7話目 後半 目に見える好意

「『最低』、ですか……」


 アイカさんから言われた言葉を復唱し、大きく溜息を吐いて彼女を見返す。

 俺の目が怖いのか、顔に恐怖の色を浮かべて少しだけ後退りした。


「何ですか?」

「いえね?むしろなんで叩かれたのか俺の方が聞きたいくらいでして」

「っ……!」


 再びビンタしてこようとするアイカさん。

 さすがに何度も食らうのは肉体的よりも精神的に痛いから、その手を受け止める。


「事情はあなた自身が話したでしょう?レチアさんが両親を失った場所に行くと……傷口を抉る行為をするというのですか!?」

「……ああ、そういうことですか。ならレチアは置いていきますよ」


 俺がそう言い返すと、アイカさんの表情が怒りから戸惑いに変わる。


「なんで……」

「何の『なんで』かはわかりませんが、嫌なら無理矢理連れて行くなんてしませんよ。ララたちまで行かないと言い出されるのは辛くなりますけど……」


 ララの方を見ると、彼女は首を横に振る。大丈夫、ってことでいいのか?


「ただ、レチアの両親がそこにいるなら本人が確認して、もし本当に亡くなってしまってるなら埋葬する必要があるんじゃないかって思いまして……こういう理由じゃ、納得しませんか?」

「あっ……」


 そこまで言って気付いた声を漏らすアイカさん。

 「もし本当に」とは言ったけれど、さっきのウルクさんの言い方から他の生存者もいないと考えていいだろう。

 つまり、レチアの両親は娘を置いて逃げたとかでなければ、もうすでに……


「ああ、たしかに。生きてる者の確認をしただけで、亡くなった者の遺品回収などの対処はまだしていないからな。もし自分で弔ってやりたいというなら、ヤタの言う通りに行った方がいい」

「そ、そういう話なら……」


 さらにウルクさんのフォローもあり、さっきまで強気だったアイカさんの誤解も解けて弱気になっていた。


「……って、本人抜きで話を進めちまったけど、レチアがどうしたいかってまだ聞いてなかったな。どうする?」

「……行く。お父さんとお母さんは僕がちゃんと見送らないとにゃ!」


 少しの間があった後、レチアが笑みを浮かべてそう答えた。

 その彼女が辛く、カラ元気で言っているのは俺の目から見ても一目瞭然だ。


「レチアさん……」

「大丈夫にゃ。ヤタは優しいから、皮肉とかで言ってるんじゃないにゃ。目は腐ってるけど、性根はそこまで腐ってはないにゃ」


 少し困った顔でアイカさんに笑いかけるレチア。

 あの、本人の目の前でそう堂々言われると結構恥ずかしいのですが……って、ちょっと待て、今なんて言った?

 今、目が腐ってるって言った?

 しかも性格がそこまで腐ってないって、ちょっとは腐ってるってこと?

 たしかに自分でもひねくれてるとこはあると思うが、それを腐ってるとは言われたくない。

 だから俺はこう言う。


「余計なお世話だ」


――――


 そして俺たちは賊の住処だった場所に戻ってきた。

 しかしそこはもう人が住めるような環境ではなくなっている。

 俺が蔵を爆発させたせいか周囲のほとんどが燃えた後の炭みたいな状態になっており、その中には賊の一味だったであろう人の形をした黒焦げのものも混じっていた。


「これが元々人間だったものか……」


 ただそれだけの感想が口から自然と零れた。そして不思議な感覚でもあった。

 俺はここに来て初めて人を殺してしまっている。

 なのにまるで他人事のような、罪悪感というものを感じていない。相手が悪人だったからか?

 いや、それでも人を殺すなんて、向こうの世界にいた時には考えられなかったことだ。

 すると頭の中に「まさか」という考えが浮かんでくる。

 人間離れした能力を得た俺は段々、考え方も人間じゃなくなってきているのか?

 そこで俺がゾンビにした男、リンネスと呼ばれた男を思い出す。

 もしかしたらそのうち、俺もあんな化け物になってしまうのではないのだろうか……

 そんな考えすら恐怖するどころか、「まぁ、そんなもんか」と楽観的に思ってしまっていた。

 ああ、元々人間扱いされてなかった俺からすれば、もう今更人間でなくなってもどうでもいいのかもしれない。


「ヤタ、来てるにゃ」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……」


 レチアから声がかかり、ほぼ同時に呻き声のようなものが聞こえてきた。

 どうやらお出ましのようだ。


「ア゙ア゙ア゙ア゙……」

「ゴア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」

「ハァァァァァァ……」


 数体のゾンビ。全員盗賊っぽい風貌をしてる辺り、俺たちを捕まえた奴らの一味ではあるのだろう。


「レチア、あいつらの弱点は?」

「普通のリビングデッドなら、体のどこかに核があるにゃ。でも変……奴ら、その普通じゃなさそうにゃ」


 レチアは前に見せてくれた強そうな短剣を袋から取り出して構える。

 ちなみに奴隷になった際、その人の持ち物は全て買い主に献上されるそうだが、俺は全てレチアに返してある。その方が戦力になるだろうし。


「んじゃ、例に習って頭でもふっ飛ばしてみるか」

「例って、何のにゃ?」

「ゾンビものって言ったらそうかなって」


 「ゾンビ?」とレチアから疑問の声が上がるが、そこまで追求もされずに戦闘が始まる。

 まずはレチアがその素早さで特攻し、一匹のゾンビが突き出している腕を斬り落とした。

 腕を斬られたゾンビは平衡感覚を失い、前のめりに倒れる。

 ララとイクナも突撃し、それぞれ一体ずつを相手する。

 二人の戦い方はレチアと違い豪快で、ララは大剣で縦に真っ二つ、イクナは頭をぶん殴って野球の玉のように勢いよく吹っ飛ばしていた。

 そして例の如く、俺の出番はないよう――


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」

「うおっ!?」


 真後ろからまた呻き声が聞こえ、振り返るとそこにもゾンビがいた。

 たった数日しか経ってないというのに腐った皮膚。

 冬みたいな気温でもないのに口から出る白い吐息。

 焦点の合わない目。

 この世のものとは思えないおぞましい姿をしたソレが俺の目の前に立っていた。

 恐怖よりも焦りが先行し、反射的に俺はそいつの顔面に短剣を突き立てた。


「オォォォォォォ……」


 丁度右目辺りに短剣を刺し込まれたゾンビは硬直し、ゆっくりと倒れてしまう。

 ……死んだ、のか?いや、死んでるのに動いてるからゾンビっていうんだけど。

 しばらく様子を見て動きそうにないのを確認し、その顔面に刺さった短剣を抜く。

 抜く時その短剣にネバネバした汁みたいなのが纏わり付いていて、俺は思わず「うへぇ」と声を出す。

 その短剣に付着したものを、動かなくなったゾンビの衣類で拭き取り、気を取り直す。

 と、そこで俺たちが囲まれてることに気付いた。


「なんか……予想よりも多くないか?」


 見たところ十や二十じゃ収まらない数がいる。

 中には盗賊っぽくない一般人らしき服装や裸体を晒してる奴までいる。


「多いにゃ。ここの奴らはたしかにそれなりにいたけど、ここまで多くはなかったにゃ」


 数体倒したレチアがそう言いながら、ララと一緒に後退してくる。


「ガァァァァッ!」


 イクナは半暴走状態らしく、戻らずそのままどんどん倒していた。

 このまま放っておけば、イクナが全て倒してくれるんじゃ……なんて楽観視できる数でもないか。

 俺はイクナが暴れてる方向とは逆にいるゾンビたちの方を向き、短剣を両手に突っ込んだ。

 うち一体の頭と喉に勢いよく短剣を突き立て、蹴り飛ばしながら抜いて次へ攻撃を仕掛ける。


「おっとっと……」


 まだ「戦う」ということに慣れてないせいか短剣を抜く際にバランスを崩しかけたが、何とか立て直す。

 しかし、少し気がかりなことがある。

 ゾンビの動きが遅い。遅過ぎる。

 戦うなんて三十五年間機会のなかった俺が倒せるくらいの動きしかしていないこいつらが、戦いに慣れてるはずの奴らを壊滅させることなんてできるのか?

 たとえ一度でも噛み付かれたら終わりだったとしても、そう簡単にやられるか?


「ヴォォォォォォッ!!」


 そんな俺の疑問に答えるかのように、辺り一帯に何かの咆哮が響き渡る。


「「っ……!?」」

「な、んだ……?」


 殴られたと錯覚してしまうほどの衝撃で体全体が硬直してしまう。

 それはララやレチア、イクナまでもが同じ状況に陥っていたようだった。

 そして、その声の主が地響きを起こしながらこちらへやってきた。


「化け、物……!」


 レチアが体を震わせ、恐怖で顔を強ばらせながら小さく呟く。

 化け物……比喩ではなく、そう言わざるを得ないほどの禍々しい巨大な体格をしたモノが、俺たちの前に立ちはだかった。


「昔から不幸だ不幸だと嘆いてきたが……この世界に来て本格的に運が殺しにかかってきやがったな」


 そこで俺は最近よく思っていることが自然と頭に浮ぶ。

 あっ、俺もう死んでたわ。

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