12話目 前半 腐れ押される
「な、なんで……!?」
ウルクさんたちと談笑していると、ベラルが何か言いたげに口を開こうとしていた。
そいつのところに向かい、馴れ馴れしく肩を組んでやる。
「よっ、そろそろ俺の通行証を返してくれないか?」
持っていかれたプレートを返してもらおうと、俺はフレンドリーにそう言って手の平を出す。
「っ……あ、ああ……」
一瞬反応に困っていた様子のベラルだったが、今ここで「なんで殺したのに死んでないんだ」なんて言い出す気はないらしい。
たしかにここで俺を化け物だと糾弾すれば、ウルクさんや冒険者のみんなを味方にすることができるかもしれない。
だけど、この楽しげな空気で俺を虐げようとすれば逆に頭がおかしいとさえ思われるだろう。特に俺はさっき助けられたばかりで、今もこうやって普通に話してるしな。
冒険者としての実力ではベラルの方が上だろうが、こういう博打的なせこいやり方は俺の方が一枚上手だったようだな。
「……この短い間にずいぶん仲が良くなったな?ま、冒険者が意気投合するのはいいことだ!これからも助け合っていけよ!」
俺たちの不自然に近い距離感にウルクさんが最初に眉をひそめ、そしてうんうんと頷きながら笑ってそう言う。
もちろん俺にこいつと意気投合するつもりもないし、何かあっても助ける気はない。むしろそんな場面に出くわしたら、迷わず突き飛ばすわ。
だからこそ俺は笑顔で答える。
「もちろんですよ」
嘘や裏切りを嫌っていた俺が欺瞞の演技をするとは……笑える皮肉だな。
「お前は……」
「ん?」
「何のつもりだ?」
ウルクさんが少し離れたところで、ベラルが小声で語りかけてくる。
「何のつもりも何も、通行証がないと不便だろ?この町から出入りするのもそうだし、他の町にも行くかもしれないからな」
「魔物の分際で人間に紛れ込んで何をするつもりだっ……!?」
憎々しげに顔を歪ませてそう言うべラル。
「魔物の分際で」か……こいつの目には、もう俺は魔物としか映らないんだな。
「俺はこうなっても人間のつもりだ。そしてこれからも人間として生活する……だからあんたは余計なことを言い触らさないでくれよ。もちろんシルフィもそう言い含めておいてくれ」
視線をシルフィに向けると、肩を跳ねさせて怯える姿があった。やはり彼女も俺を化け物か魔物としか見られないんだな。
「そんな妄言を信じると?今はいいかもしれないが、いつかお前は人を襲うに決まってる」
「……そうかよ」
そんな決め付けで俺は殺されたのかと落胆する。
たしかにその気持ちはわからないでもない。でもだからって、それでべラルの行動を許すことなんでできない。
「だけどお前も理解しただろ?あれだけバラバラにしても俺はこうやって元に戻って生きてる。つまり普通には殺せないってことだ。それに……」
俺は怒りで顔を歪め、べラルを睨む。
その顔を見たべラルは目を見開き、後ろのシルフィからは小さな悲鳴が上がったのが聞こえた。
「俺は俺でムカついてるんだ。何度生き返れるかは知らないけど、もしこれ以上俺を殺そうとするなら俺もお前を殺す。何回、何十回、何百回死のうと、生き返える限りいつまでも、四六時中お前を追いかけてやる。飯も寝る時も安心できる時間があると思うなよ……!」
「っ……!」
俺の顔が相当怖いのか、べラルは強ばった表情で固唾を飲んだ。
「お、俺は……」
「……ま、安心しろよ。俺はこの町を離れる」
「え……?」
複雑な表情で聞き返してきたべラル。
俺は溜息を吐きつつ、べラルから離れる。
「俺だって俺を殺した奴の近くで生活なんてごめんだし……」
遠慮して様子を窺っていたララが、そのタイミングで俺の横にきた。イクナは未だにべラルを警戒してるからか、近付きながらも距離を置いていた。
「それに、ここでお世話になったウルクさんや他の人に迷惑をかけるわけにはいかないからな」
そう言うと、話の流れがわかっていないララが眉をひそめて怪訝な顔をする。
「だから放っておいてくれないか?冒険者になっといてなんだけど、俺はなるべく平穏に生きたいんだよ……」
そう言いながらべラルから距離を置いているイクナに近寄り、しゃがんでその頭を撫でる。
「……わかった。実際に殺しても生きてるのなら、俺にはどうしようもない。好きにしろ……だが、お前が俺の前でおかしい行動を取ったら、今度こそ殺してやるからな」
捨て台詞のようにそう言って、連合本部から去っていくべラル。
それを見たシルフィはオドオドとしながら辺りを見渡し、ついて行くことはせずとも逃げるように他の冒険者に混ざっていった。
するとアイカさんが大きなジョッキを片手に俺たちのところへやってくる。
「あれ、べラルさんは?今日はウルクさんの奢りで色々食べ放題飲み放題なんですよ?」
そう言うアイカさんの笑顔は直視できないほど眩かった。
気付くと他の冒険者たちも肉やら魚やらをテーブルに並べて食べていた。
「……ここってそういう食事メニューもあったんですか?」
「えぇ、冒険者の依頼斡旋以外にも食堂として営業していますから。ヤタ様が冒険者の登録をした受付場所から左二つズラしたところが、その窓口となります」
そこに視線を向けると、たしかに冒険者を登録する受付とは違った感じの窓口があり、そこにはエプロンを着たおばちゃんが忙しそうに冒険者へ食事を出していて、上の方にはメニューらしき紙がたくさん貼り出されていた。
へー、そりゃあ便利だな……ま、そこまで長居しない俺にとってあまり意味の無い話だったな。
と思ったが、気になったこともあるのでアイカさんに聞いてみることにした。
「こういう冒険者登録する場所と食事が兼用してるのって、他の町でも同じなんですか?」
「はい。余程貧しい村などでなければ、これが基本だと思います……って、もしかして他の町に移る予定が?」
俺の質問を不審に思ったのか、アイカさんがそんなことを聞いてきた。鋭いな……
「ええまぁ……このプレート一つで他の町でも冒険者ができるのなら、やってみたいかな……と」
遠回しに「旅がしたい」とは言ってみたものの、口にしたら何となく小っ恥ずかしくなってしまう。
「……冒険者になりたてた人でそういう考えを持つ方は少なくありませんし、この場にいる方々も中にはそういう思想を抱いてこの町に辿り着く人もいます。ですが、その思想に見合ったリスクも外にあるのだと頭に入れ、くれぐれも油断なさらないようお願いします……」
さっきまでの笑顔から業務的な笑みになって話すアイカさん。
こうやって区切りを付けることで、これから死ぬかもしれない冒険者に情を湧かないようにしてるのかもしれない。
アイカさんからのありがたい忠告を受けた俺は何も言わず微笑みかけ、そこから離れようとする。
……あ、自然に接してもらってたから普通にやっちゃったけど、今の笑い方って気持ち悪くなかったかな?もし今ので気分害しちゃったらごめんね?
「あ……ヤタ様」
自虐的な考えが頭に浮かぶ中、ちょっと離れかけたところでアイカさんから声がかかる。あれ、やっぱり気持ち悪かった?
振り返ると、変わらない笑みを浮かべたアイカさんが言う。
「もしこの町を離れる場合は、最初にお渡ししたナイフを返却してからにしてくださいね?」
……あ、はい。
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