8話目 中編 予兆
「やぁ、ヤタ君たちもこっちに来てたんだね!」
「まぁな。これでも借金持ちで金が入り用だし、稼げるって聞いたら来るしかないでしょう?まぁ、もうこれから引き上げるところですけど」
「ずいぶん早いね……ああ、そういうことか」
マルスが視線をララの背中で外套を深く被って眠ってるイクナに向けるとすぐに納得した様子だった。
「君も大変だね」
「大変なのは元からだ、イクナを理由にはしねえよ。それよりお前ってそんな武器持ってたっけ?」
知ったような口を聞くマルスに少しイラッとしてぶっきらぼうに答えると、ふと奴の背負ってる武器が見慣れないものだったのに気付く。
いつも携えているそこら辺に売っていそうな細い剣ではなく、ララのような大剣を背負っていた。
しかもその見た目からして強そうで、レチアが普段使っている短剣のように特殊な装飾が施されているように見える。
「ああ、これは普段あまり持ち歩かないんだけど、本来僕が使う武器なんだ」
「は?……つまりお前の階級って大剣のやつだったのかよ?」
「そういうこと。まぁ、こういう狭いところでは使い勝手が悪いから使わないんだけど、一応ね……ダンジョンでは何が起きるかわからないから」
そう言っていつもの爽快な笑みを浮かべるマルス。
その言葉に俺は「嘘付け」と内心おもっていた。
「何が起きるかわからないから」で不利になるような武器を担ぐかよ、普通。
グロロの時にこいつの強さを見た俺からすれば、本気を出せば周りを巻き込みかねないから何じゃないかと思っている。
思えばグロロを相手にしてる時でさえ余裕があるように見えたし……
別にこいつにそこまで興味があるわけじゃないから追求はしないが、やっぱりなんかいけ好かないな。
「そうかよ、そんじゃな」
「……その前にそこに転がってる大量の魔物のことを聞かせてもらっていいかな?」
そう言うマルスの顔を見ると、俺たちがさっき倒した魔物の屍があり、さっきまでの笑みはそこになかった。
「……元々そこに転がってたんだよ。誰かが倒したんじゃないのか?まぁ、素材が放置されてたから貰っといたがな」
俺も視線を魔物に向けながら嘘を吐いた。
よく人間は嘘を吐く時に目を逸らすというが、目を逸らす先があれば問題ない。
そしてできればその間に相手の目を見ても動じないよう心の整理をすれば完璧だ。
「……そっか。でももしこの魔物たちが一度に来ていたのを見たのだとしたら、早くここを立ち去った方がいいよ」
「何?」
俺が嘘を吐いたのを見抜いたような言い方をするマルス。
ただそれよりもマルスが後半言った言葉が気になった。
「どういう意味だ?」
「直にわかるよ。だから今は彼女たちを帰してあげて」
マルスは再び笑みを浮かべてそう言う。
「……わかった。あとで聞かせてもらうからな」
そう言って俺たちは今度こそその場を後にした。
――――
「チェスター!」
ライアン邸の研究室の扉を勢いよく開き、その中にいるであろう彼の名前を呼ぶ。
しかし中にいたのは彼の娘であるメリー一人だけだった。
「……チェスターは?」
「ぱ、パパはここにはいないよ。さっき出かけた……」
言葉を詰まらせながらもメリーが教えてくれる。
入れ違いになったわけか。
「どしたの?」
「ああ、本当は明日教えてもらうはずだった人工的な奇跡について今少しでも教えてもらおうと思ったんだが……いないならしょうがないか。邪魔したな」
少しでも攻撃手段を増やしておこうと思ったんだが、ダメならダメでしょうがない。
俺は振り返ってその場を去ろうとしたのだが……
「……ねぇ」
扉に手をかけようとしたところでメリーに声をかけられた。
「未完成のものでよかったら……これあげる」
そう言って彼女が差し出して来たのは、丸い円形の物だった。
「これは?」
「パパにも言ってないことなんだけど……私も私なりに研究して作ってたんだ、人工的な奇跡を発動させる道具……でもやっぱり実験するわけにもいかないから作るだけになってたもの、なの」
いつもより口数を多くして説明してくれた。
いや、これはありがたいかもしれない。
「ないよりはマシだ。それで使い方は?」
「まず装着するところは腕。それと安全装置のスイッチが付いてるから、それを押して今赤く光ってるのが緑色に変わったら解除された合図……あとはそれを付けた腕に意識を集中すれば、中に組み込まれた術式が発動して奇跡に似た技が放てる……と思う」
「と思う」と言われた時点で凄く不安なんですが。
……まぁいいや、不発とかだったら残念だったなで終わるし。
「一応聞くけど、これは貰って行っていいのか?」
「うん……だけどあとで感想教えてね」
そう言って微笑む彼女に、俺は思わずドキッと心が揺らぎそうになっていた。
……やっぱり元の顔が整ってるっていうやはズルいと思う。
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