2話目 後半 採掘

 頭のアナウンスでシャドウリーダーと呼ばれた魔物は腕をしならせ、無駄に周囲へ腕を叩き付けて威嚇してくる。

 実際、攻撃速度が速過ぎて割って入る余裕がない。


「シィィィィィィィ……」


 そしてシャドウリーダーはまたも不快な鳴き声を出す。まさか俺以外にも存在するだけで人を不快にさせる奴がいるとは……過去のいじめてくれた奴らににこいつをぜひぶつけてやりたいぜ。

 とまぁ、そんな昔の私怨は置いといて。


「ちょっとヤバいんじゃないか……?」

「キュルルルルルルルゥ……」


 シャドウリーダーとは違う、最初に出てきた普通の形状をした影の魔物までもが現れてしまった。

 しかも数がさっきの比じゃない。

 十か二十か……数え切れない数の影がシャドウリーダーの後方からぞろぞろとやってくる。


「石を引っくり返して大量の虫が出てきた時を連想しちまうじゃねえか……こりゃダメだな」


 あのシャドウリーダー……いや、もうリーダーでいいや。

 あいつ一匹なら最悪特攻すれば……なんて考えもあったけれど、これだけの数を相手にララたちを守りながらなんて無理だ。

 俺一人を犠牲にしたところでどうにもならないなら、もう逃げるしかない。


「ララ、イクナ、一旦離脱だ!こんな数をまともに相手できるわけ――は?」


 彼女たちに話しかけた時、ララの様子がおかしかったことにすぐに気付いた。

 自らの体を抱き締めてカタカタと震えて後ろを見ている。

 つられて俺も見ると、俺たちが入ってきた入り口の方からも影の魔物が迫ってきていた。

 今昼間なんだから闇属性っぽいお前らは活動的になるなよ……というか、吸血鬼みたいに日光浴びたら灰になって消えるみたいな特性ないの?

 ……いや、そんなしょーもないことを考えてる場合じゃねえ。

 ララとイクナは相変わらず行動不能といった感じで動けずにいるようだった。

 こいつらを傷付けずにどうこの状況を打破するか……腹を括るしかねえよな。


「ララ、イクナ背負ってもう少し頑張ってくれるか?」


 俺がララの肩に手を置いてうずくまっているイクナに視線を向けながらそう言うと、彼女が怯えた表情をして振り向く。

 その顔には「何をする気だ?」と問いかけてきているようにも感じた。


「俺たちが来た出入り口の方なら俺でも倒せるレベルの奴らだ。だからちょっと……ゴリ押しする!」


 二つの短剣を持ち、出入り口にいる奴らに向かって走り出す。

 リーダーのいる方は数え切れないくらいいるが、こっちは五、六体。頑張れば倒せないほどじゃないだろう。

 あっちも俺が倒しにかかってきたのを理解したらしく、全員が体をくねらせて攻撃を始めた。

 縦横無尽に放たれるその攻撃は予測不能で、突っ込めばきっとタダじゃ済まない。

 だが、けれど、それでも。

 俺がやらなきゃいけないんだ。タダじゃ済まなくとも、力や技術がなくとも、痛みを感じず死から生き返った俺がやらなければ……

 それにもちろん死ぬ気はない。

 死ぬ気がなく、この数相手に生き残る自信があるから自ら実行するのだ。

 じゃなきゃ絶対やらん。

 一つしかない命を無駄にするとか絶対したくないからな。

 ……だけどその命ももうない。だから少し無茶をするくらいいいよな?

 そんな考え事をしてる間にも魔物三体の首を斬り裂いて屠る。

 なんだ、俺だってやればできるじゃねえ――


「――かっ!?」


 調子に乗っているところに、魔物の腕が勢いよく俺の腹を貫いてきた。

 油断しちまったな……だけどやっぱ痛くねえ。


「キュルルルルルル……」

「……ハッ、魔物も油断するのか?」


 力を抜いて脱力していると、魔物の上擦った声につい笑ってしまう。

 魔物が油断した隙に俺の腹に突き刺さっている腕を切り落し、俺を貫いた奴がちょうど落下する先にいるので、そのまま頭部らしき場所を短剣で突く。


「キュィィィィィィィッ!?」


 頭に短剣が刺さった魔物は悲痛な断末魔をあげる。

 中途半端に倒せなかったそいつは頭を抱えて人間のように苦しんでいるように見えた。

 ちなみに今突き刺したのは斬れないと言われた方の短剣。

 なんだ、普通に刺さるじゃんか。

 ……もしかして「斬る」ことはできないけど、「突く」ことはできるのか?

 怯んでる隙に魔物の頭に刺した短剣を掴んで固定し、もう一本の短剣で首を思いっ切り斬り裂いた。


「返せこの野郎」


 自分で刺しといて何言ってんだと言われそうなセリフを吐き、短剣に刺さりっぱなしだった魔物の頭が消滅する。

 この魔物の唯一いいところ……綺麗さっぱり消えて返り血がないことだな。

 するとそんなことを考えてる最中に残りのもう一匹に頭を殴られる。


「いだっ」


 ピシャンッと鞭で叩かれた時のようないい音が、頭上で鳴る。

 音的に普通の人が食らったら結構痛そうなんだけど……


「――っとと?」


 突然頭から液体が垂れてくる感覚がし、視界が右半分赤く染った。

 殴られた場所から血が垂れてきたらしい。かなり強く殴られたってことか……

 ――ジュル……

 すると頭の上で気持ち悪い音が鳴り、俺の右目に垂れていた血が吸い込まれるように上に戻っていく。

 この感覚は知ってる。俺が一度べラルに殺された時、体が元通りになったのだが、恐らくそれと同じ現象が今起きているのだろう。

 腹の穴もすでに塞がっている。

 言うなれば「再生」、もしくは「超回復」……死から蘇るくらいなら後者が丁度いいかな?

 というか、今思ったが服も元の状態に戻ってる。

 そういえばバラバラにされた時も、何事も無かったかのように元に戻ってるし……わざと攻撃食らっても服の心配がないとか、何それ超便利じゃん。


「やっぱ、これくらいなら平気っぽいな」


 魔物の方も俺のダメージが回復したことに驚いたのか、固まって動かなくなっていた。

 姿形だけでなく、動揺するところも人間そっくりだな。

 そのチャンスをものにするために素早く動き、そいつの首も斬る。

 前方には何もいなくなり、道が開けた。


「よし、行くぞララ――」


 ようやく希望が見えたところで振り返ると、ララはイクナを背負ったまま膝を突いて動けずにいるようだった。

 さっきのデバフがまだ効いてるのか……!?

 しかもリーダーがすぐそこまで近付いてきていて、今にも攻撃されそうになっていた。

 俺がここでどうするかなんて、もう決まってる。


「ララ、前に思いっ切り飛べっ!」


 大きめの声でそう叫ぶと、ララは素直に従い勢いよく前のめりに跳んだ。

 そして彼女の頭があった場所にヒュンッと高速で何かが通り過ぎる音がした。

 リーダーの腕だ。俺が叫ばなければ、もしかしたらララは大怪我をしていたかもしれない……だけど安心するのはまだ早い!

 俺はララたちとの間に割り込む。


「シィィィィィィィィイッ!」

「っ……!」


 鳴き声を聞くのと同時に、鋭く素早い攻撃が俺の顔面を直撃する。やっぱ攻撃が見えねえ……


「行け、ララ!走れっ!」


 俺は短剣を持った両手を前で交差して防御の体勢になりつつそう叫ぶ。

 二度目の攻撃は運良くガードしたところに来たが、その威力に俺は後方へ吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ……だけど結果オーライ!」


 元々後退するつもりだったので、吹き飛ばされた俺はすぐに立ち上がって、そのまま振り返って走る。

 ララたちとはすぐに合流して、俺たちはその洞窟を抜けた。


「はぁ、はぁ……これだけ離れれば、もう大丈夫だろ……」


 あいつらの攻撃は速かったが、歩行速度はそうでもなかった。

 戦うとなったら脅威かもしれないが、逃げてしまえば追い付けないはず。


「……帰るか。今日は一旦戻って、体勢を立て直して足りない分をまた取りに来ようぜ……」


 自分でもわかるくらいに疲れた声で、溜息混じりにそう言う。

 ララは頷いて同意し、背中から降りたイクナが俺に抱き着いてくる。

 少し震えてる……怖かったのか。

 そりゃそうだよな、いくら強いってイクナは幼い子供なんだ。


「もう大丈夫だ、イクナ。もうあいつらはいねえから安心していいぞ」


 イクナの頭を撫でてあやす。すると抱き着く腕に力が入り、頭をぐりぐりと押し付けてきた。

 ……うん、怖いのはわかった……でもね、イクナさん?いくら痛覚がなくなってるからってそんなに力を込められると、体が千切れそうになるんですが……

 ほら、耳を澄ませばバキバキと音が鳴るよ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る