5-7

 その頃、ニコラスは、アレサ、ギャレット、ケータとともに、唯一回収できたという不発爆弾のラジコン飛行機を検分していた。


「……こりゃプロの仕業じゃないな」


 そう言うと、アレサが眉をひそめた。


「本当? こんな複雑な配線してるのに?」

「これは起爆装置の配線じゃなくてラジコンの基盤だ。一緒くたになって突っ込まれてるから、一見複雑そうに見えるが仕組み自体は単純だ。リモコン無線を受信して、ラジコン飛行機のモーターが動くと、発火装置に電流が流れて起爆する。発火装置はもっと単純だ。電流が流れると、リード線にはさんだ導線が熱せられて、接してるマッチが発火する。んで導火線に火がついてにドカンだ」


 顔を上げれば、アレサたちの頭にはてなマークが飛んでいる。


「……要するにリモコンでラジコン動かすと爆発するタイプの爆弾だ。素人でもやれんことはない」

「んじゃプロの仕業じゃないていうのは?」

「作りが雑すぎる。アレサ、アンタこのラジコン見つけた時、どんな状態だった?」

「ええっと、急にプロペラが回り出して煙りが出たと思ったら急に止まって……」

「命拾いしたな。これがプロの作品ならとっくの昔にあの世行きだ」


 アレサの顔がさあっと蒼褪めた。剣吞な面持ちのギャレットが口を挟む。


「どういうことだ」

「文字通りの意味さ。この爆弾の発火装置は確かに作動した。だが導火線を無理矢理ラジコンの中に突っ込んだせいか、導火線が途中で折れて脆くなってる」


 ニコラスは千切れかかった導火線をつまんだ。これでは途中で導火線が焼き切れてしまう。


 そして実際、導火線は爆薬に辿り着く前に焼き切れた。

 だからアレサは命拾いしたのだ。


「恐らく導火線が湿気ないよう中に突っ込んだんだろうが……プロならまずやらないな。少なくとも導火線をボキボキに折って中に突っ込むような真似はしない。あとこの爆弾、いざって時のための不活化処理がされてない」

「不活化?」

「仕掛けた爆弾が不発だった場合の安全装置だ。不発弾の回収中に爆発したら困るだろ? だからどの爆弾にも不活化させる仕組みが必ずある。んで、こいつには不活化するための処置がされてない。少なくとも訓練うけた人間のやり口じゃないな。強いて言うなら――」


 イラクでよく見た即席爆弾に似てる、という言葉をニコラスは飲み込んだ。


 下手に犯人に繋がりそうな特徴を吹聴すべきではない。犯人探しが始まってしまう。


 ただでさえミチピシは度重なる爆破で苛立っている。

 最悪の場合、ミチピシ内のアラブ系住民が迫害の対象になりかねない。


 そして多分、イヤドも。


「……何でもない。ともかく、ロバーチ一家の仕業じゃないと思う。あそこは軍上がりの人間が多い。兵士の手口じゃないな、これは。俺でもまずしない」


 ニコラスの発言に周囲が呻く。

 絶対に犯人だと思っていたものが否定されたのだ。


 実際、アレサは納得がいっていないようだった。


「でもこの爆薬、マーカーなしの違法セムテックスよ? こんなもの、そうそう手に入る物じゃないでしょ」

「いや、そうでもない。違法セムテックスは特区じゃそれなりに出回ってる。しかも流通元はロバーチ一家だ。あの一家が自分の取り扱ってる爆薬をこれ見よがしに使うとも思えん」


 アレサはうーんと腕を組み、ギャレットは溜息をつきながら腰に手を当てる。


 捜査が振出しに戻ってしまった。


 アレサたちはもちろん、ロバーチ一家でもないとなると、爆弾魔は一体誰なのか。


 ニコラスは顎に手を当て思案する。


 今回、アレサが回収できた爆弾には3つの共通点がある。


 1、残骸はどれもラジコンに仕掛けられた爆弾だ。しかも、リモコンモーターを起動して発火装置を作動させるという手口も共通している。


 2、不発だったラジコン飛行機以外の残骸が硝煙臭い。まるで空薬莢の中を嗅いだような臭いがする。


 3、爆弾に使用されたラジコンは比較的新しい商品だ。しかもメーカーまですべて同じ。偶然とは思えない。


 ただし、これらの爆弾は事件発生当初から11日以前の爆弾の共通点だ。


 それ以降の爆弾の残骸は回収できていない。爆破の威力がデカすぎて回収どころの騒ぎではなかったのだ。


 いずれにせよ、11日以降の爆弾に関する情報は、せいぜいアレサたちが独自に集めた証言集ぐらいだろう。


 ニコラスはアレサを振り返った。


「アレサ、このラジコンの出所調べられないか? 搬入ルートとか購買歴とか」

「……ごめんなさい。それはアラパホ族の管轄だから無理だわ」

「アラパホ族?」

「ええっと、ミチピシ一家は部族連合体なのよ。他のマフィアでいう幹部が役職を担うところを、一部族の族長が管轄してる。流通関連データなら補給・輸送担当のアラパホ族の管轄なの。他の部族はもちろん、私みたいな非成員部族じゃまず見せてくれないわ」


 なるほど。ミチピシは他のマフィアのようなピラミッド型組織ではなく、ブドウの房のようにいくつものグループによる連合組織ということなのだろう。


 一家の混乱が一向に収まらないのも、こうした組織像が原因かもしれない。


 しかし困った。流通関連のデータが見れないならお手上げだ。


 そこに、アレサたちが集めた証言集をスマートフォンで撮影していたケータが、おもむろに口を開いた。


「なあ、ニコラス。ずっと思ってたんだが……例の南瓜頭、今回の爆破事件に関与してるんじゃないか?」

「「南瓜頭?」」


 アレサとギャレットの疑問に、ケータは件の動画を見せた。

 この場合、説明するより動画を見せた方が早い。


 動画再生から10秒。

 アレサたちは、喧しくほえる、洋服をごてごてと着せられた小型犬を見るような顔をした。苛立ちと憐憫が入り混じった表情である。


 そしてどちらかというと、アレサは前者が、ギャレットは後者が勝っているようだった。


「なにこれ。今こんなのが流行ってるの?」

「迷惑系ユーチューバーってやつだな。そんなに有名になりたいかねぇ」


 吐き捨てるアレサと嘆息するギャレットにほっとする。

 良かった。二人ともまともな感性の持ち主のようだ。


「ここ最近話題の、自称特区潜入ジャーナリストだ。救済連合と一緒に入ってきたらしくてな。ちょくちょく爆破事件のことも動画でアップしてる」

「……酷い動画ね」

「世界中のジャーナリストから苦情がきそうな案件だな。この程度の出来で金貰えるってんなら、連中も喜んで騒ぐだろうが……で、コレが爆破事件に関与してるってのはどういうこった?」


 ギャレットの質問に、ケータは動画一覧集を表示した。


「見てくれ。これが一番最初の爆破現場を撮った動画だ。投稿時間を見てくれ。君らが集めた証言集によると、こいつは爆発が起こった3時間後に投稿してる。早くないか?」

「……確かに」

「あの滅茶苦茶しょぼい爆弾の現場を逐一撮ってるあたりもきな臭えな。俺たちですら残骸見つけるのに苦労したってのに」

「だろ? それにほら、爆破現場の動画にしても妙なんだ。最初のしょぼいやつは欠かさず撮ってアップしてるのに、最近のはアップしてない。11日前を境にぱったり途切れてるんだ。こういう手の奴って目立ちたがりが多いだろ? だったら普通、派手な爆発現場を取りたがるはずだ。そっちの方が確実に視聴者を稼げる。なのにこいつは最近の爆破現場の動画は一つもアップしてない。不自然じゃないか?」


 ケータの推理にアレサとギャレットは至極納得したように頷いた。

 だがニコラスは頷けなかった。


 ケータの推理の可否はともかく成否はともかく、この南瓜頭が爆破事件に絡んでいるという可能性は否定できない。というか、かなり高い。


 だがあまりにできすぎているのだ。


 ニコラスが南瓜頭のことを知ったのはセルゲイが言ったからだ。敵だと思ってたアレサたちから逃げる際、自分を先導したのはセルゲイのドローンだ。そして今、味方と判明したアレサたちと協力して、犯人探しに務めている。


 この期に及んで判明した犯人が、セルゲイが紹介した南瓜頭だというのは偶然だろうか?


 ニコラスはケータの持つスマートフォンを睨んだ。


。その南瓜頭の特定も急ごう。それと、販売ルートの調査も」


 その時、アレサの背後で証言集の段ボール箱を運んでいた先住民系の少年が、スマートフォンを見るなり目を輝かせた。


 黒髪に赤のメッシュが入った、どこか派手で生意気な印象の少年だ。


「あっ、ジャックの動画だ!」

「ジャック?」


 アレサが振り返ると、少年はどこか誇らしげにほころんだ。


南瓜頭ジャック・オー・ランタンだからジャックですよ。ボスもこれ好きなんですか?」


 目をキラキラさせて問う少年に戸惑いながらも、アレサはきっぱりと答えた。


「いいえ。嫌いよ。こういう無駄に騒ぎ立てる奴は特に」


 すると、少年はショックを受けた顔のまま固まった。

 アレサは慌ててフォローする。


「あなたの好きなものを否定してるわけじゃないのよ。ただ私は、この手の迷惑系ユーチューバーは苦手なのよ」

「この人は迷惑系ユーチューバーなんかじゃないですよ! ちゃんと取材やって報道してるじゃないですか!」


 少年の叫びに何事かと集まった手下たちが、警備室入り口からぞろぞろと集まってきた。


「なになに? 何の騒ぎ?」

「お、ジャックの動画じゃん。新しいの出てる」

「まーた騒いでるよこの人。好きだねぇ、炎上」

「たまにはこういうのもいいじゃん、マスコミみたいに都合のいいとこだけ切り取ったりしないし」

「どうせ視聴者稼ぎでしょー。言葉遣いも過激だし」

「でもこういうきわどい部分に突っ込んでいくジャーナリストってこんなもんだろ? 育ちの良い記者じゃできねえよ、こんな真似」


 ニコラスは予想以上に南瓜頭が支持されていることに驚き、落胆した。

 やはり多感な10代の青少年にとって、派手な過激思想は魅力的に映るのだろうか。


 そんな最中、若手を冷静に眺めていたギャレットがこちらを向いた。


「そもそもお前、なんでこんな動画見てるんだ? いかにもネットに縁が無さげなのによ」

「……こいつがハウンドの誹謗中傷やったからだ」


 そう苦々しく答えると、アレサに反論していた赤メッシュの少年がこちらにやってきた。

 右手に掲げたスマートフォンには、該当動画が再生されている。


「これですよね? 26番地暴動事件の首謀者ってやつ」


 嬉しそうに画面を見せつけてくる少年にニコラスは困惑した。どうしてこの少年は喜んでいるのだろうか。


「おじさん、ヘルハウンドの助手なんでしょ? だったらあの暴動のことも知ってるよね?」

「まあ」

「あの暴動のきっかけになった慈善活動の許可出したの、ヘルハウンドって本当?」

「ああ。だが――」

「じゃあ止められる立場にいたんだよね? なのに金持ちの言いなりになって活動許可したわけでしょ。しかもあれだけの死者出したのに、謝罪なしってちょっと冷たくない? この人、本当に26番地住民の保護する気あったの?」


 ニコラスは畳みかけるような論調の少年に呆れた。


 お互いの主張をぶつけ合うのではなく、結論ありきで自身が望む解答に誘導するのは議論とは言わない。


 こちらの話を聞く気が無いのは明らかだった。


「あの暴動の元凶はロバーチ一家だ。奴らが領民を搾取しまくって飢え死に寸前まで追い込んだのが原因だ。ハウンドが謝る必要がどこにある?」


 ゆっくり目を細めてみせれば、すぐさま少年がたじろいだ。伊達に目つきが悪いと言われてない。


「…………庇ってるの?」


 気弱そうな声に目を向けると、赤メッシュ少年の背後に、ボディバッグを前に斜めがけした金髪碧眼の線の細そうな少年が立っていた。


 アレサの言っていた、新人の家出少年の一人だ。


 白人の少年は、左手の人差し指と親指の付け根に貼られた大きな絆創膏を撫でながら呟いた。


「あなたは代行屋の助手だし、その……あなた、あの『偽善者ムナフィック』ですよね? ティクラート暴行事件の。あなたの冤罪がどうのこうのっていうわけじゃないけど、ヘルハウンドに拾われた恩義から庇ってるだけじゃないの……?」

「そうだよ! 住民ごと撃ったって話もあるんだろ? だったら人殺し――」


 つ、と。赤メッシュの少年が真っ青に口をつぐんだ。


 ニコラスの射殺さんばかりの眼光が、黙らせた。


「じゃあこいつは何をした? 26番地住民が飢えて苦しんで撃たれてた時、この南瓜頭はなにしてた?」


 ニコラスは容赦なく言葉を撃ち込んだ。


 声は荒げない。

 ただ抑揚はなく。

 表情もなく。

 

 ただ淡々と、殺意だけを放つ。


 赤メッシュの少年が凍りつき、白人の少年は短く悲鳴を上げてアレサの背中に隠れた。


 戦場帰り兵士の、本気の殺気と怒気だ。

 一般人はおろか、年端もいかぬ少年に太刀打ちできるものではない。


「確かに死者は出た。負傷者も多かった。自衛のため住民ごと撃ったのも事実だ。だがヘルハウンドは27番地の統治者だ。26番地住民を助ける義理なんてどこにもねえ。見棄てたってよかったんだ。だがあいつは見棄てなかった。だから金持ちの箱入り娘の話に乗ったんだ」


 少年二人はもはや涙目で、全身を震わせていた。

 しかし誰も止めようとはしない。


 アレサとギャレットは息を呑んで立ち尽くしていた。

 喧嘩とあらば必ず仲裁に入る温厚なケータですら、無言に事の成り行きを見守っている。


 ケータもまた、ハウンドとともに戦った一人だからだ。


「誰も彼もが見放した住民を、アイツだけは見棄てなかった。それを俺はずっと真横で見てた。それに比べてこいつはなんだ? この南瓜頭は誰を救った? 何を変えた? 人の問題に首突っ込んで、自分は広告料たんまりもらって、安全な画面の向こうで高みの見物か? 冗談じゃねえ。こいつはただの盗人だ。他人の物語を盗んで好き勝手切り刻んで報じてるだけのろくでなしだ。――で。誰がなにに謝れって?」


 少年二人はもはや立っているのがやっとの状態だった。


 当然。

 幾度となく敵を心胆寒からしめてきた狙撃手の眼が、目の前にあるのだ。


 視られたが、最後。

 あとは引金を引いて終い。


 二人の少年は、子供として侮られることを心底嫌ったが、自身を獲物としか見ない人間に会ったことがなかった。


 しかもそこに、獲物をいたぶってやろうという高慢や嘲りは一切ない。


 ただ、ただ、殺意だけ。


「まあまあ兄弟。そう吠えたてるもんじゃないぜ」


 馴れ馴れしく間に入ったギャレットは、ニコラスの眼光を向けられても小動もしなかった。

 固唾をのんでいた若者たちがほっと安堵する。


 しかし、ギャレットはニコラス以上に辛辣だった。


「他人の上げ足とってりゃ正義面できると思い込んでる馬鹿はごまんといるもんだ。所詮は何者にもなれねえ憐れな連中さ。その点、南瓜頭ジャック・オー・ランタンってのはうってつけじゃねえか。に相応しい名前だろ。なあ、ボス」


 皮肉気に口端を吊り上げるギャレットに、アレサは肩をすくめた。

 そろそろ間に入ってやらないと、少年らが気の毒だと思ったのだろう。


「取りあえず、何もしてない私たちにどうこう言う筋合いはないってことよ。口を慎みなさい」


 途端、少年二人がその場にへたり込む。

 若者たちは気まずそうに俯いた。


 けれど赤メッシュの少年の回復は存外早く、うっとおしい前髪越しにギロリとねめつけてくる。


 ニコラスは睨み返してやってもよかったが、流石に大人げないと思って無視を決め込んだ。


 電子音が鳴り響いたのは、その直後である。

 赤メッシュの少年は肩を跳ね上げた。


 出所はケータのスマートフォン。しかも非通知の着信だ。


 ケータの顔にどうしようの文字が浮かぶ。ニコラスはアレサと顔を見合わせ、頷いた。


「出てくれ」


 電話に出たケータの会話に全員が耳をそばだてる。

 しかしケータはろくに話すことなくスマートフォンから耳を離してしまった。


「おたく宛てだ、ニコラス」

「ハウンドか?」

「いや。デニスっつー男だ。Tの8っつったら分かるって言われた」


 理解したニコラスはアレサたちに説明した。


「うちの住民だ。輸送班第8チームの班長だ。ミチピシ近辺の配送を担当してる。恐らくハウンドからの支援だ。何か伝えに来たのかもしれない」


 アレサの許可を得たニコラスは通話を再開する。


「俺だ」

『デニスだ。無事っぽいね、ニック。ハウンドが心配してたよ。今どこ? ハウンドから君と合流するよう言われてるんだ』

「それはいいが……ハウンドはどうした?」

『ああ。彼女はちょっと困った客を相手にしててね。しばらく手が離せそうにないってさ』

「困った客?」

『ああ、それから。今回臨時でやってきたから君に伝言だよ。俺にはよく分からないが――』


 ニコラスは伝言を聞くなり振り返る。


「アレサ、さっきの流通関連データの件は何とかなりそうだ」

「本当!?」

「ああ。ただ、アンタの爺さんと直接話す必要がある」


 アレサの表情が曇った。一方のニコラスは思考をフル回転させる。


 どうやらこの一件、鍵を握っているのはあの老人かもしれない。

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