11話目 前半 不死者復活

☆★☆★


「ん?」


 フレディの懐から落ちた一枚のカードが落ちて、パキンと音を立てて縦半分に割れてしまう。


「これはたしか……ヤタが持ってた『めんきょしょ』とかいうやつだったか?しまったな……要らないから預かっていたとはいえ、人の物を壊しちまったか。また今度謝らないと……」


 そんなことをボヤきながら落ちたヤタの免許証を拾い上げ、彼の人物像が写された画像を眺めるフレディ。

 しかし彼の表情が徐々に曇っていった。


「……まさか、な」


 不吉の予兆に似た事象を目にし、不安が彼の中で積もっていた。

 そしてそれがヤタの所有物ということもあって、ヤタの身にが何か起きているのではないか?という心配でソワソワし始めるフレディ。

 冒険者の団体が外に出てつい先程帰ってきたことを知っていたフレディだが、ヤタたちが行方不明になったことを彼は聞かされていない。

 そこにべラル、シルフィ、ララがやってきた。


「通行証の確認を」

「あ……あぁ、わかった。って、君は……」


 フレディがララの姿を見て疑問を抱く。


「あの男はどうしたんだ……?今朝、君と一緒にここを出たヤタの奴は?」

「ッ……!」


 彼に言われるまで平然としていたララが突然表情を暗くし、悔しそうに唇を噛み締めて下を俯く。


「……なぁ、この子と一緒に帰ってきたあんたらなら何かわかるんじゃないのか?」


 焦燥の表情を浮かべて問い詰めようとするフレディに、シルフィが勢いに押されてたじろぐ。

 それを庇うようにべラルが一歩前に出る。


「フレディさん……ヤタを知っていたんですか?」

「まぁ……少し世話を焼いただけだがな。今朝もその子と一緒にここを出るのを見送ったんだ」

「そうですか……」


 するとべラルは懐に手を入れ、二つの通行証プレートを見せた。

 一つはべラル自身のもの。そしてもう一つはヤタのものだった。


「これ、は……!?」

「これがどういう意味かは……わかりますよね?」


 それを見て体を震わせるフレディ。ヤタの所有物の一つ、つまり遺品として回収されたということを意味していた。

 しかしフレディは少しして大きく深呼吸をし、落ち着きを取り戻す。


「了解した……二人も通行証を出して入ってくれていいぞ」


 フレディがそう言うとシルフィがあたふたしながら一礼し、プレートを見せて中に入って行く。

 続いてすでに通行証を見せたべラルも中に入る。

 しかし、残ったララはいつまで経ってもその場から離れようとせず、ずっと下を俯いていた。


「君もだ。彼のことは残念だったが、冒険者ならこうなることはわかっていたことだ……」


 フレディの正論を聞いて、理解はできても納得できないといった複雑そうな表情でふらついた足取りで歩き出す。

 不安定なその背中を見送ったフレディは大きく溜息を吐く。


「普段ならここまで感情移入することなんてそうそうないのに……俺も彼女も、どうしてあのヤタという少年をそんなに気にかけてしまうのだろうな……」

「フレディさん」


 頭を搔いて落胆しているフレディに、他の見張りをしていた軽率そうな男が声をかける。


「暗い顔をしているようッスが、どうかしましたか?」

「……いや、冒険者がまた一人、命を落としてしまったって話をしてただけだ」

「冒険者……もしかして昨日の男が?」


 男の遠慮ない言い方に、フレディの肩が僅かに震えながら首を縦に振った。


「……ああ」

「そッスか。 まぁ、しょうがないんじゃないッスか?あんな気持ち悪い目をしてれば魔物からも襲われやすくなるでしょーし、もしかしたらそういう理由で同じ冒険者にやられちゃったりしても不思議じゃないッスよ~……って、なんスか?なんか怖いッスよ……」


 男言い草にフレディが睨む。

 怒りや悔しさで握り拳を作るが、諦めるように力を抜く。


「ただでさえ世間話でも気分が悪くなる言い方で死者を冒涜するな。お前の悪いところだ」

「う、うっす……」


 フレディに諭された男が狼狽えながら返事をする。

 するとそこにまた一人、来客が現れた。


「死人って誰か死んだのか?」

「ん?ああ、昨日冒険者になったばかりの奴がな……って、お前は!?」


――――


 一方で門を通り過ぎて協会本部に向かっていたララたちは、お通夜のような辛気臭い雰囲気で歩いていた。


「もうあの男のことは忘れろ。冒険者っていうのはこういうことが多い。お前とあいつがどんな関係かは知らないが、程々にしておかないとこの先、心が持たないぞ」


 べラルの言葉に喋れないララが何か答えるわけでもなく、無言で歩き続ける。

 彼女の心境は今、後悔や罪悪感に苛まれていた。

 「自分が彼にどれだけ迷惑をかけてしまったか」

 パペディに襲われた時、ヤタは勇敢に立ち向かったというのに、自分は腰が抜けて動けなくなってしまっていたこと。

 さらにその後、よくわからない木の実によって意識が奪われそうになり、助けてくれたヤタを危険な洞窟……もとい施設の入口へ導いてしまったこと。

 そして……最後の最後まで彼の味方をしなかったことに。

 「もしあの時ああしていれば」という考えがぐるぐると頭の中を掻き回していた。


「ララさん……あなたが優しいのはわかりますが、優し過ぎると辛いのはララさん自身ですよ?」


 シルフィがそう声をかけても変わらないララ。

 その態度に嫌気が差したのか、シルフィが溜息を吐く。


「それに気にする必要は無いと思います。あの人の目、まるで犯罪者のソレでしたから……もしかしたらあのままララさんとパーティを組ませていたら何かされていたかも――」


 シルフィが言葉を言い終える直前、ララが彼女の襟首を掴んで持ち上げる。


「――え?」


 突然の行為にシルフィは驚く。

 ララはというと、言葉を発さない代わりに彼女を睨んで「不機嫌だ」と意思表示をする。


「え、え……?くる、し……」


 首を絞め上げられる意味がわからず、ララの怪力にシルフィはその手を非力な力で外そうとすることしかできなかった。

 するとら頭に血が上ってしまった彼女の肩にべラルが手を置く。


「やめろ」

「っ……!」


 べラルから冷静な声をかけられてようやくララがハッと正気に戻り、シルフィから手を離す。

 今更、彼を擁護したところで手遅れだと理解するララ。

 誰にも向けられない怒りを無理矢理押さえ込んだ彼女は、再び協会本部へ向けて歩みを進めた。


「なん、で……?」

「自分で言っておいてわからないのか?あいつは『優しい』んだ。死んだ……いや、俺が殺したあの男のことをお前にバカにされてムカついたんだろうよ」

「でも……いえ、そうですよね……」


 シルフィは何か言おうとしたがやめて、自分の締められた首を擦りながらゆっくり歩き出す。

 沈んだ二人の後ろ姿を見て、べラルは溜息を吐く。


「……俺を責めれば、いくらか楽になっただろうに……優し過ぎるってのも問題だな……」


 そう呟きながらやれやれと呆れるべラルも、後を追うように協会本部へ向かう。


――――


 協会本部へ着いたララたち。

 彼女たちの姿を見たアイカやウルクが駆け寄る。


「おかえりなさい、皆様!特にララ様……見つかって本当によかったです!」

「一時はどうなるかと思ったが、無事でよかった……と、ヤタとイクナはどうした?」


 ウルクの指摘にララとシルフィの肩が跳ね、べラルが気まずそうな表情をする。


「彼は……いません」

「遅れてくるのか?ララも含めて彼も被害者なんだ、今日だけでもしっかり護衛してやらないとだぞ?」


 からかうような言い方をして笑うウルク。

 しかしヤタを殺したべラルたちには笑いを浮かべる余裕などなかった。


「いえ、違うんです。彼は――」

「さすがに入口でたむろされると、入りづらくて邪魔なんですけど」


 べラルがヤタの死を口にしかけた瞬間、それを遮るようにべラルたちの後ろの扉が開き声がかけられる。

 その聞き覚えのある声にララがバッと振り返り、シルフィとべラルが恐る恐るゆっくり振り向く。

 そこには……


「なっ……!?」


 そこにはべラルが殺したはずのヤタが、イクナを連れて立っていた。

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