、どっちがメスでしょうかと問われてもわからない。

 いや、メスの方がちょっと睫毛があるか……?


「マブいだろォ?」

「お、おぉせやな(困惑)」

「お前になら紹介してやってもいいズェ?」

「い、いや、あんなマブイ女だ、俺なんかよりもっと立派な奴がいる。俺なんかで妥協するなって」

「クゥ~お前は本当に謙虚な男だ。今度美味い酒をもってきてやるズェ!」


 妹を紹介されるよりそっちの方が100倍助かる。

 ゲイツは妹を褒められ嬉しそうにしながら「また来るズェ」と残し、一族と一緒に巣へと帰っていった。


 ほとんどの種族が帰った後、最後に約20人ほどのハニービーが残っていた。

 最初に俺と出会ったハニービーの少女と、別れの挨拶をかわす。


「ギギ(助かったよ。皆が生き残れて嬉しい嬉しいよ)」


 ハニービーは大きく手をあげて、嬉しさをアピールするとこちらに抱きついてきた。

 昆虫とは思えぬ爆乳がくっつき、思わず鼻の下が伸びそうになる。


「おぉ、虫族は特に寒さに弱いからな。死者が出なくて良かった」

「ギギギ(とても暖かく楽しい時間だったよ。私達もこのファームのような暖かい場所を作りたい)」

「そりゃ良かった」

「ギギ(正直言うと、ここを去ると寂しさを感じるよ。お願いがあるんだけど)」

「なんだ?」

「ギギギ(この近くに新たな巣を作ってもいい? また寒さがやってきたとき助けてくれると嬉しい嬉しい)」

「そりゃ構わんが」

「いっそウチに来ちゃえばいいのに」

「そうですよ。ウチに来ちゃえば蜂蜜食べ放題になるのに」


 プラムとセシリアがボソリと言うと、ハニービー達は顔を見合わせる。


「あんまり無茶言うんじゃないの。向こうにも事情があるんだし」

「ギギ(良いの? 私達蜂蜜しか出せるものないよ?)」

「いや、その蜂蜜を喉から手が出るほど欲しがってるやつがいてな」


 俺はヨダレをダラダラと流すプラムとセシリアを見やる。


「ギギ(それなら私達からもお願いしたいよ。このファーム温かいから好き)」

「女王様に許可とらなくて大丈夫なのか?」

「ギギ(大丈夫。女王もすぐ許してくれるよ)」


 彼女の言う通り、ハニービーの女王はあっさり許可を出すと、移住が決まった。

 それからの流れは早く、ファーム内に新たな巣が建築され、鬼ヶ島養蜂場が完成したのだった。

 暖かくなった現在、蜜を求めてブンブンと飛び回るハニービー達の姿が見られるようになり、食卓に甘味が増えていた。

 それと同時に、ハニービーたちは花粉も運んできてくれるので、ファームにはたくさんの花が咲き誇ったのだった。


 ちなみに田んぼを荒らしていたバッタは、寒波にやられたのか姿を見せなくなっていた。



 ファームは問題がいっぱい         了

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