7話目 前半 目に見える好意

 レチアが奴隷となったその後、連合本部へ訪れてアイカさんやウルクさんへの説明にすると色んなことに驚かれた。

 この町の近くに盗賊が拠点を作っていたこと。

 冒険者のレチアが関わって助力いたこと。

 そして俺たちがその盗賊に捕まり、命からがら何とか脱出したこと。

 そしてレチアが奴隷堕ちし、その場で俺が買い取ったこと……

 最後の説明は俺も躊躇したが話さないわけにはいかず、説明した頃にはアイカさんから冷たい視線が送られ、そして一言。


「相手がウルクさんとか男性の人だったらそんなことしないくせに……」


 彼女のその言葉に、なぜかウルクさんや他の男性冒険者たちは気まずそうな表情になっていた。もしかしたら図星だったのかもしれない。

 一応弁明じみた説明はしたが、その後も彼女は素っ気ない態度をしていたから、多分嫌われてしまったんじゃないかと思う。

 まぁ、それはよしとしよう。俺は最初から好かれるような人間じゃなかったし、嫌われるのなんて慣れてる。

 それよりも問題はこれからだ。

 ……そう、今日という忙しない一日が終わりそうだというこれからの話。

 もう終わるなら別にいいじゃないかって?

 そうだな。一人暮らし、もしくは親や兄弟というような家族となら何の問題もなかった。

 だが今は違う。

 なぜかララはイクナが心配だからって俺が取っている部屋を一緒にしやがり、今日もここで寝るみたいだし、そこにレチアも増えてしまった。

 いくらこの部屋のベッドが多少広いからって、さすがにこんな人数寝れるわけがない。

 俺?俺はいいよ、どうせ今日も椅子で寝るから。


「で、どうすんの、お前ら?」


 三人……いや、イクナ以外の二人にそう問いかける。

 さすがに子供を押し退けてベッドを占領しようとするような外道じゃないだろうしな、この二人は。


「僕はまず、あなたたち三人が同じ部屋に寝泊まりしてたことに驚きなんだけどにゃ」


 そう言いながらジト目で睨んでくるレチア。男女が一つの部屋で~なんて言う硬派なタイプなんだろうか?

 とりあえず言い訳をしておくか。


「貧乏人の浅知恵だから気にすんな。そんで安心しろ、いくら俺に女経験がないからって理性無くして襲ったりしねえから」

「そういうことじゃにゃい……経験がないにゃ?」


 おいこら、そういうとこに食い付くんじゃありません。それだけで俺のライフは減ってくんだから。


「そのベッド、多くて二人用だ。俺は違う場所に寝るとして、お前らはどっちがベッドを使うんだ?」

「何言ってるにゃ?そんなの決まってるにゃ!」

「決まってるって何――」


 するとレチアは俺の腕を引っ張り、ベッドのある方へと投げ飛ばした。この子、意外と力強い……

 そこそこ柔らかいベッドに倒れたところで、疑問をぶつけるべく振り返ろうとしたらすぐ目の前にレチアがこっちにダイビングしてきていた。


「――ぶべろっ!?」

「にゃっははははは!凄い変な声がご主人様から出たにゃ!」


 見事に俺の腹へ突っ込んできたレチアのせいで出てしまった声を笑われてしまう。

 何なんだよ……

 もはや文句を言う気も失せていると、レチアが少し左にズレて横になり、ララたちの方に振り返って悪い笑みを浮かべながら手招きをする。


「ララたちも、ご主人様を逃がさないよう囲って寝るにゃ」


 何を言ってるんでしょうか、この子猫様は。

 何の思惑があってそう言ってるのかはわからないのだが、そんな疑問など一切抱かないイクナがレチア同様、俺の上へ向けてダイビングしてきた。

 再び変な声が出る。

 そして最初は迷っていたっぽいララも、少ししてから俺の右で静かに横になった。

 ……せっま。


「ちょっ……何これ?何がしたいの!?」

「女が男に密着する目的なんてわかりきってるんじゃにゃーか?……誘ってるんだにゃ♪︎」

「っ!?」


 急に艶めかしい表情になってそう言い放ったレチアに、予想外と言いたそうに目を見開いて驚いた様子のララ。

 たしかにやり方が露骨でまさかとは思ってたけれど、本当に誘ってたのか……


「も、目的はなんだよ?」

「にゃ?目的?」


 レチアはあざとく首を傾げてくる。最初に会った時から思ってたけど、わざとやってるんじゃないのかってくらいあざといな、こいつ。


「目的もなく俺に寄ってくる意味があるわけないしな。だから先に言っとくけど金はないからな?」

「美人局か何かかと思ってるにゃ?残念ながらそんなことするような身内仲間はいないし、奴隷である僕がご主人様を裏切る行為は契約書で禁じられてるにゃ。だからこれはただの素直な好意にゃ♪︎」


 レチアはそう言うと、腕に力を入れてさらにギュッと抱き着いてくる。

 ヤバい。本当にヤバい。

 語彙が空の彼方へ飛んでいってしまいそうになるくらい、理性を保つのがやっとだった。

 せめて見ないように目線を逸らそうとしていると、レチアが俺の顔を見てニヤニヤといやらしい笑い方で見上げていた。


「昔から変な体だって言われてコンプレックスを持ってたけど、こうやってご主人様を誑かせるんなら良かったのかもしれないにゃ?」


 クソ、見透かされてるようでなんか嫌だ……!


「というか、そのご主人様ってのをやめてくれないか?奴隷としては買ったけど、俺はお前に何もしないから」

「えっ……」


 俺の発言が意外だったようで、レチアは驚きの声を漏らし、ララもまた驚いている様子だった。


「だって……奴隷にゃよ?乱暴するのは契約違反でダメだけど、互いが合意なら手を出しちゃってもいいのに?」


 動揺したレチアが俺から離れて起き上がる。よし、今のうちに抜け出よう。


「俺が同意してない。だからこの話は終わりだ」


 いつからか俺の胸に顔を埋めてクンクンと臭いを嗅いでいたイクナを引き剥がしながらベッドから抜け出す。


「……ヤタってヘタレにゃ?」

「ヘタレじゃない、理性的と言え。その場のノリと勢いで下手なことをしたくないんだよ。そもそもお前がそういう気持ちになってるのは、心の拠り所を失ってるからだ。じゃなきゃ、こんな目の腐った奴を誘惑するなんて正気の沙汰じゃない」

「そこまで言うかにゃ!?自虐もそこまで行くと凄いにゃ!」


 なんとでも言え。他人に対してそう簡単に心を開くほど、俺は頭がお花畑にはなってない。

 だからやっぱり、借金してでもレチアを買ったのはほんの些細な出来心、同情なんだろうと自分で再認識する。


「ま、多少狭くてもいいなら、三人と一匹でそのベッドを使えばいい。俺はまた椅子で寝るから」


 そしてまた俺は椅子に座り、目を瞑って寝る気でいた。


「それは……いくらなんでも酷いんじゃないかにゃ?元々ヤタが取った部屋にララとイクナがやってきたんじゃにゃかったか?なんなら僕が椅子で寝て、ヤタたちがこっちで寝てもいいんじゃ……」

「大丈夫だ、別にこれで寝ても俺は慣れてるから体が痛くなるとかないし。俺のことは気にするな……」


 そう言ってる間にも眠気はやってきて、俺の意識はそこで途絶えた。

 そして翌朝。


「すぅ……すぅ……」

「どうしてこうなった?」


 妙に体が重く寝息がかなり近くから聞こえると思ったら、なんとレチアが俺の上に抱き着く形で乗って眠っていたのである。

 昨日も思ったが、やっぱりヤバいとしか言えなくなるような人肌の温かさと女性ならではの柔らかさが直に伝わってくるのだ。

 しかもちょっとでも動くと腕がレチアのアレに当たって罪悪感とか諸々襲ってくるし……

 遠慮して椅子で寝たはずなのに本当になんでこうなったんだろう……

 結局その後、ララが目を覚まして俺たちの状況を目撃し、思いっ切り叩き起してきた。

 理不尽だ……


――――


「おはよう、君たち。ちょっと今いいか?」


 連合本部に着いたところで、ウルクさんに手招きで呼ばれた。

 近寄ると腕を組むウルクさんと、凛と佇むアイカさんがいた。

 アイカさんは時折ララやイクナに視線を向けるが、俺を一切見ようとしない。

 「いない者」として扱われてる感じがする……まぁ、無視されるのも慣れてるからいいけど。


「先日君たちが報告してくれた内容を確認するために調査員を数名その場所に送ったんだが……妙な結果が報告されたんだ」

「妙、と言いますと?」


 俺の聞き返しにウルクさんは「うーん」と言いにくそうにしていた。


「……生きた人間が一人もいなかった、らしい」

「「えっ?」」


 声を漏らしたのは俺とレチア。

 俺があの時に確認しただけでも、生きてた奴は最低十人以上はいたはずだ。

 なのに一人もいないってのは……俺たちがここに報告するってわかっててたから逃げたのか?

 しかしだとしたら、「生きた人間が」という言い方はどこか引っかかる。まさか……


「代わりに発見されたのは『リビングデッド』だった。その姿格好から、そこに拠点を置いていた賊の集団ではないかと考えられる」

「それって……」


 レチアが俺の方に視線を向ける。

 わかってる。憶測だが、俺が最初にゾンビ化させたあの男が、俺たちのいなくなった後も暴れ回って他の奴を感染させたのだろう。

 まるでパンデミックだな。


「原因は引き続き調査するとのことだが……ヤタ、お前たちが捕まった時に何かなかったか?」


 その時、僅かだがウルクさんの目が鋭く光り、疑いの眼差しを向けてきた。

 怖ぇ……だが狼狽えるな。

 ここで俺がやったことがバレたら、またややこしいことになるに決まってる。

 あくまで俺は「被害者側」だ。


「俺があいつらの注意を逸らすために貯蔵庫である蔵を爆破した以外は何も。焼死体というならわかりますが……」

「……そうか、それならいい」


 しばらく俺の顔色を窺おうとしていたウルクさんだったが、俺の表情からは何も読み取れないと悟ったらしく、目を瞑って頷いた。


「一応そこの依頼は君たちでも受けられるレベルで出すつもりだが、もし被害が広がりそうな自体になりそうであれば、どちらにしろ君たちにも強制という形で依頼するかもしれない」

「そこの依頼ですか……なら、俺たちが行きますよ」


 そう言った瞬間、ウルクさんとアイカさんが俺を見たまま硬直した。あっ、初めて見てくれたな、アイカさん。


「あ、ああ……受けてくれるのはありがたいが……いいのか?」

「いいですよ、知っての通り金を稼がなきゃいけませんし、どっちにしろ前に受けた依頼場所の近くですからね、そこ。ついでですよ、ついで」


 「稼がなきゃいけない」という自分の言葉に苦笑いを浮かべて言っていると、突然パァンッ!という大きな音が鳴り、俺の視界がいつの間にかララたちの方へ向けられていた。

 ララやイクナ、レチアが驚いた表情で俺を見ている。

 というよりも、彼女だけでなく周りの冒険者やウルクさんでさえ目を丸くして驚いた様子だった。

 顔を正面に戻すと、アイカさんが右手を平手にした状態で俺を睨んでいた。状況から察するに、彼女が俺をビンタしたのだろう。


「あなたは最低です」

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