8話目 前半 助っ人
予想通り戦いは長引いた。
お互いひたすらに攻撃をし合っているのだが、ダメージというダメージが通らないせいで似たような光景が続いていた。
変化があると言えば、チンピラたちが加勢しようとしたり逃げようとしたくらいか。
しかしそのどちらもグロロによって殺されてしまっている。
正確には取り込まれた、か。
そしてその際、グロロはもうすでに人型であることをやめ、巨大なスライムのようになってしまっている。
しかも人を食うための大きな口をいくつも生やしている、神話に出てくるヤマタノオロチみたいな状態となっていた。
しかしそんなカッコイイものでもなく、目も鼻もないただのグロいモンスターにしか見えないのである。
今現在生き残っているのは、ララと俺が斬った数人の男、それともう一人殺されそうになっていた変な男だけだ。
え、おまいう?ナニソレ、サイキンノワカモノノコトバワカラナーイ。
……うん、体が勝手に動いてくれてるからこれだけの余裕が生まれているんだろう。
息切れもしない、痛みも感じない、だからただ身を任せてればいい。
危ない思考かもしれないけれど、実際俺が戦うよりちゃんとした戦闘をしてくれているのだからそれでいいだろう。
他にできることと言えば考えるだけなんだし……
考える……か。
巨人ゾンビの時と違って俺の意識があるのは何か意味があったりするのか?
例えば……そう、体の主導権は奪われたけれど、俺が何か考えを思い付けば体が従ってくれるとか?
だったらいいよなーなんて考えていると、ふと思い出す。
戦っている相手はあくまでグロロだ。
体は違うものになっているが、グロロの弱点自体は変わらないはずだ。
核……あいつの体のどこかに核が埋まってるんじゃないか?
【宿主の思考を受諾。通常戦闘から対象であるグロロの核を捜索へ変更します】
頭にアナさんの声が聞こえ、俺の体がさっきとは違う動きを始めた。
今までは同じところを攻撃することが多かったが、今は色んなところを切り刻んでいる。
おぉ、本当に動いてくれた!
あー楽だなコレ。戦う時いつもこうならないかな?
しかしグロロの方も俺「たち」が核を狙い始めたのに勘づいたのか、攻撃が今までよりも激しくなっていた。
向こうも今まで本気じゃなかったってことかよ……
こっちも結構抵抗しているとは思うのだが、それ以上の猛攻が激しくて近寄るどころか宙に浮き続けるくらいの攻撃を受けていた。
ハハッ、不死身の身体を手に入れても、結局俺自身が弱ければ何の意味もないってことかよ……
「~~~~っ!」
するとララが俺を助けようとしたのか、そこら辺に落ちていた剣を拾い上げてグロロに斬りかかって行ってしまった。
おい、やめ――
俺は声も出せずに、ただララがもはや腕ではなく触手のように伸びたグロロの一部によって吹き飛ばされるのを動かない体で眺めてるしかなかった。
【ウイルスが活動限界に達したため、体の制御が宿主へ返還されます】
「――あ……」
頭の中に流れたアナウンスと同時にグロロからの攻撃が止み、ぐしゃりと嫌な音を立てながら地面へ衝突した。
俺はすぐにその場で起き上がってララのところへ向かおうとしたがなぜか力が入らない。
なんで……?
自分の体を見ると、足や腕など至る部位が千切れ失くなっていた。
しかも再生速度もいつもより格段に遅い。
まさか……
さっきのアナさんの言葉が頭で過ぎる。
『ウイルスが活動限界に達したため――』
俺が死なずにいられるのはウイルスのおかげだ。
そのウイルスが全て死滅すれば……?
きっと俺は、本当の死を迎えることになるだろう。
「死」という、しばらく忘れていた概念を思い出してしまったせいか、自分の体が震え始めていたことに気付く。
ふと、ララの方を見る。
壁にぐったりと寄りかかって倒れ、今の俺よりも苦しく死にそうであろう彼女。
俺は治ってない体を動かしてゆっくりララの元へ這いずって行く。
「大丈夫か?」
せめてその一言を言いたくて。
だがそれまでグロロが待ってくれるはずもなく、伸ばした触手でララを持ち上げた。
――やめろ
ララは必死に抵抗しようとするが、それも虚しく無意味に終わる。
そして彼女は普通の人間ならば無事では済まない高さまで持ち上げられていた。
――やめろ!
最後までもがき続けるララだったが、グロロが一気に彼女を締め付けてパッと手を離してしまう。
最初はゆっくり、次第に落下する速度は上がっていく。
「やめろぉぉぉっ!!」
叫んだところで何が変わるわけでもない。
俺は多少手足が治ってきてるとはいえまだ動けず、ララは脱力した状態で逆さまに落下する。
あれはダメだ。俺ならまだしも、ただの人間があの高さを頭から落ちたら確実に死ぬ。
そう思ったら自分が死ぬと思った時よりも背筋が凍りそうになった。
クソッ……動け、動けよ俺の体っ……!
自分を殴りたくなる衝動に駆られるが、それすらもできない。
今いる場所からララの落下するであろう地点まで片手だけで這いずって間に合う距離じゃない。
……誰かいねぇのかよ?カッコ良く助けに来てくれるヒーローが……
「誰でもいいからあいつを……ララを助けやがれぇぇぇっ!!」
精一杯の大声で叫んだ。
情けない。
武器を握り、魔物を倒して強くなった気でいた。
でも女の子一人すら守れないなんて……
本当に情けない限りだが、もはや他人任せにするしかない状況だ。
だけどそんな「都合の良い他人」がそうそう通り過ぎるわけ――
「呼ばれたような気がしたけど、どうやら正解みたいだったね」
どこからともなくそんなイケメン声が上の方から聞こえてきた。
一つの黒い影が視界を横切り、今にも落ちそうだったララの姿が消えていた。
今の聞き覚えのある声……まさか……?
顔を上げると、予想通りの人物がそこに立っていた。
「やぁ、立派な騎士様。どうやらギリギリ間に合ったようだね」
超が付くほどのイケメン冒険者、マルスがそう言いながらララをお姫様抱っこして俺の目の前に降り立った。
「……本当にギリギリだったよ、ヒーロー様」
俺は皮肉を口にしながらある程度回復した体で立ち上がる。
体を再生したところ見られてないよな……?
「なんでここに?」
「偶然だよ。と言っても、こういう状況があるかもしれないから見回ってたんだけどね。そしたら当たったってわけさ」
それが本当なら運が良かったと言うべきか……いや、こんな場面に出会してる時点で運は悪いと思うが。
「なんならもうちょっと早く来てくれたら何も文句はなかったんだがな」
「そう言わないでくれよ。これでも声が聞こえて君のために走ってきたんだから」
「俺のためとか言うな気持ち悪い!……まぁでも、ありがとよ」
マルスは苦笑いを浮かべながらもグロロの方へ視線を向けた。
「それより、アレは何か君の友達かい?可愛らしい……とはまた程遠い外見をしているけれど」
「もし今この状況でその質問を本気でしてるのだとしたら、目と脳みそを専門医に診てもらった方がいいぞ」
もっとも俺の目は眼科に行ったところで治せないがな!
そう思いながら俺もグロロに視線を戻す。
さっきまで暴れていたグロロが、マルスを見てから大人しくなった気がする。
いや、攻めあぐねているのか?
「もしかしてだけど、この一連の騒動は……」
「ああ、こいつの仕業だ。さっきまでここにいたチンピラどもも食っちまった」
「そうか……」
マルスがポツリと言葉を漏らすと、腰に携えていた剣をゆっくり抜刀する。
「っ!?」
すると突然、背筋が凍るような圧をマルスの方から感じた。
「君が魔物であり、しかも被害を出している以上、僕は手加減をしないよ」
重力が増えたみたいに体が重い。
それどころか震えが止まらない。
何が起きてるんだ?
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