第49話 謝礼
第2層を出て、第3層へと向かう途中、リーフィアが急に立ち止まる。
「どうした?」
「こっちに宝物庫があるの。もしかしたらそこに仲間が閉じ込められてるかも」
「モウモツコ?」
「宝物庫な。よっし、じゃあ先にそっちだ」
俺たちはリーフィアに案内され、2層中層にある宝物庫へと向かった。
門番のモヒカン二人を倒して中へと入ると、広い宝物庫の中には、約300人くらいのエルフェアリー族の女性が閉じ込められていた。
皆逃亡できないように羽をもぎられており、突然やってきた俺たちに驚いた視線を向ける。
「皆、助けに来たわ! 早く外に出て!」
「おぉ、リーフィア様」
「行方不明になったと聞いて心配しておりました!」
「ご無事で何よりです」
彼女の周囲を、老婆や子供が取り囲む。
「ババ様達、酷いことされてない?」
「皆羽を千切られただけですじゃ」
エルフェアリー族の老婆が心配しないで下さいと言うが、彼女の右目には痛々しい青あざが見える。
恐らく羽を切られただけでなく、老人や子供構わず暴行を受けていたのだろう。
「リーフィア様、我々はどうなってしまうのでしょうか? 族長は我々にすまないとしか言いません」
「何人か連れて行かれたまま帰ってこぬ者もいます」
「安心して。絶対あたしがなんとかするから」
「さすがリーフィア様ですじゃ。ババの命はどうなっても構いませぬ。若い子を助けてやってください」
「そんなこと言わないで。ババ様も一緒に助かりましょう」
凄い女性人気だ。深くは知らんが、リーフィアはエルフェアリー族では中心的人物のようだ。
しかしあいつ囲まれたまま身動きできなくなってるぞ。
「おーい助けに来たところ悪いが、羽がなくなってるならこのままここにいた方が安全じゃないか?」
「階段はボクらがぶっ壊してきてるしね。下に降りらんないよ」
自然に会話に混ざったはずだったのだが、エルフェアリー族たちは森ゴキを見てしまったかのように嫌悪の視線をこちらに向ける。
「に、人間!」
「なぜここに!?」
「大丈夫よ、安心して。彼らはあたしに味方してくれる仲間なの!」
リーフィアが慌てて説明するが、彼女たちの動揺はおさまらない。
「お前達下等生物のせいで、我々は!」
黒髪のエルフェアリー族の少女が、宝物庫にあった燭台をこちらに投げつけてくる。
それに続いて、他の女性たちも物を投げつけてくる。
「あわわわ」
「うぉっと」
「やめて、彼らはあなた達を救いにきたのよ!」
「今更ノコノコと、遅いのよ!」
「お前たちがもっと早くに来ていれば、こんな目にあわなかったのに!」
捕らえられた悔しさを、俺たちに八つ当たりしてくるエルフェアリー族。
くそ、ここまで来たけどやっぱ帰ってやろうかと思う所業だ。
「ユーリ、こいつらやっぱ差別主義者だ」
「仕方ねぇ、今まで他人を見下して自我を保ってきた連中だからな。助けても助けなくても怒る」
「そんなん逆ギレやん!」
憤るホムラ。
俺たちは回避に徹していたが、投げつけられた金のグラスが俺の頭に直撃する。
「痛ぁ……」
「大丈夫かユーリ!」
額からツーっと血が流れ落ちていく。少し切ったみたいだ。
「ユーリ、鎖繋げ。いい加減ボクは怒ったぞ」
「繋ぐかよタコみたいな口しやがって」
プラムは既に水弾を撃つ気満々で、口を3形にすぼめている。
「お前は俺のことになると沸点低すぎなんだよ」
「ボクはユーリがバカにされるのが、この世で一番嫌いだ」
「ざまぁみなさい、この下等生物め!」
グラスを投げつけてきた黒髪エルフェアリーが拳を握る。
めっちゃ喜んでるやんと思ったが、リーフィアが少女の前に立ちふさがり、怒りに身を任せたビンタを見舞った。
「えっ?」
パンと乾いた音とともに、ぶたれた少女は当然困惑の声を上げる。
「リーフィア……様?」
「なにがざまぁみなさいよ。そんなのだから誰も助けに来ないのよ……」
リーフィアは唇を噛み締め、フルフルと拳を震わせる。
「皆聞きなさい。あたしたちがベヘモスに攻め込まれて、誰も助けに来ないのは全て自分たちのせいよ。森島にいる魔族たちは皆、日々ベヘモスに苦しめられていた。でもあたしたちは世界樹を守る使命を言い訳にして誰も助けなかった。それどころか下等生物と言って見下し、よそ者を跳ね除けてきたわ」
「「「…………」」」
「だけど彼らは、あたしが森で襲われてる時に助けてくれた。あたしは彼らのことを下等生物と呼んだけど、彼らはそんなあたしを見捨てずに助けてくれた。そして今こうやって、命の危険を犯して少数で世界樹に潜入して助けに来てくれているの。あたしは彼らがいなければ、絶対にここまでこれなかった」
「「「…………」」」
「あんたたちはそんな恩人に対して、下等生物と呼び物を投げつけた。ねぇ……そんな恩知らず誰が助けるの!? 助けてもらったらありがとうでしょう!? なんでそんな当たり前の感謝ができないの!?」
エルフェアリー族の女性はしんと静まり返り、皆ばつが悪そうに俯いている。
「ウキキ」
そんなに怒るなよと、肩に乗ったサスケがリーフィアの髪を引っ張る。
「あたしは森で飢えていた、このモコモンキーを助けたわ。そうしたらこの子はありがとうって、隠し持っていた木の実をくれて感謝を示したわ。それが当たり前なの! 助けたのに怒って物投げつけてくるってサル以下よ! あたしたちエルフェアリー族はくだらないプライドに固執して、勝手に孤立してるだけ! いい加減目を覚ましなさい!」
怒涛の勢いでまくしたてると、エルフェアリー族は皆コロンと持っていた物をその場に捨てた。
「申し訳……ありません」
「我々は自分の感情を、多種族にぶつけてしまいました」
「あたしに謝ってもしょうがないでしょ」
「すみません」
冷静になったエルフェアリー族が、こちらに深く頭を下げる。
「あぁ、いいって。多種族をなかなか認めないっていうのは、それだけ仲間意識が強いってことだと思うし。それにまだ助かったわけでもないからな」
「フン、無事に助かったら、ボクらに謝礼出せよ」
「謝礼……」
プラムの本気か冗談かよくわからない言葉に困惑するエルフェアリー達。
「そうね、それいいかも。今のうちにあたし達が助かった時のお礼を決めておきましょう。その方があんた達も身が入らない?」
「なんかそれだと、見返りを求める為に助けるみたいでちょっとな」
「何欲ないこと言ってんねん。今ならケチで有名なエルフェアリー族に要求し放題やで」
ホムラはどんな悪いこと頼んでやろうかと、意地の悪い顔をしている。
俺も急にどんなお礼がほしいかと言われても困ってしまう。
すると、バニラがクイクイと俺の服を引っ張る。
「……本」
「あぁ、そうかそれだな。ここにある大図書館の閲覧を全種族可能にしてくれ。知識の独占をやめてくれないと、森島にいる魔族たちは字が読めない奴が大多数だ。それで今回めちゃくちゃ困ったんだろ?」
「はい」
「この島には勉強したくても、仕方がわからなくて困ってる奴も多い。あとはリーフィアがいったみたいに、多種族を見下すのをやめて、自分が正しいと思うことを行ってくれ」
「正しいこと……ですか?」
首をかしげるエルフェアリー族に補足する。
「君たちの中に、本当は多種族を助けたい、ベヘモスのことも気づいていてなんとかしたいと思っていた者もいたんじゃないかと思う。でも、仲間の目があって助けられなかった。正しいと思っていることを実行できず、見て見ぬ振りをしてきた奴もいると思う。そんな同調圧力に負けず、自分の心に従って正義と思う行為をしてほしい。困ってる奴を助けよう。それが回り回って自分を助けるかも知れない」
「「「…………」」」
「ようは助け合って、正しいことをして生きていこうということですね」
エウレカが俺の話を短くまとめる。
「正しく……」
エルフェアリー族は、噛みしめるように反芻する。
「あんた、それ全然自分の利になってないわよ」
「利にはなるだろ。バニラは本が好きだし、エウレカも魔族の古書に興味あるだろ?」
「正直垂涎ものですね。わたし城では友達いなくて本ばっかり読んでましたから、珍しい本は気になります」
しれっと黒歴史が出てきて、地雷踏んだ? と思った。
「そうか」
「えぇ、城ではエウレカ様はお友達よりご本がお好きであられますね、なんてよくメイドに言われていましたが、実際は友達がいないから本を読むしかなかったです」
「そうか」
「ユーリの奴、そうかの一言で逃げ切ろうとしてるな」
しかしなぜか納得いっていないのは、俺たちではなくリーフィア含むエルフェアリー側だった。
「なんかもっとないの? 妖精族の秘宝出せとか、世界樹の居住権寄越せとか」
「俺たちは自前でファーム作ってるからな。それを広げていく作業が楽しいんだ」
「あぁ、最初ここに来た時言ってたわね」
「今はちっちゃいが、いずれめちゃくちゃ大きくするつもりだ」
「へーへーへー」
ファームの話に、かなり興味津々なリーフィア。
「あかんあの女、この件が片付いたらシレっとついてくるつもりやで」
「ホムホムもそんな流れじゃなかったっけ?」
「ウチはええの!」
さきほどグラスを投げつけた黒髪エルフェアリーが、ひっぱたかれた赤い頬をしたまま俺の手を取る。
「その要望とは別に、あなた個人への非礼を詫びさせていただきたい。リーフィア様を救っていただいただけでなく、我々を救おうとしている方へ行った狼藉。償いの機会を直接いただきたい」
「別に構わんぞ。ちゃんと謝ろうと思ってくれたならそれで」
「いえ、あなたの意見を聞いてわたしも自分の正しいと思ったことをしようと思う! だからまず、自分の不義の償いをしたいのだ!」
凄い食い気味に来て、気圧されてしまう。
よく見るとリーフィアと同い年くらいで凛々しい顔をしている。多分仲間思いで、真っ直ぐな気持ちが暴走してしまったのだろう。
「そうだな……じゃあうまく片付いたら体で払ってもらうか」
ファームでやることいっぱいあるからな。
労働力はあればあるほど良い。
俺個人への償いとは少し違うかもしれないが、ファームを大きくしたいというのは俺の野望でもある。
するとエルフェアリーたちは、なぜか雷に打たれたかのように固まっていた。
「体で……払う……。わかった、これでも誇り高きエルフェアリー族の一人。襲ってきたベヘモスの人間に奪われるくらいだったら、あなた様に捧げるほうがよっぽど意味のあるものでしょう!」
「そんな意気込まなくてもいいと思うが」
「いえ、きっちり償わせていただく!! 男女の行為には不慣れだがそのへんは了承していただきたい!!」
なんで顔真っ赤なん?
「お待ち下さい! この子はわたくしの妹分! わたくしが体でお支払いいたします!」
「いえ、それを言うならあたしはこの子の姉のようなもの! あたしが体で払いましょう!」
「待つのじゃ、ババが体で払おう! いや、払わせてくれ!」
なぜか覚悟を決めた表情のエルフェアリー族が、我が我がと前に出てくる。
「大丈夫、まとめて面倒見るって」
「「「なんと豪胆な」」」
「ユーリ、その子ら絶対なんか勘違いしてるよ」
無事に世界樹を奪還できたら労働力(?)をゲットできそうだ。
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