1-9

「ジェーンは……まだ気失ったままか」


「うん。頭を強く殴られっぽい。検査してみないと分からないけどたぶん軽傷。でも気絶したままでよかったよ。あんま見て気分の良い光景でもないし」


 そりゃそうだ。恐怖の根源であったとはいえ、ジェーンにとっては唯一無二の父親だ。父親が撃たれる光景など、見たくもないだろう。


 道端に腰を下ろしたままニコラスは首を巡らせた。


 暴力団員は15名を除き全員排除。元凶であるライリーは雑ではあるが、応急処置だけはやって地面に転がされている。


 住民たちの手際も見事だ。男衆は死体の片付けと周囲への警戒を、老人は負傷者 (自分とジェーンだけだ)の手当てを。孤児ら少年団メンバーは伝令を。軍隊顔負けの動きっぷりだ。普段カフェで馬鹿騒ぎしているのとえらい違いである。


 眼前の光景をぼうっと眺めていると、ハウンドの呆れ声が降ってきた。


「はい、縫合終わったよ。てかニコ、自分の心配もしなよ。義足完全に壊れてんじゃん。断端 (足を切断した痕)もちょっと削れちゃってるし」


「……義足の修理、どのくらいかかると思う?」


「そっちを先に心配するんかい。そだね、3000ドルは飛ぶね~」


 マジか。これまで貯めた金の半分以上がパーだ。


 がっくりとうなだれたニコラスの頭をハウンドがよしよしと撫でてくれたが、全然嬉しくない。


 と、そこで不意に思い立って聞いてみた。


「なあハウンド、お前ってここの指揮官か支配者か何かか?」


「ん~、70点」


「というと?」


「惜しい線いってるってことだよ。さて――」


 ハウンドは立ち上がるなり短く。


「総員撤収。あとは私がやる」


 静かだが、凛としたよく通る声。


 住民が一斉に動き出した。路地入り口の道路に何台もの車が横付けされ、次々に乗り込んでいく。

 ジェーンも担架で運ばれ、ニコラスの元にも肩を貸そうと何人かやってきたが、ニコラスは手を振って断った。


「こりゃニコ、お前も乗れって」


「断る。俺はお前の助手だ。最後まで付き合う」


 その場から断固動こうとしないニコラスに、住民が困った顔でハウンドを見やる。


 ハウンドはこれ見よがしに深く溜息をついた。


「クロード、あと任せても?」


「おう。じゃあお二人さん、またあとでな」


 力強い返答を残し、クロードら住民は車で走り去っていく。


 路地に残されたのはニコラスとハウンド、呻くライリー。おびただしい血痕のみ。


 ハウンドはニコラスの隣にどかりと座ると、ポケットから煙草を取り出し、おもむろに喫い始めた。


「――で、何が聞きたい?」


「お前、今から何をする気だ?」


「さっきも言ったじゃん。後始末だよ後始末」


「殺すのか?」


 ニコラスは地面に転がされたライリーに目を向けた。腕に抱える狙撃銃はすでに装填済み、殺ろうと思えばいつでも殺れる。


 しかし、ハウンドは鼻で笑っただけだった。


「まさか。もっとキツイ仕置きさ。私の墓場うちを荒らしたんだ。それ相応でなきゃ割に合わない」


 刹那、路地に人工光が差し込んだ。車のヘッドライトだ。


 思わずニコラスが目を眇める一方、ハウンドは待っていたとばかりに、にんまり嗤う。


「そら。五大マフィアが一つ、ヴァレーリ一家のお出ましだ」


 吟遊詩人よろしく諳んじたハウンドに示し合わせたかのように、数台の高級車が停車した。

 そこからスーツ姿の男たち七、八人が降り立つ。一見細身に見えるが、全員二の腕と太腿当たりのスーツが張り詰めている。


 その中でも一際大柄な人物にニコラスは目を止めた。


 寝起きのようなけだるげな面持ちに、ぬぼんとした二重の垂れ目。マフィアというより仮眠室から出てきた直後のリーマンといった風体だが、オーダースーツをまとった肉体は大型猫科動物のように強靭でしなやかだ。

 髪が灰褐色だったので、ニコラスは彼を『寝起きのピューマ男』と名付けることにした。


 周囲にイタリア語 (たぶん)で指示を出しているあたり、あれが幹部で残りは部下だろう。


 ピューマ男は真っ先に路地に向かうと、自分の隣に座るハウンドを睨んだ。


「相変わらず暗がりがお好きなようだな『ヘル』。俺を顎で使うとは良い度胸だ」


「こんばんは、カルロ。良い夜だね~」


 カルロと呼ばれたピューマ男はこちらを一瞥すると、不機嫌そうに目を眇めた。


 その時。


「ヘル?」


 弱々しい震え声に振り返ると、地に這いつくばったライリーが恐怖に大きく目を見開いていた。


「お前あの『ヘル』か……!? 『六番目の統治者シックス・ルーラー』っていうあの!?」


「シックス・ルーラー?」


 ニコラスの疑問に答えたのはハウンドではなく、カルロだった。


「この特区には有名な殺し屋がいてな。俺たち五大や上層階級の特区市民を相手に、金さえ払えばどんな依頼もこなしてくれる便利な奴がな」


「…………まさか」


「ご名答。私だよん。ヘルハウンドだから通り名が『地獄ヘル』。覚えやすいだろ?」


 あっけらかんとした台詞にニコラスは息をのんだ。


 言われてみればそうだ。代行屋は便利屋、“誰かの代わりに何かをこなす”のが仕事。そこに暗殺業が入ったっておかしくない。今日の事件以外はずっと平穏だったせいか、すっかり失念していた。


 悪童さながら小生意気にニヤつくハウンドはさらに続けた。


「んで、『六番目の統治者』っていうのは、五大以外の土地持ちが、この特区で私だけだから。特区唯一の中立地帯なのも、そういうこと」


「じゃあ、27番地は依頼の報酬……?」


「そ。現在のヴァレーリ当主から代行屋うちに持ち込まれた依頼のね。こいつらとはその時からの付き合いさ」


 ハウンドに親指で指さされたカルロは不遜に鼻を鳴らした。


 なるほど、道理で住民たちがハウンドにすんなり従うわけだ。統治者、すなわちこの27番地の支配者は彼女なのだから。


 ニコラスが納得する一方、ハウンドはカルロとの会話を続けていた。


「で、こんなとこに呼び出してなんの用だ?」


「こないだ地元企業連中が金を返さないって嘆いてたろ? 取り立ての手伝いやってやろうと思ってさ」


「嘆いたんじゃない。こうも揃いだと張り合いがないと言ったんだ」


「なるほど。ところでそこに転がってるの、トリックスター精工のCEOだよ」


 ハウンドが指さす方向を見たカルロは一瞬怪訝そうな顔をし、数秒後「ああ」と億劫げに頷いた。


「お久しぶりです、スィニョーレ。ヴァレーリ一家当主側近のカルロ・ベネデットです。覚えておいでですか?」


 慇懃すぎる言葉遣い、されど感情を一切排した機械的な声色はライリーを怯えさせるには十分すぎた。

 「あ」とか「う」とか壊れたラジオのような声を漏らす男を、カルロは無表情に見下ろしたまま。


「本日返す予定の80万ドルは用意できなかったようですね。誠に残念ですが時間切れです。利子も合わせて100万ドル、今宵全て払っていただきましょう」


「ま、待ってくれ! 俺はもう何も――」


「持っているでしょう。貴方の臓器と皮膚と骨の全てを売りさばけば、借りた80万ドルには達します。残り20万ドルも身体で稼いでもらいましょうか。金玉がなくともご心配なく。この特区では男のにも需要がありますから」


 人間は絶望すると無表情になる。ライリーもその例外ではなく、魂の抜けた抜け殻よろしく、ライリーは引きずられるがままカルロの部下に連れていかれた。


 それを平然と見送ったカルロは、次いでハウンドを睨んだ。


「言っとくが、今日来たのはお前が派手に上げたの確認のためだ。下らんことで呼び出すな。調子に乗るなら叩き潰すぞ」


「はいはい。――で、いつものアレは?」


 ハウンドの口調が変わった。

 陽気さの微塵もないひりつく声音に、カルロは溜息をつくと、部下の一人が持つ鞄から書類封筒を取り出してハウンドに差し出した。


 ハウンドは中身を確認するなり。


「見つかったのは368人か。残りの697人は?」


「行方不明、というかすでに死亡してる確率が高い」


「ならそっちも探してくれ。遺体が見つからないなら最悪遺品でもいい」


「……まだ続ける気か」


「当然だろ。私がナニかお前らは忘れたか?」


 一瞬、獣の唸り声かと思った。

 それは亡者の怨嗟の代弁か、はたまた己の慷慨こうがいがこぼれたか。


「私は黒妖犬。この墓場のモノはすべからく私のモノ。生きていようが死んでいようが構わん。お前ら五大と屑市民どもが連行した27番地住民2004名、全て返してもらうぞ」


「……物好きめ」


 呆れ顔のカルロは冷笑とも苦笑ともとれる複雑な笑みを浮かべると、部下を引き連れ、そのまま立ち去った。


 迎えに来たクロードのトラックがやってきたのは、その数分後のことだった。




 ***




「やれやれ。これでようやく一件落着かな」


 いつもの陽気さを取り戻したハウンドの声が、トラックの荷台に響く。

 夜風に髪を掻き混ぜられる中、ニコラスはかねてから聞きたかった質問をぶつけてみた。


「なあ、ハウンド」


「ん~?」


「ジェーンが人質に取られた時、なんで自分は悪人だなんて言ったんだ? お前はちゃんとジェーンを助けたし、ずっと住民を取り替えそうと頑張ってたんだろ? それは正しいことじゃないのか」


「でも人殺しに変わりはないだろ? 正しかろうが正しくなかろうが、人殺しは悪人さ」


 ずしりと言葉が心臓に圧し掛かる。ニコラスは口元が自嘲に歪んだのを自覚した。


 我ながら傲慢なことだ。あれだけ殺しておいて、まだ自分が正しかったと信じたいのか。あの時、自分が間違えたから戦友たちは死んだというのに。


 こんなだから『偽善者』と呼ばれるのだ。


 すると今度は、ハウンドが口火を切った。


「逆に聞くけどさ、ニコはなんでジェーンを助けたの?」


 ニコラスが顔を向けると、ハウンドは今までで一番真剣な眼差しを向けていた。


「お前の過去はそれなりに知ってるよ。報道でも有名だったし。お前、沢山裏切られてきたんだろ? あんだけ酷い目に会ってまだ助けるのか? 誰もお前を助けてくれなかったのに?」


 ハウンドの問いはあまりに直球が過ぎた。

 だが自分が批判と罵倒を浴びるにふさわしい咎人なのも確かで、だからニコラスはさほど世間を恨んではいなかった。ただ、どうしようもなく寒くて堪らなかっただけで。


 でも――。


「いいや。一人だけ助けてくれた奴がいたよ」


 ニコラスは胸に手を当て、耳を澄ます。


 この五年、あの子供の言葉が動かし続けた心臓が、ここに在る。


「昔、馬鹿な子供に会ってさ」


 ぽつりと呟く自分にハウンドは無言で続きをうながした。その沈黙が心地良くて、半ば熱に浮かされるように独白していた。


「五年前、ティクリート撤退戦から一年経った頃だな。イラクの港で一人のガキと再会した。俺が六年前、民兵に襲われてたところを助けてやった、いや援護してやっただけのガキだ。ガキのくせに律義な奴でよ。そいつ、俺のことを覚えてくれたんだ。けど俺は――たまたま助けただけだったんだ」


 親友が助けようと言わなければ、確実に見棄てていた。

 否、今でも奴隷もろとも見棄てればよかったと思っている。親友や部下の命を犠牲にして、濡れ衣を着せられてまで、守る価値はあったのか。いくら問い直しても答えは出ない。


 だが、あの子はこんな卑怯で汚い大人の偽善を、ずっと覚えてくれていた。


「再会までは良かったが、俺について行くなんて言い出すもんだからよ。なんで俺なんかについてくるって聞いたんだ。そしたら――」


 ――助けて欲しい時、助けてくれるのが英雄ヒーローと聞きました――


「ありがとうって、言ってくれてな」


 唯一立てられる右膝に額をつけて蹲る。縫ったばかりの傷口が痛もうと構わなかった。傷口が痛めば痛むほど、胸の痛みが軽くなる気がした。


 耳に蘇る言葉は、いつだって罵声だった。


「お前のせいで部隊が壊滅したのだ」と責められた。

「仲間を犬死させた無能」と誹られた。

「そんなにヒーローになりたかったのか」と蔑まれた。


 俺は間違えた。全部ぜんぶ、俺が悪かったのだ。


 だがあの子は——ただ一人、感謝を伝えにきてくれた。


「馬鹿だろ? よりによってアメリカ人の、民間人も民兵も一緒くたに散々殺しまくってきた狙撃兵がヒーローなんだと。挙句にありがとうだとよ。俺は見棄てようとしたのにな」


「……その後、どうしたんだ?」


「どうもしねえよ。適当な理由つけて置いてったさ。道連れにできるか」


 だが、救われた。あの子が言った「ありがとう」のただ一言だけで、全てが報われた。

 汚名を浴び、矜持を足蹴にされようと、命を懸けた甲斐はあった。


「あの子、アメリカで待ってるって言ったんだ。だからずっと探してる。どこにいるのか分からないし、本当にアメリカにいるのかも分からん。生きているのかも。それでも俺は、あの子に会いに行かなきゃならないんだ」


 後悔か、懺悔か。はたまた己の自尊心を回復したいだけか。


 二年経った今も、ニコラスは自身を突き動かすこの焦燥に似た感情に名をつけられないでいる。

 一つ確かなことがあるとすれば、それはこの心臓があの子ただ一人のために在ることだ。


「俺は、あの子ががっかりするような俺にはなりたくない。だからジェーンを助けた。ジェーンのためでもあの子のためでもない。俺は――あの子に失望されるのが、一番怖い」


 ニコラスは苦笑した。完全な己のための善行。これこそ、自分が偽善者と呼ばれるゆえんだ。


 それでも俺は、報いねばならない。


「負け犬だろうが偽善者だろうが何でもいいさ。こんな俺でも、俺はあの子のヒーローなんだ。それだけは棄てたくない」


「――そっか」


 嗤うこともなく、諌めるでもなく。

 ただ静かに頷いたハウンドに、ニコラスは心から感謝した。


 沈黙と夜風が酷く心地良かった。




 ***




「ニコ、壊れた義足の件だけど、」


 そう言いかけて、ハウンドは口をつぐんだ。


 居間入口の床にニコラスがひっくり返っている。


 一切の音を立てずに足早に近寄って、鼻をひくつかせる。

 新しい血のニオイはない。体臭に変化もない。単純に気絶しただけらしい。


 戦傷後遺症を患う彼は酷い不眠症なのだ。


 やれやれ、と歩み寄って、抱え起こす。そのまま背負っても、居間の革張りソファーに横たえても、ニコラスは眠ったままだった。起きる素振りすら見せなかった。


 これでも室内で倒れてくれるだけまだいい。住み始めたばかりの一週間は屋上でしか寝てくれなかった。

 壁や床で居もしない敵が見えないのが怖いからと、銃と毛布一枚だけ持って吹き曝しの屋上に横たわっていた。


 室内で眠ってくれるようになったのは、ハウンドが不寝番をしてやると根気強く説き伏せたからだ。


 今は毎晩、睡眠薬を使用制限ギリギリまで飲んでから横になり、数十分ごとに飛び起きては横になるのをひたすら繰り返している。時には泣きながら謝罪のうわ言を口にすることもある。

 毎日の睡眠時間はせいぜい一、二時間程度。倒れもする。


 本当なら寝室に運びたいところなのだが。


「ベッドに寝かせるとやたら申し訳なさそうな顔すんだよな~。別に使ったっていいのに」


 家主が使っている寝室を横取りするのは忍びない、ということなのだろう。律儀な男だ。


 そっと手を伸ばし、黒髪を梳く。


 悪夢にうなされている時、いつもこうして毛布を掛け直して頭を撫でてやるのだ。すると少しマシになる。

 当の本人が知ったら、恥ずかしがってますます寝なくなってしまうので言わないが。


 流雲の切れ間、月光が窓辺から差し込み、少女の横顔を照らす。

 銀白の光に反射して輝くその双眸は、――深緑。


「馬鹿で悪かったな。あれでも本気だったんだぞ」


 ちゃんと、ここにいるのに。


 長時間カラーコンタクトをつけた弊害で目元の鈍痛と倦怠感が酷い。それを堪えて独り言つも、焦がれた恩人からの返答はない。ただ、静かな寝息が聞こえるだけ。


「助けなくて、いいからね」


 私は、お前が助かれば、それでいいんだから。


 日頃深く刻まれている眉間の皴が嘘のように伸びた、どこか幼さを感じる寝顔に、つうっと一筋の涙が伝った。今宵また、哀しい夢を見ているのだろう。


「泣くな、ニコ」


 左手を伸ばし、親指で涙を払う。


 もう大丈夫だ。ここは私の墓場、我が領土。お前を傷つける者は何人たりとも許しはしない。


 ハウンドはそっとニコラスの額に己の額をつけた。祈りを込めて。


 どうかこの兵士に自由を。傲慢で身勝手な国に振り回されることのない、穏やかで静かな日々を。最後まで曲げず、汚すことなく戦い続けた矜持に、称賛を。


 厚顔無恥な国民にはやし立てられ、棄てられた憐れな英雄『アルゴス』。どうか、我が墓場では安らかな眠りを。


 しばしの間、少女は横たわる兵士の前に跪き祈りを捧げた。

 祝福と、贖罪をこめて。


「おやすみ。私の英雄ヒーロー




 ***



――同時刻。


「ようやく動いたか」


 鷹揚たる声の主に男は頷く。


「はい。本日午後7時17分、ヴァレーリ一家当主側近のカルロ・ベネデットと接触したのが確認されました」


 壁面スクリーンに映されたのは、先刻うちの工作員が特区外から撮影した遠望画像と、13機の監視衛星画像を統括・分析したものだ。

 夜間、しかも1000メートル以上の距離にも関わらず、一人一人の顔がはっきり確認できるほど誤差修正された画像は流石というべきか。


 だが彼は不満げに唸った。


「奴の奥につけられたマーカーは何だ?」


 画像中央、黒髪の少女の背後につけられた赤丸のマーカーに彼の眼光が突き刺さる。


「『目標』の背後に控えていた人物です。位置的に死角だったようで撮影不可能だったと」


「現地住民か」


「恐らくは。調べますか?」


「念のため特定しておけ。大方、奴に感化された殉教者の一人だろうが、調べるに越したことはない。とはいえ相も変わらず忌々しい街だ。工作員すら寄せ付けんとは」


「正直、潜入に関して言えば27番地は最難関の一つですからね。これなら五大マフィア領の方がまだマシです」


「泣き言よりも成果が聞きたいものだな。奴が特区に潜伏して三年、未だ行動記録しか入手できんのでは話にならん。私が知りたいのはその言動と目的だ」


「申し訳ありません、我が主マイ・ロード


 男は神妙に低頭するも、返ってくる言葉は冷たい。


「ここでその名は呼ぶな。だがお前の忠義には感謝するぞ、オヴェド」


 重々しくも威厳あふれる彼の声音が後頭部を薙ぐように撫で、男、オヴェドは冷や汗を垂らした。


「さらに監視を強化しろ。人員、装備はいくら使っても構わん。のテロリストに奪われたものを何としてでも取り返す。あれが五大マフィアの手に渡れば、合衆国存亡の危機にもなり得る」


「承知しております」


 オヴェドの返答に彼はようやく満足したようだった。


「手段は問わん。早急に《手帳》を奪取し、代行屋『ブラックドッグ』を始末しろ。あの女はこの世に存在してはならないものだ」

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