第3話 執行船
宿から飛び出した後、スクラム組んで襲いかかってくる帝国兵達から逃げていたのだが、市街地専用重装型魔導マシンまで登場して、これ以上逃げると戦争が起きると思い投降することにした。
◇◆◇
俺とプラムが国に拘束されてから一週間が経ち、現在法廷に立たされていた。
「判決、ユーリ・ルークスを爆乳禁止法違反及び爆乳隠蔽罪、公務執行妨害、爆乳虚偽申告罪、爆乳幇助の罪によりA級犯罪者と認定。よってバトルマスターの資格停止、財産の没収、国外追放、魔大陸への島流しの刑とする。また使役モンスターも同刑とする」
裁判官のハンマーがカーンと音を立てる。
よくもまぁそんな面白い罪状を真顔で読み上げることができるもんだ。唯一ちゃんとした犯罪の、公務執行妨害がいい味をだしている。
俺たちの裁判は弁護人を呼ぶことすら許されず、ただただ一方的な刑を押し付けられ、この国から放逐を言い渡されたのだった。
この事件は大々的にニュースになり、新バトルマスターユーリ爆乳禁止法違反、バトルマスター資格取り消し。乳に屈した男、宿から電動ヒノキの棒発見、鬼畜スライム男などと面白おかしく報道された。
◇◆◇
そんなこんなで刑が確定した俺とプラムは、他の罪を負った犯罪者と共に執行船と呼ばれる船に乗せられていた。
「はぁ、チャンピオンの夢は一夜にして潰えたか」
姫様が俺たちのファンっぽかったので、ワンチャンなんとかならんかと思ったがならんかったな。
俺は胸に11と書かれた横縞の囚人服を着せられ、腕を縛られていた。プラムは水餅形態で、12と書かれた専用のケージに入れられている。
「すまん」
虫かごみたいなケージでしょぼくれるプラム。
「お前のせいじゃねーよ」
「ユーリの功績のおかげで、ボクは処刑を免れた」
「これも処刑みたいなもんだけどな」
島流しというのは別の場所で好きに生きろというわけではなく、人のいない島に置き去りにして、そこで野垂れ死ねという意味である。
「なんか悪いからおっぱい触らせてやろうか?」
プラムは饅頭ボディにぷくっと人間のおっぱいを浮かび上がらせる。饅頭が三つに増えたみたいだ。
「気持ち悪いからやめろ」
「触っとけって冥土の土産に」
「嫌なこと言うな」
ほんと気に入らないのは、周りにいる奴が強盗殺人やら、強姦罪、放火犯とか重罪を犯した奴らばっかりで、その中に爆乳禁止罪とかいう頭悪い罪の俺が乗ってるってとこ。
そんな奴らと同列に扱うのやめてほしい。なんなら俺が一番の極悪犯みたいなんだが。
すると船の中から、他とは違う純白の騎士服をまとった男が現れる。
整った顔立ちの男は、俺を見てニヤリと笑みを浮かべる。
「貴様にはお似合いの姿だな。この犯罪者が」
「サム」
こいつはイサム・ハンジ。ガキの頃同郷だった幼馴染の男で、現在は出世してヴァーミリオン帝国軍第9騎士団副団長なんだとか。
子供の頃から何かにつけては敵視されていて、それは今も続いている。
「おれははなから八百長でもやっていると思っていたが、まさか爆乳禁止法違反とは。お笑いだな」
アッハッハッハッハと大声で笑うので、俺も一緒に笑う。
「お前のことだろうが、一緒に笑うな!!」
「えっ、笑っちゃダメか?」
「どれだけ強メンタルしてるんだこのバカは。今から処刑されるというのに」
「しっかり看取ってくれよな!」
「元気よく言うな! 絞首刑や水没刑なら死ぬ場面をレコーダに記録して、魔導インスタに貼り付けているところだったが。こうまでハツラツとされると、自分が何をしているのかわからなくなる」
「まぁ島流しはすぐに死なないからな。レコーダ渡してくれたら、魔大陸放浪記をライブしてもいいが」
「普通に楽しんでる映像が送られてきそうだからやめろ。せいぜい船からの美しい景色を眺めておけ、これが最後だからな。あぁそうだ、ヴァーミリオン帝国の代表だが、貴様ではなくアンジェにかわったから安心しろ」
「あぁ決勝戦で戦った人だな。そうか、そりゃ良かった」
「ぐっ、もっと悔しがれよ。せっかく手に入れたチャンピオンの座が~とか惨めに言えばいいのに」
「爆乳禁止法違反で捕まったのは死ぬほどムカついてるが、国家代表の件に関してはそれで良かったと思ってる」
「ふん、負け惜しみを。おれは昔からお前のそういうところが大嫌いだ」
そう残して、サムは再び船の中に戻っていった。
刑を執行するのが知り合いで良かった。誰にも知られないまま、ひっそり死ぬのって嫌だもんな。
「ユーリは平和だねぇ。もしかしたらあいつがあたしたちをハメた奴かもしれないのに」
「どういうことだ?」
「あたし達のことを怪しいと思って、常日頃監視してた奴がいるんだよ。多分そいつが、ボクらの秘密を管理局にリークしたんだと思うよ。あいつはその最有力候補」
「なるほど、その可能性は考えてなかった」
あいつ事あるごとに俺の周りうろちょろしてたもんな。騎士って暇なんかなって思ってたわ。
「あいつはユーリのこと大嫌いだし、普通執行船に騎士の副ダンチョー自ら乗ってくることなんてないよ」
「確かに」
ただあいつは単純に性格悪いから、俺が島流しされるところを見てあざ笑ってやろうと思っただけかもしれないが。
「ちくしょう……くっ……ちくしょう」
そんなことを考えていると嗚咽が聞こえてくる。振り返ると隣で悔し気にボロボロと涙を流す男がいた。
年のころは20代前半くらい。兵士か冒険者か、そこそこ筋肉の付いた体に軽薄そうな顔立ちをしており、酒場でバカ笑いしてそうな兄ちゃんと言った感じ。
「ちく……しょう……」
「めっちゃ泣いてるやん」
「ぢぐしょぉ!!」
「うるさいぞ!! ナンバー11爆乳!」
「俺!?」
理不尽な怒りを執行官からぶつけられる。おまけに変なコードネームつけやがって。
「おい、そんな泣くな」
「ぐず……すまねぇ。冤罪で死ぬのかって思ったら泣けてきて」
「気持ちはわかる。お前は何の罪でここにいるんだ?」
「放火犯ってことになってる。だけど俺は放火なんかしてねぇ!」
「無実の罪か」
「吸ってたタバコを捨てたら、風向きが悪くて燃え広がっちゃっただけなんだ」
「放火というか過失か」
「たまたまそれが3回くらい連続で起きただけなのに」
「やっぱ放火魔じゃね?」
過失も三回続くと故意だろ。
「ほんとなんだ、信じてくれ! タバコ捨てたら、たまたまそこにボンバー茸があって引火しちゃったんだよ! それで……家三つくらいふっとばしちゃっただけで……」
「どう見ても凶悪犯だろ」
島流しにされて当然だった。
※ボンバー茸、引火しやすい火薬胞子を飛ばす天然の爆弾キノコ。踏んでも爆発するので別名地雷茸とも言う。
「あまり騒ぐな。俺に言ってもしょうがない」
「あぁ、すまねぇ……そうだな、もう刑が執行されてる最中なんだから何言っても無意味だな。オレはオットー、イカルガ村で自警団をしていた。あんたは?」
「俺はユ……ルークだ。流れの冒険者だ」
「ユルークか、かわった名前だな」
「もうそれでいい」
「お前、ちょっとバトルリーグのチャンピオンに似てるよな」
「気のせいだ」
「そりゃそうか、順風満帆世界から愛されるチャンピオンが、こんな小汚い船の上にいるわけないもんな」
どうやらオットーは俺が捕まったという報道を見ていないらしい。
「せっかく都会でビックになって、ロイヤルナイトになってやろうと思ったのに……」
「ロイヤルナイトって、確か国の姫を守る騎士だったか?」
「そう。ここだけの話、ロイヤルナイトって姫と結婚する率めちゃくちゃ高いんだぜ」
「ほー」
「なんだその興味のなさそうな顔は。玉の輿だぞ玉の輿! ロイヤルナイトは独自近衛騎士権限を持っていて、国の法律が適用されないんだ。つまり……2股、3股も許される」
「そんな奴騎士になれんだろ。ってかそれは
「…………無理だ。何もかもなくしちまったオレには」
オットーはがっくりと肩を落とす。
「ちなみにそれどうやったらなれるんだ?」
「騎士隊長から出世するか、姫様や王子様は一人だけ直接任命する権限があるから、それに選ばれるしかない」
直接任命されるのはほぼ不可能だろう。ってことは、サムが今一番ロイヤルナイトに近いのか。
「はぁ、出世の道はなくなり、魔獣がウヨウヨしている魔大陸に置き去り。オレ達は魔物の餌になって終わりなんだ。なんでこんなうだつの上がらなそうな、変な名前の奴と」
それは俺のことを言っているのだろうか。
「これって皆同じ島に下されるのか?」
「いや、島に近づくと目隠しをされてバラバラに下される。森島に下されるものもいれば、砂島に下されるものもいる」
「森島?」
「お前魔大陸のこと全然知らないんだな。魔大陸は四つの島から構成されているんだが、その一つ一つの島に森島、砂島、火山島、雪島と名づけられてるんだよ。島の由来はひねりなくそのまんまで、森島だったら木が多く、砂島は砂漠が広がっている」
「へー。それだと火山島と雪島には下されたくないな。森島が一番の当たりっぽい」
「森島は野生モンスターがめちゃくちゃ多くて、一番の外れだって聞くぜ」
「生存競争が激しいのか……。でもレアなモンスターにあうチャンスだな」
「のんきなこと言ってるな。そのモンスターに頭からバリバリ食われるかもしれないのに。それに魔大陸は元魔王の根城、未知の呪いが山程あるらしい」
「呪いか……」
たまにダンジョンのトラップや、宝箱から出てきた装備が呪いを受けていたりする。
種類は様々で、笑いが止まらなくなるみたいな、くだらないものから、全身の毛穴から血を吹き出して死ぬみたいな怖いものもある。
「腹減らない呪いとか、眠くならない呪いとかあったら最高なのにな」
「呑気なやつだなお前は。でもオレもモテモテになってしまう呪いとかあったらかかりてぇ」
あまり緊張感のない俺たちだったが、事態は天候と共に急変する。
やばいかなと思っていた空模様が悪化し、嵐に巻き込まれたのだ。
豪雨と暴風で船は揺れに揺れ、人間はまともに立っているのも苦しい状態になっていた。
ザバンと激しい波が船の側面から襲いかかり、転覆しそうなくらい激しく揺れる。
「うぉあああああ、助けてくれ!」
甲板にいた罪人の一人が、ゴロゴロと船上を転がり海に落下する。
「お、おい! このままだと皆死ぬぞ! 一旦港に引き返した方がいいんじゃないか!」
俺の圧倒的正論に、ズブ濡れになった執行官は首を振る。
「ダメだダメだ、生き残ろうとしてもそうはいかんぞ!」
「んなこと言ってる場合か! サムはどこ行った、あいつが責任者だろ!?」
「お前には関係ない!」
どうしても刑を執行したいらしく、執行官は犯罪者を一人一人木樽に押し込み始めたのだった。
「お、おい何する気だ!」
「略式だが島流しの刑を執行する!」
「はっ!?」
「ちょっおい、やめろ! オレはまだ死にたくない!」
執行官はオットーの入った木樽の蓋を閉めると、そのまま海に蹴り落としたのだ。
「ふざけんなよ! こんなの死刑と一緒だろ!」
「島についてもどのみち死ぬ。モンスターの餌になるのも、魚の餌になるのも一緒だ!」
「全然一緒じゃねぇ!」
「うるさい、お前も早く中にはいれ!」
俺は執行官三人がかりで、体を折り曲げられ無理やり樽の中に押し込まれる。
「プラム! プラムを返せ!!」
「ほしけりゃくれてやる!」
執行官はプラムの入ったケージを樽の中に放り込むと、そのまま蓋を閉めて樽を横倒しにする。
そして次の瞬間には、ドボンと音をたてて荒波の中に放り込まれたのだった。
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