8話目 後半 助っ人

【人名マルスによる加護「獅子王の威厳」が発動。効果対象となり重圧が発生します。その影響に伴い異常な恐怖の感情が発生……全てレジストします】


 頭にアナウンスが流れ、次第に体の震えが少しずつ消えて楽になっていく。

 獅子王の威厳?なんだそれ……


【完全なレジストに失敗。代わりに耐性が付きました、効果を軽減します】


 アナさんがレジストできないとは……相当なもんだったのか、獅子王の威厳ってのは?

 まぁ、そもそもアナさんがどれだけのレベルに対抗してくれるのかがまだわかってないんだけどね。

 ……って、ちょっと待て。

 俺が影響を受けてるってことはララは!?

 彼女を見ると明らかに体調が良くないであろう青い顔をしていた。


「おいマルス、少し抑えろ!これじゃあララが……」

「……すまないヤタ君。これは抑えようと思って抑えられるものじゃないんだ。だけど君はどうやら大丈夫なようだ。彼女たちを任せてもいいかい?」


 視線はグロロに向けたまま悲しそうな表情でそう言うマルス。どうやら獅子王の威厳とは勝手のいいものではないようだ。

 ……ん?彼女……「たち」?

 この場にいるララ以外の人物っていうと……

 俺がさっき麻痺らせてまだ動けずにいる男と顔の造形が残念な男だ。


「まさかこのロクデナシ共も助けろと?」

「ああ、そうだ」

「でもこいつらは――」

「ヤタ」


 俺はこいつらのことを死んでも構わない奴らだと思っていた。

 人を騙したり殺そうとするクズ野郎共。そんな奴ら、いっそここに置き去りにして巻き込まれて死なせた方が今後のためになるんじゃないか……それを口にする前にマルスが俺の言葉を遮ってくる。


「彼らは悪事を働いた。ならだからこそ法で裁かれるべきだろ?」

「……」


 ああ、お前の言ってることはこの上なく正論だ。

 罪には罰を?悪には法を?

 それが適切な処置?

 ――バカバカしい。

 こいつらのせいで人生を滅茶苦茶にされた奴は……犠牲になった親族の気持ちはどうなる?

 もし俺の助けが一歩遅く、ララが助からない状況に出会していたら?

 それを衛兵に引き渡して牢屋に入れさせただけで気が晴れるわけがないだろ。

 チンピラを見下ろす俺の顔は今どんな表情をしているだろう。

 

「ひっ、ひぃ……!?」


 俺の顔を見た男が怯える。相当酷いらしいな。

 しかしなんだろうな……この男を見てるとなんだかハラガヘッテキタナ。


【警告。未知のウイルスが著しく弱っており、早急に栄養を摂る必要があります。速やかに「捕食」を行ってください】


 肉……美味そうナ……ニクが……


「……ヤタ君?」


 マルスが俺の異変に気付いて振り向く。しかしグロロが彼に攻撃を仕掛けたためすぐに視線は外れる。

 ああ、ダメだ……何も考えられない。

 ただ目の前の男がご馳走に思えてくる。

 でも「それ」をしたら終わりだろ?

 終わり……何が?

 何がダメナンダッケ……

 視界がブレてぼやける中で、チンピラの男の姿だけがハッキリと映る。

 そしていつの間にか俺は、そいつの目の前に立っていた。


「おい、何してる?なんでそんな目で俺を見る!?や、やめ――」


 男の叫びなど気にせず、俺は開いた口を奴に近付けていき……男の肩に嫌な音を立てながら食らい付いた。


「ぐああぁぁぁあああぁぁぁっ!?」


 悲痛な叫びをあげるチンピラ男。

 だが俺は尚も気にせず至るところに噛み付き、肉を引き千切った。

 そうする度に「ひぎぃ!」とか情けない声をあげる男に対し、俺は感動していた。

 こんなにも美味いものがこの世にあったのかと。

 口に入れているのが人肉だということも忘れ、ひたすらに貪り食った。

 最初は大声で叫んでいた男も気を失ったのか、はたまたもう死んでしまったのか、完全に沈黙してなされるがままになってしまっている。


「一体……これはどういう……!?」


 別の男の戸惑った声が聞こえ、ハッと自分の思考が元に戻っていることに気が付く。


【「捕食」による回復が完了したため飢餓状態を終了……捕食対象がより強者であったため、ウイルスのレベルが2から3へ向上します。レベルが上がったことでステータスの全てのポイントを1上げました。捕食対象の能力を一部「風体」レベル1を会得しました】


 アナさんがそう言ったのが聞こえたが、それよりも気になったことがあって周囲を見渡した。

 周りは俺が食った男の血が飛び散っており、壁際にはララと歪な顔の男がそれぞれ遠のくようにして怯えながらそこにいた。


「ララ、これは――」

「ひっ!?い、いや……!」


 やっと話せるようになったララの口から聞こえたのは、拒絶の言葉だった。

 やってしまった――

 そう思い始めた途端、体の熱がなくなった気がした。

 もうすでに暑さも寒さも感じない死んだ体だと思っていたはずなのに、そんな感覚に襲われる。

 もうこりゃ、飯どころじゃないよな……仕方ない。

 俺はフィッカーからまた袋を取り出し、近付いて怖がらせないようにララの近くへその袋を放り投げた。

 そして俺は歪な顔をした男の方へ近付く。


「おい」

「ははは、はいっ!?」


 俺を見てるのか見てないのかわからない男が返事をしたのを聞いた俺は、フィッカーからお金をいくらか取り出す。


「ララを連れて行ったのはお前だったが、さっき殺されそうになってたよな?だったら俺が食った奴の仲間じゃないんだろ?もしく裏切られたか……」


 男は今にも泣きそうな顔で語り出す。


「へ、へい。あっしはこんな顔ですから普通に仕事に就くこともできず、取り柄といえば多少手先が器用なだけなので冒険者家業で戦うなんて以ての外で……」

「……で、路頭に迷ってたところをチンピラに拾われたと?」

「え、えぇまぁ……血迷ったとお思いでしょうが、あっしにはもうこの道しか残されてなかったんです。あなたにはわからないでしょうけど……」


 たしかに俺から見ても酷い顔の造形をしているが、なんだか他人事に思えない。

 人から拒絶されまくってた人生を送ってた俺と似てるからか?

 何にせよ、こいつなら大丈夫だろう。


「ならお前に仕事を依頼する。そこの女の子を連れてここから逃げろ。先に依頼代を渡しとく」

「えっ……?」


 ポカンとマヌケな表情で固まる男。


「返事は?」

「えっ……あっ、へい!」


 少し戸惑いながらもそう返事をし、男はララの元へ駆け寄る。


「お、お嬢さん!こんなところに連れ込んだあっしが言うのもなんですが、ここから離れましょう!ほら、立って!」


 男は俺が放り投げた袋をボーッと見つめ続けて呆然としているララを少々強引に立ち上がらせ、引っ張って行く。

 姿が見えなくなったところで俺は短剣を両手に持ち直し、グロロと戦っているマルスの元へ行った。


「……おや?一緒に戦ってくれるのかい?」


 マルスはグロロと激しい攻防を繰り広げながら、さっきと変わらない様子で話しかけてくる。

 こいつらが何をやってるのか、速過ぎてもう目で追えないんだけど。


「一緒に戦うなんて言えるほど、俺は強くねえよ。それよりもいいのか?お前は今、グロロと俺に挟まれてるわけだが」


 もちろん俺はこっちからマルスを攻撃するつもりはないが、マルスが俺を敵と思ってないとは限らない。

 それどころか俺が人間を食ったところを戦いながら見ていたかもしれない。

 何の根拠もなく人を信じるわけにはいかないんだよなぁ……本当、面倒な体になっちまったもんだ。

 ま、人間なんて最初から信用なんてしない方がいいんだけど。

 するとマルスはフッと笑い、俺の横まで飛んで後退してきた。


「僕に敵意も向けてない君が後ろにいたところで気にもしないよ。それに君じゃ僕に傷一つ付けられないしね♪」


 何とも憎たらしいイケメンスマイルで平然とそう言い放ちやがった。

 クソ、たしかにこいつの言う通りかもしれないが、そうやって言葉に出されると腹立つな……


「そんで、俺に何かできることはあるのか?ただ死なないだけが俺の取り柄だけど」

「そうだね……まずアレをどう考えてるか、君の意見が聞きたい」


 マルスは浮かべていた笑みを消して真剣な表情でそう言う。

 アレが何なのか……今までの状況説明になるがそれでいいだろ。


「まず一つ目の予想だが、あいつはグロロだ。そんで続けて二つ目の予想。あいつが本当にグロロならどっかに心臓となる核があるはずだ」

「なるほどね。それじゃあ、その核を探すのを手伝ってくれるかい?」

「嫌だね。なんで俺よりも遥かに強い奴と肩を並べなきゃなんのだ。自分の惨めさが浮き立つだけだろ。むしろそっちが俺の作戦に乗れよ」


 俺はそう言ってマルスの横に立った。

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