10話目 後半 腐死
「これがグロロ……」
ウルクさんたちと別れてから二、三十分程度の時間が経ち、べラルさんとシルフィが率先してゴブリンを倒してくれて、二つ受けた依頼の一つを目的達成していた。
さすがというか、ウルクさんに任せられただけあって、ゴブリンをあっという間に倒してしまっていたのだ。なんでシルフィがララに言いがかりを付けてきたあの冒険者たちと一緒にいたのかがわからないけど……
そして今、もう一つ受けた「グロロの討伐、及び素材の回収」を行おうとしている。
そして受付嬢の人から教えてもらった特徴の流動物が俺たちの足元で複数匹蠢いていた。
カタツムリ並に動きが遅く、ノロノロと俺たちの方に向かってきている。
「おっそ!」
「グロロはそういう魔物だから……」
シルフィがよそよそしい態度でそうツッコミを入れてくる。予想はしてたけど、やっぱりここまで遅いと言いたくなる。
「それじゃあ……こいつは何匹だ?」
ララに聞くと指を五本広げて見せてくる。
「五匹か……んじゃ日も傾いてきたし、さっさと見つけて倒そうか」
足元だけでも三、四匹いるのだが、周囲を見渡すとかなりの数がいることが確認できたので、そう提案する。
するとララを含めたべラルさんたちがグロロを踏み潰した。
踏まれたグロロは破裂するように流動物の体が弾け、中からビー玉のような丸い玉が転がって出てくる。
「それは……?」
「グロロの核……つまり俺たちでいう心臓だ」
べラルがその玉を拾い上げながら答えてくれる。
なるほど、ということはグロロを倒した際に回収するのは、そのビー玉ってことか。
にしても踏んで簡単に潰れるって……もしかして俺でもできる?
華奢な体格のシルフィができるくらいだから、と俺も試しに一匹潰して見ることにした。
――ぶちゅっ。
……簡単でした。
抵抗された時のことを考えて少し力を込めて踏んでみたのだが、手応えもないまま呆気なくグロロは飛散してしまった。
これなら本当に子供でも……いや、赤ん坊が叩いただけでも死ぬんじゃないか、こいつ?
「ガウッ!ガゥガゥ♪」
そしてその赤ん坊並の好奇心を持ったイクナに次々と惨殺されていくグロロ。ああ、何という残酷な……
「そういえば、グロロの素材って売ったら一ついくらになるんだ?」
「大きさによって変わってくるけど……例えば私が持ってるのは百ゼニア。ヤタさんが持ってるのは百五十ゼニアくらいになる……と思います」
自信なさげに答えるシルフィ。大きさの大小によって変動か……でも一個が百ゼニア前後な上にあんな簡単に倒せる相手なら、数を積めばそれなりの値段になるんじゃ……?
イクナが次から次へとグロロを潰している光景を見て、俺はふとそう考える。
依頼で貰える額+余分に取った素材を売った額=で考えるなら、その日暮らしも苦じゃなくなるだろうし、もしそれで達成できる依頼があれば一石二鳥だ。
……なんて考えてる間に、ララはイクナが潰したグロロの核をそそくさと回収していた。やだあの子、俺と同じ考え……逞しい!
イクナが面白半分にグロロを倒し、それで転がり出てきた核をみんなで回収し終わった頃に帰路に着こうとしていた。
「べラルさんたちも、今日はありがとうございました。探してくれただけでなく、俺たちの依頼に付き合わせてしまって……」
「全てウルクさんの指示だ、気にするな。それよりも帰りも気を抜くなよ、この森が安全になったわけじゃないんだならな」
「確認されているパペディは厄介な魔物の一つとして知られていますし、他にも未確認の個体が徘徊してる可能性もありますからね……」
べラルさんとシルフィがそう言う。
安全になったわけじゃない?それは元からじゃ……そういえばウルクさんが冒険者をあれだけ多く引き連れてきた理由ってなんだ?
俺やララを探すにしても行動が妙に早かったし、責任者自らが出てくるにはそれほどの理由があるはずだ。
「あの……皆さんってどういう経緯で俺たちを探すことになったんですか?俺たちを探すってだけが目的じゃないですよね……?」
「この大黒森には出現しないはずの魔物が確認された。だからその調査と、ちょうど今日依頼を受けて向かったお前らを探すのが目的とされたんだ。で、俺の見解から言わせてもらうと、お前らがいた施設は魔物同士、もしくは魔物と人間を融合させる研究をしていた。そして施設が何らかの原因で壊滅した際に、そのうちの何匹かが逃げたんじゃないか……ってな」
俺が「なるほど」と言ってララと一緒に頷く。
イクナは俺たちの話の内容がわからずに首を傾げていた。元になった幼い年齢が影響しているよだろう。
それにしても魔物同士なのはともかく、魔物と人間の融合……恐らくその結果がイクナという存在を作ってしまったのだ。
どんな経緯で連れてこられて実験を受けたのかは俺にはわからないけど、少なくともこれだけは言える。
彼女はこれから普通の生活を送れない。親に甘えることも、同じ人間の友達を作ることも、きっと難しいだろう……だから同じく身寄りの無い俺が彼女を支えてやりたい。そう思ったから彼女を匿うという面倒しかなさそうな話を受けてしまったのだ。
「それじゃあ、暗くなる前に帰った方がいいですね。依頼も済んだことですし、帰りましょうか」
「わかった。それじゃあシルフィ、警戒を頼む」
「わかりました」
シルフィが了承すると、さっきのウィーシャのように呪文を唱える。
「《主よ、我らを害する敵を示せ――サーチ》!」
それが唱えられると、不思議な感覚が体を包む。
これはさっきもゴブリンを探している時に感じたもので、人や魔物の位置を特定できる奇跡らしい。
その範囲は使った者から半径約一キロくらいなのだとか。
ウィーシャは奇跡には回数が限られていると言ったがそれは内容によって違い、サーチは何度でもできるようだ。
「何度でも」というところで一見デメリットは無いように見えるが、強いて悪い部分を上げるなら研究所にいたリビングデッドなど生命を持たないもの相手には反応しないらしい。
そしてシルフィはサーチを使った後は決まって俺をチラチラ見てくる。なんなんだろうか……
「ここら辺一帯には私たち以外いないようです」
「そうか、じゃあ帰るか。途中途中でまた頼む」
シルフィが確認するとべラルさんがそう言う。
帰路はシルフィとべラルさんが前、俺たち三人は後ろについて行くことにした。
ただ気になるのが、べラルさんたちが二人が会話している時の視線が時たまこっちに向けられる。
魔物を警戒しているのかと思ったが、どっちかと言うと俺たちを警戒しているように見えた。
いや……俺を、か?
するとしばらくしてべラルさんとシルフィが立ちどまる。
「……魔物、ですか?」
二人の雰囲気が重いものに変わったのを感じ、思わず固唾を飲んで緊張してしまう。なぜだか嫌な予感が止まらない……
「ああ、多分な……」
べラルさんが俺の目を見て言う。シルフィも強ばった顔で俺を見ている。
なんでだ……なんで俺の顔を見るんだよ!?
そして俺の疑問に答えるようにべラルが剣を抜き、俺に向けてきた。
「お前……本当にヤタという人間か?」
「……は?」
唐突で突拍子も無い質問に、俺は思わず眉をひそめた。
何、我慢できなくてとうとう真正面から罵倒しないと気が済まなくなったの?
しかしべラルさんの表情からは冗談を言うような雰囲気はなく、本気で言っているように見えた。
辺りが段々暗くなり、いつの間にか空を雲が覆っていた。
「あ……当たり前だろ!俺は人間だ!何言ってるんだ、急に……!?」
さっきまで使っていた敬語も忘れ、強めの口調で問い正そうとする。
なんで俺がそんなことを言われなくちゃならないんだ!?
イジメもここまでくると冗談じゃ済まされないぞ……!
するとシルフィが思い詰めた表情で説明を始める。
「さっき使ったサーチの内容は話しましたよね……?」
「あ……ああ、自分から周囲一キロにいる生物を探知できるっていうやつだろ?それが一体……」
俺がそこまで言うと、シルフィは俺を指差した。
「私が近く感じたのは三つ。べラルさん、ララさん、そしてイクナさんの三人だけ……それはつまり――」
シルフィの言葉に頭が真っ白になりそうだった。
その先は言われずとも予想ができる。
嫌だ……やめろ、それを……その先を言わないでくれ……!?
「――あなたは死んでいる、ということになります」
シルフィがその言葉を放つと同時に雷が鳴る音がし、雨がポツポツと降り始めてくる。
次第に雨が本格的に降ってきたが、その音も聞こえないくらいに俺は混乱してしまっていた。
俺が……死んでる、だって……?
「……何の冗談だ?」
「冗談でも嘘でもありません。私もあまり信じられませんけど、何度サーチを使ってもあなたの気配が感じられないんです。それ死んでる、もしくは生きていない『何か』ということを指し示します」
怪訝な表情をしたシルフィも武器である杖を俺に向けてくる。
状況がいまいち掴めていないララは困惑して俺とシルフィたちを交互に見て、イクナは敵意を向けてきているべラルさんたちに唸って威嚇していた。
「お前らも離れろ。俺たちはそいつを倒さなきゃならない。もしも敵対するってんなら……」
そう言って目を細めるべラルさん……べラルさんは俺を庇うならララたちも諸共殺す、と言っているのだろう。
……いや、もう敬称を付ける必要は無いな。
「あいつの言う通りだ。イクナを連れてべラルたちの方に行け、ララ」
「……っ!」
俺がそう言い放つとララは責めるような視線で俺を睨むが、すぐに弱気な表情になって俯く。
ここで反抗したところで意味が無いことを理解したのだろう。
ララはゆっくりとべラルたちの方へ歩き出した。
「懸命な判断だ。そっちのは来ない――」
そう言ってべラルが視線を向けるのはイクナ。
言葉がわかっていないだろう彼女は四つん這いで威嚇し続ける。
「グルルルルルルッ……!」
「――みたいだな。ウルクさんの言う通り、本当に懐いているようで残念だ……」
べラルは諦めたような言い方をして抜いた剣を構える。
来る……!
――ズブッ。
「……あ?」
不思議な感覚だった。
離れていたべラルの姿が一瞬で目の前まで詰め寄られ、胸に違和感を感じる。
視線を下にズラすと、べラルが俺の胸に剣を突き刺していた。
「あ……あぁっ……!?」
そして次の瞬間、俺の視界は空を映していた。
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