6話目 中編 邂逅
「最近になって『話す』ということに慣れてきたところなんだ。しかも取り込んだ人間によって言葉を発しにくくてな、許せ」
何様かな?と、言葉遣いと腕を組んで偉そうな佇まいをしているのが相まってそうと思ってしまった。
「なんだ、その……見た目もだけど、継ぎ接ぎみたいな喋り方するのな、お前」
「ああ、よくわかったな。今まで取り込んだ人間の一部をそれぞれ切り抜いて再現している状態だ」
「取り込んだ人間」と聞くと、やはりいい気はしない。こいつが人を食ったという事実が変わることはないからな。
「そして安心してくれ、もう人間は食わない」
その鋭い目で俺の心情を見抜いたかのようにそう言うグロロ。
「それを聞いて信用できるとでも?」
「#妾__わらわ__#がその気でいることに変わりはない。少し前までの妾は人間で言うなら物心つく前の子供だった。だが人間を取り込んだことで知識を得た結果、これ以上無闇に襲うのは良くないと判断したんだ」
一人称が気になって話が頭に入ってこないでござる。なんスか、「妾」って……
「……そうか」
「うん?『そうか』とはずいぶん聞き分けがいいな?」
「いやまぁ、どんなに気にしたところで俺がお前をどうにかするなんて多分無理だし、見てないとこで誰かを襲ってたとしてもどうしようとないと思ってな。そもそも俺はそんな正義の味方じゃないから、全ての事件を未然に防ごうなんて思っちゃいない」
実際、アニメや漫画に出てくるようなヒーローでも目の前の悪事を防ぐのが精一杯なんだ。
なのにヒーローどころかちょっと死なないだけのむしろ敵側に立ちそうな俺がどうにかできるなんてこれっぽっちも思っていない。
こいつを倒すのはマルスとか他の奴に任せることにする。
「なるほどなるほど……さて、では今度は妾からの質問に答えてもらおうか。お前さんは何なんだ?少なくとも普通の人間ではないな?」
「『普通の人間じゃない』ってのにはYESと答えとく。それ以外はノーコメントだ。俺だって俺自身が何になったかなんて全部把握したわけじゃないんだからな」
ウイルスのことなどは伏せつつ、嘘のない範囲でそう答えた。
その答えにグロロは「ふぅむ……」と顎に手を当てて考え込む。
「妾と同じ魔物から人間の姿を模したのではないのか?」
「それは違う。少なくとも俺は元々人間だ」
目のせいで「お前って魔物の類なんじゃない?」とは言われたのとはあるけども。
「魔物から人間の姿を模した妾と人間をやめたお前さん……対極ではあるが似てると思わないか?」
「いいや、似てないね。そもそも俺は人間やめた気はないし。これからも人間社会の闇の中で社畜という名の日銭稼ぎをしてくから」
俺がそう言うと、グロロはキョトンとし、眉をひそめて怪訝な顔をする。
「……お前さんは妾の目から見ても変だというのはよくわかった」
「変の塊みたいなお前にだけは言われたくないんだが?」
魔物からすら変わり者扱いされた俺。おかしいな、今グラサンしてるはずなのになんてそんなこと言われにゃならんのだ?
「……というか、話はそれだけか?そのためにこんな路地裏まで連れてきたのか?」
「うむ?そうだな……」
グロロはしばらく考えると、俯けていた顔を上げて俺の目を見た。
「もう少し見極めようと思ったが、この際、直接言わせてもらおう。『我ら』の仲間にならないか?」
「……は?」
いきなり勧誘されてしまった。何の仲間に勧誘されたの、俺?
「どこから突っ込んでいいものか……なんで俺が魔物の仲間にならなきゃいけないんだよ?」
「お前たちの言う、その魔物である我らの性質とお前の持つ特異体質が似てるからだ」
それはつまり、人間の生活を捨てて魔物として生きろってことか?
おいおい、いくら俺が嫌われやすい体質だからって、人里離れて獣みたいな生活をする気はないぞ……
「嫌だよ、そんなの。冗談じゃ――」
俺が最後まで言う前にグロロは振り返って歩き出す。
「お前さんが想像してるのとは恐らく違う。どうせ魔物と獣を一緒に扱ってサバイバル生活のようなものだろ?」
えっ、違うの?
「えっ、違うの?」
あら、思わず心の声がそのままでちゃった☆
するとグロロは不敵に笑う。その表情が様になってると、つい思ってしまった。
「違うな。少なくとも妾の仲間になればその保証をしてやる」
「どうやって?」
「ああ、言ってなかったか。妾は取り込んだ人間の外見的特徴だけでなく、ある程度の記憶も読み取ったんだ。だから言語なども問題なく話せているし、必要とあらばその記憶を引き出して演じることもできる。だから最初は人間に混ざって生活し、準備ができたら組織を作って独立しようと思っているんだよ」
後半はずいぶんと恐ろしいことを言ってる気がするんだが……何さ、組織って?
そして同時に、なぜこうもグロロが発見できなかったのかが納得いった。
「そういうことか。しばらく『誰か』擬態してしばらく生活を送っていたってわけかよ」
グロロは当たりだと言いたげに笑う。
「ふふっ、流石は妾が見込んだ男よ。やはり妾はお前さんが……八咫 来瀬という男が欲しい」
「おいそれ言い方……え?」
俺は彼女の言葉のどこか違和感を感じた。
下ネタ的な言い方の方ではなく、別の部分に。
そして時間を置き、グロロが教えていないはずの俺の本名を口にしたということに気が付く。
なんで……まさか俺の記憶も読み取ったのか!?
「なんで俺の名前を……?読み取れるのは取り込んだ奴だけじゃないのか!?」
思わず取り乱してしまった。
別段、知られて致命的な弱点になるわけでもない情報だが、話してもいない相手に秘密にしていたことを知られるというのがこんなにもゾッとするものだとは思わなかった。
「なんでも何も、その通りに取り込んだからだよ……お前さんの一部を」
「俺の一部って……」
「妾と命のやり取りをしていた時、血を数滴な。だからお前さんがこの世界の人間ではないこと、そしてどうしてそんな体になったのかも知っている。そんなお前さんを仲間に引き込もうとするのは面白半分でもあるわけでもあるんだが」
そうか、相手を全て丸呑みにしなくても、その一部だけで情報が得られるのか……
「まさかお前さんの体にこんなおぞましいものが飼われてるとは思わなかったぞ。妾の中で急速に増殖しおって……」
「おぞましさの塊みたいな奴が何言ってやがる。取り込んだ相手の記憶を読み取って擬態……その上、並の冒険者じゃ太刀打ちできないような力と再生力を持ってやがるお前に、おぞましいなんて言われる筋合いなんざねえよ」
「ははは、言ってくれる。で、さっきのデートの誘いに対する答えはくれるか?」
不敵に笑い続けてそう言うグロロ。なんかこいつと話していると調子が狂う。
ついこの前まではただの魔物だったのに、今では普通の人間と話してるみたいだ……まぁ、普通の人間は妾なんて一人称で話さないが。
「保留……いや、断らせてもらう」
「おっと、惜しい。もう少しで良い答えが貰えるくらいには揺らいでいたみたいだな?」
前の世界にいた時に仲間外ればかりにはれていたからか、「仲間に誘われる」ということ自体に嬉しさを感じてしまっていた。
この世界に来たばかりの俺だったら、その甘言に乗っていただろう。
でも大丈夫、今の俺にはちゃんと仲間がいるのだから……
ララ、イクナ、レミアのそれぞれの顔を思い出していた。
「ま、今は保留としておこう。人間は簡単に心変わりするからな。もしくは周囲の環境の方が変化やも……な」
グロロはそう言うとクスクスと笑う。
言葉もだが、こいつの厄介なところは人間を取り込んだことで、その心理を理解し始めている。そしてその分、言動が人間じみている。
そしてさっきの「組織を作って独立する」という発言。あれを今考えると、もしかしたらグロロは魔物を引き連れて組織化しようとしているんじゃないか?
だとしたらそれは最悪、それは一つの国にまで発展する可能性があり、人間たちとの全面戦争に発展するかもしれないということだ。
これが俺の妄想で終わればいいんだがな……
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