11-5

【前回のあらすじ】

ニコラスの頼みを受け、日本で『シバ』の探索を進めるローズ嬢たち。だがその背後には、すでにUSSAの魔の手が迫っていた。


一方、USSA長官フォレスターは『特区の双璧』ヴァレーリ・ロバーチ一家両家を完全に押さえ込み、特区の全権を掌握してしまう――。




【用語紹介】

●合衆国安全保障局(USSA)

12年前の同時多発テロ発生直後に急遽設立された大統領直属の情報機関で、年々発言力を増している。現長官はアーサー・フォレスター。


●失われたリスト

イラク戦争中、国連主導で行われた『石油食料交換プログラム』を隠れ蓑に世界各国の大物たち(国連のトップ、現職の大臣、資本家、宗教関係者など)がこぞって汚職を行った『バグダッドスキャンダル』に関与した人物らの名が記されたブラックリスト。

このリストを公表するだけで、世界各国代表の首がすげ変わるほど破壊力を持った代物。『双頭の雄鹿』の資金源と目される。


●絵本

ニコラスがハウンドから譲り受けた手書きの絵本。人間に連れ去られた黒い子狼が、5頭の犬たちの力を借りながら故郷を目指す物語が描かれている。作者はラルフ・コールマン。

炙り出しで謎の文がページの各所に仕込まれており、それらを解き明かすと『証人はブラックドッグ』、『リーダーはアーサー・フォレスター』となる。


●《トゥアハデ》

『双頭の雄鹿』の実働部隊。世界各国の特殊部隊から引き抜いた兵士で構成されており、長のフォレスターが自ら選んだ幹部“銘あり”が数人存在する。

現時点で確認されている“銘あり”は『キッホル』、『クロム・クルアハ』、『ヌアザ』、『モリガン』、『ディラン』、『スェウ』、オヴェドの七名。

現時点(11節冒頭)で『キッホル』、『クロム・クルアハ』、『ヌアザ』の三名は死亡。

またなぜかオヴェドは名を与えられていない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






 視界の先、崩壊した瓦礫からなるバリケードの山脈が見える。

 絶えず舞い上がる粉塵で空は霞み、鉛色の天と地のもとには、爆風と衝撃で傷んだ街がぼんやり立ち尽くす。

 銃声と爆音が鳴り止まぬ、終末を迎えた世界アポカリプスのような。


 そんな光景に目をすがめながら、地上、とあるビルの最上階にて。

 ニコラスは絶え間なく指示を飛ばす。


 だが戦況は好転せず。


「F4ブロックに新手の敵が出現! 現在、所属を確認中!」


「冗談だろ、これでもう五度目だぞ!?」


「まだ午後にもなってないってのに、今日だけで一体どんだけ湧いてくんだよ……トゥアハデだけでも厄介だってのに」


 次々に舞い込んでくる悪い報告バッドニュースに、ニコラスは奥歯を噛み締める。

 最悪の事態が起き始めていた。


 真横で弾倉を変えながら報告を聞いていた住民アトラスが、引きつった顔でこちらを見上げる。


「なあ、ウェッブ。これ、特区が完全に合衆国安全保障局USSAの手に落ちたんじゃねえか? ここ三日、聞いたこともねえギャングや民間軍事会社PMCからの攻撃が急に増えやがった。しかも全員雇われだ。こりゃあ……」


 そこから先の言わんとすることは理解できた。


 特区がUSSAの手に落ちた。すなわちそれは、特区内のすべての勢力が敵に回るということである。


 さらに悪い報告が続く。


「所属の確認が取れた! ○○カンパニーのPMC!」


「またPMCかよ!」


「知らねえ名だな。んな企業あったか?」


「けど特区内企業の私兵だけで六勢力か……。トゥアハデからの攻撃が弱まってるのがせめての救いだな」


「雇った相手がギャングじゃねえこともな。あいつら、戦術もなにもなしに突っ込んできやがるから、弾を無駄に消費しちまう。捕虜にしても碌な情報もってねえし」


「企業の犬っころどもが……五大の次はUSSAに尻尾振りやがって……!」


 そう。今回の新手の敵は特区内企業である可能性が高い。


 特区内企業は、犯罪都市に居を構える特殊事情ゆえ、独自に私兵を有していることが多かった。

 新手の敵のほとんどが雇われの身であり、かつUSSAの内情をほとんど知らなかったことがその証拠だ。中にはUSSAが特区へ宣戦布告したことすら知らぬ者もいた。


 仮に、雇った相手が五大マフィアであったとしても、自分たちより遥かに戦力で劣るPMCやギャングを雇う理由がない。


 27番地はすでにトゥアハデからの攻撃で弱まっている。下手に傭兵を雇うより、自分たちで攻め落とした方がより早く、楽に落とせる。


 つまり――。


――五大が完全に敵に回ったわけじゃない。まだ、最悪にはなってない。


 もし本当にUSSAが特区を掌中に収め、五大全一家が敵に回ったのなら、真っ先に攻めてくるのは五大随一の武闘派一家、ロバーチ一家のはずだ。


 さすがの27番地も、トゥアハデとロバーチ一家によるダブルヘッダーを食らっては、ひとたまりもないが、ロバーチ一家は今のところまだ零番地セントラルタワーから動いていない。


 USSAがどうやって特区内企業を動かしたのかは知らないが、五大マフィアが完全に敵対していないのなら、まだ勝機はある。


「補給要請だ! B2ブロック!」


「もうねえよ、昨晩送ったのでカンバンだ!」


「んなこと分かってる! けどこのままじゃ、B2が落ちる。まだ無事な地下水道の一つが取られちまう!」


「ニコラス。人員だけでもなんとか割けないか?」


「うちの班からなら十人は送れるぜ!」


「……フォックスロット、ゴルフ、ホテルの三隊からそれぞれ五人ずつ選出。無理のない範囲で補給を持たせてB2ブロックに向かわせてくれ。特に医療物資をな。

 現時点で五つの勢力と同時に交戦中だ。さらにここからもう一勢力増える。これ以上の戦力は割けない。頼む。持ちこたえてくれ」


「「「了解!」」」


 威勢のいい返答に救われつつ、ニコラスは胃のあたりをさすった。


――本来なら後退しつつ、敵の攻勢を誘導してまとめて叩くのが理想なんだが……下手にさがると地下水道の入口がバレる。各個に対応するしかないのが痛いな。


 遊撃隊による砲撃で攪乱し、一網打尽という手もある。

 だがそれこそが親玉の狙いと気づいていたニコラスは、その選択肢を取れずにいた。


――親玉USSAの狙いはこちらの消耗。少数精鋭のトゥアハデならまだしも、PMCとギャング相手に、貴重な砲弾は使えない。


 敵は数こそ多いが連携はまるで取れておらず、無秩序な攻勢と後退を繰り返してくる。

 そうやってジワジワとこちらの士気と物資を浪費させるのだ。


 最悪ではない。だがじりじりと、着実にこちらの戦意を削いでくる。

 嫌な戦法だが上手い。


 そんな矢先、遊撃隊のリマ隊から、緊急連絡が入った。


 リマ隊はアレサを隊長に、ケータ、ギャレット含むモーターサイクルギャングからなる高機動歩兵部隊である。

 そのアレサが、指揮官じぶんのみ聞くことができる極秘直接回線を繋いできた。


『ニコラス、聞いて! まずいことになったわ』


 すでにまずい事態が起きまくっている現状、まだあるのかとニコラスは身構えた。


『結論から先に言うわね。今さっき、ヴァレーリ一家からの密書みたいなのが届いて――』


『ねえアレサ、これ本当に君のペット……!? めっちゃ威嚇してくんだけど! 俺なんかした!?』


『ヘーイ、ポリスメン。ホーク相手にカバディか? 愉快なことしてんじゃねえか。俺も混ぜろ』


『ツッコミどころ多すぎて渋滞どころか玉突き起こしてるっ。あとギャレット、これホークじゃなくてイーグル! 鷲だから! ちょ、これマジで洒落にならん……って、あれ? なんか静かにな……ってない! 止めて! 黙って翼広げてにじり寄ってこないで! 怖いよぉ!!」


 アレサの真剣な声を、騒々しいやり取りがぶち壊す。

 ケータとギャレットだろうか。


 肩透かしを食らってニコラスはずっこけそうになった。


 というか今、鷲って言ったか?


――ワキンヤン、か?


 ニコラスは、ミチピシ当主が保護し育てた、ちょっと偉そうな白頭鷲を思い出した。


『落ち着いて、ケータ。お腹が減ってるだけよ。私の鞄に干し肉はいってるから、それあげて。あと彼はペットじゃなくてうちの守り神『ワキンヤン』よ。失礼な態度取ったら、怒られるわよ』


『もうすでにバチクソ怒られてるんですが……。ほーら、ワキンヤン。じゃない。ワキンヤン様、どうかお納めください。干し肉でございます。――いやこれやっぱ駄目だ! 今、確実に俺の指食い千切ろうとしたって!! なんで!?』


『アレサの車おしゃかにしたからじゃねえか?』


『それ!? 鷲ってそんな記憶力いいの!? あれは本当に申し訳なかったと思ってますごめんなさいっ! いったぁ!? 止めてっ、お尻突かないで!!』


 ケータの悲鳴が遠くなっていく。

 逃げる彼の尻を鷲が追いかけている様を想像して、ニコラスは思わず眉間に手を当てた。


「……アレサ、とりあえずケータのケツは無事か」


『ええっと……ちょっとズボンに穴開いたけど無事みたい。その、色々とごめんなさい。ワキンヤンってけっこう人見知りするタイプなの。お爺ちゃんにも言っておくわ』


 人見知りどころか殺意剥き出しな気がするが。なぜケータを目の敵にしていたのかはともかく。


「で、ヴァレーリ一家からの密書って?」


『そう、それなの! 大事なことを忘れてたわ』


 真剣な声音を取り戻したアレサは、手短に内容を説明した。


 差出人はカルロ・ベネデット。

 ミチピシ一家の協力を経てワキンヤンを借りた経緯は割愛されていたが、内容は以下の通りである。




 ・ヴァレーリ一家、ロバーチ一家の現状

(ロバーチ一家は本国からの圧力と人質で動けず。ヴァレーリ一家は当主本人がハウンドの処刑権と引き換えに、特区のすべての権利を譲渡。加えて、以前ハウンドから受け取った、彼女のうなじに埋め込まれていた生体チップも引き渡したとのこと)


 ・他の五大マフィアの様子

(ターチィ一家は当主が行方不明、恐らくUSSAにより誘拐されたものと思われる。ミチピシ一家は領土がすでに国の傘下ゆえUSSAに逆らえず。シバルバ一家も現当主の後継者争いを支援したUSSAに、全面協力する姿勢とのこと)


 ・USSAによる特区内企業への脅迫

(偽の『失われたリスト』公表の際に、特区内企業をリストメンバーと騙って公表。濡れ衣を着せられ、焦った特区内企業がUSSAに取り入った結果、今回の攻勢を招いたとのこと)


 ・ヴァレーリ一家本部、『晩禱の七傑』とUSSAと繋がっている可能性

(カルロは本部が『失われたリスト』メンバーの一員でないかと推測している)




 それは、これまで得られなかった特区の全容すべて説明するものだった。


 あまりの情報の多さに困惑したが、腹にすとんと落ちてくるような妙な納得を覚えた。


 そしてやはり、事態はまだ最悪に至っていない。


「この密書が嘘の可能性は?」


『ないわね。どうやってワキンヤンを借りたのかは知らないけど、お爺ちゃんは噓をつく人間に彼を貸したりしないし、ワキンヤンも他人に大人しく手懐けられるようなタマじゃないわ』


「となると、USSAはまだ『特区の双璧』を落とせてないってことか」


『ロバーチは分かるけど、ヴァレーリも? 当主自らハウンドの処刑を望んでいるのに?』


「どのみちUSSAは処刑しようとするさ。この世で唯一、『失われたリスト』に直接関与した人間だ。前向きな見方をすれば、ヴァレーリ当主の要求により、USSAはハウンドを処刑するタイミングのコントロール権を失ったともいえる」


『そう信じたいのは分かるけど……』


「俺が信じてるのはフィオリーノ・ヴァレーリの欲望への忠実さだ。奴の良心なんぞ端から期待しちゃいない。あの男がお気に入りの玩具ハウンドを奪われることを、黙って見過ごすはずがない。すべてを使ってでも奪い返そうとするに決まってる。

 第一、奴が本気でUSSA側に寝返ったんなら、奴の腰巾着のベネデットがこんな密書送ってくるかよ」


『なるほど、一理あるわね。それで、これからどうする?』


「密書の内容を一部住民に共有する。少なくとも、現状がまだ最悪になってないって事実は、皆への励ましになる。USSAの特区内企業への脅迫も、やり方によっちゃ逆手に取れる。いま確保してる捕虜に――」


 そう説明しかけた、その時。電話が鳴った。


 ニコラスは驚いたが、ここは地上の高所。奇跡的に電波が通ってもおかしくはない。


 発信者を見て、ニコラスはさらに驚愕した。


「フォー……?」


 それは、ハウンドの親友でターチィ一家所属妓女元ナンバー・4フォーの『アネモネ』からだった。




 ***




 ニコラスがフォーの助力を得ていたその頃、フォレスターは国防総省の統合参謀本部へ通じる会議室へと向かっていた。


 今回の特区への特別軍事作戦について、軍に説明するためである。


 会議室に入ると、すべてのメンバーがそろっていた。


 統合参謀本部議長、副議長、統合参謀本部最選任下士官。陸海空・海兵隊・州兵のトップがずらりと雁首をそろえてこちらを睨みつける。


――事前通達はしたのだがね。


 フォレスターは小さく溜息をつく。


 統合参謀本部議長、副議長については問題ない。長年かけて懐柔してきた。

 州兵総局長は事態をまだ飲み込めておらず困惑ぎみ、統合参謀本部最先任下士官は沈黙を保っている。


 問題は、陸海空・海兵隊の四軍だ。


 入念に根回ししておいたにもかかわらず、今回の緊急会議が開かれることになったのも、議長がこの四軍を抑えきれなかったためだろう。


 フォレスターは堂々と席に着いた。真っ先に口を開いたのは陸軍参謀総長だ。


「フォレスター長官、本件についての説明を願おうか。特区に重要テロリストがいたなど初耳だ」


「特別軍事作戦についてもだ。本作戦に軍の介入を許さぬとはどういうことか」


 陸軍に便乗し、海兵隊総司令官も声を荒げる。

 陸軍の方はまだ体面を保っていたが、海兵隊に関しては激高寸前だ。


 続いて海軍作戦部長、空軍参謀総長も言葉を続ける。


「長官、私は本件を12年前の同時多発テロ以来、国内で起きた最悪のテロ事件とみている。USSA局員並びに戦闘員の優秀さはよく理解しているが、テロリスト相手にUSSAのみというのは少々無茶が過ぎるのでは?」


「空軍も海軍に賛同する。その特区のテロリストとやらは、五大マフィアとも繋がりがあるのだろう? 奴らは昨年の12月、マイヤー・ヘンダーソン・ホール統合基地に潜入し、空軍の所有するヘリを強奪している。関与したのは第三歩兵連隊の衛兵だそうだが……」


陸軍われわれの失態だ。まさか『無名戦士の墓』の衛兵センチネルにまで犯罪者の手が及んでいるとは思わなかった。現在、軍法会議の真っ最中だが、真相がわかり次第、私にも責任を問われることになるだろう」


「貴官のせいではないだろう。ともかく、今回のテロリストは軍に介入するほどの力を持っている。五大マフィアがバックにいるとなれば、USSAだけでは手に余るだろう」


 空軍に続いて、州兵も手を挙げる。


「州兵を代表して、私からも一言よろしいですか? フォレスター長官の当初の発表によれば、この特別軍事作戦は一月で終結するとのことでした。

 しかしテロリスト率いる27番地はゲリラ戦へ移行し、長期化の流れを見せています。軍の直接介入とはいかずとも、ミシガン州兵のみでも本件に投入すべきです。――最先任下士官、現場の方は?」


「はい。現場の方からも混乱が広がっています。特に中東に派兵中の兵士の動揺が大きいです。今すぐ帰国し、本作戦に従事したいと訴える兵が続出しています。中には、作戦参加が許可されないならと、現行任務を放棄する部隊も出てきています。

 我が軍の参戦の有無はともかく、軍全体を代表して、本作戦に関する声明を何かしら発表する必要があるかと存じます。でなければ収拾がつきません」


「第一、27番地真横のデトロイト川の向こう岸はカナダだぞ。下手を打てば外交問題に発展しかねん。一刻も早く軍を投入して、早期に片を付けるべきだ」


 海兵隊が結び、真っ向からねめつけてくる。


 フォレスターは内心肩をすくめ、落ち着いて反論に転じた。


「陸軍参謀総長、海兵隊総司令官、海軍作戦部長、空軍参謀総長、州兵総局長、統合参謀本部最先任下士官。あなた方の懸念はいたく理解しているつもりです。

 そのうえで、このようなことを言うのは心苦しいのですが……軍は過去、テロリスト『ブラックドッグ』と五大マフィアの攻撃を防ぎきれなかった。もちろんこれは奴らが卑劣な手段を用いたこそですが。我々としては、本件を早期に片付けるためにも、情報が敵に漏れないよう徹底したいのです。

 なにより、本件はもはや対テロ戦の域に留まらない。これは国益だけでなく、我が軍の歴史と、兵士たちの名誉を守るための戦いなのです」


「ほう! 名誉? これが我が兵の名誉を守る戦いと? 貴様らUSSAが引き起こした私戦にしか見えんがな」


 海兵隊が思い切り毒づいた。隣の海軍が宥めに入るが、彼もまた空軍とともに苦言を漏らす。


「であれば、なおさら我々の理解を得たうえでことを起こすべきだったと思うがね。これでは逆効果だ」


「国民も困惑している。そのような考えであるのなら、まず長官自ら国民に公表すべきだろう。公明正大に、理路整然と。国民はこの対テロ戦が特区内で治まるのか不安がっている」


「それにだ、このことを大統領は本当に理解しているのかね? 長官はしきりに大統領の承認は得ているというが、我々にいま話したことも説明したのか? そうでないならまず大統領にもこの会議に参加してもらい、可否を問うべきだ」


「誠に申し訳ないが、大統領は本件を穏便に片づけるために奔走しておられる。各国も首を突っ込み始めた今、そのような時間は――」


 海軍からの指摘にフォレスターがそう言いかけた瞬間。


 ドン、と海兵隊が机に拳を打ち付けた。


「我々は貴様ではなく、大統領の意見を聞いている! 大統領がこの会議に参加することに不都合があるような言い分だな、ええ!? いつから貴様は大統領補佐官になった!?」


 さらにまくしたてようとする海兵隊を、陸軍が冷静に抑える。


「フォレスター長官。我ら四軍、こと海兵隊と我が陸軍が怒っている理由が分かるか? アフガニスタン紛争、イラク戦争において、最も血を流したのは陸軍と海兵隊だからだ。

 我らだけではない。海軍も、空軍も、米軍以外の多国籍軍も、テロリストの卑劣な攻撃に翻弄されながら、懸命に戦っている。今この瞬間もだ。

 そのテロリストが、いつの間にか国内で潜伏・増長し、我が国に牙を剥いている。そしてその情報が軍へ一切流れていない。一切だ。

 長官、私はあなた方USSAが、特殊作戦群に起こった悲劇に際し、一方的に介入したことを忘れていない」


 嫌なところを突かれた。

 だがフォレスターは顔色一つ変えない。言及してくるであることは、端から分かっていた。


「あなた方にはあなた方の立場があるだろうが、あの介入がなければ、作戦群は脱走未遂者六名を捕縛し、真相解明に努めていただろう。不幸な日本の民間人に犠牲を強いることもなかった。

 長官、あなたはすでに、少なくとも我が陸軍からの信頼を一つ失っているのだ。今回の件で海兵隊、海軍、空軍の信頼も失ったことだろう。あなた方はまたあの悲劇を繰り返すつもりか? 

 そうであるならば、私はすべての権限をもって、あなた方を止める。いや、止めねばなるまい」


 陸軍の発言に、室内は水を打ったように静まり返った。冷たく重い静寂の中、ついに議長も口を開く。


「長官、私も彼らの怒りはもっともだと思う。納得のいく説明を頼みたい」


 無言の重圧がフォレスター一身に向けられる。


 フォレスターは無言に一礼した。俯いて隠れたその口元に、薄ら笑いを添えて。

 この状況を待っていた。


「黙って事を起こしたことは謝罪いたします。ですが、この情報は軍にとって大変ショックなものです。どうか、我々の配慮についてもご考慮いただきたい」


「それは我々が判断することだ。何も知らせず黙って事を起こすのが貴様らの配慮か」


 当然のように海兵隊が食ってかかる。


 フォレスターは満を持して、原子爆弾級の発言を投入した。


「本件の首謀者、呼称『ブラックドッグ』には協力者がいます。元海兵隊武装偵察部隊のニコラス・ウェッブです」


「なっ……!?」


 全員が目を見開く。フォレスターは続いて爆弾を投入した。


「さらに付け加えますと、このウェッブの協力者に元陸軍情報士官のオズワルド・バートンもいました。彼はブラックドッグとウェッブに協力しただけでなく、監視役だった我がUSSA局員数名を殺害しています」


 陸軍が絶句する。


 ショックを与えたところで、フォレスターは席を立った。独壇場で演説を開始する。


「すでに公表済みですが、我がUSSAが発見した『失われたリスト』はもともとアフガニスタンの元タリバン兵が画策した計画であり、これにイラク独裁者が便乗して規模が拡大しました。

 このことを知って中東は大いに焦っています。アフガニスタン並びにイラクにおける我が国との戦争が、自国の失態によって引き起こされたものと公表されてはまずいからです。現在、中東がしきりに声を上げているのはそのためです」


「ではそれを発表すればいいではないか」


 副議長が口を挟むが、フォレスターは首を振る。


「この情報は我らが独自に入手したものであり、確証を完全に得ておりません。皆さんがおっしゃった通り、USSAことも重々理解しております。迂闊な公表は軍全体、ひいては前線への混乱も招きかねません」


「だが、」


「加えて中東への外交窓口を閉ざすことにもなります。今後のためにも、この情報は慎重に扱うべきだと考えております」


 副議長が黙りこくる。


 フォレスターはいったん言葉を区切り、会議室内を見渡した。そして反論を完封したことを確認し、フィナーレに入った。


「本件が兵士の名誉を守るための戦いということはそういうことです。中東における我が軍の正当性が損なわれることがあってはならない。中東やテロリストによる歴史修正を許してはならないのです。本件が我が軍の歴史、兵士たちの名誉を守るための戦いというのは、そういうことです」


 フォレスターはそう言って演説を締めくくった。


 議長と副議長、州兵が真っ先に賛同した。


 続いて海軍、空軍も折れた。

 だが陸軍と海兵隊、最先任下士官はまだ折れない。反論はしないが、賛同もせず、黙ってこちらを睨みつけている。


――やれやれ。強情な。


 フォレスターは海兵隊に標的を絞ることにした。


 陸軍が説得に応じないのは初めから承知の上だ。最先任下士官も陸軍出身ゆえ、トップが応じないのなら、その下も応じまい。


 だが海兵隊は違う。海兵隊総司令官の情報はすべて事前に仕入れてある。彼の過去の行動のすべても。


「司令官、私はあなたがニコラス・ウェッブの名誉を守り切れなかったことを、心から悔やんでおられることを理解しているつもりです。国連が彼ら海兵隊員を訴えた際、あなたは真っ向から否定した。だが世論と軍内部の彼へのバッシングからは防げなかった」


 ピクリと海兵隊の肩が揺れる。フォレスターは優しく語り掛けるように畳みかけた。


「あなたが彼に、名誉負傷パープルハート章を授与しようと掛け合っていたことも聞いております。退院の際も、病院に自ら足を運ばれたそうですね?」


「……ウェッブ一等軍曹の名誉回復の裁判が行われることは私も耳にしていた。だが彼は……」


「ええ。不幸な行き違いにより、彼は差し伸べられた手に気づくことなく、ブラックドッグと出会ってしまった。悪に身を落としてしまった。あなたのせいではありません、司令官」


「……」


「もう、この辺で終わりにしませんか? 彼をテロリストではなく、海兵隊員として終わらせるために」


 その一言で、海兵隊が折れた。

 それを見た陸軍陣営もまた、黙って瞑目した。けれど最後の抵抗として、陸軍は一つの提案をしてきた。


「長官の意見はよく分かった。だがやはり今回の軍事作戦にUSSAだけではさすがに心もとない。せめて空軍か、海軍の介入だけでも賛同してもらいたい」


 フォレスターは困惑した顔をしつつも、内心ほくそ笑んでいた。

 その返答を待っていた。


 USSAもとい『双頭の雄鹿』は、陸上戦力は豊富だが海上戦力と航空戦力は乏しい。ゆえに現在の27番地のゲリラ戦に手を焼いていた。


 だからこそ、空軍と海軍の協力が欲しかったのである。


 二時間後、USSAは陸海空からなる米軍の協力要請を取り付けた。最高の成果だった。




 ***




「粘るわねぇ」


 《トゥアハデ》銘あり『モリガン』は呆れ果てながら、その光景を見つめていた。


 天井から吊り下げられた鎖に、ブラックドッグが繋がれている。


 鎖の長さは、爪先立ちでやっと床に足がつく程度。疲れて足から力を抜けば、頭上で拘束された両手首の鉄枷に全体重がかかる。


 ちょっと頑張れば楽をできる。その程度の希望を残しておいた方が、より効果的なのだ。

 ついでに目隠しで視覚を奪い、猿轡もずっと嚙ませている。


 加えて、現在のブラックドッグには両耳にヘッドホンが装着され、大音量の音楽がひたすら流されている。


「拷問できないから強化尋問で済ませてはいるけど……、尋問の時間以外は全部この状態で、もう十日目だっていうのに。信じられないタフさね。あれからなにか喋った?」


 あれから、というのはフォレスターの前に引っ立てられた直後、ブラックドッグが双子に対し、弾丸のネックレスをどうしたかと尋ねた時だ。


 双子は「溶かして捨てた」と返した。

 以来、ブラックドッグは一言も喋っていない。水責めの時も、呻きはあげても泣き声一つあげなかった。


 モリガンに問われた尋問担当は首を振った。


「いえ。あれから一言も喋っていません。水も食事も摂ろうとしないので点滴と流動食で済ませています」


「可愛くない子ねぇ」


 仕方なしに、モリガンは尋問兼監禁部屋に足を踏み入れた。何をやっても反応しないと、尋問担当に泣きつかれたためである。


――好奇心で面倒事に首を突っ込むものじゃないわね。私、ただこの子の泣き叫ぶ姿を見たかっただけなのに。


 少々足しげくこの部屋に顔を出しすぎた。

 だが可愛い部下の頼みを無下にもできない。断って自分の信頼と評価が下がるなど、断じて許せない。


 ああ、本当に面倒。


 モリガンは部屋の隅の椅子に腰かけると、担当数名にヘッドホンと猿轡、目隠しを外すよう指示した。


 担当が目隠しに手をかけた時だった。


「っ」


 担当が思わずのけぞった。


 目隠しを取った瞬間、ブラックドッグが担当の目を覗き込んでいたのである。


 まるで目隠しを取る前から、そこに顔があったのを知っていたかのように。


 脱水で落ちくぼんだ眼窩の中に、白目を血走らせて燃え盛る深緑の瞳があった。

 この十日、ほぼ不眠不休の人間がしていい眼光ではない。


「あらあら、まだ元気じゃない。よかったわ」


 ブラックドッグには聞こえなかったらしい。大音量に晒され続けて耳が馬鹿になっているのだろう。

 しきりに首を振り、耳を腕にこすりつけていた。


 モリガンは微笑んで、担当に例のものを持ってくるよう伝えた。担当は逃げるように部屋を去った。


 それからモリガンは30分ほど待った。ブラックドッグの視力と耳が回復するのを待って、を部屋に持ってこさせた。


 十数人の人間が、両手を後ろ手に拘束されて、担当に連行されてくる。

 シバルバ領で適当に拾ってきた不法移民だ。


 その中に子供が二人いた。顔が似ているので姉弟だろう。母親と父親もいた。


 担当が移民を、ブラックドッグの前で一列に並ばせ跪かせる。


 モリガンは椅子から立ち上がると、列の後ろを品定めに歩いた。

 そして先ほどの子供、弟の背後で止まると、おもむろに拳銃を取り出し、頭部を撃ち抜いた。


 移民は数秒凍りついたのち、悲鳴を上げた。

 姉が泣きじゃくり、両親が駆け寄ろうとしたところを担当に蹴り飛ばされる。


「今から一人十秒ずつあげるわ。目の前に吊るされてる娘に命乞いなさい。その娘が一言でも喋ったら助けてあげる。喋らなかったら一人殺してまた十秒ね」


 モリガンはカウントを始めた。


 移民が一斉に命乞いを始める。

 ブラックドッグの前に跪き、必死に助けを請う。


 顔を上げて口をパクパクさせる様がまるで餌に群がる鯉のようで、実に滑稽で醜かった。


 ブラックドッグはただ黙って見ていた。


 十秒経った。


 モリガンは一人撃ち殺す。

 適当に選んだつもりだったが、奇しくも選ばれたのは父親だった。


 母親が絶叫した。姉の少女の泣き声がさらに高まった。


 それからまた十秒、経つごとに一人、また一人と死んでいく。


 拘束された人間の頭部を撃ち抜くのは蟻の頭をもぎ取るように簡単で、愉しかった。


 ブラックドッグは何も言わなかった。


 最後に二人、母親と少女が残った。


 母親は少女を庇うように這いつくばり、「この子だけは」と壊れたラジオのように繰り返す。

 ブラックドッグは喋らなかった。だから母親も殺した。


 最後に残った少女はもはや命乞いもしなかった。

 失禁で漏れ出た尿が、流血に混ざって汚らしい。


 少女はただただ震え、呆然とブラックドッグを見上げていた。

 だが最後の三秒で、ようやく我に返ったらしい。


「た、たすけ」


 ――1、0。


 少女も死んだ。結局ブラックドッグは最後まで口を開かなかった。


「一言喋るだけでいいのに。薄情ねぇ」


 ブラックドッグはまだ口を開かない。


 じっと、たった今、死んだ少女を見つめている。


 それから目を逸らそうとしたので、モリガンは背後からブラックドッグの頭を押さえつけ、少女の死体に向けさせた。


「ほら、あなたのせいでまた人が死ぬわよ。最初はあなたのお養父さん。次はラルフ・コールマンとその仲間たち。次は誰かしら? 

 これから起きてる間はこれをやってあげる。あなたが喋るまでね。さあ、何人死ぬかしら。それともあなたの大好きな彼をここへ連れてきたら喋る? ラルフ・コールマンの時はそうだったものねぇ」


 ブラックドッグの身体が、ぴくっと跳ねた。モリガンはそれに口元をほころばせ、手を離した。


「あなたもよく覚えているでしょう? あの男も薄情でね。仲間が殺されても一言も喋らないの。ただただ黙って見てるの。けどね、あなたを目の前に連れてきて、服をひん剥いたらいきなり暴れだしたのよ。酷い男よね。戦友より見知らぬ少女の方が大事だなんて。

 そういえばあなた、卵巣がないんだったわね。じゃあ犯しても大丈夫かしら。レイプって避妊薬の準備とか、壊さない程度に相手役をコントロールしておかないといけないから、色々と面倒なのよね」


 ブラックドッグはまだ口を開かない。


 ただひたすら、死んだ少女を見つめている。


 これでも駄目か。業を煮やしてモリガンはブラッグドッグの顔を覗き込んだ。


「なにも喋らないのね。じゃあ、あなたの大好きな彼、もらってもいいかしら? ニコラス、だったわね。いかにも不愛想な堅物だけど、ああいうのを乱れさせるの、私、大好きなの。相手を呪って憎悪しながら、欲望に抗えず喘いじゃう姿、とっても哀れで可愛いわよねぇ。ねえ、もらっていい?」


 そう言うと、ようやくブラックドッグが反応した。


「…………別に。ニコが、お前を選ぶなら、好きにしたらいい」


 モリガンは喜んだ。やはりこの娘は、あの男をダシにした時が一番よく利く。


「ちゃんと口が利けるじゃない。偉いわねぇ。いい子、いい子。じゃあ、27番地の地下水道の入口も教えてくれるわよね。でないと彼、本当に奪っちゃうわよ? 

 それともあなたにとっては彼もどうでもいいのかしら。あなたにとってはこの国の人間は全員憎しみの対象だものねぇ。お養父さんもさぞ喜ぶわ。あなたこそテロリストの最高傑作だとね」


 その瞬間、ブラックドッグの目に光が戻った。

 虚ろな目に怒りが満ち、殺気が迸る。


 モリガンは内心、狂喜乱舞だった。


 これだ、これ。この瞬間が好きなのだ。


 必死に心を閉ざし、抗っていた人間が、激情のあまり何もかも曝け出してしまう。その直後に絶望して打ちひしがれる姿。


 さあ、彼女はどんな風に絶望するのだろう。


 ブラックドッグの口が開く。モリガンはワクワクしながら待った。


「そうだ。全員、私のせいで死ぬ。ニコも店長もクロードも皆みんな、私のせいで死ぬんだ」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。ただ、望んでいた返答でなかったのは確かだった。


 ブラックドッグは嗤っていた。気が触れたのか、狂ったように嗤っていた。


「私はブラックドッグ、死の象徴。こいつらは私にかかわったから死んだんだ。私を目にしたから死んだんだ。ニコは必ず迎えに来るよ。死にたくないからな。私が死ねばニコも死ぬんだ。お前は死体も相手にできるのか? ターチィの妓女はさすがに守備範囲が広いなぁ」


 モリガンは舌打ちし、担当に電流発生器を持ってくるよう命じた。傷跡は残すなとの厳命だったが、この際どうでもいい。


 この私を嗤うなど許さない。今すぐ痛みで黙らせてやる。


 すると、ブラックドッグが急に静かになった。錯乱による一時的な発作のようなものだったのか。


 モリガンは再びブラックドッグの顔を覗き込んだ。そして後悔した。


 ブラックドッグは正気だった。

 はっきりとした目で、はっきりとした声で。しかと、真っすぐこちらを見据えて言葉を放った。 


「私がテロリストになっても、カーフィラは喜ばないよ。たぶんね。ただ、目の前の無実の犠牲者から、己の罪から逃げなかったことは、きっと誇りに思ってくれる。そういう人だ」


 お前、知らないだろ?


 そう言って再びブラックドッグは嗤った。


 モリガンは顔が歪むのを自覚した。

 部屋を飛び出し、追いすがってきた担当に元に戻せと指示だけ出して廊下を進む。


 一刻も早く、あの部屋から離れたかった。


 歯ぎしりが自然と零れた。


 あの男、あの男だ。

 ラルフ・コールマン! あの男とまったく同じ目をしていた。


 まだ生きているというのか。あの娘の中で、今も?


 殺したのに。大事な者の前で首を刎ね、手足を捥ぎ、焼いてすり潰して土に混ぜ埋めてやったというのに。

 躯も遺品も何もかもすべて消して殺したのに!!


――あれはもう駄目だ。


 拷問も尋問も意味をなさない。ブラックドッグはもう何をやっても屈服しないだろう。認めたくないが、認めざるを得なかった。

 何をしようと時間の無駄ということは、あの男で嫌というほど知っている。


 ならば、どうする?


「許さない。許さない。許さない。許さない。許さない」


 一時は、あれに成り代わってやろうかと考えた時もあったが、もうやめだ。


 あの女、私を嗤った。何者にもなれる万能な私を、誰もが羨む美貌をもつ私を、この私を嗤った。


 許されることではない。許してはならない。


 すべて消さなければ。毛一本、生きた痕跡一つ残してはならない。

 あの女がこの世にいたという事実すべてを、存在そのものを抹消せねば気が済まない。


「へえ? あんた、そういう顔もできるんだ?」


 背を蹴飛ばすような、小ばかにした声だった。モリガンは取り繕うことも忘れて振り返る。


 見覚えのある顔が立っていた。


 トゥアハデ兵に囲まれて丸腰だ。部下も一人もいない。こちらを見るなり、引きつった顔で一歩後ずさった。

 それでも、こちらを睨み返してきた。


 へえ、とモリガンは思った。


 ここにも私を馬鹿にする女が、もう一匹。


「あらあら、久しぶりね。アネモネ。いつこっちに戻ってきたのかしら」


 ターチィ一家妓女元ナンバー・4『アネモネ』は、盛大に顔を引くつかせた。


「その顔でよくもまあそんな声が出せたもんね、ワン。下手なホラーよりよっぽど怖いわ」


「あらあらあら。アネモネったらいけない子ね。ちょっとのお出かけでもう躾を忘れたのかしら? でしょう?」


「お姉さま? あたしの師はロンダン姉さまだけなんだけど。ていうかあんた、どうせいくつも名前あるんでしょ? なら適当に『ワン』でいいじゃない。犬の吠え声みたいで負け犬にピッタリ。今のあんたの顔、まさにそれよ」


「うふふふふ。お馬鹿なくせに本当に口は達者ねぇ。立場を弁えなさいって、初対面の時に教えなかったかしら?」


 歩を進めると、女の顔が青くなった。が、生意気にもニッと口端を吊り上げた。


「弁えるのはあんたの方よ。27番地を攻め落とすのに手こずってるって?」


「あら、手伝ってくれるの? あなたご自慢の兵隊なら要らないわ。私の兵の方が強いもの」


「けど必要な情報は持ってない。あたしは持ってるわよ」


 モリガンは足を止めた。表情を消し、首を傾け、女の顔をじっと見つめる。


 この女は馬鹿だ。部下の言う通りに動くだけの、口だけは回るダッチワイフだ。けれど、勘だけは妙にいい。


 なにが狙いだ――?


 女は冷や汗を垂らしながら、無理やり勝気な笑みをつくった。


「ねえ、ワン。あたしと取引しない? 条件によっては、あたしの知ってる情報、教えてやってもいいわよ」






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次の投稿日は7月26日(金)です。



【今後の予定】

8月お盆の時期、本職が繁忙期に入るため 8月16日(金) はお休みとさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

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