9話目 後半 喰らう者

 イクナを膝枕させながらゆったりとした時間を過ごしていると、拾い物をしていたララが手を止めてこっちを向き、俺に気が付いた。


「っ……!」


 なぜか俺の顔を見た瞬間に怯えた表情になったのだが……

 何、俺の顔に何か付いてる?それともいつもより目の腐り方が酷くなってるの?

 どちらにしても女の子からそんな目で見られると悲しくなるからやめてね。


「あぁっ、やっと起きたにゃ!」


 すると俺を指差して大声でそう叫ぶレチアの姿があった。


「説明を要求するにゃ、ヤタ!」


 何かにご立腹な様子のレチア様。

 何かしたか俺?……あ、何もしてないから怒ってるんですね、すいません。

 いくら痛みもなく死なないからって、油断し過ぎたもんな……


「えっとですね……あれには深い事情がありましてですね……」

「そんなの見ればわかるにゃ!それでも説明してもらえないと、そんな気持ち悪い主人の近くにいるなんて嫌だにゃ!」


 なんということでしょう、正面から気持ち悪いと言われてしまった。

 え、そこまで言う?たしかに働かずに寝てたことは謝りますけど。

 なんて思っていると、レチアが巨大な骨を指差す。


「あの大きなリビングデッドの肉を食べるってなんにゃ!?ヤタは本当に人間菜乃にゃ!?」

「……はい?」


 リビングデッドの肉を食った……?俺がゾンビの肉をか!?


「……な、何言ってんだよ?いくら相手が俺だからって、そんなタチの悪い冗談……」

「……覚えて、ないのにゃ?」


 レチアは本気で心配した表情をする。

 冗談じゃ……ないのかよ……


「俺が何をしてたか、教えてくれるか?」

「本当に何も覚えてにゃい?急にヤタの動きが良くなって、ララちを格好良く助けたことも?」


 覚えてるわけないだろ。

 俺が?ララを?格好良く?

 ただでさえ戦い素人の俺が、他人を格好良く助けることができるわけない。

 そしてレチアからは俺が意識を失うまでの経緯を教えてもらった。

 俺がレチアと同等かそれ以上の速さで動いてララを助けたことから、イクナと一緒に巨人の肉を食べ始めて全て平らげてしまったこと。


「ちなみに僕は両親の供養をしようとしてたところにゃ。ヤタも穴掘るのを手伝ってくれると嬉しいにゃ」

「……おう」


 ララは手伝わないのかと言おうと思ったが、彼女が怯えた目を俺に向けていたのを一瞥して見てしまったので、声をかけるのをやめて頷いた。

 スコップなど便利なものはないので、素手か大きめの石などで地面を大人が二人入れられる程度に掘り、そこにレチアの両親を入れる。

 そこにレチアがフィッカーから石を取り出して、両親に向けて炎を出す。

 炎は徐々に二人を着実に燃やし、独特な臭いが広がっていく。

 しばらくして燃え切ったところで砂を被せて穴を埋め、ある程度の大きさの石を集めて積み上げ、簡素な墓を作ったところで俺たちは手を合わせて追悼する。

 他の人たちは……残念だがそこまでしてやる義理はないので墓は作らないが、最悪燃やすだけはしておこうとレチアが言う。

 ……あっ、炎と言えば。


「そういや、コレを返すの忘れてたな」


 前にレチアとタバコを吸った時に借りっぱなしだった小物灰皿をフィッカーから取り出して差し出す。


「それはもうあげるにゃ。僕は多分、もう吸わないから」


 しかしレチアは首を横に振り、苦笑いしながら言う。まるで元々タバコを吸うのは本意じゃなかったみたいに。


「……そうか。じゃあ、まだ『預かって』おく」

「あげるって言ってるのに……律儀にゃ。だったらついでにこれも預かってにゃ」


 レチアは再びフィッカーからタバコの入った箱を差し出してくる。


「まだ沢山入ってるから、吸いたかったら持っていって構わないにゃ。もちろん全部使ってもいい」

「そうかい」


 俺は素直にそれを受け取り、フィッカーの中に仕舞う。


「……それじゃ、行こっか」

「……お前はこのままでいいのか?」


 俺の問いかけの意味がわからないといった風に眉をひそめてこっちを見るレチア。


「何がにゃ?」

「見たんだろ?俺が化け物らしくしてる姿を。ララだってあんな感じなんだ、レチアも俺のことを怖がるか気持ち悪がるかしてるんじゃないのか?」


 ララ以外は気にした様子もなく俺の近くにいるが、彼女は相当気持ち悪かったらしく、震えて近くに来ようとしない。

 まぁ、アレが普通の反応なんだけどね。


「たしかに腐りかけの死体を食うとか、正直引いたにゃ。しかもあんな巨体を丸々」


 レチアはやれやれと呆れ気味に笑って言うが、その後に「でも」と付け加える。


「ヤタは僕を助けてくれたにゃ。だから感謝してるし、そのぐらいじゃヤタから離れる理由にはならないにゃ」

「……おう、ありがとう」


 照れ臭くてそっぽを向きながらお礼の言葉を口にする。

 レチアは何も言わなかったが、代わりにニヤニヤといやらしい笑みで俺を見てきていた。どうしよう、さっきの感謝を返してほしいくらい腹立つ。


「僕に言われて嬉しいかにゃ?」

「うるせっ」


 レチアのあざとい可愛さと図星を突かれた恥ずかしさで俺はそっぽを向く。

 俺から離れないと言ってくれたのが嬉しくて否定できないのが悔しい……


「にゃむ……思ってたんだけど、ヤタは僕みたいな亜種を毛嫌いしないのにゃ?」

「ああ?なんで?」

「なんでって……普通、亜種と人種は険悪だから、相手を奴隷にして自分が優位にでも立たない限りまともに話をしようともしないにゃ」


 レチアは肩をすくめてやれやれと溜息を吐く。


「でもあの盗賊共とは……」

「アレが『まとも』に見えたかにゃ?」


 責めるようなジト目で俺を睨んでくるレチア。


「すまん」

「わかったならいいにゃ。それで理由はなんにゃ?やっぱり……おっぱいかにゃ?」


 レチアはさっきとは別のいやらしい笑みを浮かべ、自分の大きな胸を持ち上げて誘うように揺らした。


「……んなわけないだろ」

「あっ、目を逸らしたにゃ!逸らしたってことは――」

「違うわ!男なら……いや、男じゃなくてもそんな大きさしてたら誰でも振り向いて見ちまうから!そうじゃなくて、その……」


 俺が言い淀んでいるのを、レチアは変に解釈してニヤけた面で俺の顔を覗き込もうとしてくる。

 ここで俺がこの世界の住人じゃないってバラすか?いや、そんなことすれば頭のおかしい奴だと思われて終わりになるだけかもしれない。

 ああ、面倒臭い。もういっそレチアの言った通りに頷いておくか?

 そんなことしたら確実に変態のレッテルが貼られることになるが。

 ……あっ、そうだ。


「俺、結構ド田舎で育ってきてな、亜種ってのがよくわからないんだ。みんながよく使う通行証だって、ついこの前に初めて作ってもらったし、グロロとかいう魔物も教えてもらって知ったからな」

「それってマジにゃ?それが本当だったら相当にゃよ?」


 疑うレチアに俺は「本当本当」と念押しする。


「なんなら門番やってるフレディに確認取ってもいいぞ?あの機械には嘘を吐けないらしいしな」

「……そこまで言うなら信じるにゃ。でも、それ抜きにしてもヤタは僕のこと何とも思わないにゃ?」

「強いて言えばあざといなと思う」

「にゃんだと?」


 サラッと言った言葉が気に触ったのか、レチアの瞳がにゅっと猫目になった。

 おおう、これは軽くゾッとするな……


「あ、いや、言い換える。ちゃんと可愛い女の子だ、お前は」

「『ちゃんと』っていうのが凄く気になるけど……まぁ、ヤタの口からその言葉が聞けただけでよしとするにゃ」


 不服そうなレチア。

 一応奴隷という身のはずなのに俺が下みたいなこのやり取りである。いや、いいんだけど。


「俺からすれば、俺みたいな奴から離れようとしないお前の方が物好きに見えるけどな。嫌われることはあっても好かれることがなかった俺が言うんだから間違いない」

「嫌な説得力にゃ……まぁでも、だったらお互い様ってことにゃ?」


 笑って言うレチアの言葉に、今まで周りの奴らからバカにされてきた苦労が、少しだけ報われた気がした。

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