8話目 後半 腐り探し

「おーい、そっちに何かあったか!?」


 協会本部の職員と冒険者が共同して捜索を始めてから一時間近くが経とうとしていた。


「いいや、何も。あるのは魔物の傷跡とかそれぐらいだ」

「こっちもだ。むしろ痕跡の一つもねえぞ」

「こっちは……うん、グロロならいたわ。元気にゆっくり活動中ね」

「真面目に探せテメェらっ!!」


 緊張感のないものから怒号まで、あらゆる声が森の中に飛び交う。

 ヤタたちの行方を追って数百人規模の隊が組まれ大黒森が捜索され始めたが、未だに進展はなかった。


「ウルクさん、ここら辺は調べ尽くしました。もう少し奥を探しませんか?」


 自らの胴と同じくらいの大きさがある大斧を背中に背負ったグラッツェがそう提案すると、茂みを探っていたウルクが立ち上がり「ふーむ」唸る。

 するとそんな彼の肩に雀のような小ささの不自然に真っ白な小鳥が止まった。


「伝い鳥か……アイカたちの班からだな。どうした?」

【…………】


 呼びかけに答えない伝い鳥に対し、ウルクたちが動きを止めて視線をソレに集まる。


「……おい?」

【……伝達。捜索対象の一名であるララ様を対象外の者一名と共に発見しました】


 伝い鳥から出たアイカの声。

 その吉報と言うべき知らせにその場にいる者が「おぉっ!」と感嘆の声を上げた。


「そうか……ヤタは?あとその対象外の者とは……?」

【いません。それともう一名は……青色の肌をした少女らしい姿をしています。人間というには少々……】


 そんな中、アイカの報告に喜びの声が静まる。


「青い肌……?『亜種』じゃないのか?」

【わかりません。どちらにしろ、今はあまり良くない状況となっていまして……】

「報告しろ」


――――


 アイカがウルクに報告する少し前。

 広大な森を複数に分けたチームで捜索中、アイカが丁度伝い鳥を飛び立たせたところでララとイクナを見付ける。


「ララ様!ご無事で……っ!?」


 ホッとしてララに駆け寄ろうとするアイカ。しかしその横にいるイクナに気が付いてたじろぐ。

 他の者も異様な姿をしたイクナに警戒して近付こうとしなかった。


「魔物か……?」

「でも人間の女の子っぽい見た目してるぞ?『亜種』じゃねえのかよ……?」

「お前にはあれに犬や猫の耳が生えてたり、トカゲの尻尾が生えてたりしてるように見えるか?あんな姿の『亜種』なんて、見た事ないぜ……」

「なんだか気持ち悪いわ……」

「ウヴゥ……!」


 恐怖や戸惑いといった視線を向けられるイクナは、唸り声を上げながら少しずつ後退しようとする。

 それがウルクたちに伝い鳥が届くまでの経緯だった。

 その彼女たちの間にララが割って入る。


「ララさん?」

「そういえばララさんはその子と一緒だったよな?一体何なん――って、答えられないか」

「とりあえず敵じゃない……って考えればいいのか?」


 職員の一人が言った言葉にララが頷く。

 イクナの警戒は解けないまま職員たちから安堵の声が漏れる。


「……ヤタさんは……?」


 アイカが気になっていた素朴な疑問を投げかけるとララは暗い顔で俯き、自分が辿ってきた道を指差す。

 次第に彼女の目には涙が溜まる。

 それを見たアイカはララの前に行き、身長差のある彼女の頭を優しく撫でた。


「お疲れ様です。あとは私たちに任せてください」


 アイカが優しい声色でそう言うと、ララは涙を拭き取り首を横に振る。


「……ご案内して、いただけますか?」


 その言葉に力強く頷くララ。そんな彼女に、アイカが深々と頭を下げる。


「ありがとうございます。ではウルク様や他の捜索隊の皆様と合流するので、ここで待ちましょう。それとそちらの……えっと……」


 イクナのことをどう呼んでいいかわからないアイカが、戸惑いの視線を向けて言い淀む。

 その彼女にララが手帳を差し出す。


「これは……?」


 言葉を発せないララの行動に疑問を持ちながらも手帳を広げるアイカ。

 中を読み進める彼女の表情がこわばっていく。


「なんてこと……!実験?どうしてそんなものが……!?」


 憤慨とまではいかないが、驚愕と焦りを見せるアイカ。

 周りの人々はその反応に何が書かれているのか気になり、そわそわしていた。


「あ、アイカ姉さん……そこには一体何が……?」

「……この内容は先にウルクさんに見せて相談します。ですがまず、その少女を私たちで保護します」

「え……?」


 手帳を閉じてそう言うアイカの言葉に、全員が戸惑った。


「その子は……元々人間だった者です」

「え――」

「「ええぇぇぇぇぇっ!?」」


 アイカ以外の者が叫ぶように声を上げ、一斉に視線がイクナに向けた。


「……ウゥ?」


 彼らの視線に敵意がなく、戸惑いだけの視線にイクナも警戒も緩む。

 アイカはそれ以上詳しいことを話さないままウルクたち一行の到着を待つ。


――――


「……」


 アイカと合流したウルク、加えてグラッツェも、渡された手帳を見て頭を抱えた。


「最悪だ、としか言い様がないな。よくもこんな下手に口外できんもんを持ち込んでくれたものだ……」


 呆れた物言いで呟くウルクの顔をアイカが覗き込む。


「あの……やっぱりこれは……?」

「ああ、他国の違法研究をこんな田舎の森に持ち込んで……いや、田舎だからこそか」


 頭を掻きながら大きな溜息を吐き、手帳に記されていたNo.197であるイクナを見る。


「……そのうち厄介なことになるだろうが、アイカの言う通りこの少女……イクナは我々が保護する」


 ウルクがそう言うとイクナの方に歩いて近付く。

 自分に近付いてくる男に再び警戒を高め、歯を剥き出しにして唸るイクナ。

 そのイクナにウルクが手を差し出す。


「俺たちは助けなければならない者が他にもいる。ついて来るか?」

「……」


 イクナはウルクが言った言葉を理解したのか唸り声を小さくし、そっぽを向いた。

 ウルクは少し寂しそうに笑いながら、差し出した手を引っ込めて立ち上がる。


「これからこの先にある研究所を捜索するが、恐らく危険が伴うため見習いより上の階級を持つ冒険者のみで編成を行う。職員、及び見習い以下の冒険者は帰還してくれ」


 ウルクの指示に従い、数十人がその場からいなくなる。


「ララも帰っていいぞ。君はまだ駆け出し冒険者だ」


 そう言うウルクの言葉に、ララは首を横に振る。


「たしかに君に案内してもらえるのはありがたいが……まさかそこにヤタが?」


 力強い瞳をするララを見たウルクが察する。彼は悩むようにしばらく目を閉じ、「うむ」と頷く。


「よし、では共に行こう!しかしあくまで連れて行くだけだ、主な戦闘は私たちが出る。いいね?」


 子供に言い聞かせるようなウルクの言葉に、ララが頷く。


「よし……では出発だ!各自、何が起こってもいいように戦闘態勢を維持!四方からでも対処できるように後衛を囲むように前衛を配置!行くぞっ!」


 周囲の冒険者たちが呼応して「オウッ!」と声が上がる。

 道案内のためにウルクララを並べ、ヤタたちのいた研究所のある方へと進み始めた――


――――


☆★☆★


「……?」


 目が覚め、明るい天井が見えた。

 自分が硬い地面に寝ているのがわかる。

 俺は……どうなったんだ?


「っ……う、ご……!?」


 体が動かせない。

 しかも「動かせない」と言葉すら口にすることができない。なんだこれ?

 ……そういえば俺、ゾンビの群れに突っ込んで行って……?

 こうなる前の思い出せる記憶を探る。

 最初は勢い任せにゾンビを倒そうとしたが、一匹の喉元に短剣を突き刺したたところで気付いてしまったのだ。

 元とは言え、相手が人間だったことに。

 ゲームや漫画などで敵をバッタバッタ切り倒していくことなどよくあるが、その相手が人間だった場合など慣れてない限り罪悪感に苛まれるはずだ。

 実際、俺も「やってしまった」という後悔を感じ、動けなくなってしまった。

 そこに目の前まで迫ってきていたゾンビたちに――

 ……で、なんで俺は無事に寝っ転がってるんでしょーか?

 いや、痛みはないが声が出ない体が動かないなんで状態を無事って言うには無理があるか。

 手足が千切れてるわけじゃ……ないよな?

 そう思い始めたら少し怖くなり、恐る恐る確認する。

 …………うん、無事だ。どうやら五体満足でいるらしい。

 若干前より白くなった気もするけど……というか、ララたちと別れてからどれだけ経った?あいつらは無事か?

 ……って、こんなんじゃ確認するなんて無理だな。

 にしても動かせないのはなんでだ?


【毒物への適応が完全に完了しました】

「え……あれ、動ける……おっ?」


 頭に響く声が聞こえた後、動けるようになり、声も出ていた。

 若干骨というか、体の至る所がギシギシと動かしにくいところも残ってるけど……


「さっきのは毒が体中に回ってて動けなかったのか。毒って言っても死ぬほどのじゃないんだな」


 怠い体を動かして起き上がる。

 するとそこにはいくつかの人影があった。


「ア゙ァー……」

「……って、ゾンビじゃねーか!?」

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