第87話 口車
俺たちの前に現れたハエの悪魔は、優雅な所作で礼をすると、もう一度拍手を行う。
「予選通過おめでとうございます」
「予選通過?」
何言ってんだ? と問いただすと、ベルゼバエは大きく頷く。
「皆様がこの島へやって来られた理由を、我々は概ね理解しております。お得意様もいらっしゃいますしね」
そう言ってマルマン市長を見やるベルゼバエ。
「皆様は、借金の担保に連れて行かれた市民を取り戻そうとされていますね」
「わかってるなら話は早い。その借金は市長が必ず返すから分割にしてくれ」
「最悪シチョーの内臓全部持っていってもいいぞ」
俺とプラムが代表して言うと、ベルゼバエは高速で首を振る。
「マルマン様と結ばれた契約書には、一括と書かれていますので不可能です。それに人間一人解体したところで補える額ではございません。しかし、皆様がこの島でゲームに参加してくだされば借金はチャラ、それどころか大金を手に入れるチャンスでございます、はい」
胡散臭すぎる。そう言って泥沼にハメようとしてるのは目に見えている。
思っていたことが顔に出ていたのか、ハエ悪魔は続けて説明を行う。
「皆様がゲームに参加してくだされば、現在城で観戦されているVIPが賭けをして下さいます」
「VIPが賭け?」
「ええ、VIPの素性は明かせませんが、現在ここにいる人間の中で、生き残るのは誰かという賭けを城で行っております。予選通過と言いましたのは、我々の差し向けたグールやゾンビから生き残れるかテストさせていただきました。あの程度に殺されるようでは、ゲームで到底生き残れませんので」
さっきのはこいつらの差し金かよ。
どうやら電気ショックで、ゾンビ波が起きたわけではなかったようだ。
「ふざけるなよ、俺様たちを競馬の馬にしようってのか!」
肩を怒らせたモーガンが剣を抜いて近づくと、ベルゼバエは金色のコインを取り出す。
ダイヤが散りばめられた見るからに豪華なコインを、モーガンの額にぺたりとくっつける。
「予選通過のお祝いでございます」
「な、なんだこれは?」
「夜島で作ったチップ【デビコイン】です。原材料に、宝石と希少金属
「いっ1000万!? ……これ一枚で?」
「はい、左様で」
怒っていたモーガンの火が完全に消え、他のガードたちもざわつき出す。
そりゃそうだ1000万なんて大金を稼ぐには、普通にチマチマギルドの依頼をこなしてたら10年くらいかかる。それをポンと渡されたら誰でも驚く。
「ゲームをクリアする毎に、このデビコインを報酬でお渡しします。あなたたちはこのデビコインを100枚集めれば囚われた市民を解放することが出来ます。おっと失礼、別に解放せずに、コインをそのまま持ち帰ってもらっても結構です」
さすが悪魔だ、人間の欲望を刺激するのがうまい。
どうせお前ら市民を助ける目的で来てるんじゃないんだろと見抜いた上で、莫大なリターンで釣り上げている。
今しがた仲間を殺されて激高していた奴も、一気に金に目がくらんで大人しくなってる。
「みーんな静かになっちゃったね」
プラムが周囲を見渡して、俺と同じ感想を述べる。
「額が額だからな。1枚1000万なら、わりと本当に借金10億に手が届きそうだ」
と、言っても、この中で何割が市民を助けるためにコインを使うのか。
こんな危険な地に来てまで儲けを求める切羽詰まった冒険者たちだ、全員の顔に「これで大金持ちになれるかも」と書かれている。それは市長も例外ではない。
「騙されるな。こいつらの言うゲームなんかどうせゲームとして成り立っていない。絶対にクリアできないようなものを出すつもりだ」
一番現実を見ているサムが警告すると、ハエ悪魔は再び高速で首を振る。
「それでは賭けにならずVIPに怒られてしまいます。これからは事前にゲームルールの説明をさせていただきますので、その上で無理だと判断された場合リタイアしても構いません。但しその場合、そこまでで得たデビコインは没収となりますが、命を失うよりかは安いでしょう」
まずい、これは話だけでも聞いてみようになるパターンの奴だ。
案の定モーガンが「最初のゲームはなんだ?」とベルゼバエに問う。
「最初のゲームは鬼ごっこでございます。皆様を転移門を使ってそれぞれスタート位置にご案内致します。皆様がスタートした3時間後に、鬼となるアンデッドモンスターを100体解放致しますので、鬼から逃げながら城を目指すというものです」
ゴール地点がカジノ城というのはわかりやすい。ただアンデッドモンスターってのは恐らくさっきのグールのことだろう。
1体でも結構手を焼いたんだぞ。100体も出てきたらあっという間に狩られる。
「シスターならグールを倒せるっす。鬼を倒せる強い人と、弱い人じゃ不公平っすよ!」
凸凹コンビののっぽベンが不平を訴えると、ベルゼバエは勿論と答える。
「初期の段階で装備に有利不利が出るといけませんので、武器は没収とさせていただきます。武器と命が繋がっているという方以外は、全て丸腰で望んでもらいます」
丸腰と聞いて全員が「そんなの死ぬじゃん」と更にざわつく。
「そしてもう一つルールがございます、ゲームに参加された場合途中リタイアは認められません。ゲームが終わるのはクリアするか死ぬかだけです。わたくしも甘いことを言って嘘つき呼ばわりされたくありませんので、予め言っておきます。参加者の中で何名かは必ず死にます」
基本ルールをちゃんと聞くと――
1:ゲーム中でのリタイアは出来ない。但しクリアした後、次の別ゲームに移行するタイミングではリタイアできる。リタイアした場合、手に入れたデビコインは全額没収。
2:チームを組んでも構わないが、報酬配分はチーム内で決めること。
3:著しくゲーム性を損なう不正をしたものは失格。
4:初期装備に差が出ないように、持っている武器、道具は全て没収。但しそれらは全部宝箱に入れて島の中にばら撒くので、拾った装備は自由に使用可。
5:参加者は皆、報酬が入った金庫を持ち歩いてもらう。持ち主がいない金庫を拾った場合、中身を自分の物にしても構わない。
6:死んだ参加者の報酬はプールされ、一番最後まで勝ち残った参加者に全額配当される。
7:ゲーム中、島からの逃亡は問答無用で失格。
8:デビコインは換金所でいつでも豪華アイテムと交換可。
「失格になるとどうなるんだ?」
俺が聞くと、ベルゼバエは「ゲームが終わるのは、クリアするか死ぬかだけです」と繰り返した。つまり失格=死で間違いないだろう。
さっき死にかけたワッツとベン含む、何人かのガードが強い難色を示す。当然だ、若い連中は死にたくないに決まっている。
「お、おれたちはやりたくないんだなぁ」
「べ、別にそんな危険を冒さなくても、ギルドのクエストで美味しい依頼が来るのを待てば……」
後ろ向きな二人に、ベルゼバエはヤレヤレと言いたげにため息をついた。
「大金を手に入れるゲームで、自分の命を使えないゴミは今すぐお帰り下さい。あわよくば大金をリスク無しで欲しい、そんなことを思っている人間にはわたくしから一言。くたばれクズが。クズはクズらしく一生地べたを這いずっていろ」
口調が変わったベルゼバエは、手品のように手から大量の金貨を取り出してガードたちに見せる。
「筋力や魔力は、ある程度鍛えればどのような人間だって手に入ります。しかしそれ以上を目指そうと思えば才能が必要になります。金も同じ、小銭を稼ぐ程度なら汗水垂らして働けばいい、だが大金持ちになるには才能か運が必要になる……。貴方たちは金持ちになる才能はないが、今ここにゲームに参加できる運は持ち合わせています。それさえ掴めない人間は一生負け犬です。小さな幸せだけでいいと考えるなら止めはしません。しかし、皆野望を胸の内に秘めているのでしょう? 勇者になりたい、美味いものを食いたい 、いい女を抱きたい……どんなことにも金がつきまとう。食材、装備、女。全て金金金。資金がなければ上は目指せない」
ベルゼバエは早口でまくしたて、演説のように言葉に圧をかけていく。
「リスクを恐れてチャンスを逃す人間は一生成功しない。貴方たちの唯一の持ち金である”命”をここぞというタイミングでベットしなければ、それは老いて価値をなくしていく……。チマチマ小銭を貯めていつか裕福になるのもいいでしょう。だが貴方たち人間には命のリミットがある。腰が曲がってから金を手に入れてなんになるのです? 他にも返しきれない借金を抱えてる人もいらっしゃるんじゃありませんか?」
何人かのガードの肩がビクっと動く。
こいつ人間の心情を見透かせるんじゃないかと思う話し方だ。
「さぁ……命を賭けろ。勝って全てを手に入れるか、負けて全てを失うか……これは悪魔のゲームだ」
ハエ悪魔がパンと手を叩くと、この場にいる全員の手にデビコインが1枚握らされる。
この時点でデビコインの数は60数枚、理論上は鬼ごっこをクリアするだけで目標の100枚を突破し、囚われた市民は解放できる。
「そんなうまくいくわけないか……」
「ユーリ、ボクデビコインもらってないぞ!」
「しゃー(ない)」
「ウキ(ない)」
「クケ(ない)」
「多分お前ら武器扱いなんだろうな」
「ふざけるなよ、ボクらは道具じゃないぞ!」
「いや、このゲーム多分参加者同士で争うように設定されている」
ルール5の、拾った金庫の中身を自分の物にしてもいいというのが不穏すぎる。
これ絶対金庫目当てで殺人が起きる。
「お前が武器扱いなら俺と合流すればいいだけだが、参加者になったらゲーム内容によっては敵同士にされちまう可能性がある」
「むむ、それは困る」
「このゲームは頭数を増やさず仲間を増やすのが圧倒的有利だ。お前達が武器扱いの方が俺たちにメリットが多い」
「魔物使いの魔物は武器! はっきりわかんだね!」
「しゃ(魔物使いの)!」
「ウキ(魔物は)!」
「クケ(武器)!」
プラム達は音速で手のひらを返すと、武器であることを納得した。
あっ……ちょっと待てよ、こいつらが武器扱いだとしたら、俺もしかして完全に一人でスタートか?
「ワシはやるぞ! 勝ち残って金を手に入れてやる!」
そう息巻いているのはマルマン市長。
こいつ絶対返済する気ないだろ。
「俺様もやってやる。こんなものダンジョンに入るのと一緒だ。ダンジョンの奥でお宝を手に入れるか、トラップで死ぬか。幸いこのゲームはクリアすれば空振りはない! 俺様は大金を手に入れてやるぞ!」
同じくモーガンも、完全にハエ悪魔の口車に乗せられている。
この話、ダメ人間ほど引っかかってる感あるぞ!
「おい、他に参加者はいないのか! 我こそはと思う奴、俺様と組むぞ! 組みたいやつは一人ひとり自分が持ってるスキルを言っていけ!」
「おいオレは罠解除ができるぞ!」
「あたしは杖がなくても
まずい、もう全員参加する流れになってる。
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