9話目 前半 腐りも癒える

 目の前に徘徊するゾンビに驚いて思わず大声で叫んでしまい、目に入った地面に落ちている自分の短剣を拾って構える。

 せっかく生きてたのに、ここでまた噛まれるなんて失態を犯したくはない!

 ……でも、よく考えたらなんで気絶してた俺を襲わなかったんだ?今も俺が大声を出したにも関わらず、ボーッと立ってるだけで襲ってこないし……


「何なんだ、一体……?」


 ……まぁ、襲ってこないならこないで、このまま退散させてもらおう。

 俺が移動しても反応しないゾンビたちの合間を通る。


「はいはい、通りますよっと……」

「……アァ……」


 なんだか返事をされたみたいだな……なんてことを思いつつ、ゾンビたちを抜けて扉のところまで辿り着く。


「……人を襲うのに条件でもあったのか?」


 「ウー」とか「アー」という呻き声しか出さないゾンビたちに、そんな疑問が浮かばせつつも、俺がゾンビと戦いながら無意識に閉めた扉を開いて通る。ついでにこれらを逃がさないようにもう一度扉を閉めておく。

 通路にもララを追いかけたゾンビがいくらかいたが、近付いても何もしようとしない。

 ゾンビも寝るのか?


「……ちょっと拍子抜けだけど、休止状態の今のうちに……って、あっ!そういえば抜け出すための地図とか大切なもん全部ララに渡しちまってた!これで通る度にパスワードが必要な扉でもあったらヤベーぞ……」


 どこかに抜け道がないものか……そんな時、どこからか声が聞こえてきた。


「グオォォォォッ!」

「――っちに攻撃が――」

「避け――速過ぎ――」


 獣が発するような大きな咆哮と人の慌ただしい声、爆発音なども聞こえてきた。

 誰がいる……?生き残りがいたのか?

 何にせよ、もし研究員とかだったら脱出の手がかりになるかもしれないし、向かってみるか。

 そう思って何度か分かれ道に差し掛かったが、音を頼りに迷うことなく進んだ。そして――


「そっちに行ったぞ、気を付けろ!」

「クソッ、このコウモリもどきがっ!」

「こっちのトカゲみたいな奴の攻撃は俺が防ぐ!その間に他のを頼む!」

「こっちもツタ相手に手が離せない!なんだこいつは……切っても切っても意味がねえ!誰か、このツタを火で燃やせっ!」

「痛てぇ、足が……痛てぇよぉ……!?」


 広げた場所に出ると、なんだかカオスな場面に遭遇してしまった。

 複数種類の魔物と戦う人たち。見た目からして研究者じゃない……どっちかというと冒険者の身なりだ。


「落ち着けお前ら!まずは怪我を負ったものはタンク役の後ろに後退して回復薬を飲め!有効な攻撃じゃなくとも、少しでも効いた様子があれば積極的に当たれ!」


 そして勇ましく指示を出しているのはウルクさんだった。

 さらに横にはララとイクナがいた。まさか助けを呼びに行けたのか?

 とにかく、彼女たちの姿を確認できてホッと安心した。

 しかしこれはどうしたものか……下手に出て行ったら邪魔になりそうだ。

 ……戦いが終わるまで遠目に見てるか。


「《主よ、我らに癒しをさずけ給え――ヒーリング》!」


 こっそり覗いた先にボソボソとした呟きが聞こえ、不思議な光を発する。

 見辛いが光を纏っている倒れてる人の傷が癒えていっていたのがわかった。

 まさか……魔法!?

 目の前のファンタジーに高揚感を覚え、思わず身を乗り出してしまう。

 見た限り回復の魔法……ああ、すげえ!本当に魔法が現実に……!


「おい、こっちにも魔物がいたぞ!」

「またリビングデッド!?」


 そんな声が上がり、ハッと正気に戻ると戦っていた冒険者の何人かが俺を見ていた。

 ……え?


「リビングデッドは火が弱点だ!さっさと燃やす呪文を放て!」

「わかってるわよ!《主よ、我らの前に立ち塞がる敵を屠り給え――フレアショット》!」


 一人の魔法使いっぽい外套を羽織った女性が俺に向けて火の玉を数発突然放ってきた。

 な――

 言葉を発するよりも先に体が自然と動き、地面を転がってそれを回避した。アクション映画みたいな避け方をしてしまった……

 っていうか、なんで!?なんで俺が攻撃されたの!?


「あいつ、攻撃避けたぞ!?」

「おいおい、リビングデッドは普通素早い動きはできないんじゃなかったのかよ!」

「新種の魔物……?とにかく、攻撃を続けるわよ!」

「だったら今度は俺が行く!」


 火の玉が避けられたのが相当驚くものであったらしく、戸惑ってる奴らの中で細長い棒のようなものを武器のように構える。杖術ってやつか?

 いや、そんなことはどうでもいい!なんで俺が攻撃されなきゃならないんだよ!?


「もっぺん死ね、死体野郎!」

「うおっ、あぶねっ!?」


 喉元を突かれそうになったのをまた避ける。

 その避けた先の何も無い空間にドゥンッ!と音が鳴って衝撃波っぽいものが生まれる。

 おい、あんなのまともに食らったら頭吹っ飛んでお陀仏じゃねえか!


「あいつ、今喋らなかった?」

「魔物が喋るわけねえだろ?んなことより、もう一回撃つ準備しとけ!」

「……アウ?」


 やべえ、完全に俺が魔物認定されちまってる……ウルクやララも俺に気付いてないみたいだし、このままだと本当に死――


「ガアァァァァッ!」

「な、なんだ!?」


 命の危機を感じていると、俺に気が付いたイクナが駆け付けてきた。

 冒険者たちは四足歩行で獣のように走る彼女に驚いて手が止まる。


「悪い、助かったイクナ!」

「ワウッ!」


 犬みたいな返事をして抱き着いて舐めてくるイクナ。


「犬じゃねえんだから、そんなに舐めるなよ……」

「アゥン?」


 鳴き方が完全に犬である。もうちょっとで耳とか尻尾が見えそう。

 でも、これで俺が魔物じゃないってわかってくれるんじゃ――


「チッ、やっぱそのガキも魔物の仲間だったか……」

「しょうがないよ、いくらウルクさんだって相手が無抵抗の大人しい奴だったら同情くらいしちゃうだろうし」

「だけどもう遠慮しなくていいってことだよな?」


 ――なんて甘い考えは捨てた方がいいらしい。

 冒険者たちが俺たちに武器と敵意を向けてくる。

 どうすんだよ、これ?


「ヴゥゥゥ……!」


 野生の狼の如く唸るイクナ。

 刃物とか武器を扱い慣れてる奴らこの世界の奴を相手に戦うとか、無謀を通り越して無茶に決まってる。

 どうにか襲われる前に戦いを回避しないと……


「ウルクさん!ララ!」

「ん?」


 大声で呼んだことによって、奥で戦っていたウルクさんとララが俺に気付く。


「ヤタか!そこ、武器を向けるのをやめろ、そいつは魔物じゃない!救助対象の冒険者だ!」

「え……?」


 ウルクさんの叱咤に近い声に反応した冒険者たちが戸惑って動きを止める。

 他の冒険者たちが戦い続ける中、ウルクさんとララが俺たちの方に来た。


「よく無事だったな、ヤタ!」

「えぇ、本当に――ぶほぉっ!?」


 ウルクさんより早く駆け寄ってきたララが俺に抱き着きタックルを食らわせてきた。

 ララのそんな力で飛びかかられたら死んじまう……あれ、痛くない?


「敵に囲まれた時はどうなるかと思いましたが、なぜか襲ってこなくなったので助かりました」


 痛みを感じないという疑問を抱きつつ、言葉を続けた。

 俺の腹に顔を埋めたララは涙を流しているようだったが、心配させてしまったのだと思う。

 それもそうか、あんな今生の別れみたいになったんだし……


「どうだ、無事に帰ってきたぜ?」


 得意げに、というより空元気にそう言ってやると、ララが脇腹に右フックを入れてくる。これも痛くないけど、つい癖で「痛い」と言ってしまう。


「敵に囲まれても襲われなかったとはどういうことだ?」

「……話はとりあえず落ち着いてからにしませんか?あまり余裕はないようですし」


 妬むような視線が集まるのを感じ、圧力に負けた俺はそう言った。


「それもそうだったな。君もララと一緒にいなさい、あとは我々が引き受ける!」


 ウルクさんはそう言って腰に携えていた二つの剣を抜き、それらを構える。おぉ、双剣ってやつか!

 そしてデカいトカゲみたいな魔物に向かって走り出して斬りかかって行った。


「《円月斬り》!」


 そして瞬きを一回した頃にはその魔物は輪切りにされてしまっていた。

 つ、強え……!

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