8話目 前半 腐り探し
首筋から伝う熱。
それを脳が痛みと判断し、悲痛な叫びが自分の口から出てくる。
ゾンビに力強く噛まれ、思考がままならないほどの激痛に頭の中が真っ白になってしまう。
噛まれてる部分に力がさらに込められ、このままだと肉が噛み千切られてしまうのではという危機感を覚える。
しかし抵抗するにも力が入らず、ただなされるがままだった。
「ウガァッ!!」
そんな時、イクナが獣のような声を上げ、俺に噛み付いていたゾンビを殴り飛ばした。
ゾンビが離れたことによりようやく痛みが和らいで呼吸ができるようになり、俺はその場に座り込んでしまう。
痛い熱い痛い熱い……っ!肩の熱が脳みそに届いてるような……!?
立ち上がれそうにない俺に、ララが心配した表情で駆け寄ってくる。
「ク、ソ……ララは大丈夫か?」
ドクドクと流れ出る血を押さえながら、ついララの方を優先して心配してしまう。
ララは肯定も否定もしないまま、目に涙を浮かべてオロオロしながら俺の傷口を見てくる。
「大丈夫だ」……そう言いたかったのに言葉にできない。
安心させるためのそのたった一言を口にすればいいだけなのに、そんな空元気すらないのだ。
まだ噛まれ続けてるような感覚があるぜ……
「ゾンビに噛まれたら感染して噛まれた奴もゾンビになる、なんて展開なのかね、これは……」
軽く笑いながらそう言うと、ララが涙を零しながら頭にゲンコツを食らわせてきた。
「いてて……追い打ちはやめていただきたいんだけど……」
もう一発殴ってこようとしたララにそう言うと、その手が止まり渋々と言った感じに下ろす。相変わらず頬を膨らませているけれど。
そんなララに脱出の糸口が書かれた手帳を差し出す。
それを見たララは首を横に振る。
「受け取れ。じゃなきゃ、みんな共倒れしちまう。死ぬかどうかわからない俺が持ってるより、まだ無傷のララが持ってた方がいい……」
話してる最中に他の死体も起き上がり、ゾンビさながらに低い唸り声を出しながら歩いてきた。
ララもそれに気付くがすぐには逃げず、イクナも獣のように低く唸って威嚇しているだけだった。
「行け……行け!早く!俺なんかを気にしてんじゃねえよ!!」
乱暴な言い方で叫ぶと、二人の肩が跳ねて驚いた表情をする。同時に俺は吐血してしまう。
「ゲホッ、ゲホッ!……こりゃ、本当に毒があったのかもな……」
「ウゥ……グアァァァァッ!」
イクナが俺を見て表情を歪めると、獣のような咆哮を上げてゾンビたちに殴りかかっていってしまった。
一匹、二匹、三匹とあっという間に倒していってしまう。
なるほど凄い力だ。あれが研究の成果ってわけか……
だけどこれで安心――
「ウゥゥゥゥ……!」
「アアァァァ……!」
――でもなかった。
どこから来たのか、ゾンビが溢れ出さんばかりに通路の向こう側から、さらに増えてやってきたのだ。
いくらララがいてイクナが強くても、この数は無理だ。
それに前方にしかないこの狭い通路が塞がれた状態じゃあ、逃げることも……いや。
「……引き返すぞララ、イクナ。さっきの広い部屋だ」
俺はフラフラしながら立ち上がり、道を引き返そうとする。
ララはそんな俺の肩を持って支えてくれる。
「イクナもだ、こっちに来い!」
俺の呼び声に反応したイクナが四足歩行でやってくる。
幸いゾンビの歩く速度はそこまで早くない。俺はララの肩を借りてさっきの部屋に戻った。
部屋の奥まで来て振り返ると、かなりの数のゾンビがゾロゾロと追ってきていた。
あの細道にどんだけいたんだ……っていうか、どういう研究してたらこんなバイオハザードが起きるんだよ。
人間を獣みたいにしたり、死体を動かしたりするなんて、少なくともロクな組織じゃねえってのがわかるな。
【体内に毒物を検知。レジスト……失敗。代わりに抗体の生成を試みます】
頭に響く声。ちょくちょくこの声から聞こえてた「レジスト」というのは普通「抵抗」や「耐える」として使われる。きっと無力化させようとしているのだろう。
しかしそれが失敗。よほど強力な毒だったか……
「……よし、そろそろ途切れてきたみたいだ。この部屋いっぱいになるような数じゃなくて助かったな」
部屋の七割くらいが埋まったところで、通路からやっくるゾンビはいなくなっていた。
とはいえ、七割だ。移動できるほとんどのスペースが埋まってしまっている。
ここを掻い潜って行くのか……
【毒物への抗体……生成に失敗。適応を試みます】
再び失敗のアナウンス。体の怠さも消えてないし……このままじゃ、俺が完全に足でまといだ。
「……ララ。今度こそ、ここでお別れだ」
俺がそう言うとララは驚いた顔でこっちを向き、次第に怒りを含んだ表情へと変わる。
見捨てるのは嫌ってか?意外とお人好しなんだな、こいつ……
「俺はさっきのゾンビっぽい奴に噛まれた時、強い毒を貰っちまったみたいだ……多分致死量のを。だからもう、俺を助けようとしても無理だろうだからさ……イクナを連れてお前らだけで……逃げてくれよ……」
段々声も出なくなってきたが、少しでも心配をかけまいと笑ってそう言って見せた。
まぁ、今の俺の顔はそこらのゾンビより酷い顔をしてると思うが。
ララは睨むように目を細めて歯軋りをし、しばらく躊躇った後に武器を抜いてイクナを脇に持ち上げ走り出した。
「ガウッ!?」
突然自分の体が持ち上げられたイクナは驚いて暴れるが、ララはそれでも離そうとせずそのまま連れて行こうとする。
大剣を振り回して何匹かを斬りながら走るその後ろ姿を俺は壁を背もたれにし、座り込んで見送った。
ああ、それでいい。どうせ死ぬのなら、誰かを助けて格好良く死にたい。
……どうせ死ぬのなら、か。
「……ははっ、死にたくねえなぁ……」
誰だって意地汚くても生きていたいって考える。
「ああなるくらいなら死んだ方がマシだ」なんてのは、死にそうになったことがない奴だ。
死に直面すれば恐怖し、生きたいと願う。
そして俺も例外じゃない。むしろ誰より生きたいと思っているくらいだ。
だから俺は少しでも抗おうと思う。
動かない体を気合いと根性で無理矢理起き上がらせ、腰の短剣を引き抜き大きく息を吸う。
「……かかってこいや、腐れゾンビ共がァァァァッ!!」
前がまともに見えないほど霞みながらも叫び、俺はゾンビたちの中に切り込んで行った。
☆★☆★
~イグラスの町、協会本部にて~
「ウルクさん!ウルクさんはいるか!?」
そこに厳つい風貌をしたグラッツェが焦った様子で駆け込み、受け付けまで行って問う。
その様子にアイカが目を見開いて驚いてしまっていた。
「ま、待ってくださいグラッツェ様!一体どうしたというのです……!?」
「どうしたもこうしたもねえ!大黒森の依頼関係全ての難易度を引き上げてくれ!このままだと犠牲者が……」
「何事だ」
騒ぎを聞き付けたウルクがその場に現れ、グラッツェの肩に手を置いて落ち着かせようとする。
「う、ウルクさん!あの、その……」
「落ち着け。一度深呼吸して、あったことを順番に話せ」
ウルクに諭されたグラッツェが言われた通りに呼吸を整え、落ち着いたところで話を切り出す。
「……駆け出しが手を出しやすいレベルだった大黒森に「パペティ」が現れました」
「何!?」
ウルクの驚きに同調するように、周囲の冒険者たちがざわめく。
「パペティは通常廃墟などを好む人形型をした魔物……森に生息するとは考え辛いのですが……」
アイカがそう言うとグラッツェが神妙に頷く。
「だからおかしいんだ。周囲に民家なんてない大黒森にそんな魔物が現れるなんてよぉ……」
「それに、今日そこには……」
ヤタたちを見送ったことを思い出すアイカたち。
「今すぐ調査隊を編成!職員各員に通達し招集、町の冒険者全員にも即時連絡!これから依頼に向かった冒険者二名の捜索、及び大黒森の異変調査を開始する!」
ウルクの迅速な指示にアイカや受け付けにいた職員が動き出し、緊急事態ということを理解した冒険者たちも一斉に立ち上がり、それぞれ行動し始めた。
「協会本部は一時休業にするが、給料は出るからしっかり働けよ野郎ども!」
「「オォッ!!」」
ウルクの決起させる言葉に、その場にいた男女全員が拳を上げて呼応する。
この時、ヤタがゾンビらしきものに襲われてから一時間が経過していた……
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