8-1
〈2014年1月7日 午前9時29分 アメリカ合衆国ミシガン州 特区27番地 デトロイト美術館跡地〉
ニコラスはただ黙って立っていた。
種も仕掛けもない。ただ黙って立ち、待ち構えていた。
視界を広げる。
俯瞰視野を前に、視覚以外の五感を駆使して周囲を探る。
標的は二人。
一人は2時の方向、距離2.5メートル。
ニコラスを中心に半円状を描くように、じりじりと詰め寄りながら飛びかかるタイミングを窺っている。
もう一人は9時の方向、距離3メートル。
動きこそないが、先ほどから頭部にわずかな動きがみられる。相方と連携を取る気なのだろう。
勝利条件は至極単純。
ニコラスの足元、直径1メートルの円から外へ出たらニコラスの負け。出なかったら二人の負け。
要するに、ニコラスをこの場から動かせられるかどうかが勝利の要である。
「たぁああ!」
威勢のいい声と共に、小柄な体躯が突貫してくる。
ニコラスは瞬時に視界を切り替えた。
広い視野から狭い視野へ。俯瞰から一点、焦点を集中させる。
捕捉。
円から出ない程度に半歩身を引き、突貫した一人をいなす。
突き出された模造ナイフを手首ごと捻じり上げ、身を捩ったところを足払いですっ転ばせる。
が、油断はしない。
この少年の無策な突貫と、わざと大声を出した理由をとうに察していたからだ。
「……っ!?」
「よっ」
くるりと反転、難なく避ける。
ニコラスの脇腹を、背後からのナイフが虚しく素通りしていく。
背後の小さな刺客がしまったと顔を歪めた。
だがニコラスはまだ油断しない。
本命はここから、刺客の左手に握られた玩具だ。
フラッシュをたきながら自立飛行する小型ドローンで危険性は全くないが、初見ならまず気を取られる。
そしてニコラスは初見ではないし、使わせる気もなかった。
刺客がドローンを放つより早く、その襟首を掴んで前方へ放り投げる。
躱されて前のめりになっていたことに加え、ニコラスの反転した勢いも相まって刺客こと少年は盛大に飛んでいった。
「ぐえっ」
「うぐぐぐぐぐぐ……!」
放り飛ばされた少年がもろに背を打ち、最初にすっ転ばされた少年が恨めしげに唸る。
ニコラスは「勝負あったな」と告げた。
「これで20戦中、全敗だ。同行は諦めろ」
「ぐぬぬ……! 子供相手にガチ相手とか卑怯だぞ!」
「……背中と頭打った……受身むずかしい……」
一方の少年はびしりとこちらを指差し、もう一方の少年は後頭部をさすった。
ジャクソン・ラドクリフと、インドレイク・ヴィルタネン。
通称は「ジャック」と「ウィル」。
とある事件をきっかけにカフェ『BROWNIE』に居候中の少年たちである。
ちなみに金髪碧眼でそばかすがある方がジャックで、茶髪灰眼に眼鏡がウィルだ。
年齢はそれぞれ14、13歳。生意気で口達者なジャックと、大人しく無口なウィルは正反対なのだが、不思議と馬が合うらしく、常に行動を共にしている。
そんな二人が、なぜ27番地の近接格闘訓練所に来ているかというと。
「つーか体格も筋力もこんなに差があるのにガチ相手とかマジで信じらんない! そんなにオレらが依頼についてくんの嫌なら最初からそう言えよ!」
「……大人げない、と思う。心配してくれるのは、ちょっと嬉しいけど……」
「いーや、ぜってーただの意地悪だね! オレらに任務行かせたくないから本気出してんだっ」
ぎゃんぎゃん騒ぐ、というか一人が一方的に吠えているだけなのだが、少年二人の不平不満にニコラスは呆れ返った。
「あのなぁ、本気出すに決まってんだろ。お前ら次の依頼先がどこだか本当に分かってんのか」
「知ってるよ、シバルバでしょ」
「……正確には特区4番地、シバルバ一家統治下の一等区だね」
「ほら一等区じゃん!
「……航空写真でも確認したよ。道路とか見た限り、荒れてる様子はなかった。役に立てる、と思う」
「そーだよ。大体オレたちただのガキじゃないんだぜ? オレはドローン操作そこそこできるし、ウィルは天才ハッカーだ。今回の依頼って人探しなんだろ? んじゃオレらの出番じゃん! ウィルにちょちょいっと監視カメラ覗いてもらって、そっからオレがドローン飛ばして探す、完璧だろ!」
自信満々に話す二人にニコラスは溜息をつく。
ちゃんと把握しているが肝心な情報が抜け落ちている。
シバルバ領ということ自体が問題なのだ。
「知ってるなら尚更あきらめろ。今回の依頼は今までのとはわけが違う」
「だからぁ!」
「ジャック、お前、
ジャックは真っ赤な顔でグッと閉口し、声をワントーン下げて唇を尖らせた。
「……知るわけないじゃん。大体みんな、オレらに何も教えてくんないし」
なるほど。それでここまでムキになっているのか。
ニコラスは苦笑を耐えて息を吐く。
先日のクリスマスの一件――ハウンドが家出し、ニコラスを無理やり次代統治者に据えようとした事件――の際に、ジャックとウィルは完全に蚊帳の外に置かれた。
街に来てから日が浅かったことと、未成年であることを考慮した住民の気遣いだったのだが、同年代の少年団ですら知ってることを知らされなかった二人はそれなりにショックを受けていた。
またのけ者はごめんだ、ということなのだろう。
それにジャックとウィルはそれぞれ両親と浅からぬ確執を抱えている。単純に、誰かに置いていかれるのが嫌で怖くて、必死になっているのかもしれない。
ニコラスは少年らの前にしゃがみこんだ。
「分かった分かった、そうむくれるな。攻防戦の話なら後でしてやる」
「後でじゃなくて今聞きたいんだけど」
「駄目だ。ここは住民が多い」
きっぱり告げると、少年二人は周囲で鍛錬に励む住民を見回して、やや強張った顔で振り返った。
「何かまずいの?」
「……みんなのトラウマ、とか?」
「まあそんなとこだ。それに、そういったのを決めるのはハウンドだ。説得するならそっちを優先するこった」
「……それめちゃくちゃ難関じゃない?」
「まあな。おら、休憩終了だ。あと一時間みっちり受身の訓練やるぞ」
それを聞くなり少年二人は「まだやるの!?」と悲鳴を上げた。ニコラスは「当然だ」と口を引き結ぶ。
「ついてくるにせよ何にせよ、お前らに今必要なのは『生き残る力』だ。特区の連中がハンデつけて正々堂々と勝負すると思うか? 体格も劣る、経験もない、武器も持ってないお前らにできるのは、ともかくしぶとく足掻いて生き残ることだ。逃げてもいい、媚びて隙を窺ってもいい。卑怯上等でいいんだ。手段を選ぶな、お前らにそんな余裕ねえんだからな」
「それは……そうなんだけど……」
「……なんか、カッコ悪い、ね」
「格好つけて犬死するよかいいだろ。ほら行ってこい」
「うへえ」と渋々立ち上がった二人は、よろめきながら道場奥の人だかりへと向かった。最近始めた老人・子供向けの護身術コーナーだ。
弾丸飛び交うこの特区でどこまで役に立つかは分からないが、少なくとも誰かに危害を加えられた時、驚いて固まるのと咄嗟に動けるのでは、生存率が格段に違う。
焼け石に水だろうと、何もしないよりは遥かにマシだ。
「あらあら。スパルタな鬼軍曹と思ったら、意外と人情に篤いのね。あなたきっとハートマン軍曹といい友人になれるわ」
「どちらかというと俺がしごかれる方じゃないですかね」
「謙遜ね」
くすくすと上品に笑った老婦人は、手に持っていたバスケットを「差し入れよ」と差し出した。
イーリス・レッドウォール。
カフェ『BROWNIE』の店長ことライオール・レッドウォールの奥方で、銀髪に紅のギンガムチェックのストールが映える、
「お身体の方は大丈夫ですか」
「ええ。ここ最近はずっと寒いから」
「寒い方がいいんですか?」
「急に寒くなったり、暑くなったりする方が心臓に負担がかかるのよ。だから寒暖差のない今はかなり調子がいいわ。寒いけど」
夫人はそう肩をすくめると、少女のようにコロコロと笑った。ニコラスもつられて口元がほころんだ。
出会って間もないというのに、この夫人といるとなぜか自然と笑顔になるのだから不思議なものだ。
イーリス夫人は心臓病を患っており、これまでずっと特区外の州郊外の片田舎で療養していたのだという。
由緒正しき古城の暖炉の傍らで、揺り椅子に揺られながら刺繍か編み物をやっていそうな風体の女性だが、実は元フリーの報道記者である。
若い頃は世界各地を飛び回っていたというのだから、なかなか冒険心あふれるアクティブな女性なのだ。
「そういえば、ハウンドはまだ帰ってきてないの? ガレットがもうすぐ焼き上がるのだけれど」
「まだアンドレイ医院ですね」
「あら残念。焼きたてを逃してしまうわね。検診から逃げなかったのは偉いけど」
あの子ったら、注射が大の苦手なのよ。
頬に手を当てて嘆息する夫人に、「よく知っています」と内心同意しつつ頷く。
相棒兼この27番地の統治者たるハウンドを『あの子』と呼ぶだけあって、ハウンドはイーリス夫人にだけは頭が上がらない。
特区へ来た直後に世話になったことに加え、ハウンドが統治者として立つにあたり、店長と共に住民を説得して回り、ずっと彼女を支えてきてくれたのだという。
「そんな大したことはしてないのよ? 法律とかの基盤をつくったのは夫で、私は皆に記事を書いたり説得して回っただけだもの」と、言うのが夫人の弁なのだが、陰の功労者であることは間違いないだろう。
「そう言えば狙撃手さん、あなた、あの子と仲直りはできた?」
ニコラスは見事に言葉を詰まらせた。
実はここのとこ、何かとハウンドに避けられているのだ。
「上手くいってないのね」
「……すみません。前回の件で気まずいのは分かるんですが」
悪戯を仕掛けてこなくなっただけならまだしも、会話も最低限の事務的なもの、朝起きるとすでに家を発っている、目が合うと身体ごと回れ右をされる、食事を家で取らなくなる、など等。
ともかくこちらとの接触を極限まで絶ってしまったのだ。ここまでくると流石のこちらも堪える。
「気分を害したなら謝る」と言っても、困り顔で「ニコは悪くない」というばかりで、決して本心を明かしてくれようとはしない。
ニコラスとしても弱り果てていた。
「まあ、今日は検診ですし。後でアンドレイ先生に聞いてみます」
「それがいいわ。全く、あの子ったら変なとこで頑固でシャイなんだから。あなたも振り回され過ぎないように注意するのよ?」
すでに振り回されまくってんだよなぁ。
ニコラスは後頭部を掻いた。
だがまあ、それも悪くないと最近思い始めているので、自分もだいぶ毒されている。
「にしても……、あなた」
「?」
「若い頃の
「え」
***
「だからぁ、今すぐニコからの好感度下げる方法が知りたいんだってば」
「ふむ。身体は健康体だが脳に致命的な支障あり、と」
遠回しに馬鹿って言ったなこの医者。
スツール上に胡坐をかいたハウンドは、腕を組んで口元をひん曲げた。
冗談でもなくこっちは本気かつ火急案件なのだ。茶化さないでもらいたい。
「真面目に聞いてってば。これでも私はちゃんと先生の言う通りにやってきたんだぞ。第一! ニコラスは女性に深刻なトラウマあるから親密になることはないだろうっつったの先生だろ! ほらこの『ニコラスお世話ガイドブック』にもそう書いてる」
「美男子でもない三十路の独身男を子犬のように扱うのはいかがなものかと思うがね。あとそれはれっきとした治療プログラムだ」
「似たようなもんじゃん。ともかく! 私が治したかったのは戦傷後遺症の方であって女嫌いの方じゃないんだよ。話が違うぞどうしてくれる」
「心底知らんし、どうでもいいな。それと安心したまえ。軍曹ならどちらも順調に回復中だ」
「おお、それはなにより……って、そうじゃなくてさ」
「はあ……。そこまで文句を言うなら、なぜあんなに過度な接触をしてきたんだね。いくら女性忌避の傾向があるとはいえ、ウェッブ軍曹はれっきとした成人男性だ。軍隊にいたぶん禁欲生活も長い。
弱っているところにうら若き女性がかいがいしく世話をすれば、好意を持つのは当前だろう。第一ベッドにまで潜り込んでおいて、今さら嫌われたいなど虫がいいにもほどがあるぞ。弄ぶのも大概にしたまえ」
見事な正論を返されて、ハウンドはぐうの音も出ない。
出ない、のだが。
「………………死人のニオイがしたんだよ。会ったばっかの頃」
アンドレイがペンを置く気配がした。
毒舌ながらも、こういう患者への真摯なところが信頼できる。けれど今は、その誠実さが逃げ出したくなるほど気まずかった。
「生きる意欲がないっていうか、本当に生きた屍みたいな状態だったんだ。身体が元気になっても、心が死んでるっていうか。まだ死ねないから仕方なく生きてるみたいな状態だったんだ」
ニコラスと再会した時のことはよく覚えている。
迷い込んだ浮浪者が小規模ギャングに絡まれて死にかけていると住民から通報があって、死体回収に出向いたら彼だった。
死んだと思っていた。
マスメディアを漁っても、関係者・施設に問い合わせても曖昧な回答ばかりで、戦死を含めた帰国者名簿に彼の名が載ることは一向になかった。
死してなお、祖国に帰りたくなかったのか、と。
そう思い込んで落胆した。
それが、足を失い傷ついた彼をマスコミの攻撃から避けるため、彼の上官が取り計らって内密に本国へ移送したと聞いたのは、彼と再会した後のことだ。
変わり果てていた。
睡眠薬がわりに摂取し続けたアルコールのせいで体臭は変わり、筋肉は落ち、皮膚はたるんで髭も伸びきっていて、誰だか分からなかった。
いま思うと寒気がする。
「本当に、目離したらすぐ死んじゃいそうだったんだよ。だから……この際、性欲でも何でもいいから生きる意欲を取り戻してほしくて……」
「……なるほど。それで必要以上に過度な接触をしてきたのか。確かに性欲は人間の三大欲求の一つだからな。軍曹の場合、性欲以上により強い感情が彼を突き動かしているようだが――」
「なら性欲なくてもいいじゃん。ほら、性欲消す薬とか出してよ。どうせ先生持ってんでしょ」
「アホか。そんなものがあるなら、この世から性犯罪者がとっくに一掃されているわ。あと君は私を何だと思っているのかね」
「『トランスフォーマー (マイケル・ベイ作のロボット映画)』で言うところの人間版ラチェット」
「そういえば新種の解毒剤開発のための被検体が足りなかったな」
おっと、ヤバイ。退散、退散。
スツールからぴょんと飛び降りたハウンドは、そそくさと扉へと向かった。また注射器ごと投擲されて麻酔薬を打たれては敵わない。
そんなこちらの様子に、アンドレイ医師は露骨に溜息をついた。
「なぜそんなに他者からの好意を拒む? 軍曹から世話を焼かれて、あんなに嬉しそうにしてたじゃないか。まんざらでもなかったんだろう? 君は一体、何をそんなに怖れている?」
不覚にも、足が止まった。
怖れている? 私が?
何を――。
『怖いんでしょ。自分のせいでまた、大事なモノが壊れちゃうのが』
――うるさい。
胸中に響いた無邪気な声を、ひた隠した憎悪で押さえ込む。
『
カーフィラを喰い、ラルフを喰い、ロムもレムもベルもトゥーレも喰った。在るだけで周囲に死を振りまく呪われたガキが。
お前なんか要らない。とっととくたばれ。
そのまま消えてしまえ。
『次は
――うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!
させるものか。殺させるものか。
私は
ラルフ・コールマンによって、そう在れかしと名付けられた、兵器の名称。
「生きる」ことを希われた、誰かを殺してでも護る、屍人の守護者。
私は『
喰わせてなるものか。奪わせてなるものか。今度こそ守るんだ。
今度こそ、何に代えても、ニコラスは私が――。
「ハウンド、ハウンド」
我に返って、音が戻ってきた。
幾たびか瞬きして焦点を合わせれば、アンドレイ医師が椅子から立ち上がろうとしていた。
「大丈夫かね。また例の症状が、」
「大丈夫だよ先生。次の検診もよろしくね」
「ちょ、こらっ。待たないかヘルハウンド!」
制止の声を振り切って、可能な限り全速の速足で病院を飛び出す。
アイゼンを履いているのをいいことに、踏みしめられて氷道になった歩道を無遠慮に大股で歩く。
――嬉しそうにしてた、か。
医師の言葉を反芻し、咀嚼して胸中へ嚥下する。苦々しい以外の何者でもない感情だった。
気付いていた。
こう在ってはならないと分かっていながら、気付かないふりをしていた。
ニコラスのためと言いながら、結局自分の欲を優先させてきた。
もう少し一緒にいたいと願ってしまった。
だから失敗したのだ。
あのクリスマスの晩に、すべて終わらせるはずだったのに。
――もう失敗は許されない。
今回のこちらの動向で、敵はこちらの意図に勘付きつつある。次はもうない。
気付けば最後、『双頭の雄鹿』は何がなんでも自分を生かそうとするだろう。
この作戦は、敵が自分を殺そうとしていることが鍵なのだ。
「大いなる悪戯を、ここに……」
吐かれた言葉が白く濁って消えていく。
彼らは、ラルフは、きっと嘆くだろう。
少女を逃がすために蒔いた種が、少女によって敵を貶めるための罠に使われているのだから。
それでも、叶えなければならない。
決して自分のために願わなかった
それが自分にできる唯一の償い。
私という咎人が延命を許されたただ一つの理由なのだから。
尻ポケットの携帯が震えた。
表示された宛名を一瞥し、慎重に呼吸を整える。噂をすれば、だ。
「もしもし、ニコ? どした?」
応じた不器用な狙撃手は、ぶっきらぼうながらもどこか気遣わしげな声音で「今どこだ?」と尋ねた。
「病院出たとこだよ。ロバーチ国境線沿い」
『そうか。その、ミセス・レッドウォールがガレットを焼いたそうなんだが……食うか?』
おずおずとした声のすぐそばで「もっとグイグイいかないと駄目よ!」と囁く声が聞こえる。
どうやらイーリスがニコラスをけしかけてきたらしい。
ハウンドは束の間、逡巡し、いくつか浮かんだ模範解答から一つを選んで答えた。
「うん。食べる。あとニコの紅茶が飲みたいな~」
『……! 分かった』
どこか嬉しげな声音で切れた電話を片手に、ハウンドはすぐ傍にあったピザ屋のコンクリート壁に背中を投げ出した。
「甘いものか~……」
イーリスの菓子は美味い。美味いので文句はない、が。
――ニコの絵本ご飯、食べたかったな。
表紙のオープントーストでもソノラン・ドッグでもなんでもいい。ニコラスのご飯が食べたかった。
――自分から逃げ出したくせに、勝手な。
自嘲と苛立ちを白濁した息に込めて、鋭く吐き出す。
それでもなお収まらないので、煙草も咥えた。
喫うと料理の味が分からなくなるからと自重していたせいか、久しぶりの煙草は酷く苦かった。
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