2話目 前半 採掘

「さて、どうしたものか……」


 鉱石が採れる洞窟の入り口に着き、待ち伏せなどがないかを窺いながら歩みを進める。

 ちなみに悩んでいるのは洞窟や鉱石に関することじゃなく、レチアのことだ。

 起きるかもわからないことで悩むのもおかしいかもしれないけど、どうしても嫌な予感がして気になってしまう。

 そんな不安を他所に、何も起きないうちに鉱石を素手で掘り返し始めた。

 洞窟の入り口辺りにはすでに普通の石ではない宝石のようなものが壁や地面に埋まっているのが見えていた。

 鉱石を採る人が少なくなったというのは本当らしい。滅多に人が訪れないからこれだけの鉱石が落ちているのだろう。

 洞窟なのに暗くなく、色鮮やかに輝くそれらを片っ端から抜いていく。

 壁から抜いた鉱石は不格好なものから加工したように丸いものや刺々しいものまで様々だった。


「えっと……ベルド鉱石、だったか?たしか……琥珀だったよな?ララの目と同じだって覚え方だったし」


 そう言うとララは驚いた顔でバッと俺の方を向き、赤面しながら不機嫌そうな表情になって作業に戻る。あれ、嫌だった?

 ごめんね、こんな目の腐った奴にそんな覚えられ方されて。喋れてたら迷わず気持ち悪いって言いたいでしょ?

 と、誰に言われたでもないのに勝手に悲観してしまう。

 そしてイクナはというと、彼女もキラキラしたものに興味があるのか、周囲に埋められている鉱石に目を輝かせていた。姿形が変わっても女の子なんだな。


「よっしゃ、どーせここには誰も来ないだろうから、どんどん採取しようぜ」

「ガゥアッ!」

「ニャー!」


 元気よく返事をするイクナと黒猫。ララも頷いてすぐに作業に取りかかる。

 というか、猫の方はもう意思疎通できることを隠す気もないらしい。

 というか、結局ここまでついて来ちまったな、あの黒猫。

 ただの猫なら途中でどっかに消えるかと思ってたのに……だとしたら、俺たちに「ついて行こう」というちゃんとした意思があるんじゃないか?


「……だったら鉱石を掘るのを手伝ってほしいんだがな。猫の手も借りたい……なんて愚痴るだけ無駄か」


 そんな不思議な猫のことは置いておいて、俺も鉱石を掘り始める。


「……!グルルルルルゥ……!」

「ん?どうした、イクナ……って」


 採掘を始めてから間もなく、イクナが何かに気付いて唸り出す。

 俺も聞きながら振り向くが、その時点で気付いた。

 そうだよな、人が寄り付かなくなれば別の何かがそこに住み着くというのはよくある話だ……例えば魔物、とかな。


「キュルルルルルルゥ……!」


 妙な鳴き声を発する人の影みたいなのが四体現れた。

 みたいなのっていうか、まんま人の影が浮き出たような感じだな……気味が悪い。


「なんかただでさえこの洞窟は薄暗いってのに、さらに真っ黒な敵とは……なぁ、ララ?あいつらの弱点ってなんだ?もちろん太陽の光とか物理的に無理な話じゃなくて」


 そう聞くとララは親指だけを突き立てて逆さにし、首を切るジェスチャーをする。

 えっ、それ俺に対してやってるわけじゃないよね?もしそうだったら泣くよ?

 いや、そんなわけない。つまり早い話、奴らの弱点は頭と胴体の切り離しってわけだ。


「りょーかい……あとの能力は戦ってのお楽しみてか?」


 口頭で伝えられそうなのは省き、俺は腰に携えていた短剣を二つ出して構える。

 憧れてたんだよね、双剣使いってやつ。まぁ、様になってるかはともかく、手数は多いに越したことはないだろ。

 そして俺が走り出したのを合図に、ララも武器を構えてイクナと一緒に走り出す。


「キュルルルルルルゥッ!」


 向こうさんもやる気らしく、移動はゆっくりながらも腕を鞭のようにしならせて地面を叩く。

 威嚇のつもりか……と、そのしならせた鞭のような腕をノーモーションで振ってきた。

  しなって動きが不規則になってるせいか距離感もわかり辛く、当たる直前でギリギリ短剣での防御が間に合う。

 防御に使ったのは、店で俺が気になった「斬れない」と言われた方の短剣だ。

 っぶね……

 痛みは鈍感になったかもしれないけど、「痛そうだから当たりたくない」という感覚はまだ残ってる。

 それに、まだ俺の体のことを俺自身が把握してないんだ。下手にダメージを食らって取り返しのつかない、なんてことになりたくない。


「たとえ体が死んでたとしても……俺は全力で生きていたいんだよっ!」


 それは頭だけに留めとくつもりの言葉だったが、魔物に斬りかかる際に力み過ぎて声に出してしまった。

 それが気合となって功を奏したのか、見事に魔物の首と胴体が分かれた。


「……キュウ」


 最後に切なそうな声を出して消えやがった……変な罪悪感が芽生えちまうじゃねえか。

 そして他の二人は……おお、ララは相手の攻撃を避けつつ胴体を真っ二つにしたぞ!かっけえ!

 ……でも地面に倒れ落ちた魔物がまだ、陸に上がった魚みたいにピチピチ動いてるんですが……気持ち悪いから早くトドメ刺してくれないかな。

 んで、イクナの方はなんとも無双をしている。

 人より若干伸びた爪を武器に、獣のような戦い方で相手の首を掻っ切ったり、鋭い牙で噛み付いて残りの二体を倒してしまっていた。


「あー……こう言っちゃ悪いかもだけど、実験の成果がしっかりと出てるな」

「ガウ?」


 俺の言った意味を理解してないイクナが首を傾げ、その後すぐに俺の元へ駆け付けて頭を差し出してくる。頑張ったから撫でろってことか?仕方ねえな……

 俺は短剣を腰の鞘に戻し、多少雑にイクナの頭を撫でてやる。すると彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて喜んでいた。

 これ大丈夫かな……傍から見たら目が気持ち悪い男が幼女を誘拐しようとしてる絵にならない?ロリコン犯罪者とか言われそうで怖いんだけど……

 まぁ、その「傍」ってのはララしかいないから安心していいか。そのララの目が若干責めるようなジト目になってるのが気になるが。

 そこで俺は、今し方倒して消えてしまった魔物がいた場所に奇妙な黒く丸い玉が落ちていることに気付く。


「これは……もしかしてドロップ品か?」


 ゲームをやっていた俺からすれば、倒した敵が消えて落ちている物をそう表現するのが妥当だと思った。


「これってあいつから落ちたものなのか?」


 一応確認でララにそう聞いてみるが、見たこともないらしく、首を横に振った。

 うーん、俺たちが掘った鉱石……にしては妙に黒いし、まるで加工された宝石みたいな……ん?宝石?

 俺はあることを思い出して、フィッカーを懐から取り出す。

 そう、拾ったこの宝石は、フィッカーに取り付けられている石にそっくりなのだ。

 そして連合本部でアイカさんから聞いた話を思い出し、試しに交換してみることにした。

 フィッカーの石は思いのほか簡単に取れ、黒い石を近付けてみる。

 ……ビンゴだ。

 カチリと気持ちいい音を鳴らしてぴったりくっ付いた。


「思った通りってやつだな」


 冷静に言いながらも内心ガッツポーズ。気を付けないと、気持ち悪い笑みをここで披露してしまいそうなくらいには舞い上がっていた。

 なんだ、ステータスではLUCが低いからこういうのとは無縁だと思っていたけど……案外当てにならないみたいだな。

 なんて調子の乗ったことを考えていると、右の頬が引っ張られる感じがした……ララだ。

 嫉妬しているようで、彼女はジト目のムスッとした表情で俺を睨んでいた。

 あー……


「これは横取りとかそういうのじゃねえぞ?ララもこれがなんだかわかってなかったみたいだし……気付かなかったのが悪いとは言わないけど、先に思い至った俺の勝ちってこほひひてくははい……」


 言葉の途中でつねる手に力がさらに加わり、まともに喋れなくなってしまった。

 しかも、それを見たイクナが面白って同じように空いている左の頬を引っ張り始め、ついには彼女の肩に乗っていた猫が俺の頭に乗ってきて、顔を肉球のある手でペチペチ叩いてきたのだ。

 ……新手のいじめですか?


――――


「んじゃま、気を取り直して採掘を再開しますかね」


 そう言い出した時は何もしようとしない二人だったが、俺が作業をし始めると二人も同じように採掘し始めた。カルガモの子供か、お前らは。

 そしてさらに時間が経った頃。


「……こうして見ると結構採ったな」


 俺たちは採った鉱石をフィッカーには入れず、地面に置いていた。もちろん目的の鉱石らしい石と分けて。


「ずいぶん集まったんじゃないか?ちょっとフィッカーに入れてみるか」


 フィッカーを山積みにした琥珀色の石に近付ける。

 これだけあるのだから、五キロなんてもういってるだろ……と思っていたが、フィッカーは鉱石を難なく全て吸い込んでしまった。

 ……そういや、この黒い石を変えたから、五キロって目安がわからなくなっちまったんだのな……何キロまで吸い込めるんだろ、これ?


「……とりあえずこっちも入れとくか」


 琥珀じゃない鉱石の山にも近付けたが、それらも全部吸い込み切ってしまう。

 あの量、軽く見積もっただけでも十キロ以上はあったはずなんだがな……ってことは、アイカさんの言ってた赤い石よりもレアな落し物ってことだよな?

 大丈夫かな、俺……明日急に事故に遭って死んだりしないよね?

 あっ、もう死んでましたね。これは失礼……


「……念の為、もう少し集めるか?これで帰って二度手間にはなりたくないな……」


 この依頼、一応急ぎではないらしいので期限などは設けられてないが、だからといって往復するのはさすがに面倒なので一回で済ませたい。


「幸い、まだ日はちょっと傾いてるくらいだ。二度手間になるんだったらもう少し粘ろうぜ」


 俺がそう提案すると、ララは頷いてくれたので続行しようとする。しかし……


「シィィィィィィィィ……」


 人を不快にさせる機械音のようなものが聞こえてきた。

 その音の発生源を辿って見ると、そこにはさっきと同じ人型の魔物がいた。しかしそいつは頭に角のような形状が入っていて、さらに顔に当たる部分に「歯」が剥き出しになっているのが見えていた。

 何だあいつ……気持ち悪っ!

 なんであんなグロテスクな外見してるの?俺ってホラー系はそんな得意じゃないんだけど……!


「シ……シィィィァァァァァァァッ!」


 自分のことを棚に上げて気味悪るがっていると、武器を構えているとソレは金切り声を上げ、俺たちは思わず耳を塞いでしまう。


「なんっ……だこれっ……!?」


 頭の中を直接掻き乱してくるような感覚に吐き気を覚える。

 横ではララがすでに嘔吐してしまっていて、イクナもうずくまって動けずにいふようだった。


【シャドウリーダーから精神へ直接ダメージを与えられました。混乱のデバフ効果をレジストします】


 頭に直接聞こえてきたアナウンス。その直後に頭にあった不快感が消えてかなり楽になった。

 あの声が何なのかは未だにわかってない。

 この世界に来てから今までも、俺の体に異常がある時に聞こえてきた。それがただのお知らせか、それとも俺を助けてくれているのかはわからないが……

 痛みを感じなくなったこの体と合わさり、ゲームのような感覚に思えていた。

 まぁ一応、さっきの不快感のおかげでこれが現実なのだと実感できるけど。


「ふっ……!」


 俺は足に力を入れて武器を抜いて走り出す。魔物の方も僅かに動く。

 ――パァンッ!

 何かが弾ける音がし、そして俺はいつの間にか天井を見ていた。


「……あ?」


 体もふわりと浮いた感覚になり、最初は何が起きたのかわからなかった。

 しかし体の背面に衝撃が走り、俺は地面に寝ている状態なのだと理解する。

 上半身を起こすと、そこにはさっきまで後ろにいたはずのララとイクナが心配そうな表情で俺を見ていた。

 攻撃されて吹き飛んだのか……?

 ララたちのさらに奥では、俺を吹っ飛ばしたであろう魔物が腕を凄まじい勢いで振り回した。

 どれだけの速さかって?……もう目に見えないくらいだよ。

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