第2話 爆乳禁止法違反

 決してふざけているわけではない。爆乳禁止法違反は、悪の魔王を倒した勇者兼現ヴァーミリオン皇帝であるペペルニッチが定めた法であり、現状一番取り締まりが厳しい法だ。


 始まりは第一次魔王大戦と呼ばれる人間と魔族との戦争で、敵対する魔王が相当な爆乳だったらしく、勇者ペペルニッチは苦戦を強いられたと聞く。

 なんとか魔王を倒した後、ペペルニッチは爆乳全てが魔王に見えてしまう爆乳シンドロームと言う精神的病気にかかり、巨乳全てを憎むようになった。


 そんな中、跡取りのいなかった前ヴァーミリオン皇帝は、後継者にペペルニッチを指名。勇者が王に即位するという伝記のような運びになったのだが、彼は即位後、権力を行使して巨乳を徹底的に排除しようとしたのだ。


 母乳禁止法や、ポロリ露出禁止法、乳揺れ軽犯罪法など、無茶苦茶な法令を定め国は取り締まりを始めた。

 今現在も爆乳は魔王の手先として見られ、この国では見つかり次第国外追放処分が相当となっている。

 特に魔族の爆乳に関しては処刑という可能性もあり、ペペルニッチの乳嫌いは病がかっていたのだった。


 乳に対しては、この国はディストピア化が進んでいる。


 しかも近隣諸国までもがこの法に賛同し始め、踊り子に巨乳を使うのは禁止、劇場の主演女優に巨乳を起用するのは禁止、巨乳は温泉、プールの使用禁止、などの迫害が起こり始めている。

 もちろん全世界のおっぱい星人はこれに対して抵抗を試みた。だが、ここぞとばかりに貧乳連盟が結託し「爆乳は猥褻! 貧乳を差別するな」と主張し始めたのだ。差別しているのは一体どっちなのか。


 気づけば聖母マリアの授乳の肖像画までもが貧乳に書き換えられる始末。芸術にまで手を出し始めたら終わりだろう。

 俺は椅子の背面を抱くようにして座り、プラムの乳を指さす。


「お前さ、なんとかそれもっと小さくならんの?」

「ならねぇよ! これが最小値だわ!!」


 キレるプラムだが、彼女の胸は明らかに爆乳禁止法に触れている。胸囲が85以上で軽犯罪、90で禁固刑、95で国外追放、100で処刑。マジ狂ってる法案。


「国外追放は免れないかな~」


 頬杖をつきながら、半ば諦めにも似た感情でプラムの胸を見やる。

 取り締まったところで、乳が萎むわけじゃあるまいしバカじゃねぇの? と思う。


 そもそもプラムがなぜ人間の形になるかと言うと、彼女はスライムだが人型悪魔デーモンの親がいるのである。

 ようはスライムと悪魔のハーフで、スライムの核の中にデーモンの遺伝子が混じり、通常形をもたない軟体モンスターのはずが、形状記憶合金の如く人型悪魔になってしまうのだ。

 元からプラムはクイーンスライムという知能のあるスライムの上位種で、状態コピーが得意ということもあり、外見は完全に夢魔になってしまう。


「全く、どうやって悪魔とスライムが性行したんだよ」


 そう言って、俺はプラムを見やる。

 どう見ても人間にしか見えないサラサラの髪に、つい目を奪われてしまうムチっとした体、しゃべるとアホなのだが黙っていれば美人顔。彼女の素性を知らなければ、いやスライムだとしても私は一向にかまわんという人間も出てきそうだ。


「…………過ちとは恐ろしいものだ」


 多分性交した悪魔プラムの親父も、事が終わった後に「えっ、君スライムなの!?」とか驚いてそう。


「なんか失礼なこと考えてないか?」

「おっぱい触らさせてくれ」

「やだよバカ死ね」


 言葉きつすぎでは?


「そんでこれからどうすんの? バトルマスターにもなったし、魔物使いとして世界一とっただろ?」

「冗談言うな。姫様も言ってたけど、こっから世界リーグに入って、レジェンドマスター目指すんだろうが。世界一なんかまだ遥か雲の上だ」


 現在俺のバトルランクはA、これはヴァーミリオン帝国で1位になっただけで、まだ上に全大陸のバトルマスターを集めたSリーグがある。そこで優勝して、晴れて世界最強の証レジェンドマスターの称号を貰える。


「はー、なんかランク多くてめんどくせぇな。ボク働くの嫌い」

「そこでダメスライムに相談なんだけどさ」

「やだ」

「聞けって、今回のリーグも本当はモンスター三体必要なのに、無理してお前一人で戦ってきたんだ。さすがに次からは通じないぞ」

「ボクだって、こんなクソみたいな法律なかったら仲間増やせって言ってるわ! 三人分の仕事がボク一人に乗っかてるんだぞ! ブラック魔物使いがよぉ!」


 俺たちが仲間を増やせない理由が、スライムの乳がデカくて法律違反な為とは外部には死んでも言えない。勿論大会ルールにも違反している。 

 でもおかしいだろ、なんだよ胸囲が80を超える♀モンスターは猥褻すぎるので出場不可って。童貞かよ。


 それから大会優勝後にしては、質素な夕食をとってベッドにつこうかと思っていた。


「♪~♪」


 鼻歌を歌いながら風呂に入っているプラム。

 体成分の98%が水のくせに、風呂に入るのがよくわからない。


「水で水を洗ってるみたいな状況だよな」


 それはさておき、本格的に仲間集めないとな。口が硬い仲間……。いっそゴーレムとか喋れないモンスターとかならいいんじゃないかと思うが、戦術を組まなければいけない戦いでは不向きだろう。

 かといってグレムリンやインプのような、低知能なモンスターを使う気にはならない。


「あいつ火に弱いからなぁ……そこだけはマジでなんとかしないと」

※スライムは火を浴びると水分が蒸発して気化する。


 どうすっかなーと考えていると、宿の外がなんだか騒がしい。

 なんだ? と思い窓の外を見やると、そこには無数の松明と騎士甲冑を着た兵士の姿が見えた。


「ヴァーミリオン帝国騎士団……」


 鎧カラーが黒……特務隊か。

 嫌な予感がする。

 するとプラムがタオルを肩がけして風呂から出てくる。


「なんか外うるさくない?」

「…………プラム、饅頭スライムになれ」

「やだよ。……はっ!? まさかボクの湯上りぷにぷにボディで性欲を満たそうとして!?」

「くたばれバカスライム!」


 バカなことを言っていると、ダンダンと勢いよくドアがノックされる。

 プラムは一瞬でスライム形態になると、もぞもぞとブレットバスケットに姿を隠す。


「ユーリさん。ユーリ・ルークスさん、いるのはわかってます。開けてください」


 俺は苦虫をかみつぶした表情をしながらドアを開く。

 すると目の前にはいかつい顔をした兵士が3人、俺を見下ろすようにして立っていた。


「なん……ですかね?」


 貫禄のあるひげ面の男が前に出て、剣柄に刻まれたペペルニッチ特務隊の証拠である翼のある獅子キマイラの紋章を見せる。


「私はヴァーミリオン帝国爆乳管理局所属、ジークバルト千人隊長です」

「はぁ? ばくぬー? ご苦労さんです」


 めんどくさいのが出てきた。爆乳を取り締まる国のエージェントだ。


「我々がここに来た理由、おわかりですか?」

「ちょっとわかんないですね」

「第18代ヴァーミリオン帝国バトルマスターユーリ・ルークス。あなたを爆乳禁止法違反、爆乳隠蔽及び爆乳詐称罪で逮捕しに来ました。あなたの連れているクイーンスライムが爆乳であると、我々の捜査で既に証拠を掴んでいます」


 兵士は懐からまん丸い水晶を取り出す。これはレコードスフィアと呼ばれるもので、設置した場所の情景を記録する魔道具である。兵士は魔力を込めると、立体映像が投影される。

 そこには今日のコロシアムの選手控室が映っており、ばっちりプラムがスライムから人間になる姿がとらえられていた。

 クソ、隠し撮りされてたか。いやこんなもの急に仕掛けられないし、管理局は結構前から俺を怪しんでたってことか。


「いやー、よくわかんないですね、なんでこんなものが映っているのか」

「あまり保身の嘘をつかれると、裁判で不利になりますぞ」

「いやいや、ほんとほんと、誰ですかねこの女の人」


 そろそろすっとぼけるのも苦しい。


「モンスターバトルは今もっとも勢いのある競技です。その国家代表が犯罪者だと、国が傾きかねないのはわかるでしょう?」

「ちょっと何言ってるかわかんないですね」

「正直にモンスターを引き渡せば、あなたの身の安全は保証しましょう。その若さでバトルマスターに輝く才能の持ち主だ。十分やり直しはきく。我々は爆乳憎んで人を憎まずの精神で活動しています。安心してほしい」

「何言ってるかわかんないって言ってんだよ! あとバカみたいなことを真顔で言うのはやめろ!」


 俺は兵士を突き飛ばすと、プラムが入ったブレットバスケットを抱えて窓から飛び降りる。

 プラムがバスケットから飛び出し自分の体を大きく膨らませ、俺はその水餅クッションの上に落ちてから、流れるような動きで逃げる。



「愚かな、罪を重ねるとは……。街の出口を封鎖しろ」


 ジークバルトは二人が飛び出した窓から下を眺めつつ、街の中に配備した兵士を総動員して二人の捕獲に向かう。


「A級犯罪者が市内を逃げ回っていると通達を出せ」

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