第66話 ファームは問題がいっぱい Ⅲ

 俺は森島全土に向けて、今回の寒波で不安のある種族は皆ウチに来いと、木霊を使って伝令を飛ばす。


「寒波を乗り切る為に協力しようって言ったが、一体どれくらい集まるか……」


 プライドの高い魔族だ、人間の言うことなんてどれほど信用してくれるかわからない。それなりに数が集まってくれないと、食料や燃料の確保がしにくくなって困る。

 しかしそんなものは杞憂だったようで、一日二日のうちに来るわ来るわ。

 ファームに集まったのはリザード、アラクネ、ソードグリズリー、ユニコーン、コボルト、ケットシー、虹色パピヨンと、亜人、獣、幻獣、虫まで様々。

 その中には、義足の人狼サイガも紛れていた。


「戦士よ邪魔をするワフ。これは土産だ」


 サイガはドサッと、人間の身長をゆうに超える肉塊を下ろす。

 美味そうなジャンボイボイノシシの肉だ。ありがたく寒波中の食料にさせてもらおう。


「サンキューサイガ、悪いな」

「お前にはでかい借りがある」


 サイガはコンコンと義足で地面を叩いた。

 サイクロプス戦で失われた彼の足は、膝から下が木製の義足になっている。

 この義足の調整と作成は俺がやったので、そのことを恩に着ているようだ。


「どうだ、足の調子は?」

「悪くない。十分戦えるし、頑丈だワフ」

「シャフトは木製だが、折れた世界樹の枝から切り出したもんで、妖精族の強化魔法もかかってるからな。軽い上に鉄より硬い」

「配慮痛み入るワフ。足を失ったというのに、未だ族長でいられるのは戦士のおかげだワフ」


 確か人狼は怪我をしたり、弱くなると群れから追い出されるって聞いたことがあるな。足一本失っても威厳を保っていられるのは、サイガが凄いからだと思うが。


「おおげさだって。人狼もやっぱり寒波はきついか?」

「いつもは洞穴を掘って、中で寒さをしのぐのだがな。毎回群れの一割くらいは凍死しているワフ。今回身籠っている者が多く、是が非でも死ねないと思っていたワフ」

「そりゃ大変だ。妊婦が死ぬと種の存続に関わってくるからな」


 サイガは「全くだ」と頷くと、ファームの中央を見やる。

 そこでは鬼ヶ島建設と書かれたヘルメットを被った、アラクネやコボルトたちが、急ぎで宿舎を建設している姿があった。


「あれは……」

「予想より多く魔族が集まってきたから、もう新しく避難所を作ることにしたんだ」

「普段いがみあっている種族が、ああして同じ建物を作っているのは違和感があるワフ」

「個々の力で乗り切るより、全員で協力した方がいいに決まってる。俺は死者0を目指すぞ」

「お前といると、なぜ我々は今まで一人で寒さに耐えていたのかわからなくなるワフ」


 サイガと話していると、木材を担いだリザード族の若者が怒鳴る。


「オゥイ、サイガ! テメェサボってないで宿舎作るの手伝ィやがれェ!!」


 彼はリザード族の若頭でゲイツという。リーゼントみたいな黄色いトサカをしていることが特徴だ。

 話し方はチンピラっぽいのだが、悪い奴ではない。


「トカゲ風情が偉そうに、誰に指図しているワフ」

「テメェ以外誰がいんだよアァン↑?」


 顔を突き合わせて睨みあう二人。

 ちなみにだが人狼族とリザード族は仲が悪い。というか、ゲイツが一方的に敵視している。理由は年齢が一緒で、腕力自慢なところと、イケメンなところがキャラ被りしているらしい。

 俺からするとトカゲと狼の時点で、キャラが被っている要素は一つもないのだが。


「グルル……痛い目にあわんうちに失せろワフ」


 俺は牙をむきだしにして唸るサイガを抑える。


「やめろサイガ、ここに来た以上は最低限ルールに従ってもらうぞ。寒波が過ぎるまで喧嘩するな。喧嘩した奴は種族ごとつまみ出す。以上だ」

「むむむ……わかったワフ」


 バーカバーカ怒られてやんのと舌を出すゲイツ。


「ゲイツも煽るな。例え先にサイガが手を出したとしても、原因がお前ならリザード族を追い出すことになるぞ」

「わ、わかってるってばよォ」


 慌てるゲイツに、今度はサイガが怒られてやんのと舌を出す。

 まぁコイツらは喧嘩するほど仲が良いの類だろう。


「よし、燃料班と建築班、寒波中の食料を確保する食料班にわかれるぞ! 建築はリーフィア、食料はホムラ、燃料班は俺と一緒に世界樹前で木こりだ! 皆、それぞれが誰かの命を預かってると思って作業にあたってくれ。避難所も食料も燃料も、どれか一つでもなくなったら皆全滅だからな!」


◇◆◇


 数日後の夕暮れ――予想通りの大寒波が襲来し、森島全土を吹雪が襲う。

 本来ならば、寒さに凍え、空腹を耐え、朝になったら冷たくなっている仲間を埋葬しなければならない命を奪う悪天候だったが、今回は違う。

 急造で建築した巨大ログハウス内では、ストーブが中央に設置され煌々と赤い炎が灯っている。

 その周囲で様々な種族が己の特産物を持ち寄り、飯を食らっていた。

 リザード族の酒と人狼族の肉を合わせてステーキを作り、妖狐族の米 の上に乗せたステーキ丼。

 ホルスタウロスのミルクとジャガイモに、プラムが海からとってきた貝をぶちこんだクラムチャウダー。

 セシリアの芋に、ハニービーの蜂蜜とバターをたっぷり塗ったハニーポテト。

 セシリア、プラム、バニラはリスみたいにほっぺを膨らませて飯を食らう。


「あんま~い!」

「まぐまぐまぐ。ユーリステーキ食べてあげようか?」

「ステーキ食われたら丼しか残らねぇじゃねぇか」

「肉くれよ肉! ユーリには野菜あげるから!」

「レートが釣り合ってねぇんだよ! お前それに手を出したら戦争だぞ!」


 口から舌を伸ばして、俺のステーキ丼につばをかけようとするプラム。


「わたしもポテト食べましょうか? 蜂蜜とバターのところ食べてあげますよ!」

「そこがなくなったらただの焼き芋なんだよ! なんでお前らはメインのところばっかり持っていこうとするんだ!」

「蜂蜜くださいよ蜂蜜!」


 隙あらば人の食料を奪おうとするプラムとセシリアをかわしながら、なんとか飯を食い終わる。

 するとケットシー族がダイスとカードを用意して、寒波中だというのに娯楽賭博を始める。


「ニャニャニャ、お集まりの皆さんはったはった! 1から6のダイスの出目を予想するニャ! 当たった人はニャニャが飴玉あげるニャ! 負けたら罰ゲームでお酒一杯一気飲みしてもらうニャ!」


 面白いと不敵な笑みを浮かべながら、ホムラとリーフィアが立ち上がる。


「羽女、ここで一勝負せーへん?」

「いいわよ、女狐。そろそろ妖狐と妖精で格付けが必要だと思ってたから」

「オゥィ~犬コロ、俺様たちもこいつで決着つけようぜェ~」

「望むところだワフ」

「始めますニャ!」



 僅か1時間で負けまくったゲイツとサイガは、罰ゲームであっさり酔い潰れていた。


「吐きそうだズェ……」

「無念だ……ワフゥン」


 同じく負けているはずのホムラとリーフィアは、ジョッキ片手に真っ赤な顔で乳合わせをしていた。


「やるやん、チヤホヤされてるだけのクソザコお嬢やと思ってたわ」

「そっちこそ、あたしについてくるなんて相当よ」


 どうやら肝臓は女子のほうが強いらしい。


「はったはった1~6に賭けるニャ~」

「1や、理由はウチは何事も1番やないと気がすまんから!」

「6よ! あたしは一番大きい数が好きだから!」


 こいつらさっきから同じ数字に賭けて、永久に負けてるって気づいてんのかな。


「ん~出目は……3ニャ!」


 ハズレた瞬間、二人は酒を一気に煽ると空になったジョッキをテーブルに叩きつけた。


「「あはははははは酒持ってこーい!!」」


 あかん、あの二人完全に目が座っている。近づかないでおこう。

 外はゴォゴォと吹雪いて雪が窓を叩いているというのに、魔族達の楽しげな声が響く。

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