5-5

「ハウンド、ナビ頼めるか」

『OK。いちおう上空に偵察ドローン3機待機させてっから敵の位置情報も教えるわ』

『そのドローン、ロバーチが持ってる奴なんですけどねー』


 セルゲイがブツブツとぼやきながらもキーボードを叩き始めた。

 それを合図にニコラスは通話をいったん切り、片耳に装着した無線機器インカムを起動させて再接続する。


 次いで、未だ事態に適応できてないケータを振り返る。


「ここからパトカーまでの距離は?」

「500メートルぐらいだ。けどこうも囲まれてちゃ……」


 ニコラスはいったんトレーラーハウスの玄関に目をやり、フッと短く息をつく。


「俺がここで引き付ける。お前はイヤドを連れて窓から出ろ」

「えっ……!?」

「分かったヨ。気を付けてねお兄サン」

「えっ、えっ」


 戸惑うケータより早く、イヤドは窓を開けするりと外へ躍り出た。


 穏和な見た目に寄らずかなり度胸が据わっている。

 あの戦乱の最中を生き延びてきただけのことはある。


 さっさと出てしまったイヤドにようやく腹が座ったのか、ケータも後に続いた。


 窓から生えるもたもた動く足を見やりつつ、ニコラスは玄関から最も遠い位置の窓に歩み寄った。

 ちらっとカーテンをめくれば、窓ははめ込み式ではなく開閉式だ。


――しめた。


 ニコラスは敵が回り込んでいないことを確認し、ロックを解除する。

 次いで持参したナップザックを窓下に置き、窓枠にあったティッシュを数枚手に取った。


 玄関扉が蹴破られたのはその直後である。


 なだれ込んでくる男たちをニコラスはつぶさに観察した。


 武器は拳銃、散弾銃、短機関銃、鉄バット、山鉈マチェット

 外見・装備こそその辺のギャングと変わらないが、隙が無い。


 一見だらっと立っているように見えるが、全員顎を引いているし脇を締めて前のめりになっている。いつでも攻撃できる体勢だ。


 訓練を受けた様子はないが、素人ではない。かなり喧嘩慣れしている。


 と、その時。男群の中から周囲から道を譲られるように一人が進み出てきた。


 頭部に派手な剃り込みの入った、サングラスをかけた筋骨隆々の大柄な黒人だ。


「おい。代行屋の代理人ってのはお前か?」


 抑揚の強い堂々とした英語に、ニコラスも足先から対峙する。


「そうだと言ったら?」

「うちのボスがお呼びだ。一緒に来てもらおう」

「ボスってのはどこのボスだ。維持派か? 改革派か?」

「お前が気にすることじゃない。それとも自分の脚で来るのは嫌か?」


 グラサン男の周囲が武器を構え直す。


 ニコラスは再度、脇下に挟んだものの位置を確認して。


「一つ聞きたい。お前らは連続爆破事件に関わっているのか?」

「さあ」

「とぼけなくてもいい。お前らが現場付近をうろちょろしてたのは知っている。なにが目的だ?」


 時間稼ぎがてら慣れぬ口を回す。

 と同時に、髪を掻き上げるふりで丸めたティッシュを耳に押し込んだ。


 水中に潜った時のような音響の中、グラサン男は両手をあげて大げさに肩をすくめた。


「さてね。俺たち余所者にとっちゃインディアンどもの内戦なんぞどうでもいい。ただ金のために仕事をこなすだけだ。お前らと同じようにな」

「ならなぜ爆破現場を調べてた?」

「おっと、時間稼ぎしようたってそうはいかねえぜ? ボスのご指名はお前、その確保が俺らの仕事さ。――両手を上げたまま後ろを向け。下手な真似したら即ケツ穴に弾ぶち込むぞ」


 ニコラスは脇を締めたまま両手を上げた。

 袖口のリングピンに親指をかけたまま、ゆっくり、慎重に。


 微かに聞こえた金属音は、上着の下でくぐもって男たちには聞こえなかったようで、ほっと一息つく。

 第一段階突破だ。


 そのままゆっくり背後を向き、ニコラスは正面の窓を見据えた。


 背後から数名の男たちが近づいてくるのを待って、両手をさらに上へ上げた。


 脇が開いた。


「おい! 動くなって――」


 ゴト、ゴトン


 背後の男の苛立った声は、床に転がる物を見るなり悲鳴になった。


 ニコラスは窓へと猛ダッシュした。

 水泳選手よろしく両手を伸ばし、開けておいた窓に頭から突っ込む。


 爪先が少し引っかかってつんのめったが、地面と衝突する前に前転、受身を取る。

 そしてそのまま耳を塞いで地に伏せる。


 閃光。轟音。


 鼓膜を襲う高音に歯を食いしばって耐え、すぐさま駆け出す。


 閃光発音筒スタングレネード

 起爆時の爆発音と閃光で一時的に敵の視聴覚を奪う非致死性兵器。上着の下の脇に挟み込む形で仕込んでおいたのだ。


 閃光発煙筒はピンを抜いても起爆レバーを押さえていれば起爆しない。それを利用した簡単な仕込みだ。

 袖口にまで伸ばしたワイヤーで閃光発煙筒の安全ピンを抜き、脇で押さえていた起爆レバーを解除する。そうすれば起爆可能状態の閃光発煙筒が落ちてくるというわけだ。


 が、いささか起爆させる距離が近すぎたようだ。


 ややふらつきながら耳栓を抜き捨て、ニコラスは急いでポケットの無線機器を装着した。


「ハウンド! 俺の位置分かるか!?」

『もう掴んでる。真上にいるよ』


 見れば、頭上に八回転翼ドローンがぴったりとついてきている。


 ドローンは急降下すると、ニコラスを先導するように前方を飛び始めた。

 道案内役というわけだ。


「敵は?」

『二手に分かれてるぜ。さっさとそのトレーラハウス団地を抜けねーと挟まれっぞ』


 セルゲイの発言に頷き、ドローンの後を追おうとして、ふと立ち止まった。


『ニコ?』


 ハウンドの疑問の声とともに、ドローンが戻ってくる。

 しかしニコラスは応えず、ナップザックからワイヤー付きの手榴弾を取り出した。


 その辺の空き缶を適当に見繕い、手榴弾の安全ピンを抜いて空き缶の中に慎重に素早く入れる。あとはワイヤーの端をその辺に結べば完成だ。


 獲物がワイヤーに足を引っかけると手榴弾が缶の中から飛び出し、起爆レバーが外れて爆発する。


 初歩的なブービートラップだ。


『うわぁー番犬ちゃん陰湿ー』


 セルゲイの反応を無視し、ニコラスは逃避行を再開した。


 トレーラーハウスの隙間の細道を縫うように走る。


 ニコラスは改めて新しい義足の性能に舌を巻いた。


 全くバランスが崩れない。

 空圧式なせいでパワーがないと医師は嘆いていたが、それでも障害物だらけの細道をジョギング並みの速度で走れるのは素晴らしい。


『通りに出るぞ! そのまま向かいの裏路地に入れ!』


 ニコラスは通りを走り抜け、裏路地に飛び込んだ。


 ついでに先ほど入った入り口付近にもう一発トラップを仕掛ける。

 さらに走って、道が狭まった箇所にもう一発。


 四発目のトラップを仕掛けようとした時、爆音が轟いた。


「ハウンド、距離は!?」

『300メートル。四手以上に分かれて追ってきてるぞ』


 予想以上に敵の対応が早い。

 ニコラスはトラップを仕掛ける手を早めた。


 手榴弾を取り出したところでふと手を止め、懐に戻す。


 そして路地にはワイヤーを仕掛けるだけに留める。さらにその後の交差点にも、ワイヤー渡しただけの偽トラップを仕掛ける。


『番犬ちゃんってばヤな奴ねー』


 うるせえ綿棒。

 内心セルゲイに毒づきながら、ニコラスは路地を疾走する。


 息はすでに上がり、汗が噴き出してくる。走れるようになっても体力はまだ元に戻っていないのだ。


 己の肉体の錆びつき具合に苛立ちながらも、ニコラスは走り続ける。そしてようやく、大通りへの出口を肉眼で捉えた。


――しめた。通行人が多い。


 ニコラスはドローンを追い抜かさんばかりに足を速めた。

 そしてその勢いのまま通りへ躍り出る。


 ぶつかりかけた通行人が抗議と驚愕の声を上げるも、無視して走り続ける。


 と、その時。目の前を飛んでいたドローンがガクッと下がった。


「!? ハウンド、ドローンの様子がおかしいぞ!」

『…っちも……る……くそ……ミングか…』


 ノイズの酷い無線に顔をしかめる。


 電波妨害ジャミングだろうか。これでは無線が使えない。


 ドローンは宙を蛇行し、通行人の頭を掠めて近くのフードトラックの店頭に積まれていたソーセージの山に突っ込んだ。

 プロペラで刻まれたソーセージと肉汁が飛散し、客と店員から悲鳴が上がった。


 ニコラスは慌てて回収に向かった。


「悪い! これいくらだ!?」

「へっ……!? さ、3.3ドル……」

「これで足りるな!?」


 ニコラスは20ドル札を1枚放り、肉汁まみれのドローンを回収する。


 弁償にいくらかかるかはひとまず後だ。ハウンドたちのサポートがない以上、自力で何とか逃げるしかない。


 刹那。甲高い排気音が轟いた。

 バイクで回り込んできた追手だ。


 背後を振り返れば、すでに4、5台のバイクが幅広の道路を疾走してきている。


 止むを得まい。


 ニコラスは人群れを抜け、道路に飛び出した。

 信号待ちで長蛇の列をなしていた車列群の中をジグザグに走る。


 時おり車内から驚いた声が聞こえるも、心中詫びながら逃げ続ける。


 敵もこちらに気付いて発砲してくるが、車両が壁になって当たらない。


 跳弾した弾丸の火花が散る。


 ニコラスは車列を障壁に、低い姿勢のまま走った。

 が、その優位性もあと僅かだった。


 車列の先頭に来てしまった。しかもすでに信号は変わりつつある。


 十字路のど真ん中、ニコラスは一瞬逡巡する。

 そんなこちらを追い詰めるように、十字路の左右から十数台のバイクが迫ってくる。


 残されたのは、前方の道路のみ。ニコラスは徒歩だ。


 どうすると思った刹那。


 パァ――――――――――ァ!!


 大音量のクラクションに目を向ければ、対向車線をダンプカーが猛スピードで交差点へ突っ込んでくる。


 その運転席に座る人間を見るなり、ニコラスはダンプカー目がけて走った。


 車列を抜け、露になった獲物ニコラスに敵が殺到する。が——。


「止まれニコラスッ!!」


 運転席のケータの怒声にニコラスは急停止した。

 直後、敵のバイクが横滑りするように停止し、ニコラスに群がる。


 そこにダンプカーが突っ込んだ。


 白煙を上げて十字路をドリフトするダンプカーに、慌てて敵が離散する。


 乗り捨てられたバイクが跳ね飛ばされ、後輪に踏みつぶされてひしゃげる。

 だがダンプカーは止まらない。


「掴まれ!!」

「言われなくとも……!」


 回転を続ける荷台にニコラスは飛びついた。

 直後、タイヤを空転させてダンプカーが急発進する。


 振り落とされそうになったニコラスは思い切り悪態をついた。


 なんて運転の荒い奴だ。

 今後ケータと付き合う女性は絶対にドライブデートをしない方がいい。


 ニコラスはしばし荷台に取り付いたまま、背後を振り返る。


 敵はひしゃげたバイクを前に呆然と立ち尽くしている。ハッとして銃を取り出した頃には、すでに角を曲がって見えなくなっていた。


――ひとまず難は逃れたか。


 ほっとしたのも束の間。別の問題が浮上してきた。

 荷台に上がれないのだ。


 荷台枠が深いこともあるが、風圧が邪魔して上がれない。しかも義足が思うように動かない。


 恐らく極めてイレギュラーな動きのせいで関節部のAI補助が上手くいっていないのだろう。


 結局上がれたのはダンプカーが信号待ちで停車した時だった。


「おいニコラス! 生きてるか!?」

「なんとか」


 運転席から荷台に移ってきたケータに持ち上げられ、やっと荷台に降り立つ。


 ニコラスが乱暴に息を吐いたところでダンプカーが発進した。


「これどうしたんだ?」

「イヤドの知り合いの建設業者から借りてきた。彼が口利きしてくれて助かったよ」


 はにかんだ笑みを浮かべたケータだが、すぐに真顔に戻る。


「しばらく移動はこいつを使おう。連中は暴走モーターサイクルギャングだ。パトカーの移動じゃすぐ回り込まれる。これならちょっとした装甲車がわりになるし、バイクぐらいなら蹴散らせるだろ。いざとなったらそこの丸太転がしてやろう」


 ニコラスはケータの指す荷台前方を見た。


 丸太の山が横向きに積み上がっている。積み下ろしの途中だったのだろう。


 なるほど。ちょっと気弱で頼りないところのあるケータだが、こういった機転を利かせてくれるのはありがたい。ひとまずは安心できそうだ。


 そう思った途端、寒さが押し寄せてきた。冷や汗まみれの全身が風に当たって冷えているのだ。


 ニコラスは荷台に積み上がった束上の丸太の山を風よけにすることにした。


「んじゃ俺は運転に戻るぞ。今イヤドがハンドル握ってんだ。おたくはそこで見張り頼む」

「ああ」


 荷台枠と丸太の山の隙間に身を縮めたニコラスは、ようやく肩の力を抜いた。


 ガンッ


 鉄板に石がぶつかるような音に目を向ければ、枠に何か引っかかっている。

 そのあまりの異質さにニコラスは呆気にとられた。


 獣の鉤爪のような、湾曲した鉄鉤が荷台枠にかかっている。


 まるで猫型ロボットが爪を荷台に引っかけたような――。


「ケータ伏せろ!」

「へ?」


 ニコラスは質問に答えずケータに足払いをかけた。

 突然のことにバランスを崩し、反射的に受身を取った彼の頭上を。


 チュ――ン!


 弾丸がかすめた。


「せ、背が低くてよかった……」


 呻くケータを横目にニコラスは即座に荷台外へ発砲する。

 正確には、鉄鉤に繋がれたロープの先にいるバイク集団を。


 シカゴ・ギャングだ。


「いま弾飛んでこなかっタ!? 何事!?」

「いいからスピード上げろ! 最大速度だ!」


 ニコラスの怒声にイヤドがアクセルを轟然と吹かす。速度が徐々に上がっていくが、鈍い。

 荷物を積載しているぶん加速しにくいのだろう。


 一方、シカゴ・ギャングは見る見るうちに距離を詰めてきた。


 見れば先頭のバイク2台、その側面に砲身のようなものが付いており、鉄鉤のロープはそこに伸びていた。


 バシュッ!


 砲身から発射された新たな鉄鉤が荷台に取り付く。


 イヤドはダンプカーを蛇行させて振り払おうとするが、ロープ先のシカゴ・ギャングはその都度バイクを傾けてダンプカーの走りについてくる。


 流石は暴走族。二人乗りのくせに大したバランスだ。


 発射だけでなく巻き上げる機能もついているのか、シカゴ・ギャングは鉄鉤ロープを巻き上げながらどんどん距離を詰めてくる。


 ニコラスとケータは自動拳銃で何とか応戦するが、後部座席のギャングも負けじと撃ち返してくる。

 しかも相手は多勢なうえ短機関銃や散弾銃を持っている。


 明らかに分が悪かった。


 そうこうしているうちに鉄鉤は次々と増え、とうとう荷台枠に手がかかった。


 ギャングが荷台枠を飛び越えてくる。

 ニコラスは頭が出た瞬間に蹴り飛ばしたが、ちょうど弾倉を交換していたケータは反応に遅れた。


「後ろだケータ!」


 警告するがすでに遅し。ギャングの一人がケータに飛び掛かった。


 ギャングは山鉈を手にケータを顔めがけて振り下ろす。


 が、ケータはすかさず首に足をかけ、巻き込むように引き倒す。首刈り十字固めだ。


 だがギャングは山鉈を手放しておらず、滅茶苦茶に振り回し始める。

 それを避けているせいか、ケータの関節技が上手く極まらない。


 ニコラスはケータの援護に行こうとしたが、次々に荷台に取り付くギャングがそうさせてくれない。


 発砲と蹴りを繰り返して何とか乗り込むのを防ぐ。


 刹那。背中を掴まれた。


 中腰姿勢だったニコラスはバランスを崩し、荷台外に引きずり落された。


「ニコラス!」


 ケータの悲鳴に応える余裕はない。


 ギリギリ荷台を掴んだニコラスは、己の脚を掴んで引っ張るギャングを蹴って振り払おうとする。


――くそっ、バランス崩せよこの野郎!


 二人乗りバイクを憎々しげに睨むが、後部座席の男はニコラスの足首からふくらはぎ、膝と手を入れ替えてぐいぐい引っ張ってくる。


 その瞬間、運転手のギャングがニヤリと笑った。


 マズい。


 ニコラスはとっさに片肘を荷台に引っかけた。

 バイクがブレーキをかけたのはその時だ。


「ぐっ……!」


 全身が伸び、脚が引っ張られる。


 摩擦でタイヤから白煙が吹き上がる。ニコラスは必死に荷台に取り付いた。


 幸い引っ張っているのは左なので脱臼の心配はないが、義足がギチギチと嫌な音を立てる。


 ニコラスは何とか荷台を離すまいともがくが、上半身の力だけでバイクに適うはずもない。


 じわじわと手が荷台から離れていく。

 落ちると思った瞬間、義足がガキンと音を立てた。


 しまっ――。


 キュウィイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


 唐突な吸引音にニコラスはぎょっとする。

 なんだ? 巨大な掃除機の音のような……。


 直後、ニコラスの脚を掴んでいたギャングが悲鳴を上げて手を離した。

 よくよく見れば、人差し指と中指がねじ曲がっている。


 ブレーキをかけながら走行していたバイクはバランスを崩し、火花を散らしながら派手に横転する。


 なんだ? 何が起きた?


 唖然としたニコラスは自分の左脚を見下ろす。


 足首と膝部分のカーゴパンツが焦げている。義足の空圧式膝継手がある部分だ。


 だが分からない。空圧式膝継手は本来、シリンダー内の圧縮した空気圧で膝関節を動かす。


 間違っても衣服を焦がしたり、空気を吸い込んだりしない。



『そこまで言うなら仕方がない。一番シンプルな義足にしてあげよう。ただし、いざという時のための緊急装置はつけておくからな』



 記憶に蘇ったアンドレイ医師の言葉に、冷や汗が垂れる。


 あの医者、俺の脚になに仕込みやがった?


 と、その時。ぶら下がる自分の背後からバイクが近づいてきた。


 ニコラスは慌てて荷台に上がるも、上がった瞬間すでに乗り込んだギャングが鉄バットを振り下ろしてきた。


 ニコラスは反射的に左脚でバットを蹴った。

 が、体勢を崩しながらの蹴りなので威力が出ない。


 受ければ良し、バランスを崩せれば御の字――。


「え」


 またも吸引音が鳴り響く。

 中段蹴りに放った義足の膝下が、必要以上の力でグンと動いた。


 バキンッ


 バットが折れ飛んだ。真ん中から真っ二つに折れたバットに、ギャングもニコラスも硬直する。


 が、先にギャングの方が回復した。

 折れたバットを振り上げ、雄叫びを上げながら振り下ろす。


 荷台に転がって避けたニコラスは両手をつき、反射的にギャングの腹を蹴り上げた。そしてまたも吸引音。


 結果、ギャングが飛んでいった。


 ゴムボールよろしくポーンと飛んでいくギャングの悲鳴が、ドップラー効果とともに消えていく。


 ニコラスは戦慄した。

 なんだこの義足は。


 瞬間、真横の丸太の山が崩れた。


 見ればギャング二人がナイフ片手に山の上から丸太を蹴落としている。丸太を縛っていたロープを切断したのだ。


 丸太が降ってくる。

 ニコラスの背後には荷台枠。逃げ場はない。


「くそっ」


 ニコラスは身を屈め、顔めがけて飛んできた丸太を寸でのところで避ける。


 枠を背に身を丸め、回転しながら飛んでくる丸太を蹴って荷台外へいなす。


 そんなニコラスの股の間に、一本の丸太が飛んできた。

 ひゅっと喉を鳴らしたニコラスは、咄嗟に義足で丸太を押し留める。


 危っねえ。金玉が潰れるところだった。


 が、その安堵も束の間、次々に丸太が押し寄せてくる。


 ヤバイ、このままでは潰される――!


『ザザッ……やっと繋がった! ニコ大丈夫? いや~ごめんごめん。ミチピシって変なとこに通信妨害はってるからさ。難儀したわ』

「取りあえずその話あとでもいいか!?」


 再接続したハウンドの通信に怒鳴り返す。

 というより悲鳴だった。


 今まさに丸太に押し潰されそうになっているのだ。暢気に会話している余裕はない。


『え、なになに襲撃?』

「いま現在進行形で丸太に潰されそうになってる! 何とかしてくれ!」


 いや無理だろ。どうやって駆け付けろってんだ。


 脳内で己の冷静なツッコミが入るが叫ばずにいられない。

 人間切羽詰まると支離滅裂になるというのは事実である。


 しかし、ハウンドはちゃんと返答してくれた。


『んん? 状況がよく掴めないんだけど、ひとまず太腿2回叩いてみ?』

「何だって!?」

『太腿。義足の太腿の外側を2回叩く』


 ニコラスは即座に実行した。理由を問う余裕はなかった。


 1回、2回。


 ガションッ


 外側の太腿が開いた。見れば、何やら棒状のものが飛び出ている。


『あ、ごめん。これスタンガン警棒の出し方だわ』

「おいぃい!!!!」


 渾身のツッコミを放つも、丸太は待ってくれない。次々に圧し掛かってくる。


 曲がった膝が胸に押し付けられる。潰される前に窒息しそうだ。


『……ああこれだわ。太腿の前を3回』

「っ、叩けばいいんだな……!?」

『うん』


 一刻の猶予もなかった。


 1回、2回、3回。


 キュウィイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


 義足が再稼働を始めた。

 見れば踵近くの足首に1インチほどの穴が空いている。その穴めがけて荷台上のおおがくずが急速に吸い込まれていく。


 と同時に、胴体に当たる関節部が急速に熱を持った。


 火傷の痛みに呻く。

 だが義足の駆動率はすさまじく、曲がり切っていた義足が着実に伸びていく。


 ニコラスは勢いをつけて丸太を蹴飛ばした。

 山の上にいたギャング一名が巻き添えで落ちたが、バールを持っていた奴は避けた。


 バール男が叫びながら襲い掛かってくる。

 ニコラスが必死に避けている最中、相変わらず間延びしたハウンドの声が聞こえた。


『ニコ、義足の足の指曲げてみて』

「なんでだ!?」

『いいから、きゅっと丸めて』


 ああ、もう! 


 こうなったらやけくそだ。

 踏み込みで1回、脚を上げて2回、足の指を丸める。そのまま上段蹴りを放つ。


 バール男が絶叫した。

 見れば、己の足、爪先から突き出た棒状のものがバール男の腕に突き刺さっている。


 距離を取ったニコラスは相棒に尋ねた。


「ハウンド、何か飛び出たんだが……」

『うん。プラスドライバー』

「なんて???」

『ドライバーだよ。ニコラスが実用的なのがいいって言ったから先生が足の指に色んなツール仕込んだの』


 やっぱあの医者が原因か…………!


 ニコラスは涙目のバール男の攻撃をかわしながら怒鳴った。


「ツールってなに仕込んだ!?」

『色々あるよ~。親指はワイヤーカッター、人差し指はプラスドライバー。ああ、指曲げる回数で出せるツール変わるからね。ちなみに小指は爪切りだよん』

「なんで足の指爪切りにしたんだ! どこの爪切る気だ!?」

『手とか?』


 確かに手なら切れるけど。って違う。そうじゃない。


 ニコラスは振り下ろされたバールごと掴んで背負い投げをした。

 荷台に叩きつけたところで、顔面に拳を数回振り下ろして黙らせる。


 半ば八つ当たりだったのは否定しない。


「ちょっ、ニコラス! 手空いたんなら来てくれ!!」


 顔を上げれば、未だ山鉈男と格闘中のケータがもがいている。


 あちこち皮膚や服が切れているものの、先ほどの丸太倒壊には巻き込まれずに済んだらしい。運のいい男だ。


「棒! なんか棒くれ! ぶん殴れそうなやつ!」


 棒と言われても。

 丸太はほとんど荷台外に転がっていってしまったし、先ほどのしたバール男のバールも倒れた時に荷台外へ落ちてしまって――あ。


 ニコラスは義足の外腿を2回叩いた。

 そしてスタンガン警棒を取り出し、ケータに放る。


 首に警棒を振り下ろされた山鉈男は、数度痙攣して失神した。


 ほっと二人そろって安堵したのも束の間。またもギャングが荷台に飛び込んでくる。


 だがニコラスたちは慌てない。

 ニコラスは蹴りを、ケータは警棒を構え、ギャングたちに躍りかかろうとした刹那。


 ダンプカーが急停止した。


 ニコラスたちは見事にすっ転び、ギャングたちは荷台外へ放り出された。


 数秒後、運転席から満面の笑みのイヤドが顔を覗かせた。


「やったネ! ごろつきどもを振り落としてやったヨ! ……あれ? お兄サンたち大丈夫?」

「………………なんとか。ケータは」


 ひっくり返って両脚を天に突き出したニコラスは横を見るなり閉口する。


 ケータは尻を突き出した状態で荷台枠に顔面を突っ込んでいた。


「傷病手当申請しよ……」

「ああ、そうしろ」


 半泣きで鼻血を垂らすケータに、ニコラスは目元を手で覆って答えた。

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