11話目 後半 不死者復活
☆★☆★
――ベチャッ。
視界が上下左右あらゆる方向を向いた後、ぬかるみ始めた地面と片耳が衝突して気持ち悪い音が脳に響いた。
さらにその地面を頭だけが転がるという不思議な感覚が襲い、最後に止まった時に見覚えのある頭部の無い体が目に映る。
あ、れ……俺の……体……?
「なん、で……?」
「やっぱりか……」
すると俺の視界にべラルが立つ。
それはまるでゴミを見るかのような……人間を人間とも思ってないような、過去に何度も人から向けられた目だ。
シルフィもララも、おぞましいものを見る目で俺に視線を向けてくる。
なんで……なんで俺にそんな目を向けてくるんだよ……!?
「死んでもなお動き続けるとは、まるでリビングデッドだな……ふっ!」
そしてべラルが棒立ちしていた俺を切り刻む。
手も、足も、胴体も……
ミンチとまではいかないが五体バラバラになってしまい、胴体なんて原型が残っていないほど惨めな姿だった。
「しかし騙されかけたな……まさか理性がある上に人格を偽装するなんてな。本当に『人間みたい』だったぜ」
「やめ、やめろ……やめてくれぇっ……!」
べラルの言葉も頭に入らないくらい真っ白になっていた。
なぜか痛みはなく、意識も死なないままハッキリとした状態で自分の体が無くなる瞬間を目の当たりにし、今にもどうにかなってしまいそうなくらいに悲しい気持ちで零れ落ちるような声が口から盛れる。
俺が死んでる?人間みたい?まるで魔物?
俺という意識がここにあるのにも関わらず、俺を殺そうってのか?
たとえ本当に死んでたとしても、話し合いの余地くらいはなかったのか?
自分の体が壊れる様を眺めているうちに、混乱していた頭も冷えてべラルを軽蔑するようになっていた。
「が……ガァァァァッ!」
俺が、俺の体がバラバラになっていたことに遅れて気付いたイクナがべラルに飛びかかる。
――が。
「少し大人しくしてろ」
「ぐがっ……!?」
決して遅くはない速さで飛びかかったイクナをべラルは一蹴。
イクナは数メートル先まで蹴り飛ばされてしまい、木にぶつかって地面に落ちる。
「ガ……ァ……」
悲しそうな顔で俺に手を伸ばすが、そのまま気を失ってしまうイクナ。
それを見ることしかできない俺は、もはや脱力していた。
そんな俺に、べラルがトドメを刺しに来る。
転がっていた俺の頭に剣を突き刺したのだ。相変わらず痛みはないが、だからこそ気持ち悪さで吐きそうだった……
「……撤収だ。ヤタは魔物化、あの少女はその際に敵対して処分せざるを得なかった、と俺から報告しよう。だが彼女は放置だ、殺すのは後味が悪い」
「は、はい……」
「……」
俺が沈黙したのを「死」と捉えたのか、べラルが俺のプレートを血溜まりの中から拾い上げ、ララたちにそう言ってその場から去って行った。
ララも口惜しそうに俺たちに視線を向けたが、結局は行ってしまう。
最後の最後まで、俺は裏切られるのか……まぁ、もう今更どうでもいいか……
【――肉体の損傷を確認 未確認ウィルスによる修復が開始されます――】
「……ニャー」
機械的な声が聞こえたと思ったら猫の声が聞こえた気がした。
猫……そういえば、この世界に来る直前に黒猫からドロップキックされたんだっけ?あの猫は何なんだったんだろうな……
そこで俺の意識は途絶えた。
――――
「アゥ……」
どこからか少女の泣き声が聞こえ、ポツポツと細かい水滴が顔に落ちてくる感覚を感じる。
朝の寝起きのようにゆっくりと目を開くと目を開くと、目の前にイクナの泣いている顔があった。
「イクナ……?」
「……っ!」
俺が名前を呼ぶとイクナはパッと表情を輝かせ、思いっきり抱き着いてきた。
「いで」
痛みはないが、反射的に軽い悲鳴をあげてしまう。
一瞬ここは天国なのかとも思ったが、俺みたいな奴がそんな場所に行けるはずもないかと自虐的な納得をし、現実逃避をやめる。
「イクナ……無事だったんだな?」
「~♪」
動物のような鳴き声で返事をし、喜びを表そうと頬擦りしてくるイクナ。
よかった……意識が無くなる前、イクナがどうなったかだけが心残りだった。
ホッとしたところで自分の現状を見直す。
「俺は生きてるんだな……いや、もう死んでるんだっけか……」
頭が吹き飛ばされたのにも関わらず意識が残っていて、尚且つバラバラにされたはずの体が今では元通りになっている。
こんなのを見てしまえば、やはり俺自身が人間じゃなくなってしまっていることを理解してしまう。
「なんで……こんなことになっちまったんだろうなぁ……」
元に戻った腕で目を覆い、独り言をごちる。
すると段々悲しい気持ちになり、隠した目から涙が零れ落ちてしまう。
「なぁ、イクナ……俺って昔からバカにされ罵られてきたんだ。それでも生きてきた……でもそれは『なんと言われようと、俺は一人のちゃんとした人間だから』って前向きに考えてこれたからなんだよ。でもさ、俺――」
腕を退かしたその目にはイクナの姿がボヤけるほど涙が溢れており、悔しさで歯軋りをする。
「人間……やめちまったんだよなぁ……!」
そう言って俺は泣いた。
これだけ泣くなんて、小学生の時以来だ。
見た目は若くとも三十五のおっさんが泣く……しかしそれがみっともないと自重できないほどに悲しくなっていた。
「あぅぅ……?」
そのせいでイクナからは心配の眼差しを向けられてしまう。
ひとしきり泣いた後、俺は立ち上がる。
「……帰るか」
「ぐぅぅぅぅ……ガウッ!」
俺がそう呟くと、イクナが不機嫌そうに唸り吠える。
これはきっと「たった今冒険者に殺されかけたのにまた死にに行くのか?バカなの?マヌケなの?」とでも言いたいのだろう……まぁ、後半は俺の被害妄想だが。
ともかく、俺もこのままじゃ気が収まらない状態になってる。つまりムカついてるってやつだ。
「別に乱暴なやり返しを考えてるわけじゃない。だけどやられたらやり返さないととは思わないか?」
「……ガゥッ!」
俺の言葉にイクナはニッと笑って吠える。どうやら賛成してくれたらしい。
「んじゃまぁ、ララたちが向かったのはこの方向だったし、ここを真っ直ぐ進んでいけばイグラスの街か街道にでも着くだろ。行こうぜ」
「ナゥッ!」
四つん這いではあるが、外見に見合ったはしゃぎ方で走り出すイクナ。
空を見ると気を失ってからそんなに時間が経ってないように見える。
「なぁ、イクナ。俺が気を失ってから一日以上過ぎたか?」
「アウ?……ウゥッ!」
イクナは立ち止まって一瞬首を傾げたが、すぐに横に振った。
ならチャンスだ。俺が死んだとベラルたちが言い触らす前に、あいつらと接触しよう。それにただ接触するだけじゃなく、あいつらが余計なことを言えないような状況とタイミングも見計らって……とにかくあいつらに追いつかなきゃ、話にならないよな。
俺もできるだけ速く走り、ララたちに追い付こうとした――
――――
そして本当に真っ直ぐ進むと、イグラスに着いてしまった。
もうすでに死人だからか、ここまで一キロ近くあった距離を全力で走ったのにも関わらず、動悸や息切れなどが全くなかった。こういう意味では好都合だ。
道中にララたちがいないことから、もう中にいるのだろうと考えてフレディのいる門の前に向かっていく。
「ただでさえ世間話でも気分が悪くなる言い方で死者を冒涜するな。お前の悪いところだ」
「う、うっす……」
フレディが同じ門番の若い男に説教らしきことをしていたが、こっちも急いでいるのでその合間に割り込ませてもらうことにする。
「死人って誰か死んだのか?」
「ん?ああ、昨日冒険者になったばかりの奴がな……って、お前は!?」
一度は鬱陶しそうに表情を歪めたフレディだったが、俺の顔を見た瞬間ありえないものを目撃したような驚愕の顔になった。
「え……こいつ、死んだんじゃなかったんスか!?」
すると若い男からそんな失礼な発言が飛んでくる。
ああ、もうベラルたちから俺のことを聞いたのか。
だけど俺はここにいるし、あいつらが冗談を言っていたという体にしてしらばっくれておこう。
「いや、大変だったんだぜ?パペディとかいう変な魔物に襲われたりしてさ……」
「パペディ!?それはお前……たしかにお前やあの少女だけだったら死んでもおかしくない相手だな……それでよく生きてたな」
事実を少し混ぜて嘘を吐く……そうすれば意外とバレないものだ。
それにベラルはあの時、俺を殺したとは言いたくなさそうな発言をしていたから、真実を言い触らすことはあまりないだろうと踏んでの嘘でもある。その読みはあたったみたいだ。
俺は悟られないよう、苦笑いを浮かべて演技する。
「まぁな。代わりにプレートを失くしちまったけど」
「ああ、それならさっき、お前がここから出ていく時に、一緒だった彼女が連れてきた男女のうちの一人が持ってるのを見たよ。今回は特別に通してやるから、さっさと追いかけて返してもらってこい!」
「マジか!それはありがたい、恩に着る!」
……計画通り!
もちろんベラルが俺のプレートを持っていき、ララを見たフレディが「あいつはどうしたんだ?」みたいな質問をするだろうとは思ってたし、その時に喋れないララの代わりにベラルが俺のプレートを見せて俺の死を証明することは予想していた。
……まぁ、その考えがはずれて、プレートの再発行やらなんやら面倒な手続きをしなきゃいけなくなった場合は、優しいフレディが融通効かせてくれないかなーなんて甘い考えもあったけれど。
だけど結果的にいい方向に転がったので、今はこの状況を利用させてもらおう。
「それにしてもお前、その『目』……」
「はい?」
「……いや、なんでもない」
何か言いたげだったが、急いでいたこともあってフレディには軽く礼を言い、すぐに門をくぐってララたちのところへ向かった。
すると連合本部に向かう道中で意外と早くララたちの姿を見つけた。
彼女がシルフィの襟首を持ち上げて何やら言い合ってるようだが……って、いくらシルフィが軽そうだからって、人間がああも浮くもんなんだな……
「……アゥ?」
ララの怪力に改めて感心していると、イクナが固まっていた俺の顔を覗いてきた。
「……こっちだ」
そのイクナを手招きし、物陰に隠れる。
幸い降り続いている雨のおかげで外に出歩いてる人も少なく、俺が怪しまれることもない。
そこからララたちの様子を遠目に観察していると、ララが先に歩き出してシルフィ、ベラルとその後に続く。
少々険悪な雰囲気だったが、大きな喧嘩にもならずに済んだらしい。
……ということで。
「さすがに入口でたむろされると、入りづらくて邪魔なんですけど」
「なっ……!?」
連合本部の扉をくぐり、すぐそこでウルクさんに俺のことをバラそうとしていたベラルのマヌケ面を拝みながらそう言う。
シルフィに至っては「ひっ!?」と化け物でも見たかのような反応を示してくれている。ああ、でも実際バラバラに殺したのに蘇った時点で化け物ですよね、すみませんでした。
「おぉ、戻ったかヤタ!」
「おかえりなさいヤタ様……それにイクナちゃん!」
「……」
事実を知らないウルクさんとアイカさんは快く出迎えてくれる。
しかしイクナは俺を殺そうとした元凶がそこにいるからか、不機嫌な態度を無言で睨むという目に見える形で取っていた。
「……イクナちゃん、どうかしたんですか?なんだかベラルさんを凄い睨み付けているんですが……?」
アイカさんがいつの間にか俺の横に移動して耳打ちしてきた。
いきなりフレンドリーだな。この距離感はさすがに恥ずかしいんですけど……と思ったのだが、意外と動揺することはなかった。
「さぁ?イクナの好きなものでも横取りしたんじゃないですか?」
何となく汗ばんで大人の色気を漂わせているはずのアイカに視線を向けることもなく、ララたちの方向を見ながら適当にそう答える。
「……なんだか雰囲気変わりました?こう……目の当たりなどが?」
遠回しに腐ってるって言いたいの?いいんだよ、その腐った目でこっちを見ないでってハッキリ言ってくれても。
その場合、俺の心がポッキリいくけども。
「それこそわかりませんが……一度死にかけたからじゃないでしょうか?」
死にかけたというか、死んで蘇ったというか、今も死んだままだというか……正直、ややこしい状態ではあるよね。
「フハハハハ!大きな冒険で経験を積み、男になった証拠じゃないか!」
俺たちの話を聞いていたウルクさんが笑いながら言う。
騒ぎを聞き付けたグラッツェさんや他の冒険者たちも集まり、軽い宴会状態となってしまっていた。
そんな中、チラリとベラルたちの方を見ると、ベラルは苦々しい顔で、シルフィは恐ろしいものを見る顔で俺に視線を向けている。
すると今までノーリアクションだったララが俺の方へ向かってきて――
――ギュッ。
……思いっ切り抱き着いてきた。
周りからは冒険者たちから「ひゅーひゅー!」とか「ララちゃんが男誘惑してるぞー!」なんて野次が飛ばされる。
「……ララ?」
彼女の名前を呼ぶと、抱擁している腕へさらに力が入るのを感じた。
「ラ……ぐふぅっ!?」
苦しい……また物理的に殺されそうです。
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