9話目 後半 腐りも癒える

 指示を出していただけだったウルクさんが戦闘に加わったら、すぐに片付いてしまった。

 上の立場なだけあって、実力も凄い。


「ウルクさん、あの……本当にこいつが保護対象の冒険者……いや、人間なんですか?目とか明らかにヤバい奴じゃないですか……」


 すると状況が落ち着いた辺りで一人の冒険者が、俺を怪しげに見ながらウルクさんにそう言った。悪かったな、目付きがヤバい奴で。


「俺が直に見て認めた男だ、そんなくだらん理由での異論は認めん」


 ……なんだか遠回しにウルクさんも俺の目がヤバいって言ってない?気のせい?

 冒険者たちも怪訝な表情で俺を見てくる。


「こいつは俺に任せて、お前らは他の者を手伝え」

「……了解です」


 あまり納得してない様子のまま頷き、剥ぎ取りをし始めていた人たちに混ざる冒険者たち。元の世界でもそうだったけど、本当に嫌われるよな、俺って。


「もう一度言わせてもらうが、これだけ魔物が徘徊する中でよくも無事だったな……さっき言っていた「襲われなかった」というのはどういうことだったんだ?」

「えっと、どこから話せば……いや、とりあえず俺たちが迷子になったところから説明します」


 他の人が作業している間に、俺とララがここに向かうまでの経緯を話した。ララは言葉が話せないだろうからその辺も説明した方がいいだろうし。

 俺たちが黄金の木の実を食べたことなどは掻い摘みながら話し終えると、ウルクさんが悩むように唸り始める。


「……その証言から察するに、君たちを襲ったというその人形もどきは恐らく『パペティ』だろう。不規則な動きと凄まじい怪力が特徴の魔物。そして蘇ったというゾンビ……それを我々はリビングデッドと呼び、「人」ではなく「魔物」として分類して、そう呼称している。どちらも駆け出しや見習いには荷が重い相手なんだが……」


 何やら難しい顔をするウルクさん。


「パペティにリビングデッド……たしかによくそんな相手に生き残れましたね、俺たち」

「ああ、逃げる判断をした君は正しかったというわけだ。それに仲間も見捨てなかった君の勇気にも敬意を評す!」


 ウルクさんがそう言って握手を求める手を差し出してくる。

 俺は少し躊躇しながら、その手を「ども……」と言いながら握り返す。

 気まずくてララの方を見ると、目に涙を溜めながら笑ってこっちを見てきた。

 こんなに感謝されることなんて今まで一度もなかったから、体中がむず痒い……

 やることが終わった冒険者たちがウルクさんを囲むように集まる。


「ウルクさん、見てみましたが、やはりどれも……」

「ふむ、見たことのない魔物……それに見たことのある魔物の部位を繋ぎ合わせてできたのも多数、か。ここの奴ら、魔物の研究をしていたらしいな。被害は?」

「……二名がツタに絡め取られて壁に埋め込まれてしまい、行方不明。一名が戦死しました……」


 冒険者の一人がそう報告し、お通夜のような雰囲気になってしまっていた。


「犠牲が出てしまったか……ヤタの話を聞くに、取り込まれた者たちは生きていないと考えた方がいいだろう。そいつらの持ち物も持ってかれたか?」

「はい、遺品になるようなものは何一つ……全て持っていかれました」

「そうか……」


 ウルクさんは頭を搔いて溜息を零した。


「遺品……ですか?」


 俺がつい興味本位そんな言葉を漏らすと、冒険者たちから睨まれてしまう。変なことでも聞いたか……?


「ああ、そうだ。登録した冒険者が死亡した場合、弔いや遺族へ渡す本人が身に付けていた物を回収する必要があるんだ」

「そう、だったんですね……」


 だとしたら、俺の今の発言は親しい人を亡くした人から見たら無神経なものだったかもしれない。


「ではこの場で戦死した者の遺品のみを回収、怪我をした者は治癒士に治療してもらえ!……ヤタ、お前もだ」

「え、俺?」


 なんで?という疑問が頭に浮かんだが、ウルクさんが俺の首を指差したことで思い出す。


「首、怪我してるぞ」

「あ……」


 ゾンビ……もといリビングデッドに噛まれてしまったことを思い出す。痛みがなくてすっかり忘れてしまっていた。


「今何人か診ている白い修道ローブを着た彼女が治癒士だ。見たところ傷が少し深いから、言えば優先的に治してくれるだろう」

「わかりました。それと探していただきありがとうございます」


 ウルクさんは腕を組んで「うむ!」と上機嫌に頷く。

 ララは怪我をしていないのでウルクさんと一緒にいるが、イクナは俺に付いてきてきた。まるで子犬だな。


「あの……」

「あ、すいません!順番に診させていただくので、少し待っててください!」


 重軽傷者が何人もいるらしく、忙しそうにする女の人。

 でもウルクさんにも言われてるし、俺も重傷者の中に入るかもしれないから言うだけ言っといた方がいいよな?


「いえ、ウルクさんから首の傷だからと――」

「おい、お前!怪我人は他にもいるんだから横入りしてんじゃねえよ!」


 もう一度女の人に声をかけようとすると、他の冒険者の男に突き飛ばされて文句を言われてしまう。俺が怪我人ってわかってるならそんな乱暴なことしないでくれよ……

 するとイクナが俺を守るように前に出て、威嚇するような低い唸り声を出していた。


「ウヴゥ……!」

「あ?なんだよ、魔物もどきが……主人を守ってるつもりか?」


 さすがに今のイクナへの発言はカチンときた。本当なら言い返したくはなかったが……


「あんたこそ、暇なら誰かの手伝いをするか、隅っこでジッとしてろよ」

「……なんだと?今なんつった?」


 俺の言葉に苛立った男。

 普段戦ってるだけあって筋肉凄いし、眼力も睨まれるだけで殺されそうだ……でも負けないからな?


「聞こえなかったのか?じゃあ、言い変えて言わせてもらうけど、喧嘩したいんだったらどっか行けって言ったんだ。俺だって怪我して治してもらいたいからここにいるんだよ……死にたがりなあんたと違ってな」

「なっ!?こ、の……!」


 顔を真っ赤にして今にも殴りかかってきそうな雰囲気だったが、周囲からクスクスと笑う声が聞こえてきて男が動きを止めた。

 周りからは「言われてる言われてる」とか「新人に言い負かされてるじゃねーか!」などと野次を飛ばされて、男の顔がさらに赤くなりプルプル震える。


「チッ……覚えてろよ!」


 お決まりの捨て台詞を吐いてその場からいなくなる男。

 しかし実際に屈強な男がその言葉を使うと迫力があるから困る。


「おぉ、怖い怖い……」

「ワウッ!」

「だ、大丈夫ですか……?」


 俺が身を震わせイクナが追い払うように一声鳴くと、さっきの白い修道服を着た女の人が声をかけてきた。

 近くで見るとかなり整った顔をした金髪の少女だとわかる。年齢は恐らくララとイクナの中間……中学生くらいの子だろう。


「えぇ、特には。少し乱暴なことを言われただけで、怪我をするようなことはされませんでしたし」

「そうでしたか……でも気を付けてくださいね?ああいう売り言葉に買い言葉をしていると、本当に痛い目に会っちゃいますから!」

「はい、肝に銘じておきます」


 上辺だけの言葉でそう答えておく。なんだか娘に怒られてる父親みたいだ……ま、娘どころか彼女も人生で一度も作ったことはないんですけどね?


「ところであなたは……?今まで見たことがない顔をしてしますが、捜索隊にはいませんでしたよね?」


 「今まで見たことのない顔」というのが「人間としてありえない構造をしてますよ?」と勝手に脳内変換されて落ち込みそうになったが、そうではなかったらしい。


「えぇまぁ……はい、その捜索隊っていうのが何を探していたのかはわからないんですが、俺はさっきまで迷子になってたんです」

「え……あっ、もしかして捜索対象の人でしたか!? ごめんなさい、だとしたら私は何てことを……!」


 なぜだか急に慌てふためく少女。


「まぁ、見つけていただきましたし、そんなに気にするほどのことでも……」

「気にします!あなたは行方不明だったんですよ!?その間に致命的な傷でも負わされたら……」


 凄い剣幕で顔を近付けてきた少女の勢いにたじろぐ俺。ああ、そっち……影の薄さに謝ってたかと思った。


「とにかく診せてください、その目!」

「いや、そのネタはもういいから」


 冷静にツッコミを入れると、少女が少し落ち着いて「ネタ?」と首を傾げる。

 目は生まれた時からだということを説明しつつ、体中にある傷……特に首元の怪我を治してもらうことにした。

 少女はさっき聞いた呪文みたいなものを再び唱え、俺の体を光らせる。


「――っと、これでいいと思います!ある程度の傷ならこれで……ってあっ!?」


 治療が終わったとホッと息を吐こうと思った矢先に、何かを思い出した少女が声をあげた。


「ど、どうしましたか?」

「失念してました……本当なら傷の深さなどを診てから治療に取りかかるのが先ですのに、先に『奇跡』を使ってしまいました……」


 なんだ、その程度か……俺はそう思って、今度こそホッと一息吐く。


「いいんじゃないですか?これは試験とかじゃないんですし、怪我が治っていればいいんじゃ――」

「ダメです!『奇跡』を使える回数は決まってるんですから、まずは診察して毒があるかどうか、他にも症状が出てないかを診て適切な処置をしないといけないんです!無駄使いしてもし大怪我を治せなくなったらゾッとしないですか!?」


 両手を手前で上下にブンブン振って一生懸命説明する少女。その健気な姿を見た冒険者たちがほっこりしていた。

 それにしてもなるほど……この世界では不思議な力のことを「奇跡」って呼ぶんだな。


「そ、そうですか……ああでも、怪我は治ったんじゃないですか?ほら」


 さっきまであった怪我をしていたであろう窪みの感覚も無くなり、治ったであろう場所を見せる。


「首にあった傷が治ってるでしょ?」

「首に怪我って……なんでそんな危ない状態だったのに言わなかったんですか!?」

「いえ、首の怪我と言っても痛みを感じませんでしたし……むぐっ!?」


 「気にする必要はない」と言おうとしたところで、少女が俺の顔を両手で掴んでくる。


「痛みを感じないのと重症かどうかは別問題です!そういう類の怪我や病気だってあるかもしれないんですから……」


 本気で心配してくれるような言い方をする少女。

 俺の腐った目など気にした様子もなく心配してくれているというのはかなり嬉しいものだ。イクナの姿を見て敬遠してなさそうだし。

 容姿も整ってるし、こういうのを天使とか言うんだろうな。

 そんな少女が俺の首や体をジロジロ見てくる。


「うーん……他に目立った外傷も無いようですね……」

「おーい、こっちも早めに頼む!」


 すると他の冒険者から声がかかり、少女がハッとする。


「はいっ、今行きます!すいません、では私はこれで……あ、一応名乗っておきますね。冒険者兼孤児院で治癒士をしているウィーシャと言います」

「俺はヤタ。昨日冒険者になったばかりだ。そんでこっちはイクナ」

「ワウッ!」


 俺が名乗りながらイクナを紹介すると、嬉しそうに鳴く彼女。


「ではヤタさん、イクナさん、今後も会うことがあればよろしくお願いします!」


 元気良く頭を下げて去って行ったウィーシャ。

 元気な娘だなーなんておじさん臭いことを思いながら、ウルクさんたちのところに戻る……と、なぜかララが頬を膨らませて俺を睨んでいた。


「え……どしたの?」

「ハッハッハ、ずいぶん仲が良いようで何より!しっかり青春してるようだな!」


 答えられないララは元より、何か知ってそうな口ぶりのウルクさんも笑って濁す言い方をするだけで、なんでララが不機嫌なのかは教えてくれなかった。

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