3話目 前編 本当の仲間

 ――グシャッ

 何かが潰れるようなあまり良くない音が辺りに響く。

 それは何度も鳴る。

 何がと聞かれれば、それは俺が赤髪の少女が振るう大剣に殴られている音だ。

 もう何度殴られたのかも覚えてないけれど、少なくとも十回以上であることはたしか。

 それでも赤髪の少女が殴るのをやめないのは、俺が平然と立ち上がっているからだう。


「クソッ、なんで当たらないんだ!?」

「当たってますけども?全弾漏れなく俺の頭部か腹部に当たりまくってますけども。だから俺が吹っ飛ばされてんだろーが」


 憤慨して声を荒らげる赤髪の少女に対し、俺は溜め息混じりに言う。


「んなわけないだろ!?だったらなんでピンピンしてんだ?しかも服すら切れてないし!」


 ……たしかに。

 肉体が治るだけならまだしも、衣服も綺麗なままだったら当たったかどうかも疑うのが普通だな。

 それに最近、前よりも再生する速さが上がってるような気がする。これも俺の中のウイルスレベルが上がったからか?

 ちなみに、グロロの事件からも捕食で魔物を食い続けた結果、今のウイルスレベルは7まで上がっている。


「……そう、それがマルスさんがあなたを目にかける理由ですのね」


 すると今まで黙り込んでいたフランシスさんが口を開き、悲しいか悔しいかといった複雑な表情をしていた。


「『それ』って……?」

「階級が低いにも関わらずリンシヤの攻撃を易々避けるその技術……今は低くともそのうち肩を並べる存在になると確信しているのですわね。だからあんなにも親しく……」


 いや、違うから。

 不死の体はその時からだけど絶対そういう理由じゃないから、きっと。

 多分アレだ、グラサンが珍しかったんだ。

 だって日常生活でグラサンなんてかけてる奴、今のところ見たことないし。

 目が腐ってるから隠すためにグラサンする奴なんて俺くらいなもんだろ。

 つまりマルスが俺に話しかけているのはグラサンが欲しいからと推測する。

 おいおい、ただでさえイケメンなのにグラサンかけるとかどこの俳優を名乗る気だよ。


「買い被り過ぎだ、俺だって避けたり防ぐのが精一杯だから。えっと……リンシヤさん?あんたの攻撃はちゃんと当たってたから自信を持っていいぜ。俺が無事だったのは加護のおかげってだけだよ」

「当たって吹き飛ばされても服も無傷な加護ってなんだよ……?」


 フランシスさんからリンシヤと呼ばれた少女が俺をジト目で睨む。

 たしかに体が硬くなるだけじゃ言い訳にもならないな。

 それに加護のことに詳しくない俺が下手に嘘を吐いたところでバレたら厄介だしなぁ……どうしよ。


「……いいえ、これ以上の検索はマナー違反。何も聞かないでおきましょう」


 フランシスさんの発言にホッとする。

 答えられない質問を問い詰められるって本当に息が詰まる。

 学生の頃にほんの出来心でエロ本を買った時、時間が遅かったこともあり運悪く職務質問をされて「ちょっとカバンの中を見せてもらっていい?」って言われた時の感覚に似てた。

 小心者な俺は過呼吸寸前だったのだが、その警官に全力で涙目の懇願をしたら二重の意味で引かれた。

 まぁ、どちらにしても黒歴史になり得たたまろうが、エロ本を見られて変な空気になるよりはマシだったのかもしれない。

 そういえばあの時に初めて目が腐ってたことに感謝したっけな……

 そんな感傷?に浸っていると、フランシスさんは俺の前に立つ。


「マルスさんとルフィスさんがあなたを気にかける理由、納得しました。それに他の男性とは違うことも……」


 フランシスさんはそう言うと握手を求める手を差し出してきた。

 さっきと同じようで違う、今度は優しい笑みを浮かべて。


「今までの非礼をお詫び致します。そして改めてワタクシと仲良くしてくださるかしら?マルスさんたちのことを抜きにして、お友達として」

「友達……」


 それは町を出ていけというよりも平和的なお願いだ。

 しかし「友達」か……今考えると、俺の人生で初めてじゃないか?まともな友達って。

 ララやレチアは冒険者「仲間」だし、イクナは娘というか保護対象。

 マルス?知らんな。

 周囲から持てはやされるイケメンはただの敵だ。

 そんなアホなことを考えながらフランシスさんの握手に応じると、彼女の顔が赤くなっていたことに気付く。


「え……何?」

「い、いえ……男性の友人というのは初めてでして……どう接していいものかわからないのです……」


 笑えばいいと思うよ。

 まぁ、定番のネタは置いといて、どっちかというと手を離してくれればいいと思うよ。

 俺も女の子どころか友達自体初めてだし、最近はララやレチアのおかげで免疫ができていたと錯覚してたけど、こうやって直接触られるとあまりの柔らかさにドキドキしちゃうおっさんですよ?

 もう手汗が出てるんじゃないかって心配で心配で……


「んじゃ、今度は俺から言いたいこと言わせてもらっていいか?」

「あら、何かございまして?男性のお友達第一号として何でも聞いて差しあげますわ!」


 急に張り切り出すフランシスさん。いや、何でもって言うと大抵の男子紳士諸君が色々妄想しちゃうからやめてね?

 だけど、多分これから俺が言うのは彼女たちが期待しているものとは全く別だろう。


「このこと……連合に報告していい?」


 ピシリとその場の空気が凍り付いた気がした。


「……へっ?」


 フランシスさんは先程までの笑みを引きつらせて間の抜けた声を出した。


「えっと、このことって……」

「『冒険者同士のいざこざは禁止』……しかも今回はこっちから手を出さずにフランシスさんたちが一方的に襲ってきた。さらに俺を路地裏に連れ込む姿を見られた可能性だってあるだろうし……」


 そこまで言うとフランシスさんと握手している手が震え始める。


「俺はこうして無傷でいるから冒険者の資格を剥奪されることは無いだろうけど、これから色んな噂が流れるだろうなぁ~……いやぁ~良心が痛むなぁ~?」


 わざとらしくそう言ってからフランシスさんたちの様子を尻目に見ると、全員の顔が青ざめていた。

 フランシスの手も脱力していたので手を離す。


「あぁでも気にしなくてもいいだろ。俺を殴ったのはリンシヤさんだけですし」

「「っ!」」


 そう言った瞬間、彼女たちは一斉に顔を上げた。

 恐らく俺の言葉の意味に気付いてしまったのだろう。

 そう、手を出したのはあくまでリンシヤさんただ一人。

 フランシスさんは言葉で脅しをかけてきたが、直接手を出されたわけじゃない。

 もちろん俺がこの場にいる全員に殺されかけた、なんて言いふらすこともできるが、そこまで性根は腐ってない。

 フランシスさん、そして他二人もリンシヤさんの顔色を窺うように見る。

 そして俺を殴った張本人であるリンシヤさん自身、さっきよりも青ざめていた。

 もしこの場にいるリンシヤさんだけを犠牲にする選択をするなら、俺は――

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