第14話 シエルの相棒 前編

 翌日——


 ゴブリン事件から一夜明けて、俺はファームの裏手にある浜で釣りを行っていた。

 浜に流れ着いていたベコベコのバケツの隣に、昨晩活躍したチャッカヒトカゲが、ちょこんと行儀よく座っている。

 すっかり我がファームの一員と化したヒトカゲは、俺が朝飯を釣り上げるのを待っているらしい。


「お前も名前がいるな。なににしようかな……」


 なんでもいいぞと言わんばかりの顔でこっちを見やるヒトカゲ。


「ファイヤー一郎ってのはどうだ?」

「クケ」


 そっぽを向いてしまった。どうやら気に入らないらしい。


「フレア次郎はどうだ?」

「クケ」

「リザード三郎は?」

「クケ」

「ドレイク四郎、マンダ五郎、ファフニール六郎、ヒート七郎」

「クケクケクケクケ」


 四回首を横に振るヒトカゲ。


「わがままな奴だな。何が気にいらないんだ。……じゃあ温熱八郎……いや灼熱……灼熱丸」

「クケ!」

「おっ、なんかピンと来たみたいだな。灼熱丸」

「クケッ!」


 凄い首を縦に振った。今日からこいつの名前は灼熱丸だ。


「ユーリー帰ったー、肉がとれたぞー」

「にくー」


 ヒトカゲの名前を決めていると、朝飯狩りに行っていたプラムとバニラが帰ってきた。


「浜にいるぞー! 朝飯は浜で食おうぜ」

「おー」


 バニラは首を切り落としたオオツノ鹿をドスンと砂浜に落とす。


「おぉ、弓もないのによく捕まえたな」

「弓はないけど斧がある」

「おのー」


 昨日洞窟の中で拾ってきた、冒険者の大斧を嬉しそうに掲げるバニラ。

 それと同時に巨大な胸がブルンと揺れる。相変わらずの爆乳。ホルスタウロス族の特性上仕方ない部分ではあるが、ヴァーミリオンなら大罪人として牢にぶち込まれるであろうフィジカルをしている。


「ゆーり、ほめて」

「いい子だバニラ」


 わしゃわしゃと頭を撫でてやると、気持ちよさげに目を細める。

 昨日の一件以来、バニラは更に俺に懐くようになった。

 バニラをよしよししてると、プラムが俺の腰骨を折る勢いで体当りしてきた。


「おごえ……お前今背骨がくの字に折れまがったぞ」

「デレデレするな」

「してないだろ! 明らかに父性的な感情しかなかったわ!」

「嘘をつくな。視線が胸に向いていた」


 ぐっ、鋭いスライムだ。

 俺は「ば、バカなことを言うんじゃありません」とどもりながら、パパっと鹿を解体し、薪の上に肉をつるす。

 灼熱丸は何も言わずとも薪に火をつけていた。

 海を見ながら鹿のバーベキューとは、なかなかいいんじゃないか?

 この島に来て一番豪華な朝食を食っていると、シエルが肩を震わせながら俺の前に立つ。


「昨日は先走ってしまって……すみません」


 昨日バニラたちを助けにいったものの、一緒に捕まってしまったことを言っているのだろう。


「あぁ、危ないからな気をつけた方がいいぞ。一歩間違ったら死ぬからな」


 シエルはガタガタ震え、泣きそうになりながらこちらを見つめる。


「どした?」

「すみません、あの殴るなら歯が折れないくらいでお願いします」

「殴らないけど! やめて、俺が日頃DVしてるみたいに言うの!」


 この子どういう家庭環境で育ってきたの? ワンミスで歯折られるくらい怒られてきたのか? 折檻のレベルだろ。

 いっきにシエルに闇を感じるようになったわ。



 殴ってもいいですけど、怪我しないくらいでお願いしますと、謎のDV耐性を見せるシエル。

 そんなことはしないと落ち着かせて、一緒に朝飯を食うことにした。


「昨日はこのトカゲさんを操ってたんですよね?」


 シエルが興味深そうにガジガジと肉をかじる灼熱丸を見やる。


「そう、鎖を繋げば俺の魔力を送り込めるから、基本的にはどんなモンスターもパワーアップする」


 俺は灼熱丸に魔獣兵の鎖をつなぐと、ボッと尻尾の火が大きくなった。


「魔物使いって進化を促すこともできるんですね」

「魔物って本来は時間をかけて、進化に必要なエネルギーを蓄えるんだが、俺がそれを補ってやることで一時的な進化が可能だ。でも体が進化に慣れてないから、魔力が切れると元に戻っちゃうけどな」

「ということは、体が慣れるとフレアサラマンダーの状態を維持できるということですか?」

「そうだな。今後灼熱丸が進化に耐えられるくらい体が強くなったら、その形態を維持できると思う」

「なるほど、ちっちゃなトカゲさんがあんなにも強くなれるんですね」


 灼熱丸は「クケ?」と首を傾げながらシエルの顔を見返す。


「ユーリの魔獣兵の鎖は、モンスターの能力を大体1ランク上げられるんだよ」

「それは本来ファイアしか使えないモンスターが、鎖を繋ぐことで上位魔法のフレアを使用できるようになると?」

「そういうこと。ただモンスターのセンスと相性もあるから、一概にそうだとは言い切れないけど」


 ようは自分はセンスが良いと言いたいプラム。


「……確か魔物使いとモンスターって鎖を繋ぐと、特殊能力パッシブを得たりするんですよね?」

「よく知ってるな。特殊能力はほぼ100%マスター依存で、大体どのモンスターにも同じ効果が出る。俺の特殊能力はさっきプラムが言った通り、モンスターの強化だが、別のマスターだと水属性スライムが急に火属性に変化したりすることもある。それはマスターによってまちまちで、鎖を繋いでみないとわからない」


 勿論なんの特殊能力もないなんてこともあるが。


「鎖を繋いでるとメリットが多いですね……」

「魔力はマスターのものを優先して使うし、正直繋いで損はない。ただ思考流入って言って、考えてることが接続先モンスターに意図せず伝わっちまうことはある」

「そうなんですか?」

「訓練すればなくせるけど、最初のうちはほぼ確実に流れる。バトルリーグ見てると、たまにめちゃくちゃ仲悪いモンスターとマスターいるだろ? 多分原因はお互い使えないゴミマスターだなとか、言うこと聞けクソモンスターとか思ったことが相手に伝わっちゃって仲悪くなってるんだよ」

「なるほど。ちなみにプラムさんはどんなこと考えてるんですか?」

「コイツは大体腹減ったか、眠い、暑い、寒い、疲れた、抱っこしか考えてない」

「ユーリだっておっぱいのことしか考えてないくせに」


 肉をムシャムシャ食べながら、眼球だけを動かして俺を見やるプラム。


「フフッ、お二人本当に仲がいいんですね。魔物使いって他にも何か特殊能力ってあるんですか?」

「魔物を強制的に操る隷属の鎖スレイブチェーンって奴も使える」


 今度は紫に光る鎖を駄妖精に繋げる。するとセシリアはその場でクルクルと回り始めた。


「わわわ、なんですかこれ!? 体が勝手に動くんですけど!?」


 隷属の鎖を外すと、セシリアは体の自由を取り戻す。


「こっちの鎖は、相手をコントロールすることに長けていて、全く命令をきかん暴れん坊モンスターに使うことがある。ただモンスターからすると、体の自由を誰かに乗っ取られる感覚で、すごく怖いらしいから俺は使わん」

「確かに急に体が第三者に操られたら怖いですね」


 俺のいたずらに気づくと、セシリアはこっちまで飛んできてポカポカと殴ってきた。


「わたしの体を玩具にしましたね、絶対に許しません! 絶対に許しませ――」


 怒るセシリアを頭からまるかじりするバニラ。


「いやああああああ!」

「はむはむ」

 

 相変わらず仲良しでいい感じだ。

 そんな様子を眺めていると、シエルが急に頭を下げてきた。


「あ、あのユーリさん! 自分に魔物使いのスキルを教えてもらえないでしょうか!?」

「スキルって、魔物のコントロールの仕方か?」

「は、はい! 自分実は魔物使いになるのが夢で、憧れだったんです。是非ユーリさんのような強いマスターに指導をしてもらいたくて」

「そりゃ構わんが、魔物使いが夢なのに帝国兵になったのか?」

「その……実家が厳しくて。公務員以外許してもらえないんです」


 お硬い家に生まれたんだろうな……。ちょっと気の毒になってきた。


「いいぞ、食い終わったらやるか。ついでにシエルの相棒探しもしてやろう」

「ありがとうございます!」

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