9-8

 意外なことに、イーリスはあっさりハウンドの居場所を話してくれた。


――『本当はね、あなたには話さないつもりだったの。これ以上、彼女の旅を悲しいものにさせたくはなかったから』――


 ニコラスは、汗ばんだ襟元をくつろげた。


――『確実に拒絶されるわ。あなたのこれまでの行為を、すべて否定されるかもしれない』――


 雪に埋まった足をなんとか引き上げて、ようやく一歩前へ進む。

 足が重いのは、凍傷対策にと義足切断痕に装着した小型ヒーターのせいだけではない。


――『本当にいいのね? その方法が一番しんどいわよ』――


 白い呼気を整えて、顔を上げる。


 数メートル先で、高齢とは思えぬ足取りで森を進んでいた『盲目の狼』とお伴の狼が、そろって振り返っていた。


「少し休むかい?」


「いえ」


 ニコラスは首を振った。


「進みます」


 老婆は何も言わなかった。お伴の狼が鼻を鳴らした。


 そこから二時間ほど歩き、ニコラスたちは山頂に出た。

 午後二時過ぎだったが、日はすでに沈みかけていた。背後を振り返れば、先ほどいた古い牧場のサイロが見えた。


「あそこ」


『盲目の狼』が指差した。幅1キロ弱の、小さな湖があった。


「古くからある湖でね。見た目は小さいが底は深い。小舟から物を落としたら二度と拾えないと、よく言われたもんさ。小さいぶん、氷もよく張る」


 つまりは、ハウンドの自害場所としてうってつけというわけだ。


「あたしゃここでこの子と一緒に待っているよ。番をしている奴が一人いてね。蜘蛛男みたいに、ずる賢くてお喋りで融通の利かない奴さ」


 『盲目の狼』は、そう言ってお伴の狼の首を撫でた。


「見ているよ、ここから。すべてを」


 上手くいってもいかなくても、すべてを見届ける。そう告げた老婆に、ニコラスは頷いた。




 ***




 それはニコラスたちが発ってから、一時間にも満たない頃だった。


「あらあら。こんなところにマフィアの首領ドン自らやってくるなんて。あなたってそんなに勤勉な方だったかしら」


 皮肉半分、感心半分で呟けば、目の前の美丈夫、フィオリーノ・ヴァレーリは非の打ちどころのない完璧な笑顔を浮かべた。


「まさか。俺はこの世で一番の不真面目男さ。それに来るつもりなんかなかったよ? けど一年分の予算詰まれちゃねぇ」


 それを聞いて、イーリスはすぐに夫の計らいだと察した。


 彼、ライオール・レッドウォールは昔から石橋を叩くのではなく、重機やら計測器やらを持ち出して、入念に調べてから渡るタイプだった。


 特区に移住すると決めた時もそうだった。私だけで行くと話した時、彼は何も言わなかった。


 だが特区に移住してから一か月後に、残してきたはずの家財すべてをまとめて引っ越してきた。

 しかも教授職を円満に退職し、かつ移住後も協力してくれそうな特区外の人脈を確保した上で追いかけてきた。


 恐らくハウンドが街の予算にと渡していた稼ぎを、すべてプールしていたのだろう。


「それで、ご用件は?」


「スカウトをしに」


「私を次の統治者にと?」


「それが27番地のためには最適じゃない? 俺はけっこう君を買ってるんだ。なにせ27番地を傀儡にし損ねたのは、君のせいだからね」


 髪についた雪を払いながら嗤うフィオリーノは、心底愉しげだった。

 それはまるで、いたぶり甲斐のある獲物を見つけた猫のようで、新しい玩具を見つけた少年のようで、何故か妙に人を惹きつけるものがあった。


 こういう無垢な邪悪さにやられる人が多いのだろう、とイーリスは思った。


「ヘルハウンドは確かに悪くない統治者だよ。けど彼女が守るのはだけだ。道理もわきまえない、目の前の利益を貪るだけの愚か者は、容赦なく切り捨てる。

 俺が彼女を気に入ったのはね、彼女は善意で人助けをしないことだ。彼女にとっての人助けとは、すなわち相手に“助け甲斐のある奴になれ”と強要することに他ならない。

 全住民に変革を強制する統治者なわけだ。すると当然ついていけなくなる奴が出てくる。――君がいなかったら、27番地はとっくに空中分解していたはずなんだけどねぇ」


「過分な評価をどうもありがとう。けど私は当然のことをやったまでよ。あんな犯罪都市で、名だたるマフィアを相手に、何のリスクも背負わずに何かを得られるわけがないでしょう。ましてやその救世主はまだ15歳の子供なのよ?」


 あんな子供にすべての責任を背負わせて不満を言うなんて、恥ずかしいと思わないのか。


 自分はそう言っただけだ。多少記事を書いたりはしたが、それだけ。あとの法体制や運営、物流管理は、すべて夫の手腕とその人脈だよりだった。

 彼こそが影の統治者だったといってもいい。


「私は夫に便乗しただけ。大したことは何もしてないわ」


「けど店長殿はお世辞にも表向きの器じゃあない。俺との初対面で目も逸らさず、顔色一つ変えなかったのは、君とヘルぐらいだよ」


「ふふっ。あなたって本当に鏡のような人ね。だけでしょう?他人が望む姿を見せて魅了する。そう言えば私が断らないと知ったうえでの発言かしら」


 そう返せば、フィオリーノはますます笑みを深めた。


「断らないじゃなくて、断れないだよ。そのぐらいの仕込みはとっくに済んでるさ」


「そう。なら、お生憎さまね」


「断るの?」


「断るしかないのよ。あなただってあてがった人形がすぐに壊れるのは嫌でしょう?」


 途端、フィオリーノはあっさり仮面を脱ぎ捨てた。完璧な愛想笑いという鉄仮面を。


「……なるほどね。表舞台から引いたのはそれが理由かい?」


「こういうのは年寄りがでしゃばるもんじゃないのよ。助けを乞われたら腰を上げるぐらいで充分」


「ハハッ、それうちの先代に聞かせてやりたかったなぁ」


 フィオリーノはひとしきり笑うと、ねぇと首を傾けた。


「君、あいつが本気で救えると思ってんの?」


のよ。彼が無理なら誰がやったって同じだわ。最も、彼にとっては一番つらい選択でしょうけどね」


 彼にとってハウンドは生きる指針そのものだった。光だった。


 そんな彼女に彼はすべてを否定されなければならない。徹底的に打ちのめされなければ、この博打自体が成立しない。


――以前の彼だったら到底無理だったでしょうけど……今の彼ならば。


 イーリスは、むくみ過ぎて握りづらくなった指を僅かに動かし、乱れた呼吸をそっと整えた。

 この男にだけは、醜態をさらしたくなかった。


「私はね、『彼』との約束を果たしたかったの。彼を死に追いやってしまった償いをしたかった。自覚したのは、彼から話を聞いた時だったけれど。だから私は彼の頼みを聞いたのよ。彼が生涯を賭して仕込んだ悪戯にね」


 何の話だ、とフィオリーノは顔をしかめたが、すぐに目を見開いて固まった。


「君が、あの絵本をヘルハウンドに託したのか」


「そうよ。コールマン軍曹とは以前に取材した仲でね、彼がデルタにいるかもしれないと聞いて、その高揚感で頭がいっぱいだった。……あの時はまだ若かった。イラク戦争の真っ只中、彼が今、どんな任務についているのか想像が及ばなかった。フリーの記者と接触すれば彼がどうなるか、そこまで思いがい当たらなかった」


 そして合衆国安全保障局USSAはラルフ・コールマンが裏切ったと判断した。彼が『失われたリスト』にまつわる事件概要を、記者に暴露しようとしていると勘違いした。

 だから彼らは敵陣真っ只中に放置され、死んだ。


 自分が殺したようなものだ。


「私は役目を果たした。今となっては遺言になってしまったけれど、コールマン軍曹の頼みはすべて叶えたわ。あの子は……忠実なまでに彼の遺言通りに動いてくれた。あとは彼次第。――“大いなる悪戯をここに”」


「……何の話だい?」


「あら、あなたも部下から絵本の内容は知らされているんじゃなくて?」


「そいつが炙り出しで隠されていた最後の一説だってことは知ってるね」


「ならあなたも彼が遺した悪戯の被害者の一員ね。ご愁傷様」


 フィオリーノが渋面をつくった。イーリスは笑った。


 ずっと自分たち棄民を虐げ、搾取し、翻弄し続けた男を、最後の最後で欺けたことが実に痛快だった。


「あの子の人を見る目は確かってことよ。ゴルグ・サナイ氏がコールマン軍曹に託したように、コールマン軍曹が私に託したように、私にバトンが回ってきただけ。今度は私が誰かに託す番」


 最後まで言い切れずに、イーリスは咳き込んだ。この男の前で高笑いでもしてやろうかと思ったが、それももう無理そうだ。


 間に合うだろうか。


 イーリスは浅く呼吸をしながら、霞む虚空を見上げた。




 ***




 かつては猟師小屋だったのだろう。屋根裏と二部屋しかなさそうな、小ぶりな丸太小屋だった。

 その小屋の前にある小さな竈の前で、暖を取っている男が一人。


「遅かったじゃねーか。重役出勤もびっくりな遅刻っぷりだぜ」


 セルゲイは薄氷色の瞳を酷薄に細めた。真顔になると、本当に人形のような顔だとニコラスは思った。


「ハウンドは」


「中」


「そうか」


「無駄だと思うがね」


「そうだな」


 ニコラスはセルゲイの脇を通り越し、小屋に近づいた。


「でも俺は、あの子に死んでほしくないから」


「……そーかい」


 腰を上げたセルゲイはコートについた雪を払い落した。


「三時間だ」


 ニコラスは、ドアノブを掴もうと伸ばした手を止めた。その背めがけて、セルゲイは言葉を億劫そうに投げつけてきた。


「湖は中央部を残して四分の三が凍ってる。そして今夜、この冬一番の寒気がやってくる。それを逃すと氷に穴をあけてから身を投げにゃならん。痕跡が残る」


 日の入りがタイムリミットだ、とセルゲイは言った。


「三時間後の午後六時、あいつは計画を実行する。それまでに説得するんだな」


 それだけ告げて、セルゲイは湖畔沿いの森へ姿を消した。




 ***




 家具も荷物も何もないがらんどうの部屋に、探し求めた小さな背を見つけた。


「ハウンド」


 絞り出した声は、情けないことに微かに震えていた。返答はなかった。


 ハウンドは火を焚いていた。


 薪の上で、血の付着した衣服が燃え盛っている。その上にハウンドは、自身の上着の内ポケットから取り出したものを、次々に放り込んでいた。


 店長が縫った刺繍入りのハンカチ、ジェーンがプレゼントしたクレヨンの絵、クロードが買ってきたよく分からないお守り、少年団がおそろいで編んだミサンガ、ジャックとウィルが「見てほしい」と渡した動画のタイトルが記された小さな紙。


 それから、差出人に住民の名が記された手紙がいくつも、いくつも。どれも縁が擦り切れ、色あせてボロボロだった。

 ニコラスは、彼女の上着の内ポケットがいつもパンパンだったことを思い出した。


 思い出を一つ一つ丁寧に焼いていくその背に、ニコラスはなんとか一歩、踏み込んだ。


「サハル」


 彼女の本名を呼ぶ。彼女の手が、一瞬だけ止まった。


「何しに来た」


 あまりに低く冷淡な声音に、つばを飲み込む。倒すと決めた敵に対して、彼女が発する声だった。


「迎えにきた。一緒に帰ろう」


「帰る? どこへ」


 ニコラスは初めて向けられる嘲りの声に、言葉を詰まらせた。


「私は27番地を居場所と思ったことはない。そもそもこの国にだって、来るつもりはなかった。ただラルフたちの墓がここにあるから来ただけだ。で? その墓はどこにある?」


 墓は、ない。


 ラルフ・コールマンたち五人は行方不明扱いになっている。当然、墓があるはずがない。


「お前と約束したのだって、ただの気休めだ。お前が一瞬カーフィラに見えた。だから死なれるのは気分が悪かった。それだけだ。お前が生き延びようが、くたばろうが、私にはどうでもいい。六年前のあの時だって、お前が望んでいる言葉を適当に選んでかけただけだ。真に受けて馬鹿をみたな」


「それはっ……俺だって同じだ。俺がお前の助けたのだって成り行きだった。俺は――」


「なあ、ニコ。いつだったか、この国のことどう思ってんのって聞いたでしょ。答えてやろうか?」


 ニコラスは今度こそ固まった。


 答え合わせの時が来た。


「憎いに決まってんだろ。私らをテロリストごと吹き飛ばしたお前らも、目の色が違うってだけで狗扱いした村の連中も、USSAも五大マフィアも棄民も、全部ぜんぶ大っ嫌いだ」


「空爆で焼かれたこともないくせにテロリストが悪だの、これは正当な罰だの、偉そうにピーピー喚きやがって。誰がテロリストかも分かってないくせに、よくもまあ自信満々に人が殺せるもんだ。それで恨み買って新たなテロリスト量産してさあ、お前ら何がしたかったの? 

 村の連中だってそうだ。虐殺の時にできた混じり子だからなんてもったいぶって言ってたけどさあ、単純に親なし家なしで、迫害しやすかったって正直に言えばいいのになあ。

 あの村長にしてもそうだ。誰が大国に侵略された被害者だって? 村ぐるみで堂々と忌み子いびりやってたくせに。てめえらも同類だろがっ!」


 暖炉に投げ込むはずだった手紙を握りつぶして、少女が振り返る。


 その瞳はもう黒ではなかった。深緑の瞳が、業火のごとく暗く燃え盛っていた。




 ハウンドは手に持っていた手紙を床に叩きつけた。すでに火がついていたそれは火の粉を撒き散らし、粉々に炭化して宙に霧散した。


「挙句の果てにカーフィラもラルフたちも、最期の言葉が『生きろ』だよ。お前もそうだ。こんなクソみてえな世界で、何のために生きろっていうんだよ。もう誰も待ってないくせにさあ!」


 ニコラスは、ひび割れた仮面の下の彼女を初めて見た。


 泣きたいのに泣けない、泣くことも諦めた子供の顔だった。


「なあ、なんで助けた? なんで見捨ててくれなかったんだ? お前が助けなかったら、あそこで終われたのに。なんでここまで来ちゃったんだよ」


 軋んだ声は掠れ、少女は俯いた。火傷を負った手が、顔を覆う。火ぶくれた皮膚が破れて血が溢れ出る。

 指先に付着した煤とともに、彼女の顔を紅く黒く染めていく。


「助けてほしい時に助けてくれるのが英雄ヒーローなんだろ? だったらなんであの時、助けてくれなかったんだ……!? なんでカーフィラじゃないんだ!? なんでラルフたちじゃない!? なんで私だけ助けた、私だけが生き残った!? なんで、なんで……私はただ、ずっと一緒にいたかっただけなのに……!!」


 なあ、ニコ。


 救われなかった少女が顔を上げた。頬に付着した血が、涙のように見えた。


「私、十分頑張ったろ。まだ頑張んなきゃ駄目か?」


 ニコラスは応えられなかった。


 自分の願いを口にすることも、頼むことも。

 なにも、言えなかった。


「もうさ、疲れた」


 丸くなった小さな背が、遠ざかっていく。唯一床に残された、五人の兵士の遺品を抱えて、少女は奥の部屋へ消えていく。


 その背に手を伸ばすこともできないまま、ニコラスはただ扉が閉ざされていくのを見ていた。




 ***




 野宿の支度を終えた老婆、『盲目の狼』は空気穴の下で火を焚いた。

 現代人は雪洞ビバークと呼ぶらしい、雪の斜面に洞を掘ってその中で過ごす野宿である。


 ロッキー山脈で育ち、人生の大半を山で過ごしてきた彼女には、この手の備えは若者がスマートフォンを持ち歩くように、日常の一部だった。


「出てこないねぇ……」


 そう呟くと、お伴の狼が耳をぴんと立てた。


 空気穴から吹き込んだ風が、毛皮数枚でできた簡易テントツェルトを逆立てた。けれど、それだけだった。

 この耳をもってしても、何も聞こえなかった。


 狼がピィと鼻を鳴らして、組んだ前足の上に顎を乗せた。

 母親に育児放棄され、息子が拾って育てたこの狼は、成長してもどこか子狼気分が抜けなかった。


「心配することないさ。きっと大丈夫だよ」


 老婆は狼の首を撫でる。それは、自身や彼に言い聞かせているようでもあった。


 なぜなら彼女は、息子が命を賭して守ったという少女にまだ会っていない。


 だから少女の警告に最後まで従わなかった。老い先短い人生だ。死など、とうに覚悟できている。

 それよりも、顔も見せずこちらを必死に守ろうとする少女の方が、ずっと気がかりだった。


 その少女が今、自ら死を選ぼうとしている。

 死した息子たちの名誉の回復。たったそれだけのために。


――どうか、連れ帰ってきておくれ。


 空気穴から、また風が迷い込んでくる。寒風は無言のツェルトをおちょくるように掻き撫でて、霧散した。




 ***




 指先がもげてしまいそうなほどの寒さで、目が覚めた。吐く息が白い。暖炉の火もつけずに奥の部屋に閉じこもったのだ。温もりなぞ存在するはずがない。


 軋む全身を叱咤して上半身を起こす。


 眠っていた時間は一時間に満たない。だが、あれから三時間が経った。


 時間だ。


 ハウンドは片膝を立てて、ゆっくり立ち上がった。


 これから死ににいく。死ぬためだけに、ずっと準備してきた。


――結局、誰も救えなかったな。


 別れ際のニコラスの顔を思い出して、自然と視線が落ちる。

 今にも泣きそうな、膝から崩れ落ちてしまいそうな、酷い顔をしていた。


 扉を開け、居間を覗く。

 ニコラスはもう、いなかった。


『さんざん八つ当たりしたくせに、かってだなぁ』


 幼い自分サハルの心底呆れた声が聞こえた。いつものように、今日も心の内に居座って、嘲笑っていた。


『だからにがせばよかったのに。さいごまで手ばなさなかったくせに』


 そうだな。

 そう胸中に呟き返して、ハウンドは歩き出す。


 結局サハルこいつも殺せなかった。何度も殺そうとしたのに、しぶとく生き残ってしまった。


 かつての自分サハルも殺せず、新たな自分ヘルハウンドにもなれず。最期に救おうと思った男も救えなかった。

 自分は一体、何がしたかったのだろうか。


 まあいい。どうせあと一時間後ですべてが終わる。

 すべてどうでもいいことだ。


 動きの鈍い四肢を動かして血流を循環させ、稼働を急ぐ。どうせ死ぬのだから多少凍傷になっても構わないが、動かないのは困る。


 自分の意に反して震える指でドアノブを掴み、外へ出た。


 そして固まった。


「おはよう。凍死する前に出てきてくれて助かった」


 なんで。


 ハウンドは思わず後ずさった。とっくに立ち去ったと思ったのに。あれが最後だと思ったのに。


「酷い顔だな」


 いつもより幾分か白い顔のニコラスが立っていた。

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