第63話 エピローグ 森島

 俺とエウレカの頭上に、巨大な鈍色の飛行船が影を作る。


「でっか」


 帝国軍軍用航空母艦は、船体についた4基のプロペラがバリバリと不快な音を鳴らしながら回転し、バカみたいにでかい船体を浮かせている。

 ガレー船にも見える船の側面にとりつけられた魔導機関砲は、一体何体の魔族を屠ってきたのだろうか。帝国軍の力の象徴と言ってもいい艦だ。


「よくまぁあんなでかいもんが空を飛ぶもんだ」

「ヴァーミリオン帝国魔導空軍、翼竜騎空母艦ヴァーミリオンヴァンガードです。魔王大戦のときにも使われた帝国軍の旗艦で、あれを動かす権限があるのは皇帝と兄だけです」

「フラグシップかよ」


 ってことは、エウレカの兄ちゃんが遠路はるばる魔大陸まで妹を探しにやってきたってことか。

 そりゃ皇女だから魔大陸だろうが探しに来ると思うが、いかんせん乗ってる船が物騒すぎる。


「確か兄王子って二人いて、後継者争いでもめてるんだよな?」

「はい、第二王子のピエトロは自分の命を狙っていると思います」

「ピエピエが出てきたら殺そう」


 スカルピアサープラムが、頭に穴開けるのは任せろと口を3形にすぼめる。


「王子暗殺したら第二次魔導大戦がおきるわ」


 と言っても、相手がもし第二王子ならこのまま降りてくることなく爆弾を投下されて終わりだと思うが。


「悪い話なのですが、ヴァーミリオンヴァンガードには恐らくシャイニング玉が搭載されてます」

「マジかよ」

「ユーリ、シャイニングだまって何?」

「お年玉みたいですね」


 のん気なプラムとセシリア。


「戦術魔導核弾頭だ。中規模の街くらいなら軽く吹き飛ばせる」

「「終わりじゃん」」

「確か魔導核は条約があったはずだから、そんな挨拶代わりに撃っては来ないと思うが」


 ただその条約は、魔族にも適用されるのかはわからない。


「先にこちらからコンタクトをとりましょう。自分がいるとわかれば、帝国はまず確認に来るはずです」



 エウレカは上空に向かって、拡声魔法で伝える。


「ヴァーミリオン帝国軍に告げます。あなた達の目的となるものはここにいます」


 彼女の言葉を聞いた途端、船体後部のハッチが開き、そこから小さな武装飛行艇ガンシップが出撃し、護衛の翼竜騎士を伴いながら俺たちの前に降りてきた。


「さて、乗ってるのは第一王子当たりか、第二王子ハズレか」


 漁船ほどの大きさのガンシップから、いかつい鎧を着た筋肉質な男と、帝国騎士団員のサムが顔を出した。

 サムは俺の顔を見た瞬間、やっぱりお前かと言いたげに頭をおさえた。

 奴とは島流しにされる執行船であった以来だ。船が難破していたから、てっきりこいつも海に投げ出されて死んだのかと思っていた。


「我が名はマッシブ・リーン・ペペルニッチ。ペペルニッチ皇帝の第一王子だ」

「ユーリ・ルークス。あんたらに島流しにされたもんだ」

「知っている。爆乳禁止法違反のA級犯罪者。囚人ナンバー11……コードネームは爆乳だな」


 その死ぬほどダサい二つ名やめろ。


「我々は行方不明になった、エウレカ第一皇女の捜索でここまでやってきた」


 マッシブが俺に鋭い視線を向けると、エウレカは慌てて割って入る。


「兄上、自分はユーリさんに助けられました」

「お前が生きているところをみるとそれで間違いないだろう。エウレカを守ってくれたことに関しては感謝する。そこにいるサムからも、エウレカを助けてくれるならお前しかいないだろうと聞いている」

「なんだお前、散々俺のこと嫌いって言っておきながら俺の事信用してたのかよ」

「犯罪者の中では一番マシと進言したまでだ」


 サムは以前あったときとかわらず、フンと嫌味ったらしくそっぽを向く。


「しかしまぁ遅い救出だな。姫様遭難から何日経ってると思ってるんだ」

「こっちにもわけがある。ピエトロ王子やマルチノフ海軍将校の妨害にあったり、挙句の果てにあの巨人だ。あんなところに王子を降ろせるわけがないだろう! 一時はシャイニング玉使用も検討されたんだぞ!」

「サム」


 帝国軍の内情を話してしまったサムに、王子が低い声で黙っていろと促す。


「申し訳ありません」

「そんで、あんたらはエウレカを連れ帰りにきたんだよな?」

「そうだ、しかしただ連れ帰ると、今までの空白をマスコミに勘ぐられるからな。お前を一緒に連れて帰ってやる」

「どういう意味だ?」

「お前をエウレカ救出に尽力した功労者として、本国に連れて帰ってやると言っているのだ。その際、剥奪されたバトルロードの称号も戻してやる」

「ユーリ、ボクらも帝国に帰れるのか?」


 しかも称号を返してくれるってことは、魔獣使いヴァーミリオン代表としてもやり直せる。これ以上ないくらい美味しい条件だ。


「…………」

「それだけでは不服か? まぁ貴様にとっては取り上げられたものを戻されただけだからな。ならばヴァーミリオン帝国軍魔獣騎士団として起用してもいい」

「ユ、ユーリ、ボクたち根無し草が、とうとう公務員デビューなのか?」

「俺たちにも安定した給料と退職金が約束されるのか」


 一瞬浮かれそうになったが、周囲の魔族たちを見渡すと、皆「帰っちゃうのか?」と言いたげに不安そうだ。


「か、帰ったらええやん。あんたは人間なんやし、自分の国でやり直せるんやったらそうした方がええで」


 腕組みしつつ泣き笑いみたいな声を出すホムラ。


「ふーん、帰ればいいんじゃないの? あたしは別に全然気にしてないし、怒ってもないわよ。故郷が大事なのはわかるし、あっ、あたしの故郷は焼けちゃったけど」


 自虐風の圧で俺を追い詰めるリーフィア。


「モォ……」


 俺の服の袖を握るバニラ。


「主の人生じゃ、主の好きにしなんし。ただわっちはなんとも思わんが、百合丸は寂しがるじゃろうな。わっちはなんとも思わんが」


 ナツメはゆっくりと自身の腹を撫でる。いるのか? まさかそこに百合丸が。

 ※いません


「セッシーはユーリのことどう思う?」

「えっ、わたしはついていけばいいやと思ってるので別になんとも……。できれば衣食住、おやつ付きの待遇がいいので、帝国に帰ってほしいです」


 厚かましい駄妖精。


 皆を俺の使役魔獣として帝国に連れて行くことも考えたが、彼女たちは森島で重要な役割を持っているし、それも難しいだろう。


「魔大陸であったことを諸々聞かねばならん。エウレカ、ユーリ・ルークスは船に乗れ」

「ユーリ……どうするんだ?」


 プラムは最後の選択だぞと、深淵のような瞳をこちらに向ける。

 俺は王子にゆっくりと首を振った。


「すんませんが俺は帝国には帰らんです」

「な、何をトチ狂っているんだ貴様は!? 帰ったら英雄扱いだぞ!」


 王子より驚いたサムが、俺の肩をガクガクと揺らす。


「どのみち帰っても爆乳禁止法がなくなるわけじゃないからな。まずそっちの問題をなんとかしてくれ」

「ユーリ……」


 巨乳なだけで逮捕されてしまう、そんな狂った国に帰るつもりはない。


「あと俺を英雄神輿にして、軍の都合の悪い内ゲバを隠そうとしている感がある」

「ぐっ」


 サムは口を滑らせたことを後悔しているようだ。


「ここに残るということは人間社会に二度と帰れないかもしれんのだぞ。貴様の肩書も爆乳禁止法違反者のままだ。今帝国に戻れば爵位や領地も貰えるかもしれん。それにお前ほどの実力なら、Sリーグの世界大会も勝ち抜けるだろ!」


 サムは当たった宝くじを捨てるつもりかと、もう一度俺の肩を揺さぶる。


「お前俺のことめっちゃ好きだな」

「バカなことを言うな!」


 それでも俺は首を振る。


「王子様、俺はいつか魔大陸代表の魔物使いとして世界大会に出ますよ。世界大会って言ってるのに、魔大陸だけハブられてるのはおかしいだろ?」

「……そうだな」


 マッシブ王子は目を閉じると、コクリと頷いた。

 恐らく魔族に対する差別、人尊魔卑がなくならない限り、魔大陸代表その夢は叶わないこともわかっているのだろう。


「……では全てを捨てて、この島で暮らすか?」

「魔大陸開拓しながらレアモンスター捕まえて、牙研がせてもらいます。それに俺には野望があって、A~Zカップの魔物を捕まえて爆乳ファームを作ろうと思ってるんでね」

「そうか。たくましい男だ」


 マッシブ王子は呆れ笑いをこぼす。


「貴様なら強くやっていけるだろう。勝手ながら武運を祈ろう。ではエウレカ帰るぞ」

「…………」


 しかしエウレカはキリッとした表情のまま首を振る。


「兄上、自分も戻りません」

「何を言っている?」

「実は兄上に隠していたことがあるのです」

「なに?」


 エウレカが閉じていた胸元を開くと、ボインと肥大化した、たわわな胸が目に入る。


「なっ!? なんだその爆乳は!?」

「そうです兄上。わたしは本当は爆乳なのです。魔大陸で魔王の呪いにかかってしまい、この体になりました。今の所これを解呪する方法はありません」

「まさか、そんな……」

「わたしも本来は爆乳禁止法で裁かれる側の人間。昨日胸囲を測ったところ95を超えていました。これは国外追放に値する数値です。まさか民には罪を課し、王室の者には目をつむるわけにはいかないでしょう?」


 王子は言葉が出ず、眉を寄せるしかない。


「自分もこの島に残ります。兄上、自分を迎えに来たい場合、爆乳禁止法を是正してから来てください」

「……お前、最初から帝国に帰るつもりなかったな?」


 その問いに、にこやかな笑みを返すエウレカ。

 王子はじゃじゃ馬な妹に顔をしかめつつ、深い溜め息を吐いて折れた。


「お前が出ていったと聞いてから、こんなことになるんじゃないかとは思っていた」

「兄上、ご迷惑をおかけします」

「いや、俺もこのままお前を籠の中の鳥にしていいのか迷っていたところだ。ここはいささか温室育ちのお前には不安が残る環境だが、羽を伸ばすにはいいだろう」


 王子は荒れ果てているが、自然豊かな森島を見渡す。


「くだらんことで命を落とすなよ」

「兄上こそ、弟の謀略に殺されないでくださいね」


 エウレカがそう言うと、兄王子は少しだけ嬉しそうに笑った。


「人の顔色を見て笑顔を作っているだけだったのに、強くなったなエウレカ」

「わたし今の自分結構好きですから」

「いいだろう。次お前と会うときは、ロイヤルナイト選定のときかもしれんな」

「そんな……」


 俯いて照れるエウレカ。

 なんで騎士の選定で照れてるんだ?


「なぁサム、ロイヤルナイトって王族の護衛騎士だろ? 何かの隠語でも入ってるのか?」

「姫のロイヤルナイトは九割がた婚約者の意味だ」


 そういやオットーが、ロイヤルナイトと姫は結婚する確率がすごく高いとか言ってた気がするな。

 王子と目と目があい、妹をよろしく頼むとアイコンタクトを受ける。

 今の話は聞かなかったことにしよう。


 王子とサムは踵を返してガンシップに乗り込んでいく。

 その際エウレカが、島流しにされた犯罪者が徒党を組んでいること、本国から未知の魔導具が流れてきていることを報告する。


「恐らく別の島に流された犯罪者たちも、この島と同様原住民の魔族を苦しめている可能性があります」

「その件については調査しておく。こいつに全て吐かせるさ」


 王子は足の折れたフォレトスを容赦なく掴み上げる。


「お前には帝国式尋問をたっぷり試してやるから覚悟しろ」


 フォレトスの顔がゆがむ。恐らく死んどきゃよかったって目にあうだろうな。


「よろしくお願いします」

「ではな……強く生きろ。我が妹よ」

「はい、兄上も」



 俺は遠ざかる空母を眺めながら、プラムに声をかける。


「悪いな帝国に帰る話蹴っちまって」

「ボクは別にどこだっていいよ。ユーリがボクの家だからな」

「さて、と。まずはボロボロになった世界樹を復活させるところから始めるか」


 ぶっ壊された森島を元に戻したり、ベヘモスの残党狩りしたりとやることは多いだろう。

 仲間たちに振り返ると、彼女たちはばつが悪そうな表情をしていた。


「どうした?」

「いや、なんかウチらのせいで全部捨てさせたみたいで」

「また作っていけばいいだろ。ファームみたいに」


 幸い家はあるし、仲間もいる。

 そう言うとナツメはふむと頷く。


「主よ、ファームが無名では呼びにくい。何か考えているのか?」


 俺はプラムと顔を見合わせる。


「なんかいい案あるか?」

「ん~いかつい名前がいいなぁ。人間を食べちゃうような奴」

「あーじゃあいいのがあるわ」


 俺は鬼のように強かったサイクロプスからヒントを得て

 ファーム名を爆乳ファーム『鬼ヶ島』に決定した。



                          了




 あとがき

 長かった爆乳ファーム森島編が完結しました。

 文章も結構膨れ上がってしまい、文庫本3巻弱くらいの量になり、やばいやばいと思いながら書いておりました。


 当初の予定ではもっと短くすませるつもりで、世界樹編なんてなくて、ダイナモとフォレトスが雑にファームを襲撃し、それを撃退して終わりというのが森島編のプロットでした。

 なのに途中から世界樹攻略とかエルフェアリー編みたいなの始めちゃって、何やってんのコイツら? 早くボス倒しに行けよと思いながらキャラを書いておりました。


 久しぶりのキャラ多数ファンタジーで楽しく書けたと思います。

 感想で好みのキャラなど書いていただければ嬉しいです。

 私は勘違いした妖狐と木霊が好きでしたね。


 感想、星、ハート、フォロー等していただけると幸いです。

 また今月17日からKSPプログラムが始まりますので、そちらもご確認の上、よろしければご支援のほどよろしくお願いします。


 それではまた次回お会い致しましょう。

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