8話目 後半 腐った者たち
調査員一名を除いた黒ローブたちが連合本部へ辿り着き、責任者のウルクへ報告をしていた。
「リビングデッドの大量発生に変異種の出現、しかもそれらがヤタたちが交戦状態だと?」
「はい、ウルクさん。数日前よりも目に見えて数が増えており、村規模にまで増殖しているようです。そして見たところ、そいつらの中はにここ最近で行方不明になった者の特徴と一致してる者が多く見られ、何らかの原因で魔物化したと考えられます」
知らされた報告に、ウルクは眉をひそめて唸り声を上げ始める。
「……リビングデッドは本来、強い生命力と鼻が曲がるほどの悪臭以外、特徴がない魔物だ。やられた冒険者が感染したり、元々の死体が動き出すなどといったリビングデッドが増殖する事象は確認されてない。しかもリビングデッドの上位種のような全くの新種まで出てきたとなると……」
ウルクはその場にいる者たちに聞こえるか聞こえないかくらいの小声でブツブツと呟き、思考する。
それを見ていた受付のアイカも、心配する表情で気が気でない様子だった。
「それぞれの個体の強さはどうだ?」
明確な対処法を出せそうになかったウルクが、他の疑問を黒ローブたちに投げかける。
「普通、って言っていいかわからないですけど、ほとんど奴らは通常のリビングデッドとあまり大差ない感じでした。ただ上位個体の攻撃は地面を陥没させるほど……見習いだけでなく、ほとんどの冒険者は受けることは不可能と思われます。しかし速度自体はそうでもなく、注意していれば倒せないこともない相手です」
「ふむ……だったら三級、もしくはそれ以上と考えた方がいいか。よし、ご苦労!他に報告がなければ、次の調査に備えて各員休んでくれ!」
ウルクの言葉に、黒ローブたちからホッとしたような溜息が漏れる。
「ようやく一段落か……」
「なぁ、さっきウルクさんの言ってた『三級』ってなんだ?」
「職員の人たちが互いに使ってる言葉だよ。三級は剣士や槍士みたいな見習いの次の階級をまとめて示すものだ。んで、二級が見習い、一級が駆け出しってこと」
黒ローブたちが去り際に雑談を始め、ウルクが受付の奥に引っ込もうとする。
するとそこに出入口の扉が勢いよく開かれ、ヤタたちを見ていた黒ローブの女性調査員が入って来た。
「あ、おかえり。意外と早かったね」
「扉は静かに開け閉めしろよ。みんな驚いちゃうだろーが」
「ウルクさん、お話があります」
「うん?」
仲間たちの話を無視してウルクに話しかける女性。
他の黒ローブは「おい、無視かよ?」と笑って茶化すが、女性の神妙な表情を見たウルクが何かを察する。
「そうか。では君だけ私に付いて来なさい」
そして去って行ってしまったウルクと女性の背中を見送った黒ローブたちは、互いに顔を見合わせる。
「なんかあったのか?しかもあいつ『だけ』って……」
「ここでは言えない報告が?俺たちも仲間なんだから、聞く権利くらいはあるじゃないのかよ」
「さーね。どんな報告なのか……それよりどっかで一杯引っかけようぜ」
「さんせー。隠れて見て移動して報告、陰気な仕事で疲れてんだから飲まずにはいられないわ」
黒ローブたちはそう愚痴や笑い声を口にしながら、連合本部を去って行った。
――――
「それでヴィヴィ。話とは?」
ウルクが普段、自らが過ごしている部屋に女性を通して座らせ、話を聞く体勢になっていた。
彼からヴィヴィと呼ばれた女性はしばらく俯いて沈黙していたが、顔を上げる。
「ウルクさん、目が特徴的な男の子のことを、あなたは知っていますか?今日女性二名とフードを被った子供と一緒にいる者ですが」
「目が……といったら、最近冒険者になったヤタのことだと思う。パーティメンバーも一致してるしな。彼がどうかしたのか?」
ウルクの問いかけに、ヴィヴィは起伏のない表情で淡々と言う。
「私は『彼の討伐』を提案させていただきたい」
「……何?」
思いもよらぬヴィヴィの発言に、ウルクは眉をひそめて怪訝な顔をする。
「それがどういう意味か、わかって言っているのか?」
「はい。魔物相手には『討伐』人間相手には『殲滅』です。なので、私は敢えて『討伐』と言わせてもらいました」
彼女の迷いない言葉にウルクは目を見開き、大きく溜息を零す。
「……君の言い方からして、彼がただのリビングデッドになったと言いいたいわけではなさそうだな。何があった?」
「全てお話いたします――」
☆★☆★
俺、八咫 来瀬の人生において、ここまでの恐怖を味わったのは初めてだろう。
ホラーの映画やゲームなど飽きるほど見てきたが、本物を目にすると迫力の違いがよくわかる。
ただその迫力も、いつの間にか感じなくなっていたせいで、すでに恐くない。
だから俺はひたすらゾンビを倒し、巨人の元へ向かおうとする。
するとすぐに俺の周囲が、何かに覆われたかのように暗くなった。
「なっ――」
思わず顔を上げて確認すると、巨人の腕が眼前まで迫っていた。
次の瞬間には凄まじい轟音と同時に、俺は空を見上げていた。
何が起きたか。痛みを感じない俺は自分が吹き飛ばされたのだとすぐに理解したが、だからこそゆったりとした風景を眺めて心を落ち着けることができた。
そして走馬灯なんて感じる暇もなく落下し、地面を転がって止まる。
「ヤタ、大丈夫かにゃ!?」
その衝撃でこっちの方が気になったレチアが、俺に呼びかけてきた。
「大丈夫、少し風圧で吹き飛んだだけだ!お前は自分のことに集中してろ!」
レチアはやはりまだ躊躇があるらしく、まだ両親のゾンビを倒せてないので発破をかける。
レチアは少しだけ戸惑った後、ゾンビたちに向き直った。
しかしこれはどうしたものか。
たしかに痛みは感じないから我武者羅に特攻できるが、あのデカブツにまるで勝てる気がしない。
動きはそこまで速くないけれど、桁違いの攻撃力とリーチの長さが厄介だ。
それに俺が攻撃するにも、体格差的に足元をチマチマ叩くしか選択肢がないんだよぁ……
アニメやゲームの登場人物のように、攻撃してきた相手の腕を走り登って行く、なんて曲芸みたいなこと、一般人の俺ができるわけないし。
現実的な策が必要だ。どうすればいい?
戦いながら今ある情報を並べろ……!
相手は体が大きいだけの人型。
特に邪魔になるような鎧や衣服もなく筋肉も少ない。
皮膚も腐り落ちていて俺の短剣でも攻撃が通じそう……こんなところか。
もし、あの巨人の肉体が人間の時と同じ構造をしているなら、まだやりようがある。
ララたちはまだ来れないようだし、どちらにしろ俺が試すしかないわな。
「……ま、俺が倒しちまってもいいよな?」
軽く微笑んでフラグっぽいセリフを呟き、ゾンビの数も減って巨人への道が開けてきた頃合を見計らって他を無視して走り出した。
「ヴォォォォォッ!!」
「……え?」
今までと同じように叫ぶ巨人。
だがそいつはその今までとは違う動きをし始めた。
ゆっくりだった動きが突然速くなり、地面と複数のゾンビごと拳ですくい上げるような攻撃をしてきたのだ。
俺は見事にそれに当たり、再び宙を舞う。
さらに宙にいる俺へ巨人は追撃の拳を入れてきて、視界が暗転してしまった。
え……死?
あまりにも一瞬の出来事で、死んでしまったのかと錯覚してしまいそうになる。
だがしばらくすると体の感覚も戻り、地面や草の感触を感じることができ、生きているのだとようやく実感した。
ただそれでも、まだ頭が混乱している。
巨人の動きが突然速くなり、あまつさえ空中コンボを食らわせるなどといった知性を得たみたいな攻撃をしてきたのだろう。
しかし何でいきなり?
「……ルサ、ィ……」
「ん?」
巨人がとても低い声で何かを喋った。
いや、言葉なのか?そう疑うくらいに曖昧な発音だ。
だが次に巨人はハッキリと言葉を話す。
「ユルサナイ……オデヲコンナ姿二ジダヤツ……ゼッダイニ……ゴロジデヤルゥ……!」
「っ……!」
巨人の口からしっかりと聞こえてくる怨嗟に、レジストされたはずの恐怖が蘇り体が震えてしまう。
まさかまだ理性が残ってたのかよ!?
【戦闘時に不要な感情を確認。レジストします】
再びレジストされたことによって、思考がクリアになる。
そうだ、理性があろうとなかろうと俺には関係ない。
元の人間だった時でさえ、ロクでもないクソ野郎だったんだから今更だ。
障害であることには変わりない。
そうと決まったらさっさと――
倒しに行こうとしたところで、下半身に力が入らず膝を突いてしまった。
「……あれ」
遅れて気が付き、マヌケな声を漏らす俺。
体に力が入らない。なんで……
【体内のuイルスの活ドォ不良がミらreまs。レジsト不可noゥ……暴%#\々&――】
頭に流れてくるアナウンスがよく聞き取れない。
それになんだか頭痛も……頭痛?
頭が……イタィ……?
スッキリしたと思った頭の中がグチャグチャになり、ブツッと音が聞こえて目の前が一気に暗転した。
☆★☆★
「ヴォォォォォ……」
「ウァァァァァ……」
「フーッ!フーッ!」
「レチア」……親から貰った大事な僕の名前。
そして今まで大事に育ててくれた両親。
その二人が今、目の前で命を宿していない物言わぬ動く死体となって立っている。
倒すべき相手。
倒さなくてはならない相手。
……愛しているからこそ葬らなくてはいけない相手。
震える体と心。
人間の盗賊に捕まった時が人生で一番最悪と思っていたけど、違った。
一番最悪なのはこの瞬間、両親をこの手で手にかけなくてはいけないのだから。
相手は魔物、そんな簡単に割り切ることなんてできない。
それもそうだ、姿が変わったとはいえ、産まれた時からずっと一緒にいてくれた最愛の二人なのだから。
でも僕の中には別の想いもある。
……両親を一刻も早く解放してあげたいって。
「……今楽にしてあげるにゃ」
ヤタにも進言したんだ、二人は僕が弔ってやると。
誰にも任せられない、僕自身がやらなきゃいけないこと。
僕は走り出し、自慢の短剣で二人の頭を斬り飛ばした。
ボトッボトッと落ちる二つの頭。頭部をなくして硬直していた体も崩れ落ちる。
「ごめんなさい……今までありがとう……」
二人を助けられなかったことへの謝罪、自分を育ててくれたことへの感謝を小さく口にした。
そしてすぐに巨人を相手にしているヤタの方へ向き直る。
その光景に、僕は絶望した。
僕が視線を向けるのと同時に、ヤタが巨人によって吹き飛ばされてしまっていたのだ。
「ヤタ……!」
また僕は、僕の力不足で誰かを失ってしまうのか。
吹き飛ばされてぐったりしているヤタを見て、そう考えてしまう。
しかし次の瞬間、ヤタはケロッとした表情で立ち上がっていた。
なんでにゃ!?なんであんな攻撃を食らって、平然と立ってられる!?
僕はヤタが空に打ち上げられ、さらに拳を打ち込まれたところまで、しかとこの目で目撃した。
常人なら到底耐えられることはできないであろう攻撃を何度も……さっきは風圧が当たっただけだと言っていたが、今度こそは、そうじゃないはず。
ヤタは一体何者にゃ?
安堵と共に浮かび上がる疑問。
だけど答えも出ないうちに、ヤタの変化を感じた。
「どうしたんだにゃ……?」
立ち上がったヤタが急に動かなくなった。
彼の表情からも何か起きたみたいだけど……
なんて思っていると、ヤタはおもむろに短剣を振り上げ、あろうことか自分の胸に突き刺したのだ。
「……え?」
僕はその行為が理解できず、間の抜けた声を出して動けなくなってしまった。
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