9話目 前半 強くなるには

「いいね、どんな作戦?」


 期待の篭った声でそう聞いてきたマルスに、俺は一呼吸置いて内容を伝える。


「まずはお前が突っ込む」

「うん」

「お前がただひたすらにあいつを切り刻んでる間、俺は遠くで観察する」

「うん?」

「その間に少しでも怪しいところを見付けたら、それをお前に教える」

「えっと、それって君のやることって……?」


 何が言いたいか察してるだろうに、マルスは俺に確認しようとしてくる。


「見るだけに決まってんだろ馬鹿野郎。俺がお前らの戦いについて行けると思うなよ」

「君は……よくそんな誇るべきでないことを堂々と言えるね……」


 俺の言葉にマルスはやれやれと呆れたように苦笑いをしながら言う。


「何でもかんでも戦えばいいってもんじゃない。適材適所ってよく言うだろ?お前が見逃したものを俺が見付ける役だ」

「物は言いようというか……たしかに君にはピッタリかもしれないね」


 苦笑いのままそう言うマルスだが、その言葉にトゲを感じる気がするのは俺の気のせいか?


「俺にピッタリというその言葉の意味は後で話し合うとして、とにかく奴の核を見付けるまではお前が切りまくれ。俺もそれを見付けるか何か他に思い付いたことでもあったら知らせる」

「わかった、頼むよ相棒!」


 マルスは意気揚々とそう言って、グロロに向かって飛び出した。

 誰が相棒だよ……マルスみたいなイケメンで滅茶苦茶に強い奴を相棒になんてしたら、それこそ俺の貧弱さが際立っちまうじゃねえか。

 それにほら、あいつらを見てみろ。

 グロロはいくつも触手をマルスに向けて飛ばし、マルスはその触手を一瞬で切り刻んで近付いていた。

 俺があの中に入るとか自殺行為でしかねぇよ。

 俺じゃなくても「なんで俺があの中に入らないといけないの?」って大体の奴が思うわ。

 まぁでも、さっき俺がああ言ったのは逃げたいからじゃなく本当のことだ。

 いくらマルスが強いからと言って全てを見逃さないというには限界があるだろう。

 それに遠目に見てわかることもあるかもしれないし、戦闘の素人が下手に加わるより周囲偶然でも何かを見付けられるかもだからな。

 もちろん逃げるって手もある。マルスなら俺がいなくても倒せそうな勢いだし。

 でも俺にだってなけなしのプライドくらいはある。

 ま、とりあえずアレだ……一服しながら見てよ。

 俺はフィッカーからタバコを取り出して火をつけた。

 とにかく状況を整理しよう。

 事件の現場にあった粘液と今の奴の形状がスライムであることからグロロであることはほぼ確定だ。

 問題は核。

 さっきは適当なことを言ったが、どうすれば核を見付けられるかなんて当てはない。

 それに恐らく、マルスほどの動体視力なら自分の切った場所に核があったなら見逃すなんてそうそうないだろうな。

 つまり……俺の出番はきっとないだろうってこと。

 それに神隠しの犯人を見付けた上にさっきまで俺が頑張ってたんだ、もうこの辺りでバトンタッチしても文句を言われる筋合いはないはずだ。

 それにしても……マルスたちの激しい攻防を遠目に眺めてるとまるで映画でも観てるような気分になってくるな。


「旦那ぁ!」


 するとそんな声が突然聞こえてきて、その方向を見るとさっきララを任せたはずの男が走って来ていた。


「お前……ララは?」

「心配は要りません!彼女はすでに連合へ送り届け、そこの連中にも話は通しやしたんで!」


 息切れを起こしながらも張り切った様子で言う男。


「そうか……んで?なんで戻ってきたんだ?こんなところに」


 マルスたちが戦っているのに視線を向けながら言う。


「もちろん旦那の手伝いでさぁ!あっしにできることがあれば何でも言い付けてくだせぇ!」

「いや、言い付けるって言われても……」


 なんでこいつはこうもやる気満々なのだろうか?


「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。あっしはガカンと申します!」

「お、おう。俺はヤタ……だ?」


 勢いに押されて名乗ってしまったためか疑問形になってしまった。

 しかしガカンは気にせず話を続ける。


「ヤタの旦那ですね!お願いしますヤタの旦那!あっしを……このガカンを雇ってくだせぇ!」

「雇う?……っていきなり言われてもな……」


 俺が悩んでいるとガカンが神妙な表情をして俯く。


「……あっしは見た通り醜い怪物のような見た目をしています」


 急に自虐的に語り始めるガカン。


「そのせいで敬遠され、細菌扱いや化け物扱いは日常茶飯事でさぁ……だけどヤタさんは違った!あっしにちゃんとお金を渡して人間扱いしてくださった!」


 金を渡したって……さっきのことか?

 そりゃたしかに見た目は気にしなかったけどさ……


「そんな人、旦那が初めてだったんでさぁ!だからお願いします、あっしをあんたの下で働かせてくだせぇ!荷物持ちでも何でもします、だから――」

「待て待て待て!だからそんな急に言われても困るから!せめてうちの奴らと話して決めないと……」

「ヤタ君!」


 ガカンと話しているところにマルスの叫びが聞こえた。

 振り返るとグロロの触手が凄まじい勢いでガカンの方へ向かって来ていたのだ。


「ひっ!?」

「チッ!」


 俺は思わず舌打ちをし、ガカンの前に出た。


【戦闘状態への移行を確認。戦闘状態に移行しまため《不明なウイルスLv.3》が発動されました】


 頭に流れるアナウンス。と同時に俺たちへ向けられたグロロの触手の動きが妙にゆっくりになった。

 完全にスローモーションというわけじゃないが、俺の目にも捉えられるくらいの速さだ。

 そういえばウイルスレベルってのが上がったみたいだが、それと関係あるのだろうか?

 そんな疑問をとりあえず頭の隅に置き、自分に向かってくる触手を短剣で弾いた。

 さすがに全部は防げなかったが、後ろにいるガカンには当たらずに済んだ。


「戦えないなんて言っておきながら、ちゃんと見えてるみたいじゃないか?」


 俺の様子を見ていたマルスが少し離れた場所で剣を振るいながらそう言う。


「偶然に決まってるだろ?いいからとっととそいつを倒せよイケメンこの野郎!」

「おっとそれは……お褒め言葉をありがとう!」


 グロロの攻撃を掻い潜り反撃しながらもこっちの会話に付き合う余裕のあるマルス。

 あいつは本当に俺と同じ人間なのかと疑ってしまうくらいだ。

 いやむしろ人間じゃなくなった俺より身体能力高いとかどんだけだよ。

 俺の中でその強さは驚きを通り越してもはや呆れてしまっていた。

 しかし、今俺はたしかにグロロの攻撃が多少は見えていた。

 もし俺の仮説が正しければ、そのウイルスレベルを上げていけばいつかマルスのように強くなれるのだろうか?

 もしそうなのだとしたらレベルを上げたいのだが、その条件は恐らく……「生物を食べること」。

 相手を食べることによって経験値を獲得できるのだろう。

 だとしたら本格的にゲームみたいなことになるな。

 問題はそれが魔物でも人間でもいいって点か。

 今まではその食べる相手が「敵」だったから良かったものの、もしさっきみたいに勝手に食べようとする対象が味方になったらと思うと……ゾッとするよな。

 ララ……はもうあの様子だとさすがに俺とは一緒になろうとは思わないだろうからいいとして、問題発言イクナとレチアだな。

 いきなりここで見捨てるわけにもいかないし、あの衝動を二人に向けないためにも取るべき手段は……

 そう思い、ふとガカンに視線を向けた。

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