8話目 前半 腐った者たち

 目測で言うなら人間が三メートルから四メートルになったような身の丈。

 落ち武者のように散らばった髪、所々肉が腐り落ちて見えている骨。

 眼球は片方失い、もう片方は焦点が上に行ったり下に行ったりなど定まっていない。

 ……アレもゾンビ化した人間だってのか?

 しかしそいつが着ている破れた服には見覚えがある。

 ボスと呼ばれていた盗賊たちの頭領が着ていたものに似ていた。

 レチアも同じように感じているであろう反応を示している。


「あいつは……!」

「死んでも迷惑な奴とか……いい加減大人しくしてろよ」

「ヴォォォォォォッ!!」


 その元盗賊の頭領だった巨人がまた咆哮を上げると、他のゾンビたちの動きが少しだけ早くなった。もちろん、俺の目の前にいるゾンビも。


「うおっ!強化でもされたのか!?」


 掴みかかられそうになったところを、ギリギリで転がって回避した。

 改めて見ると、またさっきより数が増えてる気がする。

 いや、違う。さっきまで散らばって俺たちを囲んでいた奴らが巨人の周りに集まっているんだ。まるで守ろうとしているかのように。


「もしかして考えて行動してるのか?ったく、脳みそまで腐ってくれてたら、もっと楽だったのに……な!ララ、イクナ!一旦下がるぞ!レチアも……レチア?」


 ララとイクナは俺の指示に従い、巨人のいる方とは逆にいる少数のゾンビを倒して安全を確保していた。

 しかしレチアは、ある一定の方向を見たまま動かなくなっていた。

 何だ……?まさかララの時みたいに状態異常になってるのか!?


「おい、レチア!しっかりし――」


 レチアの状態を確かめようと彼女の肩を掴み、一応その見ていた方向も気になったので視線を向けてみると、その理由がわかった。わかってしまった。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……!」

「ヴゥゥゥゥ……!」


 そこには裸体の男女がいた。

 ただ、他と違うのはレチアと同じように耳と尻尾が付いている。

 俺が捨てられた小屋で見たものと同じ姿をしたゾンビ。

 それだけでも、俺が理解するには十分だった。


「お父さん……お母さんっ……!」


 目に涙を溜め、掠れた声を絞り出すレチア。

 レチアの両親の死。そしてそれが動いて襲ってくる。

 その二つが同時に彼女へ襲っているのだろう。

 レチアは全身を震わせていて、その場から動くことができそうになかった。


「うっしょっと!」

「わっ!?や、ヤタ……!?」


 一刻も争う事態なので、何も言わずにレチアを肩に担いでララたちのとこまで連れて行った。


「怒るのも悲しむのも、これを終わらせてからにするぞ。じゃなきゃ最悪、俺たちがあいつらの仲間入りだからな」

「……わかった。わかってるにゃ!」


 レチアは表情を引き締め、短剣を抜いて構えた。気を持ち直したか。


「あの二人は俺がララたちに任せるか?」

「いいや、僕がやるにゃ。僕が弔ってあげなきゃいけないんだにゃ」


 激情に駆られたかと思えば、落ち着いた声になっていたレチア。その目はもう、彼女の両親を捉えていた。


「そうか、わかった。それじゃあ、ララたちは周囲の奴らの相手を頼む。俺はあのデカブツをやる」

「一人でかにゃ?」


 レチアが視線を俺に向けて言う。ララも不安そうな表情で俺の袖を掴んでくる。


「心配するなって。ララも知ってるだろ?俺は死なねえからよ」


 笑ってそう言いながら、緩んだララの手を外す。

 はぁ、ここがゲームで言うところの中ボスってところか。

 人生はイージーモードであってほしいのに、やっぱりこの世界でもそうそう上手くはいかないらしい。


「まぁでも、やっぱり倒す力はないだろうから、なるべく早く来てくれると嬉しいわ」


 俺はそれだけ言って、鞘から抜いた短剣をそれぞれ手にし、俺は巨人に向かってゆっくり歩いて行く。

 近付けば近付くほど、その巨人の大きさを実感して恐怖が募っていく。


【戦闘時に不要な感情を確認。レジストします】


 多少は溶けて無くなっていても、その巨人の顔がララたちを滅茶苦茶にしようとした盗賊たちの頭領の顔を鮮明に思い出させ、怒りもフツフツと沸いてくる。


【戦闘時に不要な感情を確認。レジストします】


 そして、これらが全て俺が招いた事態だということに、人を殺した時よりも罪悪感を感じてしまっていた。


【戦闘時に不要な感情を確認。レジストします】


 一々頭に流れてくるアナウンスにより、俺が今感じていたものが次々と殺されていき、頭の中に風が透き通っているような爽快な気分になっていた。

 たしかにこれなら戦いに集中できる。

 後悔も懺悔も、全部落ち着いてからでいいだろう。

 俺が今すべきことはただ一つ――


「ヴア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」

「お前にはもう、俺の仲間に手を出させてたまるかよ」


 ――こいつからララたちを守ることだ。

 巨人が咆哮したと同時に、俺は走って突っ込んだ。


☆★☆★


 ヤタたちがゾンビ、もといリビングデッドに該当する魔物と戦い始めた頃、それを遠目から覗いている集団がいた。


「なんだ、この異常な状況はっ……!?」


 黒いロングコートを着たその集団のうち、一人の長い金髪をした女性が声に出して驚いていた。


「これだけの数のリビングデッドに巨大な変異体……ウルクさんが依頼を出してすぐに受けた冒険者がいると聞いたが、こんなの新人ができる範囲を超えてるぞ!」


 そう言って狼狽える彼女たちは、ウルクが派遣していた調査員たちだった。


「前に来た時よりも数が増えてるようだが、一般人に被害が出たか……?」

「一日二日で二十近くもか?それだけ被害が出たんなら何か知らせが入るはずだ!」

「……あのリビングデッド、見たことあるのが混じってる。行方不明になった人たち」

「……おいおい、そういうことかよ。つまりあれか?ここに拠点を置いてた賊どもに殺された奴らがああなってるってことかよ」

「言い方はともかく、その通りのようだ。加勢するか?」


 全員が視線をヤタたちに向けたまま会話する。


「いきなり行って大丈夫かな?怪しまれないかな?」

「怪しまれるようなことしてないだろ、俺たち」

「とはいえ僕たち、隠密はともかく戦闘に関しては素人だよ?最悪あの子たちの足でまといになりかねない。というか、あのフード被った子強過ぎ……」

「ちょっと。現実突き付けるのやめてよ」

「……ねぇ、あの男の子、もしかして一人で変異体に挑もうとしてない?」


 一人の言葉に、全員が声を揃えて「えっ」と漏らす。

 ララやレチアなどに目を向けていた者たちが全員、ヤタへ移す。

 そこには短剣二本を手に、ゆっくりと巨人に向かって歩いているヤタの姿が。


「変な目、というか知らない顔……ってことは新人?」

「あいつバカなんじゃないか?相手と自分の力量もわからずに挑もうとしてるってことだろ」

「勝つ勝算があるとかじゃなくて?」


 それぞれが感想を漏らしていると、ヤタが巨人のいるゾンビの群れに突っ込んで行ってしまう。


「うーん、がむしゃらにやってるようにしか見えないな……それにやっぱり戦い方が素人だ」

「にしては動きに迷いがないな。そもそも新人があんな魔物の群れに突っ込む勇気があるとは思えん。死を覚悟してるって感じでもなさそうだし」

「最近グラッツェさんや冒険者たちが新人の度胸試しやってるって話を聞いたよ。だから肝の一つや二つは据わってるんじゃない?」

「肝って二つも据わるもんなのか?」


 自分らは傍観者であるとでも言うように、緊張感のない会話を繰り広げる黒ローブの者たち。


「どうでもいいこと言ってないで、帰るわよ」

「いいのか、助けないでも?」


 一人の女性が発した言葉に、疑問を投げかける男性。

 すると女性は呆れて溜息を漏らす。


「私たちが行って何ができるの?何もできやしないわよ。今できるのは、このことをできる限り早く連合本部に伝えることと、あの冒険者たちがそれまで生きていればと願うことだけよ」

「さんせー。無駄な労力と犠牲は勘弁だからね」


 女性の言葉に全員が頷いて同意し、その場から離脱する。

 最後に女性が一目ヤタに目を向けると、巨人の手によって轟音と共に吹き飛ばされている様が目に映った。


「……ご愁傷様」


 彼はもう助からない。そしてきっと彼の仲間も。

 彼女はすでにヤタたちの生存は諦め、吐き捨てるようにそう言って、他の者たちの後を追おうとした。しかし――


「っ!?」


 彼女は悪寒に近いものを感じて立ち止まり、焦燥の表情を浮かべながらヤタに再び視線を向けた。


「ん?おい、どうした?行かないのか?」

「……いえ、よく考えたら、こんな大人数で報告する意味もないでしょう?私はここに残って調査してるわ」

「ほいよ、りょーかい!つってもこれ以上何か起きるなんてそうそうないだろうから、悪趣味な覗きも程々にして帰って来いよ!」


 そう言って去っていく彼らの言葉に反応を示さず、ヤタを見続ける女性。

 その先には先程吹き飛ばされていたヤタが平然と立ち、また巨人に向かって歩き始めていた。

 彼の歩行速度は徐々に速くなり、巨人を守るように密集していたリビングデッドに攻撃を仕掛け、またもや吹き飛ばされてしまう。

 しかしヤタは再び何事もなかったかのように立ち上がる。

 その光景を見た女性は困惑し、全身が凍り付くほどの恐怖を覚えていた。

 巨人の一撃は地面を陥没させるほどの威力がある。

 そんなものを人間が食らえばただでは済まないはず。

 にも関わらずヤタはダメージを受けるどころか痛がることもしておらず、躊躇する様子もなかった。

 それはヤタが人間ではないと言っているようで、そしてその様子がまるで彼自身がリビングデッドのようにも思えてしまっていたのだった。

 さらにそれが数回続くとヤタの様子が変化し、決定的な行動を取ってしまう。


「なっ……!?」


 ヤタは持っていた片方の武器、彼が店で気になったという短剣を自らの胸に突き刺したのだった。

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