第65話 ファームは問題がいっぱい Ⅱ

 続いてやってきたのは水田。

 キラキラして美しい水の中に、黄金色の稲が揺れている。

 そこで眉を吊り上げ、腕組みしながら仁王立ちする巫女服の妖狐の姿があった。


「どうしたんだホムラ、そんな怖い顔して」

「これ見てみ」


 彼女が指差すのは、ごっそりと実を食われた稲穂と、焼けた稲穂。


「おぉ、こりゃ酷い。こっちの食い漁られてるのは鳥か? でも焼けてるのもあるな」

「原因はあれや」


 ホムラが稲穂のすぐ隣を指すと、そこには手のひらくらいあるでかいバッタが、水の中にプカプカと浮いている。


「のこぎりホッパーか」


 歯が鋭利で、太い植物の茎でも切ってしまう森の荒らし屋である。

 帝国南部の乾燥地帯にも出現し、農作物に甚大な被害を与えながら大移動する厄介者である。

 その食欲は旺盛で、餌になる植物がなければ小動物さえ食べてしまう、食物連鎖に喧嘩を売るやべぇ虫だ。


「こいつら賢くて、夜中になったら大群で現れて稲を食い散らかして朝には森に帰っていくんや。しかも一旦食事場として縄張り認定すると、ずっっと居付きよんねん!」

「ネズミみたいな奴だ」

「も~ムカつくムカつく! あんたらの為に米作ってんのとちゃうねんで!」


 バッタにバカにされたホムラは、胸を揺らしながら地団駄を踏むと、俺の襟首を持ってガクガクと振るう。


「なんとかしてぇな! ウチムカつきすぎて、田んぼに向かって狐火使ってしもうたわ!」


 稲焼いたのお前かよ。ってか、虫の被害範囲より、お前が燃やした範囲のほうが広くね?


「知能のある虫は怖ぇな」

「なに他人事みたいに言うてんねん! このまま虫に食い荒らされたら米すらなくなるで!」


 それはまずい。米がなくなったら俺たちの主食が芋になり、食の生命線農園をセシリアが握るということになる。

 あいつのことだ、飯がないと言えば「もうダンチョーってば仕方ないですね。三べん回ってワンと言ったら、芋を作ってあげなくもないですよ(ウインクバチコン)」とか言いそうだ。

 そう考えると、セシリアって無能なくらいでちょうどいいのかもしれない。


「わかった、こっちもなにか考える」

「絶対やで! ウチもう徹夜で田んぼ回るの嫌や!」


 涙目のホムラと約束してからわかれると、俺たちは腕組みしながらファーム内を歩く。


「害虫か、どうすりゃいいんだろうな」

「田んぼに毒まいて殺そうぜ」

「稲も全滅してしまうわ」


 プラムと話しながら頭を悩ませていると、今度はエウレカがトラブル持ってきました~という顔で、こちらに向かって走ってくる。


「あ、兄上~! 外で問題が~!」

「次は何だ?」


 俺たちはエウレカに案内され、ファームの近くにある転移門へと向かった。

 この前ナツメが使ってから開きっぱなしになっている転移門からは、モコモンキーと宝石ドワーフが、列を作ってひょこひょこと行進してきていた。


「こいつはリーフィアの肩に乗ってるやつと同種の羊猿モコモンキーだな」

「こっちの茶色いウサちゃんは?」

「宝石ドワーフ。神獣ウサギとか言われたりもする」

「神獣?」

「カーバンクルっていう神話に登場する魔獣がいるんだが、そいつのモチーフはこの宝石ウサギじゃないかって言われてる。頭に宝石ついてるだろ?」

「ほんとだ。赤とか青とか色はバラバラだね」

「この宝石が魔法を弾くと言われてる。まぁ実際そんな強力な能力はないんだが、帝国ではこの宝石がお守りとして人気らしい」

「ふむふむ」

「か、かぁいいですね」


 口元がニヤケで釣り上がるエウレカ。

 彼女が膝をついておいでおいでとやると、宝石ドワーフとモコモンキーが群がる。


「ぎゃああっ! 温い幸せ!」


 ウサギまみれになったエウレカは、悲鳴と笑みを同時に上げる。


「そいつらは熱のあるものにくっついて暖を取る習性がある」

「兄上、飼いましょう!」

「飼いましょうって、何匹いるんだよ」


 ざっと見渡しただけで50匹はいる。

 転移門を見やると、まだぴょこぴょこと出てくるので最終的には100匹は軽く超えそうだ。

 俺はなんでこの子達が大移動してるんだ? と転移門をくぐって世界樹前へと出る。

 するとその原因はすぐにわかった。


「さっむ! くっさ!」


 世界樹前はサイクロプスが木々を焼き払ったせいで、風を遮るものがない。しかも残った瘴気のせいで、カビが大量発生し、食物が腐った臭いが漂っている。

 恐らく普段は世界樹で暖を取っていた動物たちが、寒さと腐食に困って、焼けた森をグルグルしているうちにこの転移門を見つけたっぽい。


「戦いは終わった後も続いてんな……」


 サイクロプスが使用していた、世界樹の枝をへし折った棍棒が野ざらしで地面に転がっているところをみると、なんとも哀愁を感じる。

 俺がファームへと戻ると、エウレカがキラキラした目でウサギとモコモンキーを両手に抱いていた。


「兄上、飼いましょう」

「エウレカ、ウチはな芋と米しか食べるものがないんだ。その状態でこれだけの動物は飼えないの。めーなの」

「でもユーリ、ウサギって食えるらしいぞ」

「よし飼おう」


 これで食糧問題解決だ。


「ダメです!! 兄上はこの動くぬいぐるみを食べようと言うのですか!?」

「いや、でも地方だとウサギのシチューってものがあって」

「そんな残酷な食べ物ありません! 見て下さい!」


 頭の上にモコモンキー、その上に宝石ウサギを乗せアニマルトーテムポールと化したプラムを見やる。


「こんなにも寒さに震えているのですよ!」

「遊んでるように見えるが?」

「それにウサギはお芋の葉っぱだけでも大丈夫ですし! そうだ、彼らをくっつけてたら温かいですよ!」

「お前はウサギはりつけたまま出歩くつもりか」


 毛皮着てるのかと思ったら、本物のウサギだったとかわりと恐怖だぞ。


「あにゅうぇ~」


 そんな泣きそうな顔でこっちを見るな。

 捨てられた子犬を拾ってきた、我が子を見るような気持ちになる。


「ユーリ、このモンチッチの中にサスケのパパママいるかもしれんぞ」

「ぐっ、最悪責任はリーフィアになすりつけるか……。せめてこいつらが番犬がわりになったら、田んぼに配置できるんだが」


 クリっとした目をこちらに向けるドワーフとモコモンキー。どう見てもマスコット枠である。

 多分こいつらバッタにすら負けるな……。


 結局、寒波の間だけだからなと約束して、移動してきたモコモンキーと宝石ドワーフをファームで飼うことにした。


「甘いもの、食料、害虫。問題だらけじゃねぇか」

「ユーリ忘れてるかもしれないけど寒波も来るぞ」

「うぉぉぉぉどないせーっちゅうんじゃい!!」

「まぁこんなものは一気に解決しようとするのが悪いわけで、優先順位をつけて解決していこうよ」


 プラムの驚きの正論。

 それなら一番問題になる、死者がでるかもしれない寒波からだな。



 翌日――

 俺とプラムは鬼ヶ島建設と書かれたヘルメットを被り、世界樹前へとやって来ていた。寒波問題を解決する為に、木炭をとりに行くことにしたのだ。


「って、なんでわざわざボクら世界樹まで来たの?」

「リーフィアに、寒波に備えて木炭取りに行くわって伝えたら、ファーム近くの健康な木を切るんじゃなくて、瘴気にやられて傷んだ木を切って来いと言われた」

「なるほど、まぁでも転移門くぐったら目の前だし楽でいいよね」

「しかし、臭いな」


 昨日も来たが、周囲には残った瘴気のせいですえた臭いが漂っている。


「お前は臭くないのか?」

「ボク鼻なくせるし、作れるしな」


 プラムは饅頭ボディに、人間の鼻を作ったり消したりする。


「スライムって便利な体だ」


 俺はチェーンソービートルを持って、腐食した木を切り倒していく。

 その様子をじっと眺めているプラム。


「いや、お前も木切れよ!」

「ボク手ないから木切れない」

「鼻作れるなら手も作れるだろ! 俺はお前がバニラ達と普通にジャンケンしてるの知ってるからな!」

「んもぉ~わがままなんだから」


 プラムは饅頭ボディから、人間の手をニョキっと伸ばすと木を切り始める。

 俺たちが木を切り初めて二時間くらい経過した頃だろうか、転移門を通ってモコモンキーがやってきた。


「ウキ」

「おっ、モンチッチ」

「ん、サスケか?」


 リーフィアと仲が良いサスケは、首に緑のリボンを巻いているのでわかりやすい。

 綿あめが歩いているようサスケは、プラムの頭の上に乗ると、ひっきりなしにペロペロと自分の手をなめていた。


「どした、お前も木切りに来たか?」

「ウキ?」

「ってか、お前何なめてるんだ?」

「ウキ」


 俺はサスケの手についた黄色い粘液に触れる。


「なんだこりゃ……蜂蜜か?」

「ウキ」


 コクコクと頷くサスケ。


「お前これどうしたんだ?」

「ウキウキ」


 どうやら人蜂族ハニービーに貰ったらしい。


「ハニービー? ユーリ、僕らと一緒に戦ったのってキラービーだよね? なんか違うの?」

「キラービーは戦闘特化した攻撃的な種族で、ハニービーは蜜集めを主体とする種族だ。スズメバチとミツバチくらいの差がある」

「なるる」

「ん~おすそ分けに来てくれたのか?」


 こんな時期に珍しいと思っていると、雌のハニービーが転移門を通って俺たちの元へとやって来た。

 ハニービーの見た目は、人間にかなり近く、身長も体格もほぼ同じである。人間との差異は、手と足が鎧のような甲殻に覆われているのと、尻のあたりに丸く膨れた蜜タンクをもっているぐらいか。

 それ以外の顔や胴体部は人間とほぼかわらないと言ってもいいだろう。

 特に子育てする為に発達した胸部は、たゆんと揺れ爆乳と言ってもよいだろう。


「随分ボインな蜂だな……」

「あ゛?」


 俺の鼻の舌が伸びると、相棒が深淵の目でこちらを見やる。


「ギギッ(蜂蜜あげる)」

「えっ、いいのか?」


 ハニービーは、でかい瓶に入った蜂蜜を差し出す。

 瓶は重く、飴色の蜜がたっぷりと入っている。こりゃ凄い量だ。


「ギギッ(この前、仲間が世話になった)」

「いや、ありがてぇな。甘いもの欲しがってる駄妖精がいてな。喜ぶよ」

「ギギッ(それは良かった)」

「しかしなんで急に? 寒くなって蜜の量が減ってるんじゃないのか?」

「ギギッ(この島にもうじき寒波くる)」

「あぁ、それは知ってる」

「ボクらその対策の為に、木を切りに来てるんだ」

「ギギギ(今回の寒波大きい。我ら、恐らく寒さ超えられない。仲間の9割は死ぬ)」

「おいおい……大丈夫なのかそれは?」

「ギギギ(女王は生き残ってくれるはずだから)」

「女王以外死んじゃうのか……?」


 プラムが泣きそうな目でハニービーを見ると、彼女はニッコリと笑う。


「ギギギ(卵もあるから、絶滅はしない。人間に頼むのは間違っているのだが、どうか寒波がすぎたら女王を見てほしい)」

「「…………」」


 どうやらこの蜂蜜は、死にゆくハニービーからの餞別らしい。

 俺はちゃんと理解できていなかったようだ。俺たち以上に寒波に弱い魔物は、こうして死を受け入れ、後世に未来を託していくのだ。

 それは自然界ではなんら不思議なことではなく、己の死すらサイクル化している。

 逆を言えば、人間ならば容易に乗り越えられる天候を、魔族は乗り越えられないのだ。


「ギギ(我々の妹をよろしく頼むよ。さよなら)」

「……なぁユーリ。蜂ちゃんこのまま死んじゃうのか? なんとかならないか?」


 プラムの言わんとすることはわかる。

 しかし目に見えるもの全て救えるほど、俺達は強くないんだ。



「いいか、女王含めこの小屋から動くなよ」


 俺たちはハニービーたちを卵含め巣から引っ張り出し、ファームに連れてくると、宝石ドワーフ、モコモンキーと同じ部屋の中に放り込んだ。

 中ではウサギとサルまみれになった、シュールなハニービーがコクコクと頷く。


「ギギギ(人間、我らを生かそうとしてくれるのは嬉しいが、女王以外別に死んでも構わんのだぞ)」

「「俺たちが構うんだよ!」」

「産まれてくる子供は誰が世話するんだ! 女王様子育てで過労死したらどうするんだ!」

「そうだぞ、女王様だって一人ぼっちじゃ寂しいでしょ!」

「「さよならなんて二度と言うんじゃねぇぞコノヤロォ!」」


 俺とプラムに怒られて、卵を抱えたハニービーたちは「むむむ」と怯む。

 もうこんだけ魔族の数が増えたら、段々ヤケになってきた。


「俺たちだけで寒波を乗り越えるのはやめだ。森島全体で乗り越えるぞ」

「どうするんだユーリ?」

「森島非常事態宣言を出す」

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