6話目 前編 邂逅

「……はい、確認しました。依頼報酬を加えた百二十万ゼニアをレチアさんの奴隷金に当てますね」


 チェスターと今後の方針を決めた後に俺は連合へ行き、その受付にて担当してくれた男がそう言う。

 予定通りチェスター、もといライアンさんから貰った報酬金を借金返済へと当てに来たのだ。


「しかしよかったんですか?依頼報酬のほとんどを返済に当ててしまっても……」


 受付の男が少し心配した様子で問いかけてくる。


「俺が報酬の金をどう使おうとも俺の勝手だろ?それに手元には十五万も残ってる。十分な報酬だと思ってるぞ、俺は」


 チェスターの研究(実験体)に協力した報酬はなんと百三十五万ゼニアだった。

 奴隷となったレチアを即座に買い取った時の借金は百五十万だから、残り三十万。

 まだ多めではあるが、気が遠くなるような金額ではなくなっただけでもかなりありがたい。

 このままノルマの金額で返済し続ければ半年で終わる。

 まぁ、借金したこととかウイルスがなかったら何度死んでるかとか考えるとアレだが、俺のLUCが低いとはとても思えない成果じゃないか?


「そうですか……いいことかもしれませんが、欲がないんですね、あなたは……」


 ……この男のようにみんな口を揃えてそう言うが、借金があるのにも関わらず遊びやギャンブルに使うのを欲というのなら、俺はそんな欲は要らないと思っている。

 借金のほとんどを返し終わった俺は、借金返済を目前に浮ついた気分になって連合を出る。

 すると俺の前に一人の巨体の男が立ち塞がった。


「…………」

「……何か用ですか?」


 冒険者風の体格をした男は俺が問いかけても何をするでも言うでもなく、ただ見続けていた。

 なんだろう、道を譲りたくない人なのかな?俺が邪魔なら退くけど……

 しかし俺が右にズレると相手も左に移動して前に立ち、左にズレても右に移動する。

 あっ、これ気まずいやつや。

 その後も何度か左右に移動してみたが、必ず男が立ち塞がる。もうこれは偶然じゃなく、こいつがわざと俺の邪魔をしてるとしか思えない。

 その様子を見ていた周りからはクスクスと小さな笑い声が聞こえてきて、恥ずかしくなってきた。

 何コレ。新手の嫌がらせかな?


「……いや、本当になんなの?言いたいことがあるなら言ってくれよ。もしくは俺の前に立つだけじゃなく何かアクションを起こしてくれ。ただただ困るだけだからね、これ」

「……こ……い……」


 大男が口を開くと、聞き取れるか否かといった声量を発し、振り返って行ってしまう。

 こ……い……濃い?何が濃いんですか?

 あ、もしかして俺の目が特徴的過ぎて濃いって意味ですかね?

 いや、そんなはずないよな……だとすると「ついて来い」って意味か。

 俺に何の用があるのかはわからないが、少なくとも悪い感じはしない。

 まぁ、もしリンチに遭うようなことがあっても、俺が大人しくやられていれば丸く収まるからいいんですけどね。

 予想はここまでにして、とりあえずあの大男の後ろについて行くことにした。

 しばらくついて行くと、また路地裏へと行き着く。最近路地裏に入ることが多いなーとか思わなくもない。

 というか、ここは前にグロロと戦った場所だった。

 少し広めの場所に出ると、周囲のコンクリートみたいな石に切り傷や凹みが多く見られるのがその証拠だ。

 大男はその場で立ち止まって振り返ると、またもや無言の時間が流れた。

 ……何かを伝えたくてここまで連れて来たんじゃないのか?

 周りからは俺を囲むような人の気配はないから、リンチするために呼んだわけじゃなさそうだし……


「……お、まえは……なんだ……?」


 俺が考え事をしていると、大男がようやく口を開いた。

 しかしその意図がわからず、俺は答えられずにいた。

 聞き間違いじゃなければ「お前はなんだ?」と聞かれた気がする。

 いや、初対面の人間にそんなこと言われても、どの部分で言われてるのかがよくわからないんですけど……

 もしかして俺が殺されても蘇ったり、腕を変形させて魔物を食ってたところを見た奴か?

 でもだとしたら、わざわざこんな所に連れ込んで聞いてくる意味がわからない。

 普通の人間の神経だったら周りに言い触らしたりして俺を追い出そうとするか、敵として排除するだろうし。

 ……とりあえず適当に返事を返してやるか。


「人に名前を聞く時は自分から名乗れって言われなかったか?」

「なま、え……?名前、は……ない」


 名前がないだと?ますますわからなくなってきた。

 いやもう、名前がないならナナシって呼んどきゃいいわ。


「でも、お前たちが呼ぶ、名前ならある……グロロ」

「……あ?」


 拙い言葉の中で、俺はたしかに「グロロ」と聞こえた。

 そして同時に全身が硬直したように感じるくらい力が入った。

 まさかこいつ……!


「あの時に逃げた人食いグロロか!」


 この場所で俺とマルスが戦い、そしていつの間にか消えていた人食いの魔物、グロロ。

 この町では俺が来てからしばらくして行方不明者が多発する事件が起きていて、その犯人がこいつだったというのがこの場で知った。

 色々と証拠は掴んでいたが、その確信となったのがこのグロロの姿が食った人の姿になっていたからだ。

 それがまた姿を変えて俺の目の前に来たってわけかよ……!

 俺は腰に携えていた短剣に手を伸ばそうとする。

 しかしグロロは手の平を俺に見せ付けるように前に出してきた。


「……こちらに争う意思は……ない」

「……あん?」


 戦う気がないとはどういうことか。

 罠……?いや、もう少し話を聞いてみるか。


「戦う気がないってんなら何の用だよ?ちなみにさっきみたいな抽象的な聞き方はやめてくれよ?」

「……少し、待ってくれ……」


 グロロはそう言うと大男の姿を崩し、二メートルはあったであろう身長が俺の目線よりも低くなっていた。


「……これで話しやすくなった」

「えぇ……」


 レチアやイクナに近い身長になったグロロ。その姿は赤紫色の髪をサイドテールにし、鋭い赤目の少女になっていた。

 喋り方も流暢になって聞き取りやすくなっている。

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