第62話 決着のファイアーダンス
◆
「全軍ビートを刻みつつ全速前進だ!!」
ズドドドドと土煙を巻き上げて突撃してくる森島魔族部隊。
「バカが、ちんけな火炎放射器でコイツを焼くつもりかよ。雑魚ってのは皆最期は捨て身の攻撃に走るもんだ」
しかし勢いだけはあり、先頭の魔物使いは「オロロロロロロ!」と、どこぞの部族が発しそうな奇声を上げつつ突っ込んでくる。
よくよく見ると、スライムや人狼たちもファイアーリンボーで使う火のついた棒を振り回しており、本当に頭がおかしくなったとしか思えない。
「な、なんなんだ奴らは?」
フォレトスもかなり頭のネジが外れている方だが、自分より頭のおかしい奴らを見て困惑する。
「オロロロロロロ!!」
「フーワフーワ!!」
『ズンドコズンドコズンズンドコドコズンズンドコドコ』
「プップクプー」
「シャンシャンシャンシャン」
挙句の果てに、太鼓を叩くオークやラッパみたいな鳴き声の鳥、爪を打ち鳴らし金属音を鳴らすソードグリズリーまで現れ、一気に戦場が灼熱の
「このままサンバのリズムで突撃する!!」
『ズンズンドコドコズンズンドコドコ』
「フーワフーワフーワ!!」
「「「ホッホッ、ホッホッ!」」」
カーニバルに
フォレトスは数々やけっぱちになっておかしくなった人間たちを見てきたが、今ほど理解に苦しんだことはない。
陽気なリズムを刻んでいるというのに、魔族の目は皆闘志に溢れ、戦士の顔をしているのだ。
その意味不明なギャップに、フォレトスの頭はバグりそうだった。
「なんなんだあの男は!? もう森を従えてるじゃねぇか!」
得も知れぬ不安感から、慌てて奴らを叩き潰せと魔導コントローラーに命令を出す。
サイクロプスは世界樹の棍棒を振り上げて叩きつけるが、魔族はリズミカルなステップで棍棒をかわしていく。
「リズムそのままで、全体縦列陣形!」
「プップクプー」
縦列になった魔族は、足腰を小刻みに動かしながら待機する。
本来棍棒で叩き潰しやすい並びのはずなのだが、魔族たちはひょい、ひょいと棍棒をかわしていくのだ。
「自分のことを一流サンバダンサーだと思って、リズムに乗っていけ!!」
『ズンズンドコドコズンズンドコドコ』
「フーワフーワフーワ!!」
当たり前だがリズムに乗った程度でかわせる攻撃ではないのだ。
空が降ってくるような巨大棍棒を、寸前で見切って回避などできるわけがない。
わけがないのだが、回避しているからできるのだろう。
オークにすら当たらない意味不明さと、サンバのリズムが余計にフォレトスをイラつかせる。
「大縄跳び感覚で避けてんじゃねぇよ!!」
怒りに任せて棍棒を叩きつけると土煙が巻きおこり、視界が悪くなる。
しかし聞こえてくるサンバのリズムが、彼らの無事を知らせる。
「いいぞヴァイブスを感じていけ!」
「WOWO、WOWO、WOWOイェーイェーイェー!!」
「フーワフーワフーワ!!」
「ぐぐぐ、おちょくってんじゃねぇぞカスどもが! 毒で殺してやる!」
足元まで接近してきた魔族を瘴気で一掃してやろうとするが、なぜか沈黙したまま反応が返ってこない。
「サイクロプス、なぜ瘴気を出さない!」
フォレトスは、この瘴気が可燃物質であることを知らなかった。
「おい、ふざけるな俺の命令を聞け!」
フォレトスはコントローラーの出力を上げ、無理やり命令をきかせる。
すると足元にドス黒い瘴気が放出された。
「そうだ、それでいい。これで皆殺しに――!?」
だが、次の瞬間サイクロプスは火だるまになった。
放出した瘴気がリンボーファイアに引火し、全身を包んだのだ。
「なんだこれは!?」
下を見ると、踊り狂っていた魔物使いとスライムが『バカがよ』と言いたげなニヤリ顔で凸指を立てていた。
彼らはこの瘴気が可燃物質であることに気づき、全力でバカのフリをしながら突っ込んできたのだと今更気づく。
巨大な炎のタワーと化したサイクロプスだが、本来待っていれば自己再生能力で回復できる。しかし人間はそうは行かない。黒煙がすぐにフォレトスの視界を覆い、ゲホゴホとむせる。
「燃えている触手を引っ込めろ! 棍棒も捨てろ!」
サイクロプスは燃え盛る棍棒を放り投げ、触手の防壁を解き、自分の体を振り払う。
炎はすぐに消え煙も晴れると、さっきまではいなかった妖精が目の前を浮遊している。
「デュワ!」
その妖精は明らかにサイズがでかく、推定20メイルはあるだろう。
「なんだあいつは?」
幻術魔法かと思った瞬間、その妖精は腕を水平にして、おでこにピースした両手をくっつけると極光の光を放ったのだった。
「
彼女の全身がカッと輝き、全てを白に染め上げる閃光が島を包む。
◇
体内に光エネルギーを溜めて放出する、セシリアのフラッシュ。
通常の手のひらサイズの光ですら、至近距離で受けると失明必至なのに、それが20メイルの巨体から放たれれば、光兵器と言っていいだろう。
「全員目を閉じて伏せろ!!」
俺は伏せたプラムとホムラの上に覆いかぶさり、その上にサイガが覆いかぶさる。
伏せているのに、頭の後ろで光っていることがわかる。
数秒後、俺達は顔を上げると膝をついて天を見上げたサイクロプスが目に入った。
森を焼くレーザーを放っていた一つ目の魔眼は、閃光を受けてぐりんと白目を剥いており完全に機能停止していた。
サイクロプスはぐらりと揺れると、前のめりに倒れてくる。
「うわわわ、避けろ避けろ!!」
「ぎゃああああああ!」
俺たちは慌てて下敷きにならないよう横に逃げると、ズシーンと地鳴りを響かせサイクロプスは倒れた。
「ユーリ、どうなった?」
「セシリアのフラッシュで、奴の脳は完全に焼けた」
「ってことは?」
「俺たちの勝ちだ」
俺は地面に埋まったサイクロプスの頭の前で、拳を掲げ勝利宣言を行う。
「勝ったぞぉーー!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」」」
魔族から歓声が沸き上がる。
残党は残るものの、これで森島の魔族はベヘモスから解放される。
めでたしめでたし……。
と言う前に、フォレトスの野郎を確認しないとな。
恐らく奴もフラッシュを食らって脳が焼けたか、最低でも失明はしているはず。
「ユーリ、こっちこっち」
プラムに呼ばれて、倒れたサイクロプスの腕の方に向かうと、振り落とされたフォレトスが芋虫のようにヘコヘコと動いていた。
「目が、目がぁぁぁぁ……」
奴は両足を骨折し、目から血涙を流しながら、自分の瞼に爪を立てていた。
「生きてたのか、しぶといな」
「糞が、糞が、俺がこんなカスどもに負けるなんてありえねぇ、ありえねぇんだよ」
呪詛のような恨み言をこぼすベヘモスリーダー。
こいつがもっとサイクロプスや世界樹の知識があったら、結果は違っていたかもしれない。
慢心が敗因と言って間違いないだろう。
「おら土下座しろ土下座。魔族全員に土下座参りさせた後、コンクリはかせて海に沈めてやるからな」
プラムが暴力傭兵団みたいなことを言っていると、奴は「糞が!!」と怒鳴りながら魔導コントローラーを拳で叩く。
するとコントローラーに付属したスピーカーから不穏な音声が流れる。
『自爆コマンドが入力されました。これより対象は自爆シーケンスへと移行。300秒後に自爆します』
俺たちは眉をひそめながら、サイクロプスに振り返る。
すると真っ黒だった皮膚が赤熱し、シュウシュウと煙が上がっている。
「ユーリ、これもしかして爆発するんじゃないのか?」
「んなバカな。世界樹のエネルギーを吸収した200メイルの巨人だぞ? こんなのが爆発したら、森島なんか跡形も残らず木っ端微塵よ」
『カウント開始、299、298、297――』
「「…………」」
俺たちの頭に巨大キノコ雲が浮かび、顔からサっと血の気が引く。
「「わあああああああああああああ!!」」
二人でパニクっていると、リーフィアやエウレカたちがその様子に気づく。
「ちょっとあんた、こいつなんか赤くなってるんだけど大丈夫なの?」
「「大丈夫じゃねぇよ!!」」
俺たちはかくかくしかじかで、奴は自爆すると説明する。
「「「「はぁ!!?」」」」
「こんなのが爆発したら、あたしたち死ぬじゃない!?」
「だから慌ててんだろうが!!」
魔族一同が俺たちの周りに集まり、どうすんだこれとざわめく。
「ちょ、逃げやんとあかんのちゃうの!?」
「あと200秒程度で、どこに逃げるつもりだワフ」
その通り、そんな時間では島から出ることすらできない。
「大セシリアに皆乗せてもらうとか!?」
「わたし、もうおっきくなれませんよ?」
魔力を放出したセシリアは、元の手のひらサイズに戻っていた。
「申し訳有りません。あのフラッシュで自分の魔力も全部なくなってしまいまして……」
セシリアに鎖をつないでいたエウレカが、申し訳無さそうにする。
「しかたねぇ、解除を試みるしかない」
俺は魔導コントローラーを手に取り、カチャカチャとボタンを押す。
絶対にこういうのは緊急停止コマンドがあるはずだ。
「あんたできるの?」
「できるかじゃない。やるんだよ」
「大丈夫、ユーリはこういう時大体なんとかしてくれる」
「あぁそうだ。信じろ、自分の可能性――」
カチャカチャと手当り次第ボタンを押すと、ピンポンとコマンドを受け付けた音がなる。
「おっ?」
これもしかして自爆解除できたのでは?
『時限短縮コマンドが入力されました。爆破時間を60秒に変更しました。以降コマンドを一切受け付けません。59、58、57』
「わあああああああああ!!」
「ユーリのバカあああああああああああ!!」
「時間短なってるやん!」
終わりじゃ、せっかく勝ったのに俺たちは森島と一緒に沈没する。
俺たちがオギャアアとのたうち回っていると、突然空間が縦に裂け、転移門が開く。
「心配してきてみればこれじゃ」
光の中から出てきたのは、シャンと鈴の音を鳴らす美しい銀髪の妖狐。
ナツメは、パンと手を打ち手印を結ぶと掌を宙空にかざす。
「妖狐仙術奥義鬼門封じ!」
バリバリと稲光をともなった青白い光が、巨大な
「ユーリ、シャボン玉の中に入ってるみたいだね」
「バチバチしてるけどな」
「収縮」
彼女が広げた手をゆっくり閉じると、驚くことにサイクロプスの体が縮んでいくのだ。
200メイルの巨体は、またたく間に100、50、20、10メイルと、通常のサイクロプスと同じサイズにまで小さくなった。
『自爆まで10、9、8、7、6、5――』
カウントが0になり、サイクロプスの体は魔力球の中でパンと弾けた。
しかし、爆発は魔力球に吸収され、外に衝撃は来ない。
ナツメが術を解くと魔力球は消え、そこにあったのは小さくなったサイクロプスの骸だけだ。
どうやら森島爆破沈没の危機は免れたらしい。
「うぉ、すげぇ……」
「ナッちゃん最初から連れてきたら、簡単に倒せたのでは?」
プラムが身もふたもないことを言う。
「フフッ、それは無理じゃ。わっちとてこの力を手にしたのはついさっきの話」
そう言われてみれば、ナツメの雰囲気が少しかわっている気がする。
妖力というのか、オーラというのか、力が満ち満ちている。
「その力は……」
「ゲンブ様より賜った。わっちが森島魔将として昇格した」
「えっ、それじゃゲンブ様は」
「寿命来ちゃったのか?」
プラムが心配げな声をあげると、ナツメは首を振る。
「大丈夫死んではおらぬ。ゲンブ様は主らの活躍を見て、魔族に希望を見いだされたそうじゃ。ただ自分では、もう魔族に力を貸してやることもできぬから、わっちにその役目を託された」
「そうか……」
「ゲンブ様は魔王様が亡くなられてから、無気力になっていたとおっしゃられていた。あの黒鬼が暴れているときも、奴が魔族を滅ぼすならそれも運命と仲間を見捨ててしまった。だが、主らの戦いを見て、もう一度魔王軍の再建を考えられたそうじゃ」
「魔王軍……」
魔族最強の軍勢、魔王軍。
そこに配備された魔族は皆一騎当千の力を持ち、人間と熾烈な戦いを繰り広げたと言われるエース部隊。
「うむ。いがみあっていた魔族をまとめ、指揮をとった主の功績を認められておる」
「いや、それほどでもあるがな」
「主には十分森島のリーダーとなり、魔族を率いる資格があると」
「まぁまぁそれくらいの実力はあるが」
「後は頼んだと」
「ん?」
「主の率いる軍勢に、昔ゲンブ様が率いていた獣王軍団の名をつけると良いとおっしゃっていた。よかったな獣王軍団長」
「いや、ちょっと待て。森島の魔族を率いるのはナツメだろ? 俺は関係ないだろ」
「わっちは森島の魔将じゃ。主が指揮官をやりなんし」
「いや、ナンシーじゃなくて」
「兄上、それって帝国で例えると帝王と軍の指揮官じゃないでしょうか?」
「あぁ、実働部隊と……」
まぁ帝国の罪人と比べたらえらい出世だが。
「出世だけど、俺人間軍の敵じゃねぇか!」
そんなツッコミを入れた時、上空からプロペラ音が響く。
俺たちが空を見上げると、そこには帝国空軍の巨大飛行船が見えた。
「次の敵は帝国軍か?」
俺は鎖をプラムに伸ばした。
―――――――――――――――――
今回のお話、前半はサンバの音楽をかけながら読んでほしいですね。
私はずっとサンバの音楽をかけながら書いていたので、頭がおかしくなりそうでした。
次回で恐らくエピローグになるかと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます