9話目 前半 喰らう者
☆★☆★
ヤタは彼自身が見初めた短剣を自らの心臓部に深く差し込んだ。
「何してるにゃ!?」
突然の自殺行為に、それを見ていたレチアが驚きの声を上げ、ララやイクナも気が付いて目を向ける。
誰しもが驚く行為をしたヤタは短剣を引き抜く。
引き抜かれた短剣の刀身は黒く染まっており、まるで血管でも通っているかのような赤い線が脈を打ちながら剣先から伸びていた。
ヤタは虚ろな目でその短剣を一瞥し、すぐに巨人へ視線を戻して短剣二つを構える。
「ヴゥ……!?アゥ、ア……」
彼の姿を見た巨人は狼狽え、後ずさる。
朽ちた姿になってもなお、巨人の中で僅かに残っていた理性へ本能が警報を鳴らしていた。
それほどヤタの変わり様は誰の目から見ても明らかだった。
つい最近まで戦いとは縁のなかった一般人のヤタ。
それが相手を恐怖させるほどの威圧を放ち、より鋭くなった眼光で射抜いている。
別人と見間違いそうになる堂々とした佇まいに、ララたちは目は奪われて手を止めてしまう。
「……っ!」
だが、彼女たちを襲うリビングデッドはお構い無しに襲おうとする。
反応が遅れたララは体勢を崩す。
しかしそこへヤタが割り込み、リビングデッド数体を瞬く間に倒してしまった。
地面に尻もちを突いたララは、彼を唖然とした顔で見る。
ヤタは物憂げな表情で視線を巨人を見続けていた。
恐怖も焦りもない、感情の読み取れないその表情にララは困惑する。
そして走り出すヤタの背中を、声を出せないララはただ見送ることしかできなかった。
「ララち、大丈夫にゃ?」
レチアが多少親しくなった間柄のララを勝手に付けた愛称で呼ぶ。
ヤタが起きた後にレチアが提案したのだが、ララは嫌がっている様子もなく黙認し、決まった。
その彼女の問いかけに、ララは視線をヤタに向けたまま軽く頷く。
「一体どうしたんだにゃ……さっきの動き、僕と同じくらいかそれより速かったけど、元からあんなに強かったにゃ?」
ララは頷くことも否定することもなく、俯いてしまう。
それは彼女がヤタの過去を知らないのと、自分が一度彼を見捨ててしまった時に何かあったのではないかという考えがあったからだった。
「あー……そういえばララちもヤタとはあまり長い関係じゃなかったにゃね。ならヤタのこと聞いても、あんまり知らないにゃ?」
レチアはその沈黙を違う捉え方をして納得する。
しかし間違っているわけでもないので、頷いて返すララ。
「……でも、さっき吹っ飛ばされても平然と立ち上がったのを見て、やっぱり何者かは気になるにゃ。ララちやイクナちゃんも気になるにゃ?」
「アゥ?」
そんな彼女の疑問に誰も答えられず、「こういう時寂しいにゃ~……」とレチアは残念そうに肩を落として小さく呟くのだった。
「でも……ヤタもにゃけど、あいつの持ってる短剣も斬れ味良過ぎないかにゃ?」
ヤタは購入した店舗では「斬れない」と不評だったはずの赤黒くなった短剣で、次々と短剣で敵を倒していっていた。
「ヴォォォォッ!」
威嚇するように叫び、ヤタへ攻撃を仕掛ける巨人。
先程と同じく拳を振り上げて下ろす。しかしヤタはそれを軽く避け、自分の体よりも大きな腕に短剣を突き立てる。
巨人も痛覚を失っているが、思わぬ反撃にたじろぐ。
ヤタはその隙に走り出し、巨人の足元まで行き脚の腱を斬って追い討ちをかける。
すると立てなくなった巨人は膝を突く。
痛覚がなくなっても、靭帯の機能は失っていないというヤタの仮説が正しいと証明された。
「す、凄いにゃ……よし、ヤタだけじゃ頼りにゃいから、僕たちも参戦するにゃ!」
レチアが明るげにそう言い、ララにウィンクをする。
そこには「いくら強くてもヤタだけに任せるわけにはいかない」という意味を含んでいた。
ララも真意を理解し、ヤタと巨人の元へ向かい、イクナもその後を追う。
「ヴォォォォッ!」
巨人の咆哮に怯むことなく三人は突っ込み、ララはヤタと同じ足の腱を狙い、レチアとイクナは身軽に巨人の腕などを伝って上り攻撃をする。
巨人は集る虫を振り払おうとするように腕を振るうが、レチアもイクナも素早く回避しつつ腕を斬り付けた。
そして巨人は両膝を完全に突き、前のめりに倒れ込もうとする。
そこにララが前に出て、心臓部に向けて大剣を突き立てる。
両腕を斬られて抵抗できずに倒れるだけの巨人の心臓を大剣が貫く。
自分より一回り二回りも大きく脱力した巨体を、ララは少し苦しそうな表情を浮かべつつもその重さに耐えきる。
「無茶苦茶やるにゃ……」
レチアが呆れて溜息を吐き、ララに駆け寄る。
するとそれよりも先にララの近くにいたヤタが大剣を持つ彼女の両手に手を添えた。
「っ!?」
唐突なヤタの行動にララは頬を赤らめながら驚き、体勢を崩しそうになる。
しかし彼の力も加わっているおかげか、のしかかってきている体を支えたままでいることができていた。
「……やっぱり凄いにゃ。ヤタって、そんなに力持ちだったにゃか?」
レチアは問いかけるがヤタは答えるどころか一瞥すらせず、支えている巨人を少しずつ下ろしてその肉を――ぐちゅっ。
「「っ!?」」
巨人の肉に噛み付き、食い千切ってしまう。
その肉を食べ物を食すように口の中でモゴモゴとさせているヤタの行動に、レチアとララが驚きのあまり硬直してしまう。
ヤタの行動を見たイクナも真似して巨人を食べ始める。
「ちょっ……何してるにゃ!?そんなもの食べたら腹を壊すにゃ!」
レチアはイクナを、ララはヤタを巨人から引き剥がそうとする。
しかし二人とも力が強く、ビクともしないまま巨人の肉がどんどんとヤタたちの胃の中に収まっていってしまう。
「……なんなんにゃ、おみゃーらは」
気付いた頃には巨人は骨だけとなり、全ての肉はヤタとイクナの中に取り込まれ、近くにいたララとレチアを含めた全員が血塗れになってしまっていた。
「ガゥ……?ガウア!」
するとイクナが声を上げ、ララとレチアが視線を向けると、そこにはヤタがぐったりと倒れている姿があった。
☆★☆★
【八咫 来瀬。力が望むか】
俺の頭の中に突然響く声。
周りは薄暗く何も見当たらず、さっきまで何していたかも思い出せない。
言うなれば怪しさしかない状況だった。
俺はしばらくそんな状況確認をしながら考え込み、さっきの声に答える。
「要らない」
【なぜ?】
「理由は明確だ。余計な力は余計な面倒事を引き起こす。できる限り平穏で安寧のある人生を送りたい俺は下手な力は要らない」
【ではその平穏が脅かされた場合は?】
その問いにすぐには答えることができなかった。
【逃げるだけの平穏なら手に入ろう。しかし大事な場所、大事な者が危険に晒されてもなお逃げる勇気があるか?】
「それは……」
よくわからん怪しい声に論破されてしまった。凄く、悔しいです。
【あなたは平穏に暮らしたいと言って責任から逃げたいだけ。だがそれでは守れないものもある。その時、君はどうする――】
――――
「っ!」
眠っていた意識が覚醒すると同時に、俺はバッと上半身を起き上がらせる。
ついさっき俺は巨人と戦っていて……そうだ、ララたちは!?
周囲をを見渡そうとするとイクナが俺の膝を枕にし、寝息を立てて寝ていた。
そして視線を前に移すと大きな人の骨があった。
ゾンビは一匹もいない。
「……何があったんだ?」
どうやら全て事が終わった後のようだが、ララたちだけで倒したってことなのか?
彼女たちを探すと、ララは何やら拾い物をしており、レチアは地面を掘っていた。
「聞きに行く……にしても、この子を起こすわけにも行かないか」
イクナが起きるか、ララたちがこっちに気が付くまで大人しくしてることにした。
「……そういえば、さっきどんな夢を見てたんだっけな?」
不思議な夢だった気もするが、内容が思い出せなかった。
ま、夢なんてそんなもんか。
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