13話目 後半 腐備

 とりあえずリドウの店で十万ゼニアを払い、ナイフ二つと外套を買わせてもらって外に出た。

 ……にしてもアレだな。俺って運のステータス低くなかったか?

 どう考えてもこの店での一連の流れ、幸運の部類に入る気がするんだが……いや、幸運というなら、この町に来てから俺の周りに親切にしてくれる人が何人も集まってる時点で、俺にとって運が良いと言えるだろう。


「……意外にあの数値って当てにならなかったりな」


 気分が良くなっていた俺は、そう独りごちた。

 とりあえず着替えなど準備を済ませるために宿屋に戻ると、起きていたララたちに怒られた。

 正確な理由はわからなかったが、俺が何も告げずに外へ出てたのが気に入らなかったらしい。ララからは頬をつねられ、イクナには腕を強めに噛まれた。

 しかし俺の痛覚が死んでいるせいで痛がる素振りがほぼないので、もはや意味が無いと察したララは肩を落とし、溜息を吐いて諦めた。リアクション薄くてごめんね?

 ララが落ち着いたところで、リドウさんから受けた話をララたちにした。


「――ということで、リドウさんって人からのひらいをうへるほほになっはんらへほ……はんで?」


 話の途中で頬を膨らませたララが、また俺の頬をつねってきた。おかげでちゃんと喋れなかった。

 ちなみに俺は今、言おうとした言葉は「依頼を受けることになったんだけど……なんで?」だ。

 見たところ嫉妬してるようだが……何にしてるんだろう?

 まぁ、わからないことを考えててもしょうがないし、とりあえず行動するか。


「ララは今日もギルドに行くのか?」


 俺の問いにララは不機嫌さを忘れたようにこっちを見て頷いた。


「それじゃ、下で飯食ったら一緒に行こうぜ。イクナは俺たちが帰るまでここで留守番しててくれるか?イクナの分の飯は後で持ってくるからさ」

「ガゥアッ!」


 するとイクナは反抗するような声を上げて俺の腰に抱き着いてくる。

 締め付けてくる彼女の力はかなり強く、ララと一緒に剥がそうと頑張ってみたが失敗に終わったり、


「……わかってくれよ、イクナ。たしかにずっとあんなところで一人だったから寂しくてララから離れたくないだろうし、俺より強いから付いてきても問題ないかもしれない。でもイクナが下手に外に出て見付かったら何をされるかわからないんだぞ?だから――」

「ガッ!アガゥアッ!」


 イクナが何かを叫ぶと、腰にしがみついている腕にさらに力が入るのを感じた。

 言葉はわからずとも、「絶対に離れたくない」という意思が伝わってくる。

 ララの方を見ると、彼女もいつの間にかイクナを引き剥がすのをやめて戸惑っている様子だった。

 参ったな、ウルクさんからは匿ってくれと言われてるんだが……

 いや、逆に考えよう。目を離すより、いつでも近くにいてくれた方が監視しやすいってことで連れて行くということで。


「……ってことにするしかないよなぁ……仕方ない、行くぞイクナ」

「……!ガウッ!」


 嬉しそうに返事をするイクナ。

 多少の文句は覚悟しておかないとな……

 それから俺たちは食事を済ませて連合本部へと赴いた。

 ちなみに宿での食事を取る時にイクナには正体を隠すよう外套を着せていたのだが、彼女の異様な喜びように結局注目を集めてしまった……


――――


「イクナの同伴、か……」


 連合本部に着くと依頼のことを聞く前にウルクさんに話を通しておくことにした。

 イクナのことを話し終えると、予想通り難しい顔をして唸るウルクさん。最悪、依頼をしている間は連合本部で預かっておくというのがいい落とし所だろう。


「よし、では彼女の冒険者登録をして同伴を許可しよう!」


 ――と思っていたのだが、ウルクさんは呆気なく許可を出してくれた。


「いいんですか?」

「昨日も言った通り、その子は君に懐いている。下手に宿屋やここに放置するより、ヤタたちと一緒にいた方がいいだろう。もちろん、君はその分労力を費やさなくてはならなくなるとは思うがね?」


 ウルクさんは困った笑いを浮かべて言う。

 わかってることとはいえ、実際に言われてしまうと|億劫(おっくう)な気分になってしまうのである。


「まぁ、やっぱりそこは仕方ないってやつですよ」

「やはり君は優しいな……っと、そうだ」


 何かを思い出したウルクさんは、懐から小さな袋を取り出した。


「これは……」

「昨日言った特別手当の給付金だ。昨日のうちに手続きをしたから、今月の分が早速さっき届いたぞ」


 ウルクさんからその袋を受け取り、中身を確認する。

 ん?なんだろ……中が真っ暗で見えないんだけど……


「あの、これってなんです?中見が見えないんですけど……」

「おや、結構有名なのに知らないのか?彼女と一緒にいるなら一度はみたことがあると思うんだが……」


 ウルクさんはそう言うと受付に置いてあった分厚い本を手にして俺が持つ袋の中に入れようとする。

 正直何をしようとしているのか理解できなかった。

 袋の入口は拳一つ分の大きさしか開かないから、それを超える大きさの本を入れるなんてできるわけ……あれ、なんか最近似たようなものを見たような……?

 するとウルクさんの持っていた本がニュルンッと物理法則を無視した入り方で袋の中に収まった。


「……ああ、たしかにララがこういう感じの袋を使ってましたね」


 俺がこの世界に来てすぐに見たやつだ。俺はそれを勝手に異次元袋と呼んでいた。


「フィッカーと言われるもので、見た目より何倍もの容量を詰められる袋だ。彼女から君はフィッカーを持ってないかもしれないということで、特別支給という形で与えることにしたんだ」


 「彼女」と言ったウルクさんの視線の先にはアイカさんがいた。


「よくわかりましたね?」

「フィッカーを持ってない者は少ないからな。ナイフを手持ちで持ち帰るのを見てそう思ったらしい」


 え、フィッカーってみんな普通に持ってるの?というか、そんな簡単に手に入るの?

 するとアイカさんが机から離れ、不機嫌な表情をしながらこっちにやってきていた。


「だからって大切な本を勝手に持っていかないでください!」


 アイカさんがそう言うと、ウルクさんは「悪い悪い」と笑いながら言い、フィッカーから本を取り出して彼女に返した。そんな大事な本を持ってきたんかい!


「全く……あっ、それではヤタ様はこの袋の性能に関して知識が無いんですよね?」

「えぇまぁ……そういうことになりますね……」


 もしかして「この程度のことも知らないなんてバカなんじゃない?」とか笑われちゃうの?


「相当辺境な場所から来られたのですね……では私から軽く説明させていただきます」


 アイカさんはそう言うと、自らのスカートのポケットから俺が持っているものに似た袋を取り出した。同じフィッカーだろう。


「こちらのフィッカーは先程見た通り、ある一定の重量であればどんな大きさのものでも収納できます。そして収納したものを『出したい』と思って手を入れれば、それを取り出すことができます。そして目安となる重量ですが……」


 アイカさんは説明しながら、フィッカーに付いている黄色い宝石のような石を指差した。


「こちら、『魔晶石』との組み合わせにより効果を発揮します」

「魔晶石っていうのはその石?」

「はい、そして魔晶石にはランクがあり、この黄石を填めていれば五キロまで、赤石であれば十キロと増えていきます。噂では千や万すら収納できる石があると聞きますが……夢がありますよね♪」


 業務的に話していたアイカさんが、石の話になった瞬間、興奮した子供のような表情で語っていた。

 これは……物凄い可愛い。


「ブッ!?」


 すると突然、ララが俺の脇腹に肘打ちを食らわせてきた。

 な、なんだよ……?

 ララを見るとジト目で違う方向を見て誤魔化している様子だった。本当になんなの?

 と、俺が吹き出したのに気付いたアイカさんがハッとして、顔を赤らめながら咳払いする。

 ウルクさんもそんな彼女を見てニヤニヤした口を押さえて笑いを堪えていた。


「……ともかく!これがあれば外に出る時にも荷物の持ち運びが便利になりますので、ぜひご活用ください。それと、この石は取り外しもできますので、もし他の石も手にすることができましたら取り替えてみてください」


 まるでゲームのチュートリアルみたいな説明だなと思いつつ、「わかりました」と返事をしておく。

 試しに石を取ってみようか……そう思ったところでふとした疑問が浮かぶ。


「そういえば、中に何か入ってる場合で石を取っても、中身は大丈夫なんですか?」

「問題無いぞ!」


 一応アイカさんに聞いたつもりだったんだが、ソワソワしていたから話の仲間に入りたかったであろうウルクさんが割って入ってきた。


「物は石の方に保存されている。だから移す場合は一度取り出す必要があるが、逆に言えばいくつか石を持っていけば、その分色々と持ち運ぶことができるぞ!……と言っても、その場合は中に何が入ってるかを把握しておかないと混乱することになるがな」

「ウルクさん、実際にそれで大切な書類を失くしそうになってましたもんね。便利過ぎるのも考えものです……」


 アイカさんが呆れた言い方をすると、ウルクさんは申し訳なさそうに苦笑いで頭を搔いていた。ソースはあんた自身かよ!

 しかしたしかに、小さく収納できるからって何でもかんでも入れてたら、どこに何を入れたかごっちゃになってわからなくなるわな……

 とにかく、これで無駄な手荷物を減らして冒険ができるわけだ。

 ここに来た時同様に再び心躍らせながら、俺はリドウさんのことをアイカさんたちに話して依頼を受けることにした。


「あのぅ……その前に一ついいですか?」

「はい?」

「その猫ちゃん……触ってもいいですか?」


 そう言うアイカさんの視線の先には、ララが肩に乗せた黒猫がいた。

 元々突然現れた猫でどうしていいかもわからないから連れてきたが……

 外に出ればどこかに行くかと思えば、ずっと俺たちについて来てしまったのである。

 そして空気を読んでか、連合本部に来てからはララの肩で大人しくしていた。

 俺が語りかけている時も思ったが、この黒猫には知性を感じる。というか、もはや神様の部類な気がしてならない。


「……アハッ、可愛い……♪」


 そして猫というだけで可愛がられているのを悲しい気持ちになりながら遠目で見ている俺がいた。

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