8話目 後編 予兆
ライアン邸を後にした俺は再びダンジョンの入口へと到着していた。
……流石に時間が遅いので周囲も暗く、中を探索しようという冒険者も少ない。
そのせいかダンジョンの入口もお化け屋敷に見えてくる。やだわー。
ちょっと躊躇しながらもダンジョンの中に入ろうとすると、入口付近にマルスとルフィスさんが立っていた。
見ようによっては誰かと待ち合わせしてるようにも見えなくもない。
……まぁ、その「誰か」ってのは多分俺のことなんだろうけど。
「よう、そんなとこに立って暇なのか?」
俺が皮肉を言って声をかけると、それを気にした様子もなく二人とも笑顔で俺を見る。
「思ってたよりも暇ではあったかな。君がいたら退屈しないで済んだかもしれないけど」
「ふふふ、むしろ僕にとって両手に花なこの時間はすぐに終わってしまいそうだね♪︎」
二人はそんな軽口で返してきた。いや、マルフィスさんのは微妙に違うけど。
「だけどよく来てくれたね」
「よく言うぜ。『直にわかる』なんて勿体ぶりやがって……知りたかったら後で来いって言ってるようなもんじゃねえか」
「ははっ、気付かなかったら僕たちだけで何とかするつもりだったんだけどね。やっぱり君は面白いよ」
マルスがそう言うと、ルフィスさんと共にダンジョンの中へ振り返って歩き出した。
その後ろを俺はとりあえずついて行く。
「それより説明しろよ。あの大量の魔物の死骸がなんだってんだ?」
「……まずこのダンジョンというものがどういうものか、君は知ってるかい?」
質問を質問で返されて少しイラッとしたが、その意味を改めて考える。
「ある日突然出現して見た目の大きさは関係なく広大な迷路になっている謎の空間、ことか?あとは出現する魔物の特徴が全てバラバラで違う地域の素材は金になる」
短くはあったがダンジョンに入って感じたこと、その前に受付の奴やレチアから聞いた話を思い出して答えた。
「ははっ、確かにみんなにとっては良い稼ぎ時とも言えるね」
何わろてんねん。こちとら生活がかかってんだぞ。
「それじゃあ、魔物がどうやって生まれてるかは?」
「あ?それは……普通に魔物が生活してるんじゃないのか?」
「迷宮の中で?」
マルスに指摘されてふと気付く。
たしかに、どうやって魔物たちは迷宮で生きているんだ?
ゲームの中だったら「そういう設定」の言葉で片付けられるけど、現実では?
「……全員岩や鉱石を食べてるとかか?」
「おぉ、意外な着眼点……でも残念ながら違う」
まぁ、俺も突拍子もない考えだったと思う。
しかしだとしたら、残る可能性があるとしたら……共食い?
「ちなみにみんなが考えるのが共食いだけど、それも違うよ」
マルスが俺の考えを読んだかのように先手を取って言う。え、違うの?
「だったら迷宮の奴らは何を食ってんだよ?」
「何をって言ったら人間を食べたりするんだけど……彼らは#彼らは生きるための食事をしない__・__#んだ」
「……あん?それマジで言ってんのか?」
「ああ、大マジさ。ほら、丁度生まれるよ」
そう言うマルスの視線の先で壁に割れ目が現れた。
「……何アレ」
俺が混乱して言った言葉には二人とも答えず、ただひたすらその裂け目を見つめていた。
そこからは手のようなものが出て来て、裂け目を無理矢理開こうとしていた。
「グァ……カカカカカカカッ!」
何とも気色の悪い姿をした魔物が広がった裂け目から這いずり出てくる。
イグアナみたいな体とその白骨化した骸骨っぽい頭の形、歯と歯をぶつけて鳴き声のようなものを発して目玉のない目で俺たちを見てきていた。
その姿に俺は少なからずゾッとした。
今までも色んな姿の魔物を見てきたが、やっぱりああいうB級ホラーにでも出てきそうな姿の魔物には慣れない。
……いや待て。さっきマルスはアレが生まれたての魔物だと言ったか?
「本気で言ってるのか?どう見てももう戦える成体にしか見えんのだが」
「そうだよ、奴らは成長の経緯を飛ばしてすでに戦える状態で生まれてくる。もちろん本能と戦闘技術を携えてね」
その言葉は、さっき魔物の姿を見た時よりも背筋が凍りそうになった。
「それ……本当に生物って言えるのかよ?」
「言えてるね……」
マルスは苦笑いを浮かべて言うと、目に見えない速度で魔物の目の前まで移動し、背中に背負った大きな大剣を抜き放って叩き付けた。
「叩き付けた」と言ったのは間違いではなく、俺から見たその一撃が「斬る」よりも「潰した」という表現の方が正しかったからだ。
しかも叩き付けられた魔物は切られた様子もなく潰れて死んでしまっていた。
なんというか……あの魔物も運と相手が悪かったな。
「みんなはそんなこと気にも止めず、『珍しくお金になる素材が出てくる宝物庫』という認識しかしてないけど……さて、長々と話してしまったけどここで本題に入ろうか」
マルスは話を続け、俺の方へと振り向いた。
「もしこの魔物みたいに即戦力となる魔物が一度に数百体規模で生まれてきたら……どうなると思う?」
「おい、怖いこと言うなよ……なんで例えが数十じゃなくて数百体――」
そう言って茶化そうとしたが、マルスは至って真面目な表情をしたままだった。
「……本気で言ってるのか?さっき俺たちが相手した魔物の数でさえ二十かそこらだってのに、三桁なんて行ったら……」
「そう、下手すれば町が滅ぶ。しかも周辺の町や村だってタダじゃ済まないだろう。それを僕らは『魔王の進行』と呼んでいるんだ」
ダンジョンがそんな危険なものだったなんて説明されてないんだが……受付さん、いくら自己責任っていっても説明不足は職務怠慢じゃないですかね?
「ダンジョンがそんな危険な場所だったとはな……」
というか……魔王?何ですか、その不吉なワードは……
「まぁ、そうは言ってもそんな頻頻に起こるようなことでもないんだけどね。一年に一度、どこかの地域で起きたって聞くだけなんだけどね」
「それがここで起きるってのか?」
「正確にはその予兆があった、くらいだけどね。それが君たちが相手をした魔物さ」
わざとらしくそう言ったマルスに、俺は自分が失言してしまっていたことにようやく気付いた。
今更言い訳したところで遅いことを悟り、俺は自分のマヌケ具合に舌打ちをしてそっぽを向いた。
しかしマルスは俺の態度など気にせず、表情に影を落としていた。
「……僕は何度か経験があってね。だからそれがどれだけ悲惨な光景を生むかも知ってるし、前兆も知ってる」
「その前兆ってのがあの……?」
「そう、大量の魔物の出現。しかもいつもならダンジョンの中を徘徊してるだけの魔物が違う行動を取り始めるんだ」
「いつもと違う行動?」
聞き返した俺の方をマルスが立ち止まって振り返る。
「……ダンジョンの外への進行さ」
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