13話目 前半 腐備
その表情というか、人相に俺は口を引きつらせる。
スキンヘッドと片目に眼帯、しかも顔の至る所に傷がついていた。
歴戦の冒険者と言っても信じてしまいそうになる強面だが、それらとは裏腹に可愛いエプロンを身にまとっていた。
そのミスマッチに思わず悲鳴を上げそうになるのを我慢する。
「……なぁ、ブーメランって言葉知ってるか?そっちの顔もすげーぞ。なんなら睨まれただけで俺は死ぬまである」
「あっはっは、そうか!俺の顔はそんなに怖ぇか!」
ウルクさんくらい豪快に笑う男。
背は俺とそう変わらず威圧感もそんなに感じないからこそ言い返すことができたが、これが宿屋にいた主人以上の大きさだったら、多分俺はチビってただろう……
「ま、実際この顔のせいで店に訪れた客みんなに怖がられちまってな……俺一人で切り盛りをしてるのもあるから他に任せられる奴がいなくてな……」
腕を組んで大きく溜息を吐く。えっ……っていうことはこの極道顔の男がこの店の店主!?
「この町には服も武器防具も売ってるのはこの店だけだから買っていってくれるが、あまり繁盛してるとは言い難い状況なんだ。だからあんたみたいな客はありがたいぜ」
そう言って笑う男。なんという不憫な……というか、なんだか親近感を感じてしまいそうだ。
「……まぁ、俺の話は置いといて。その商品はあまりオススメしないぜ?」
悲壮感を感じていた男は、俺が持つナイフに視線を向けてそう言った。
「自分の店の商品にそう言っちゃうのかよ……」
「『お客様には良い商品を』ってな。実はそのナイフ、一度返品を食らったもんなんだ」
オススメされない理由を聞いた俺は「ああ」と、納得する。
「クレームの理由は『スライムすら斬れない欠陥品』……らしい」
「おいおい、そんな欠陥品を三万五千で売ってんのかよ?」
「ただのクレームかもしれないし、こっちも商売だからな。多少サービスはできるがな……」
男は周囲をキョロキョロと見回しながらそう言う。
すると男はどこかに行ってしまい、一つのナイフと両手に着けるグローブを一式持ってきた。
「そのナイフとこのナイフ、あとグローブを付けて五万三千ゼニアでどうだ?」
「グローブはまだしも、ナイフ二つって意味あるのかよ……」
と言いつつもナイフ二つを装備って双剣みたいでカッコイイんじゃない?とか妄想してみたり。
しかしどうせならグローブ以外の防具も欲しいところだ。
「じゃあ、おまけついでに俺に合う鎧もないか?」
「鎧か?うーん……ナイフを使うってことは、身軽な方がよくないか?例えば……あの外套とか」
男が指差した先にはフードの付いた青漆色のローブが壁にかけられていた。
値段は……げっ、八万五千!?
「悪いけど、俺が買える限度額を超えるから無理だな……」
この外套を買ったらナイフとかが買えなくなるし、ナイフセットを買ったら外套を買えなくなる。
あの外套を買ってもっと安いナイフで済ませるって手もあるが……このナイフを買えないのは惜しいな。
「あんちゃんの予算はどのくらいなんだ?」
「うーん……ギリギリ出せて十万だな。できれば余裕をもって九万くらいで済ませたい」
俺がそう言うと男は「そうか」と言って唸り始める。
「……よし!特別にあの外套も含めて十万ゼニアぴったしでどうだ?」
「……えっ!?」
男の提案に、俺は思わず声を上げた。
だってそれって……普通に買ったら十三万八千するやつを、三万八千ゼニアもまけてくれるってことだろ?
「なんでそんな……まさか本当はぼったくってたとかじゃないだろうな?」
ジト目で睨み付けて言ってみる。
最初は相場より高めに売り付けて交渉し、安くなったように見せかけているのでは……そう考えて少し揺さぶりをかけみることにした。
しかし男はキョトンとした顔をした後にプッと笑いを吹き出す。
「……ああ、そういうことか。ははっ、まぁ、そうなるよな。安心してくれ、もしかしたらこれから常連になるかもしれないあんちゃんへの投資ってやつだよ」
「えっと、それは……」
男の言葉に思わず言葉を詰まらせてしまう。
つまりこの男はこれからも俺がこの店に通うのを前提に安くしてくれたってわけか?
……ここで嘘を吐いてやり過ごす手もあるが、こういう良心を利用するような嘘は吐きたくない。本当のことを言うか。
「多分、俺がこの店で買い物するのはこれっきりになると思う」
「ん?なんでだ……まさかあんちゃんも俺が怖くて!?」
と勝手にショックを受けているので、さっさと理由を話すことにする。
「違う違う、俺は近いうちにこの町から離れるんだ。だからこの店に寄ることはこれで最後になると思う」
「……そうか」
男はただ黙ってその一言だけ口にした。
「だからとりあえずナイフとグローブだけ買って、頑張って金を稼いでまたその外套を買いにくるよ」
他にも似た外套はあるが、せっかく店主が進めてくれたものなのだから買っておきたいと思ってしまった。
……あの値段なら一日に複数の依頼を同時にこなせば、すぐにでも買えるはずだ。
そう思ってナイフとグローブだけを買おうとすると、男は無言で壁にかけられた外套を外してレジらしい机の上にナイフとグローブと共に置いた。
「……合わせて十万ゼニアだ」
「おい、今の話を聞いてなかったのか?俺はこの町を――」
「構わない」
男は力強くハッキリとそう言って譲ろうとしなかった。
「俺はそこまで心は狭くねえ!一度言ったことは取り消さねえし、それに根拠も無くそう言ってるわけじゃないぞ?」
ニヤリと笑う男。その顔は本当に人の一人や二人を殺してそうな顔で怖いッス……
「っていうと?」
俺がその先の言葉を促すと、男はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに得意げに話し始める。
「実はな、俺が経営してる店はここ一つじゃなくて、各地のあらゆる場所に点在してるんだ」
「ここ以外にも……ってことは、チェーン店?」
俺が当てたのが嬉しかったのか、男はさっきと違った嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そういうことだ!つまり他の町に行っても、この店と同じ名前のとこで買い物をすれば俺も嬉しいってわけよ!」
「すげー話だな……っていうか、あんたそんな立場の人間だったのかよ!?」
男はそのままの笑みで筋肉の付いた腕でグッドサインをする。
「本当は本店のある王都のような都会にいてくれとは言われたが、俺はァこっちの方が静かで性に合ってるからな……ああ、そうだ」
すると男は机の上に置いた商品の横に、一枚の真っ黒なカードを置いた。
本当に文字の一つも書かれていない、シンプルなカード。これぞ本当のブラックカード……ってな。
「これは?」
アホなことは口に出さず、出されたカードのことを聞く。
「うちのお得意様限定、プレミアム会員証だ!これがあればここと同じ名前の店で少し優遇させてもらえるぞ!主に割引とか」
あらやだ、「プレミアム」なんて聞くと、大半の人が目を輝かせるスーパーワードじゃないですかー……割引とか特に奥様方が欲しがりそう。
「……で、なんでそれを俺の前に?まさか見せびらすためだけに見せたんじゃないだろうな?」
「いや、選別にこれをやろうかと思って」
「えぇー……」
俺は疑いの目で男を見つめた。
「タダより怖いものはない」とはよく言ったもので、対価も無く良いものを貰えるはずもなく、実際に貰ったところで不幸が起きてもおかしくない。
今まで優しさに縁遠かった俺にとって、どうしてもこういうのは「何か裏があるんじゃ?」と勘繰ってしまう。もはや癖になってしまってる。
「そう怪しむなよ、人の善意は受け取っとくもんだぜ?」
「過ぎた善意ってのは怪しんでおかないと、後で後悔するからな。するだけ損にはならない」
どうしてそう言い切れるかって?もちろん理由はある。
中学生の頃に一人の可愛い女の子がバレンタインに手作りのチョコをくれたことがあった。
他の奴は市販で売られているものが配られてたから、俺は特別なのだと思い込んでいた。その結果――
【アハハッ、あいつ本当に信じ込んでやんの!】
【ずっと――のとこをあの気持ち悪い目で見てたよ、あいつ!見てるだけで吐き気したわー】
【言わないでよ、私まで気持ち悪くなるじゃない!……いやーでも、やっぱああいうのをからかうの面白いわー。ちょっと優しくしただけですぐに付け上がっちゃってさ……本当に自分が同じ人間として見られてると思ってんのかなー?】
――教室の中からそんな会話と共にキャハハと甲高い笑い声が、俺のいる廊下まで聞こえてきたことがあった苦い思い出がある。
渡す時はあれだけにこやかにしていた彼女だが、薄い壁の向こうではどんな醜い表情をしていたのだろうと、今でも思い出す度に考えてしまう。
そんな経験からか、人の好意や善意というのが徐々に胡散臭く感じるようになってしまっていたのだ。
そしてそれらの過去を乗り越えたのが俺、八咫 来瀬という人間の出来上がりとなる。もう今となっては人間じゃないけれど……
「用心深いな。ふむ、だったら……『依頼』としてだったらどうだ?」
「依頼……そうきたか」
無償が嫌なら働かせて対価として受け取らせるってわけだ。
「離れるって言っても、もう少しこの町にいるんだろ?あんちゃん個人へギルドを通して指名して依頼する。これなら遠慮しなくてもいいだろ?……って、それなら名前を教えてもらわないとだな」
もうすでにその依頼を受けさせる気満々の様子の男。
「まぁ、それならいいか……俺はヤタだ」
「ヤタか。俺はリドウ、このカードを渡したらもう会うことはないだろうが、店先で言えばちょっと得するぐらいには役に立つであろう俺の名だ。そういう意味では、これからよろしくな!」
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