12話目 後半 腐れ押される
「はぁ~……」
宿屋に帰った俺は、大きく溜息を吐きながらベッドに倒れ込む。
この世界に来て、この三日で色々なことがあった。あり過ぎた。
とはいえ昨日のようにすぐ寝るという選択肢は選べない。なぜなら――
「ウォアッ!アゥッ!」
奇妙な声を出す少女、イクナが、俺の横になっているベッドの上に乗り、はしゃいでいるからだ。
ちなみに今、彼女は外套で身を隠している。
連合本部ではみんな認知しているけれど、さすがにイクナの姿をそのまま町に繰り出したら騒ぎになりかねないだろう、ということで特別に支給されたのだ。
しかしウルクさんに大見得切ってしまったものの、この先かなり不安である。
べラルにあれだけ豪語してしまったのだからこの町にいられないとすると、「特別手当」がどうなるかわからないし、年齢的にも一人の娘を持ったことになるだろう。
ちなみにラッキーなことに、この宿屋の値段は一人計算ではなく一部屋なので、同じ部屋に何人泊まろうとも値段は変わらないしようらしい。お財布に優しい宿屋とは……改めてここを紹介してくれたフレディには感謝したいね。
「……おーい、あんま騒がないでくれ……追い出されたら俺たち野宿になっちまうじゃねーか……」
と、頭の中ではそんな感じに色々考えながらイクナに注意してみるものの、気力がほとんど無くなってしまっているので枕に顔を埋めたままで言っていた。
「ウ?」
通じたのかどうかはわからないが、イクナは激しい動きをやめて寝ている俺の顔を突っついてくる。
それにツッコミを入れる気力も無く、俺も「う~……」とイクナのような唸り声をあげながら、されるがままになっていた。
すると扉がノックされ、ドアノブが回される音が聞こえた。
扉の向こうにはララと、ここを経営している奥さんが申し訳なさそうにしている。
「あの、ヤタ様……この女性とはお知り合いでしょうか?」
「え?……あ、はい。冒険者仲間ですが……」
困った表情で俺とララを交互に見る女性。一体どうしたというのだろうか?
「その……こちらの女性がヤタ様と部屋を一緒にしたいらしく……」
「……はい?」
言われた意味が理解できなかったのでそう聞き返すと、奥さんは「ひっ!?」と悲鳴をあげて一歩下がってしまった。
この人初対面の時といい、怖がり過ぎじゃない?お化け屋敷とか連れてったらすぐに失神するレベルなんじゃないか……?
とりあえずその奥さんのことは置いておいて、ララの方へ向いた。
「……本気で言ってるのか?」
俺の問いに迷わず頷くララ。
「なんでそんなことを……」
理由を聞こうとそう呟くと、ララは頬を膨らませてイクナを指差す。
「人に指を差してはいけません……って、もしかしてイクナの世話が心配なのか?」
そしてまた頷くララ。
そりゃあ、男一人で女の子の世話をすると言ったら大変なんだろうけども……
するとさらにララは近付いてきて、ベッドで横になっていたイクナを持ち上げた。
「ガッ!?ガウアウアッ!」
急に持ち上げられたイクナは混乱して暴れる。たまに青い肌が見え隠れするからヒヤヒヤするんだけど……
「ではララ様は今の部屋からこの部屋に移りますか?」
奥さんがそう言うとララはイクナを抱えたまま頷く。
「了解しました。では今日中にご荷物の移動をお願いしますね」
「あれ、決定?俺の意思は?」
俺が完全に無視されて話が進んでいく。
とはいえ、たしかに無視されてるのは悲しいけれど、それよりもその内容がこの部屋に年頃の女の子と一緒になるという方が喜べばいいのか困ればいいのか複雑な気分だ。
って、中身三十五歳の俺がララをそういう目で見たら犯罪臭が凄いんですけどね。
それはそれとして、結局本当に最後まで俺が無視されたまま話が進んでいき、宿屋の奥さんが戻ってララが少ない荷物をこの部屋に運んできたのだった。
「あー、はいはい。どうせ俺の言葉なんて誰も気にしちゃいないですよねー。まぁ実際?女の子を俺みたいな不審者って言われてもおかしくない男が面倒見たら後でなんか言われそうですし?座り心地の悪くない椅子もありますし?ベッドを使われても寝るには困らないもんね!」
そして俺は拗ねた。
もう自分がおっさんだとか大人気ないだとか気にせず、俺が眠る予定の椅子に座って愚痴る。
ああでも、この椅子で寝たら朝になるころにはケツが痛くなってそう……ん?
「にゃー」
気付くといつの間にか膝に黒猫が座っていた。
「なんだこいつは……って、黒猫?」
黒猫……黒猫……そういえばこの世界に来る前にもいたな、俺にドロップキックしてきた黒猫が。
「まさかお前……あの時の猫じゃないよな?」
「にゃー?」
通じてるのかどうかはともかく、あの猫と同様にタイミングのいい返事をしてくる。
同じ猫っぽいな……でもだとしたら?
俺の中で一つの疑念が浮かび上がる。俺をこの世界に連れてきたのはこの猫なんじゃないのか……と。
なんて考えこんでいると、後ろからララとイクナが覗き込んできた。
「……ガウッ!」
「にゃっ!」
するとイクナと黒猫の間で何かが通じあったのか、互いの手の平を合わせる。
黒猫はその後イクナの肩に乗り、ララがそれを羨ましそうに見ていた。
なんか意思疎通できてるっぽいし、やっぱ普通の猫じゃないのか?
……いや、もう考えるのはやめよう。今日だけで色々あったのに、これ以上考えてたら頭がパンクしちまう。寝よ。
さっき考えていた通り、ララたちが黒猫に夢中になってる間に俺はこの椅子で寝ることにした。
今日の疲れに加えてララたちが静かなこともあって、俺の意識はすぐに深く沈んでいった。
――――
そして翌朝。
普通ならあんな椅子で寝た次の日なんて体中が痛くて仕方がない状態になってるはずなのに、そんなこともなく爽快な朝日を迎えていた。
「……にしても本当に快適だな。向こうにいた時は冬だったし、こんな日の出の時間帯ならかなりの寒さを感じてたはずだし……」
それがこの世界に来てからは暑さも寒さもない過ごし易い気温だ。
ただ気になることがもう一つ。
たしかにここは暑さ寒さがあまりなかったが、あの研修所から脱出してからさらに温度を感じなくなっていた。
痛みの件といい、体がおかしくなったことで温度も感じられなくなったのかもしれない。
涼しさを感じられないのは残念だけど、暑過ぎず寒過ぎず適温だけを感じられるというのなら十分贅沢だろう。
「……ん……」
色々と考えていると後ろで布が擦れる音が聞こえ、振り返るとベッドに寝ているララが身動ぎしていた。
その際に彼女の着ている服が着崩れして肌が見えたことに、若干の罪悪感と邪念が生まれそうになったのを頭を振って払う。
その横ではイクナが寝ていて、彼女とララの間に昨日突然現れた黒猫が横になっている。
まだ寝惚けてて忘れてたが、そういえば昨日からララたちがここに寝ることになったんだったなと思い出す。
そして少女たちのあどけない寝顔を見てると、ララとは別の意味で罪悪感が湧き上がってくる……ここは俺が借りてる部屋で何も悪くないのに!
それに見た目だけなら俺もララとそう変わらない年齢のはずだからロリコン犯罪者呼ばわりされることはないと思うし……って、なんで一人で言い訳を考えてんだ、俺は……
「……出かけよ」
日の出具合を見る限り七時か八時くらいだろうし、早ければもう店を開けているところはあるだろう。
それにどこも店を出していなければ最悪、ギルドに行けばいいかなと考えた。
――――
結論から言うと、すでに町中のほとんどの店が開いていた。この世界の住人は基本早起きを基準にしてるようだ。
ということで、まずは何でも買い取ってくれるという質屋に行くことにした。
場所は昨日のうちにウルクさんから聞いておいたからわかっている。
一応その時に依頼を達成した報酬を貰ってはいるが、それでは心許無いのでもう少し手元を増やしておきたい。
ということでその質屋に売れるものを売った。
「約十万ゼニア……数字だけだとかなりの値段になったんじゃないか?」
財布に入っていたものや、ポケットにあったものが物珍しいということで高値にしてくれた。
昨日貰った依頼の報酬はゴブリンとグロロ、それと余分なグロロの核を売ったのを合わせて五千ゼニア。依頼は一つにつき二千ゼニアくらいだ。
つまり単純計算すると依頼五十回分を手にしてしまったわけである。
「いきなり大金を手にしたらどうしていいかわからなくなりそうだが……まずは服だよな」
何せこの世界に来てからずっと一張羅だ。
一応魔法?で服を乾かすのも一瞬だったが、だからといって一つを使い回せばあっという間にボロボロになってしまうだろう。
それに……正直、他の人と違う服装で浮いてしまっているのは恥ずかしい。
だからこの世界の住民らしい服を買おうと思う……いや、買わなければならない!
強く心の中で誓った俺は、一つのある店に入った。
質屋の人から聞いた店で、普通の服から武器や防具まで取り扱っているらしい。
実際に中に入ると剣や鎧などが壁に飾られており、普段着らしき服も中央にまとめて置かれていた。
外観も中々に豪華だったが、内観も広々として豪勢だ。
その並ではない豪華さに尻込みしそうになりながらも、それぞれの値段を確認してみる。
「……一応、良心的な値段か」
普段着は安いので一着千ゼニア、高くても四千から五千くらいだ。
武器や防具はっと……うわ……。
最初に目にしたものが悪かったのか、一千万ゼニアという値札がガラスケース越しに貼られていた。
金色の鎧だが、それは実戦向けではなく見栄を張るだけの成金装備にしか見えないのは俺だけだろうか……
他にも目を向ける。比べれば安い方ではあるが、一つ五万や七万といういい値段のものばかりだった。
「もっと安いのもあるけど、あまり安過ぎても良くないよなぁ……」
百均ショップで買ったりすればすぐに使い物にならなくなるというのは常識である。
もちろん例外もあるかもしれないが、なるべく良いものを買い物をしたい。
とはいえ、普段着はともかく武器や防具を俺の見聞きで判断できるかが怪しいが……
すでに普段着を何着か決めたものを手にした状態でナイフなどを見る。
「十万……十二万……五千……って、ずいぶん極端だな」
安いものも高いものが一緒くたにされていてなんとも雑なものである。
と、その中に気になるナイフがあることに気付いた。
三万五千ゼニア前後する中の下程度の値段でコレといった特徴の無いナイフなのだが、妙に惹かれるものがあった。
「おう、あんちゃん!それが気になるのかい?って、すげぇ目をしてるな、あんた……」
俺がそのナイフを手に取って見ていると、この店の店員らしき強面の男が声をかけてきた。
こ、殺される……?
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