3話目 後編 フランシス家

 フランシス家の誤解を解くために事実を話したら、それはそれでアリアが両親に怒られてしまった。

 元々怒られるようなことをしたので自業自得といえばそれまでだが。

 そして俺たちはアリアママの一言である場所へと向かっていた。


「言おうか迷っていたのですが……あなたたち少し臭いですわね?」


 そう言われた瞬間、俺はすぐに自分の臭いを嗅いだ。

 たしかに町から出て歩き続けていたせいでシャワーすら浴びていないが……そこまでか?

 一応ガカンを見てみるが首を横に振られる。


「あっしも最近は収入があってから毎日入るようにしていますよ!?昨日は流石に入ってませんが……」


 どうやら俺と同じようだ。

 この世界には向こうと同じように銭湯があってそこそこ安い。だから頑張れば毎日、少し我慢すれば二日三日の間を空けて入りに行ったりできる。

 俺は基本食事をしないからその分を風呂に入ったりしたのだが……

 いや、もう一つ可能性が有るじゃないか。


「特にそこの女性の方々から……」


 アリアママの示した方には、案の定女性仲間全員が微妙な顔をしていた。


「一週間前に入ったからいいかにゃと……」

「私も記憶が混濁して失念していた……同じくらい入っていないな、この体は」

「ヒヒッ……飲水と研究に使うもの以外に水を触った記憶はここ二週間ないよ……」

「イクナクサイ?」


 なんということでしょう、女性たちから爆弾発言が出てしまいました。

 においの原因はうちの女性全員からだったようだ。

 ララやレチアとは一緒に寝泊まりしてた俺が気付かなかったのはそのにおいに慣れ過ぎていたからか……?


「女性がそのようなにおいをしていては殿方に嫌われてしまいますよ!」


 アリアママの喝にレチアが頬を染めた顔でバッと俺の方へ向き、ララやメリーもこっそり横目で視線を向けてきていた。

 え、何?殿方ってもしかして俺のこと?

 大丈夫よ、嫌いにはならないから。ただあんまり臭過ぎたら距離置くだけだから。

 そして話してるうちに、そのある場所へと到着した。

 のれんが掛かった入口が二つあり、赤と青に分かれている。これはよく温泉で見かける男女を仕分けてるものって考えていいんだよな?

 するとアリアママが手を何度か叩き、どこで聞いていたのか今まで見かけなかったメイドさん数人が俺たちを囲んだ。


「あなたたち、このお客人の体を隅から隅まで洗って差し上げなさい。くれぐれも失礼のないように!」

「「「「「はい!!」」」」」


 元気の良い返事と同時にララ、レチア、イクナ、メリーが拉致のレベルで赤いのれんの向こうへ連れて行かれてしまう。


「そちらの赤ちゃんもお預かりさせてもらいますね?」

「あ、はい」

「アァ……」


 勢いに圧倒されてしまい、残った一人のメイドについ返事をして九尾の赤ん坊を普通に渡してしまった。

 のれんの向こうからはレチアやイクナの悲鳴やら叫びやらの阿鼻叫喚が遠めに聞こえてくるのを他所に、しばらく呆然とした後に俺とガカンも青ののれんを潜って風呂に入ることにする。

 中に入るとこれまた本当にお店レベルの広い浴場が目の前に広がっていた。

 そして恐らく女風呂であろう壁の向こうからは、イクナの嫌がる声やレチアの「にゃ~!?」という叫び声がさっきよりも鮮明に聞こえてくる。

 ただ風呂にはいるたけでどんだけ忙しいんだアイツらは……


「私も失礼するよ」


 呆れているところにアリアパパが腰にタオルを巻いて入ってきた。


「ここの使い方はわかるかね?」

「え?……あぁ、まぁ大体は」


 アリアパパはシャワーを浴びるところを指し示した。

 たぶんお湯を出したりする蛇口のことを言ってるんだろうけど、元の世界にある一般的なものに酷似しているので大丈夫だと思う。


「凄いですね、旦那。あっしはこれでどうやって使うのか検討もつきませんよ」

「一般的なものじゃないから使い方がわからないのが普通なんだが……ヤタ君はどこかの名家出かそこで仕えてたりしたのかな?」


 こっちの世界での一般的なシャワーは温度調節がすでにされているものがボタンを押して出てくるのである。

 よって人によってはヌルかったり熱かったりと好みに調節できないのだ。

 しかしここのはひねり……レバーやコックと呼ばれるものが左右二つ付いており、左が温度調節で右が開閉するやつ。

 こっちの方が見慣れているので正直助かる。


「まぁ、そこは文化の違いってやつですかね。あ、頭と体を洗うそれぞれのシャンプーもあるんですね、少し貰います」

「別に構わないが……本当に色々知ってるんだね」


 驚きつつもアリアパパは俺の横に座り、ガカンに使い方を教えながら自分も頭を洗い始める。


「……つい先刻、君たちの手配書が送られてきたよ」

「「っ!?」」


 突然そう言われ、俺たちの体が今までリラックスしていたのが嘘だったかのように強ばる。

 このタイミングで告げる意味はなんだ?無防備で捕まえやすいからか?

 何にせよ、俺たちが見た目通りの危険人物だと思われてしまったかもしれない。

 泡立ち始めて見えづらくなった視界の隙間からアリアパパの表情を覗こうとするが、あっちも気にせず頭を洗い続けているので隠れて見えない。

 ……そうか、こうやって男女分かれさせて戦力を分担させるのが目的だったわけか。

 だったらあのレチアやイクナたちの悲鳴は……!

 俺は急いで女風呂との境に立てられている高い壁に向けて走り出し、全力でジャンプした。

 ウイルスのおかげで向上している身体能力のおかげで高く見えた壁にはひとっ飛びで簡単に登ることができる。


「ララ、レチア!全員無事か!?」

「あっ、待ちたまえヤタ君――」


 制止するアリアパパの声を無視して必死の思いで叫び、仲間がいる方へと見下ろす。


「……にゃ?」

「……え?」


 そこには全身を洗われてる裸体をした女性たちの姿があり、危険なことをされてる雰囲気ではなかった。

 あ~~……これはアレですね。普通に洗われてるだけですね。

 相当気持ち良いのか、女たちは惚けた表情になってされるがままに洗われてる。

 メリーは慣れていないせいか落ち着かない様子だが。

 すると俺と目が合ったレチアがハッと意識を取り戻し、あられも無い自らの体を隠す。


「うにゃあ!?何やってるんだにゃ、おみゃーは!」

「いや、すま――」

「痴れ者が!」


 そしてララも俺に気付くと頬を染め、腕で振り払うような動作をすると同時に俺の体が吹き飛んだ。


「ふぶるべっ!」

「旦那ァッ!?」


 ぐしゃっ!と数十メートル後方の地面へ落ちると、心配したガカンが駆け寄ってくれる。

 アリアパパも頭にシャンプーを付けたまま様子を見に来た。


「だ、大丈夫かい?」

「……えぇ、まぁ」


 この体だからこそ大丈夫だと答えるが、普通だったら粉砕骨折でもしてるんじゃないかという勢いだ。

 自業自得ではあるが、それでも納得できないものは感じる。

 するとアリアパパがフッと笑う。


「……心配しなくても、娘の恩人を売り渡すようなことはしないさ」

「さいですか……」


 どうやら俺の早とちりで終わったらしい。

 俺の黒歴史が一つ増えただけで済んだのなら……と考えるべきか。

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